あめふりバス停の優しい傘

朱宮あめ

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 もう片方の手で、スマホを確認する。メッセージアプリの通知だった。
「……牧さんだ」
「あぁ、牧さんって、あのとき庇ってくれてた子?」
「……はい」
 あのとき、とは、私が学年主任に注意を受けていたときのことだ。
 メッセージを開くと、牧さんからの長々とした文章が目に入った。
『さっきはごめんね。葉桜さんの話、盗み聞きしちゃったみたいになって……でも、あの先生の言いかたはないと思って、つい我慢できなかったの。でも結果、葉桜さんを傷付けるかたちになっちゃって、本当にごめんなさい』
 椿先輩はスマホの文面を見て、優しい声で言った。
「ほら、やっぱりいい子じゃん」
「……でも、こんなの、本心じゃなくたっていくらでも言える。牧さんはクラスでも人気者だし、どうせ私が馴染んでないから、一応声かけておこうとか思ってるだけです。放っておいてくれたらいいのに、なんで私なんかにかまうのか……」
 呟く私に、椿先輩はそんなの簡単だよ、と言う。
「彼女はただ、しずくと仲良くなりたいだけじゃないかな」
「……まさか」
 そんなの有り得ない。私なんかと友だちになりたい子がいるなんて、ぜったいにない。
「……うん。しずくはこれまでたくさん裏切られてきたんだもんね。そう思っちゃうのは分かるよ。でも、今度は違うかもしれないよ?」
「今度は……?」
「あたし、なんとなく分かるよ。彼女がしずくと仲良くなりたい理由」
「え……どうして?」
「だって」
 不意に椿先輩が私の顔に手を伸ばす。
 椿先輩の細くて長い指先が、私の前髪を優しく、でも大胆にかきあげた。
 視界がパッと明るくなって、目の前に椿先輩の顔がある。
 緊張で顔が強ばる私を見て、椿先輩が大丈夫、というように微笑む。
「ほら。しずくって、こんなにきれいな目してるから」
「え……」
 クリアな視界で椿先輩と目が合う。
「初めてしずくを見たとき、思った。あんたの目、もっと近くで見てみたいなって。あんたの視界に映ってみたいなって」
 そうは言うが、椿先輩のほうこそ、びっくりするくらい過不足のない容姿をしている。
 艶やかな白い肌に、たまごのような滑らかな輪郭りんかく。赤い唇に、ほんのり薄紅に染まった頬。高い位置でひとつに結ばれた髪は漆黒で、なにより美しい瞳を髪と同じ色のまつ毛が縁どっている。
 ――やっぱり、きれい。
 だれかを見てきれいだと思ったのは、母以来初めてのことだった。
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