あめふりバス停の優しい傘

朱宮あめ

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 白く泡立つ波をぼんやりと眺めながら、椿先輩へそっと声をかける。
「……あの、ずっと聞きたかったことがあるんですけど」
「なに」
「椿先輩はいつも、あの教室からなにを見てるんですか」
 元スキー部の部室だったあの空き教室で、たったひとりで。
「……さぁね」
「さぁねって……」
「でも、あんたと一緒だよ、たぶん」
「私と?」
 私は首を傾げ、椿先輩を見下ろす。
「もういないって分かってるのに、どうしても足が向いちゃうんだよ。あそこに行けば、あいつらにまた会えるような気がしちゃってさ」
「……スキー部のひとたち、仲良かったんですね」
「まあね。いやなことだっていっぱいあった部活だったけどさ、なんだかんだやっぱり楽しかった思い出がいちばん頭に浮かんでくるんだよ。ムカつくくらいに」
 見なくても分かった。となりで、椿先輩は泣いていた。
「……っ……あたしさ、スキー部の中でだれより不真面目だったんだよ。だから、あの雪崩が起きたときも、私ひとりサボってて。おかげでひとりだけ助かっちゃった……一生懸命だったみんなが死んで、不真面目なあたしだけが。裁判がね……もうすぐ終わるの。終わっちゃう。判決なんか出たところであたしの日常が戻ってくるわけでもないし、あいつらが帰ってくるわけじゃないけどさ……なんか、なにかが終わるってやっぱり怖いよ。決着が着くのは、安心する感じもあるけど、そのひとのすべてが終わっちゃう気がするから。そのあと、あたしはどうしたらいいんだろう。なにに怒って生きてけばいいんだろ……」
 椿先輩は泣きながら、静かに叫んでいた。
「……ごめん。ごめん……あたしだけ助かってごめん、みんな、助けられなくてごめん……ごめんね……」
 みんなに、生きててほしかった。死なないでほしかった。ひとりにしないでほしかった。
 ――ひとりに……。
 悲痛な声が、空に吸い込まれるようにして消えていく。
 彼女はきっと、ずっとこの感情を飲み込んでいたんだろう。
 ずっと、こうやって叫びたかったのだろう。
 だって、私もそうだから。
「お母さん……」
 唇がぶるぶると痙攣する。
「お母さんっ……お母さんお母さん、お母さん……」
 何度も何度も『お母さん』を呼びながら、泣いた。
「なんで私を置いていっちゃったの……私にはお母さんしかいなかったのに。死ぬなら、私も連れて行ってくれたってよかったのに……私はいらなかったの? 私は……お母さんにとってなんだったの……?」
 血縁とは、まるで呪いのようだ。
 切り離したくても、ぜったいに切り離せないもの。
 お母さんへの感情は、いろんなものがぐちゃぐちゃに混ざり合っていて、ひとことでは言い表せない。
 大好きだし、同じくらい、いや、それ以上にだいきらい。でも、ふとしたときに寂しくなって、どうしようもなく求めたくなる。
 私たちは幼い子どものように泣きじゃくって、心の中に溜まり続けた思いを吐き出し続けた。
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