あめふりバス停の優しい傘

朱宮あめ

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「あたし、ひとの目がだいっきらいだった。ぎょろぎょろ動くから気持ち悪くて。でも、あんたの目だけは違ったの。感動したんだ。黒目がおっきくて、白目は透き通っていて。こんなにきれいな、澄んだ瞳の子がいるんだって」
 それを言うなら、私だってそうだ。
「私こそ、椿先輩を見たとき、絵画みたいって思いましたよ。まるで絵の中から飛び出してきたような、そんな感じがして……」
 椿先輩がふっと笑う。
「あたし、あんたとは友だちにはなりたくない」
「え」
「恋人でも、友だちでも家族でもない、たったひとりの特別がいいんだ」
 なるほど。
「だから、同盟って言ったんですか」
「そ。だって、同盟ってなんか特別っぽくて、カッコいいでしょ!」
 そうやって笑う椿先輩はいつもより子供っぽかった。
「だから」
 一転、しんとした声に、私は口を閉じる。
「もし裏切られたら、あたしがそいつをぶん殴ってやる」
「椿先輩が?」
「おう」
「……それは心強いかもですね」
 そう言ったとき、再びスマホが振動した。
『私、入学したときからずっと葉桜さんと仲良くなりたかったの。それでタイミングはかってたんだけど、なかなか声かけられなくて。球技大会でチャンスだって思って、突っ走っちゃったんだ。でも、今はちょっと反省してる。もし、葉桜さんが私のこときらいだったら、すごくしつこくしちゃったよね。ごめんね』
 まっすぐな文面に、胸が無性に苦しくなった。
 牧さんは私と正反対のひとだ。
 いつもにこにこしていて、みんなから愛されているクラスの中心的存在。
 私のことなんて、ぜったい心の中でバカにしてると思っていた。となりで萎縮いしゅくする私を見て、影で笑ってるんだと、不潔ふけつな人間と思っているのだと、勝手に思い込んでいた。
 ――でも……。
 学年主任に責められていたとき、牧さんは真っ先に私を庇ってくれた。
 私にビビデビの話をしてくれたときも、牧さんはただ、私にじぶんの好きなものを知ってほしかっただけなのかもしれない。
 ただ、『好き』を共有したいと思ってくれていたのかもしれない。
「……信じてみても、いいのかな」
 ぽそりとした呟きは、あっという間に波の音にかき消されていく。だけど、となりに佇む椿先輩だけは聞いてくれていた。
「お母さんがきらいで、クラスメイトがきらいで、先生も、じぶんもだいっきらい。でも本当はさ、好きになりたいんだよね。だれかを好きになって、だれかに好きになってほしいんだ」
 ずっと隠していた本音を言い当てられて、びっくりする。
「……なんで、分かるんですか」 
 だれにも言ったことないのに。ずっとだれにも分かってもらえなかったのに、どうして椿先輩は。
「分かるよ。だってあんたは、あたしだもん」
 ほろっと、なにかが頬に落ちた。雨かと思ったら違くて、それは涙だった。
「あたしも、みんながだいっきらいで、大好きだから。強がっても、ひとりはやっぱり寂しいから」
 椿先輩の指の腹が、私の目からこぼれた涙をそっと拭う。
「それ、似合うじゃん」
 それ、とはなんだと思って、そういえば視界が明るいことを思い出す。
 前髪が横に流れていたままだった。
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