16 / 20
15
しおりを挟む
白く泡立つ波をぼんやりと眺めながら、椿先輩へそっと声をかける。
「……あの、ずっと聞きたかったことがあるんですけど」
「なに」
「椿先輩はいつも、あの教室からなにを見てるんですか」
元スキー部の部室だったあの空き教室で、たったひとりで。
「……さぁね」
「さぁねって……」
「でも、あんたと一緒だよ、たぶん」
「私と?」
私は首を傾げ、椿先輩を見下ろす。
「もういないって分かってるのに、どうしても足が向いちゃうんだよ。あそこに行けば、あいつらにまた会えるような気がしちゃってさ」
「……スキー部のひとたち、仲良かったんですね」
「まあね。いやなことだっていっぱいあった部活だったけどさ、なんだかんだやっぱり楽しかった思い出がいちばん頭に浮かんでくるんだよ。ムカつくくらいに」
見なくても分かった。となりで、椿先輩は泣いていた。
「……っ……あたしさ、スキー部の中でだれより不真面目だったんだよ。だから、あの雪崩が起きたときも、私ひとりサボってて。おかげでひとりだけ助かっちゃった……一生懸命だったみんなが死んで、不真面目なあたしだけが。裁判がね……もうすぐ終わるの。終わっちゃう。判決なんか出たところであたしの日常が戻ってくるわけでもないし、あいつらが帰ってくるわけじゃないけどさ……なんか、なにかが終わるってやっぱり怖いよ。決着が着くのは、安心する感じもあるけど、そのひとのすべてが終わっちゃう気がするから。そのあと、あたしはどうしたらいいんだろう。なにに怒って生きてけばいいんだろ……」
椿先輩は泣きながら、静かに叫んでいた。
「……ごめん。ごめん……あたしだけ助かってごめん、みんな、助けられなくてごめん……ごめんね……」
みんなに、生きててほしかった。死なないでほしかった。ひとりにしないでほしかった。
――ひとりに……。
悲痛な声が、空に吸い込まれるようにして消えていく。
彼女はきっと、ずっとこの感情を飲み込んでいたんだろう。
ずっと、こうやって叫びたかったのだろう。
だって、私もそうだから。
「お母さん……」
唇がぶるぶると痙攣する。
「お母さんっ……お母さんお母さん、お母さん……」
何度も何度も『お母さん』を呼びながら、泣いた。
「なんで私を置いていっちゃったの……私にはお母さんしかいなかったのに。死ぬなら、私も連れて行ってくれたってよかったのに……私はいらなかったの? 私は……お母さんにとってなんだったの……?」
血縁とは、まるで呪いのようだ。
切り離したくても、ぜったいに切り離せないもの。
お母さんへの感情は、いろんなものがぐちゃぐちゃに混ざり合っていて、ひとことでは言い表せない。
大好きだし、同じくらい、いや、それ以上にだいきらい。でも、ふとしたときに寂しくなって、どうしようもなく求めたくなる。
私たちは幼い子どものように泣きじゃくって、心の中に溜まり続けた思いを吐き出し続けた。
「……あの、ずっと聞きたかったことがあるんですけど」
「なに」
「椿先輩はいつも、あの教室からなにを見てるんですか」
元スキー部の部室だったあの空き教室で、たったひとりで。
「……さぁね」
「さぁねって……」
「でも、あんたと一緒だよ、たぶん」
「私と?」
私は首を傾げ、椿先輩を見下ろす。
「もういないって分かってるのに、どうしても足が向いちゃうんだよ。あそこに行けば、あいつらにまた会えるような気がしちゃってさ」
「……スキー部のひとたち、仲良かったんですね」
「まあね。いやなことだっていっぱいあった部活だったけどさ、なんだかんだやっぱり楽しかった思い出がいちばん頭に浮かんでくるんだよ。ムカつくくらいに」
見なくても分かった。となりで、椿先輩は泣いていた。
「……っ……あたしさ、スキー部の中でだれより不真面目だったんだよ。だから、あの雪崩が起きたときも、私ひとりサボってて。おかげでひとりだけ助かっちゃった……一生懸命だったみんなが死んで、不真面目なあたしだけが。裁判がね……もうすぐ終わるの。終わっちゃう。判決なんか出たところであたしの日常が戻ってくるわけでもないし、あいつらが帰ってくるわけじゃないけどさ……なんか、なにかが終わるってやっぱり怖いよ。決着が着くのは、安心する感じもあるけど、そのひとのすべてが終わっちゃう気がするから。そのあと、あたしはどうしたらいいんだろう。なにに怒って生きてけばいいんだろ……」
椿先輩は泣きながら、静かに叫んでいた。
「……ごめん。ごめん……あたしだけ助かってごめん、みんな、助けられなくてごめん……ごめんね……」
みんなに、生きててほしかった。死なないでほしかった。ひとりにしないでほしかった。
――ひとりに……。
悲痛な声が、空に吸い込まれるようにして消えていく。
彼女はきっと、ずっとこの感情を飲み込んでいたんだろう。
ずっと、こうやって叫びたかったのだろう。
だって、私もそうだから。
「お母さん……」
唇がぶるぶると痙攣する。
「お母さんっ……お母さんお母さん、お母さん……」
何度も何度も『お母さん』を呼びながら、泣いた。
「なんで私を置いていっちゃったの……私にはお母さんしかいなかったのに。死ぬなら、私も連れて行ってくれたってよかったのに……私はいらなかったの? 私は……お母さんにとってなんだったの……?」
血縁とは、まるで呪いのようだ。
切り離したくても、ぜったいに切り離せないもの。
お母さんへの感情は、いろんなものがぐちゃぐちゃに混ざり合っていて、ひとことでは言い表せない。
大好きだし、同じくらい、いや、それ以上にだいきらい。でも、ふとしたときに寂しくなって、どうしようもなく求めたくなる。
私たちは幼い子どものように泣きじゃくって、心の中に溜まり続けた思いを吐き出し続けた。
2
あなたにおすすめの小説
先生の秘密はワインレッド
伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。
教師と生徒のドラマチックラブストーリー。
執筆開始 2025/5/28
完結 2025/5/30
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる