12 / 20
11
しおりを挟む
「ちょっと聞きますけど、先生って苦手なものないんですか?」
びっくりするくらい、のんびりとした声だった。学年主任が眉を寄せる。
「ちょっと、あなたいきなり来てなにを……」
「あたしは、雪山がちょっと苦手です。前に雪崩に巻き込まれて死にかけたことがあったから。ってまぁ、先生ならそれくらい知ってますよねぇ。先生、昨年もいましたもんね」
学年主任の喉が鳴る。が、椿先輩は気にしない。
「……あのねぇ先生。あたし、みんなに雪女って言われてるんですよ。……先生も知ってますよね? 全学年で言われてますしね。でも、なーんにも言ってくれないですよね。あたしがみんなから噂されて、孤立してても、教師らしいこと、なんにもしてくれない」
後半、彼女の声から温度が消える。
「それは……今の話とはなんの関係もないでしょう」
学年主任がわずかに狼狽える。
「ありますよ」
椿先輩は畳み掛けるように声を張った。
「先生は都合がいいんです。生徒を守りもしない教師の言うことを、だれが聞くんです? 生憎、あたしたちだってバカじゃない。言葉の中に含まれた嫌味も悪意も、こっちはちゃんと気付いてますからね」
「わ、私はそんなこと……」
「はっきり言わなきゃ分かりませんか。さっき、わざとこの子を蔑むような発言をしたでしょ。この子の生い立ちも、これまでの状況もぜーんぶ知ってて、わざと、言いましたよね。ひとの髪型指摘する前に、今、じぶんの顔見てみたらどうですか? ふつーにドブスですよ」
「なっ……」
発言を指摘された学年主任は、とうとう耳まで赤くして言葉を失くしている。それでも椿先輩はかまわず続けた。
「やめろって言われてやめないのは、それなりに理由があるからです。この子はべつに特別扱いしてって言ってるわけじゃない。人間扱いしてって言ってるんですよ。……あ、それに、理由も聞かずに頭ごなしに注意するのは指導じゃなくて、ハラスメントなんじゃないですか?」
言いながら、椿先輩がちらりと私を見た。
学年主任へ向ける厳しい眼差しと違ってどこまでも優しい眼差しに、涙が出そうになった。一度ふぅっと息を吐いて、学年主任を見る。
学年主任の青筋が入った顔面を見てハッとする。
――ヤバい。
「せ……先輩、あの、もういいです。もういいですから」
「はぁ? よくないよ。あんたもいやなことはちゃんといやって言いなよ。大人だから言ってることがぜんぶ正しいなんてことはぜったいにないんだから。ずっと思ってたんだよ。あたしたちが事故に巻き込まれたときも、雪崩に巻き込まれたコーチ以外全員旅館で飲んだくれてたんだよ。ずっと、ふざけんなって思ってた。言ってやりたかった。だって、あいつらにはもう口はないから。あたしが……」
さらに挑発するような発言をする椿先輩に、私はさらに青ざめる。
「……あ、あの、とりあえず行きましょう!」
私は椿先輩の手をグッと掴んで、逃げるように渡り廊下を歩き出す。
牧さんの横をすり抜ける直前、彼女と目が合う。
牧さんはなにか言おうとしたのか口を開いたが、私はかまわず椿先輩の手を引いてそのまま通り過ぎた。
背後から学年主任の我に返った「待ちなさい!」という叫びが聞こえたが、椿先輩の手を掴んでしまった私は、今さら立ち止まれるはずもなかった。
びっくりするくらい、のんびりとした声だった。学年主任が眉を寄せる。
「ちょっと、あなたいきなり来てなにを……」
「あたしは、雪山がちょっと苦手です。前に雪崩に巻き込まれて死にかけたことがあったから。ってまぁ、先生ならそれくらい知ってますよねぇ。先生、昨年もいましたもんね」
学年主任の喉が鳴る。が、椿先輩は気にしない。
「……あのねぇ先生。あたし、みんなに雪女って言われてるんですよ。……先生も知ってますよね? 全学年で言われてますしね。でも、なーんにも言ってくれないですよね。あたしがみんなから噂されて、孤立してても、教師らしいこと、なんにもしてくれない」
後半、彼女の声から温度が消える。
「それは……今の話とはなんの関係もないでしょう」
学年主任がわずかに狼狽える。
「ありますよ」
椿先輩は畳み掛けるように声を張った。
「先生は都合がいいんです。生徒を守りもしない教師の言うことを、だれが聞くんです? 生憎、あたしたちだってバカじゃない。言葉の中に含まれた嫌味も悪意も、こっちはちゃんと気付いてますからね」
「わ、私はそんなこと……」
「はっきり言わなきゃ分かりませんか。さっき、わざとこの子を蔑むような発言をしたでしょ。この子の生い立ちも、これまでの状況もぜーんぶ知ってて、わざと、言いましたよね。ひとの髪型指摘する前に、今、じぶんの顔見てみたらどうですか? ふつーにドブスですよ」
「なっ……」
発言を指摘された学年主任は、とうとう耳まで赤くして言葉を失くしている。それでも椿先輩はかまわず続けた。
「やめろって言われてやめないのは、それなりに理由があるからです。この子はべつに特別扱いしてって言ってるわけじゃない。人間扱いしてって言ってるんですよ。……あ、それに、理由も聞かずに頭ごなしに注意するのは指導じゃなくて、ハラスメントなんじゃないですか?」
言いながら、椿先輩がちらりと私を見た。
学年主任へ向ける厳しい眼差しと違ってどこまでも優しい眼差しに、涙が出そうになった。一度ふぅっと息を吐いて、学年主任を見る。
学年主任の青筋が入った顔面を見てハッとする。
――ヤバい。
「せ……先輩、あの、もういいです。もういいですから」
「はぁ? よくないよ。あんたもいやなことはちゃんといやって言いなよ。大人だから言ってることがぜんぶ正しいなんてことはぜったいにないんだから。ずっと思ってたんだよ。あたしたちが事故に巻き込まれたときも、雪崩に巻き込まれたコーチ以外全員旅館で飲んだくれてたんだよ。ずっと、ふざけんなって思ってた。言ってやりたかった。だって、あいつらにはもう口はないから。あたしが……」
さらに挑発するような発言をする椿先輩に、私はさらに青ざめる。
「……あ、あの、とりあえず行きましょう!」
私は椿先輩の手をグッと掴んで、逃げるように渡り廊下を歩き出す。
牧さんの横をすり抜ける直前、彼女と目が合う。
牧さんはなにか言おうとしたのか口を開いたが、私はかまわず椿先輩の手を引いてそのまま通り過ぎた。
背後から学年主任の我に返った「待ちなさい!」という叫びが聞こえたが、椿先輩の手を掴んでしまった私は、今さら立ち止まれるはずもなかった。
10
あなたにおすすめの小説
先生の秘密はワインレッド
伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。
教師と生徒のドラマチックラブストーリー。
執筆開始 2025/5/28
完結 2025/5/30
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる