あめふりバス停の優しい傘

朱宮あめ

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 海なんて、どれくらいぶりだろう。
 最後に行ったのは、小学生のときだろうか。
 記憶は曖昧だが、おそらくあのひとと行ったのが、最後だった。
 バスが終点につき、そこからふたりで傘も差さずに海岸まで歩いた。
 塩辛い風の匂いと、湿り気を帯びて皮膚に張りつく空気が気持ち悪い。
 コンクリートの階段を降りて砂浜へ足を踏み出すと、体重の重さでローファーがぐっと砂の中に沈んだ。
 砂が靴下にくっつき、いやな感触を伝えてくる。
 小ぶりではあるものの、空から落ちる雨粒が私たちを濡らしていく。
 それでもかまわず、私たちは海へ向かって歩いた。
 椿先輩が、さざなみに足を浸した。
 足首まで海水の中に消えると、椿先輩はいよいよひとではないなにか特別なものになってしまったような気がして少し焦る。
「あーっ! 気持ちいい!」
 椿先輩が、雨を落とす灰色の空へ向かって叫んだ。
「あーっ!!」
 天を仰いだ椿先輩の顔に、雨粒が容赦なく降りかかる。雨粒は彼女の顔へ落ちて、そのまま首筋を流れていく。
 この世のものではないように思えるほど、その光景は美しい。
 不意に、椿先輩が私を見た。
「あんたも叫びなよ。気持ちいいよ」
 言われて、私は空を見上げる。
 曇天だ。ときどき雨粒が目に入って、少し痛い。怖くて目を開けていられなくなりそうだ。
「私は……」
 ぐっと言葉を飲み込みかけて、首を振る。
「私はなにも悪くない! なんで私がバカにされなきゃなんないのっ! なんで私が、気を遣われなきゃいけないのっ! 私は私! 親がどういうやつかなんて、私にはなんの関係もないっつーのっ!!」
 声がひっくり返るのも気にせず、思いっきり叫んだ。
 じぶんでもびっくりするくらい大きな声が出た。
 くつくつと笑い声が聞こえて、私はとなりを見る。椿先輩が肩を揺らして笑っていた。
「いいじゃんっ! あたしも負けてらんないな!」
 そう言って、今度は椿先輩が空気をすうっと吸い込んだ。
「だれが雪女だ! だれが魔女だ! あたしは椿みぞれだーっ!」
 椿先輩の叫びの合間に、私も叫ぶ。
「あーっ!!」
 椿先輩はちらりと私を見て、嬉しそうに目を細めた。
「つうか、生きててなにが悪い! あたしだって被害者だ! 雪崩は、あたしのせいじゃねーっつーのーっ!」
「見んなバカーっ!!」
 私たちは叫んで、はっと息を吐いた。
 それから息が乱れるお互いの顔を見合わせて、私たちは思いきり笑った。
「あーっ! すっきりしたっ!」
 椿先輩が砂の上に寝転がりながら言う。そのとなりに座り込み、私もしみじみと海を眺めた。
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