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第一部 

お前の気持ちはわかった。

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「俺達は一旦家に帰る。準備しなきゃいけないことがあるし。明日、満田の家で落ち合おう。」

満田と公爵を説得しに行くことが決まると、牛田と玉崎、鳥飼の3人は慌てるようにして屋敷を出て行った。

「夕食ぐらい食べて行けばいいのに。」

それに準備って何をする気だ?

・・・まぁいいか。俺も今日の内にやっておかないといけないことがあるし。騒ぐ奴らがいないのは好都合だ。

食堂へと戻った。そこにはリリーナ、ユイ、プリムが残っている。クラウスさんは夕食の準備、婆ちゃんは部屋に行ったようだ。

俺が今日やらないといけないこと、それは・・・。


深呼吸をしながら目を閉じる。そして意を決しある人に声をかけた。


「ユイさん、お話しがあります。」

「・・・なんだ。」

「その、ここではちょっと。どこか2人で話せませんか?」

ユイはしばらく無言で俺のことを見ていた。そしておもむろに顎を動かし、『こちらに来い。』と合図をする。

黙って後ろを付いて行くと、そこは彼女の部屋だった。

「カギをかけろ。」

中に入ると部屋の鍵をかけるよう命令された。その通りにする。鍵のかかった部屋で女の子と2人っきり、普段であればドキドキする状況だが、今は別の意味で緊張していた。





「・・・ごめん。」



頭を精一杯下げ、声を振り絞る。

「俺、ユイさんと話をした日の夜、リリーナさんを手伝うってことを決めたんです。すぐに言えばよかったんだけど、今日まで内緒にしてました。本当にごめんなさい。」

殴られるのは覚悟の上だった。ユイも俺が協力してくれると思ったからあんな話をしたんだと思う。でも、俺はリリーナの考えに賛同した。

「・・・・。」

「・・・・。」

ユイは無言のままで、その手も動くことはなかった。

どのくらいの時間が流れたかわからなかったが、ユイは「はぁ。」と大きなため息をついた。

「・・・つまり、お前は私ではなく姫様を選んだと言うことか。」

その声は怒っているわけではなく、どこか寂し気に聞こえる。予想外だった。

「いや、その。リリーナさんとユイさんのどちらかを選んだつもりはなくて・・・。」

「でも、姫様と一緒に畑をやっていくんだろう?」

「ええっと。それはそう、なんですが。リリーナさんとだけじゃないです。プリムやクラウスさん、そしてもちろんユイさんともやっていきたいんです。」

「・・・。」

俺は話している内に胸の奥から何か熱いものが込み上げてくるような気がした。

「俺はこの1ヶ月が本当に楽しかったんですよ。うっかりユイさんに触って殴られる、プリムがしてくるイタズラに驚く、リリーナさんにからかわれる。そんな毎日をこれからもずっと送りたいって思ったんです。」

「そんな生活でいいのか?」

ユイは俺の目を真っ直ぐ見ながら聞いた。俺は「もちろん。」と頷く。

「俺は前の仕事をしている時は会社と家をただ往復するだけ。辞めてここに帰って来てからもご飯が食べられればいいって言う軽い気持ちで婆ちゃんの手伝いをするだけだった。でも、今は違うんです。」

頭の中をこの1ヶ月間のことが駆け巡る。朝、リリーナの「おはよう。」という挨拶。昼、一緒に汗を流して働くユイ。夜、楽しそうにご飯を食べるプリム。

異世界がリリーナ達を必要としているのはわかる。でも、俺もみんなを手放したくないんだ。

「俺はこの田舎で農業をやります。でも、リリーナさんだけを選ぶんじゃありません、ユイさんも、プリムも、クラウスさんも。みんな一緒に、『家族』としてやりたい。」

―――――
自分の気持ちを洗いざらいぶちまけた。呼吸をするのも忘れていたのか息苦しい。俺は深呼吸をしながらユイの反応を待っていた。

彼女はしばらく俺をじっと見ていたかと思うと、小さく何かつぶやいた。

「え!?す、すみません。聞こえませんでした。もう一回言ってもらえませんか?」

「な、なんでもない!!」

ユイは頬を赤く染め、そっぽを向いてしまう。

「と、とにかく!お前の気持ちはわかった。」

その言葉を聞いて俺は胸のつかえが取れた気がした。

「そこまで言うなら真剣にやるのだな。姫様の足を引っ張らないように。」

俺は「わかりました。」と言いながら力強く頷く。

「まぁ、私の方は元の世界に帰る方法を見つけたしな。姫様にはゆっくり考えて結論を出してもらうさ。」

「え!?い、いつの間に。」

「ふふ、簡単なことだ。明日、公爵から奪い取ればいいのだ。」

ユイは剣を強く握りしめながらこっちを向き、ニヤッと笑った。

――――――
「話は終わった。さっさと部屋を出ていけ。」

どこか楽し気に俺を部屋から追い出すとユイは扉をパタンと閉めた。

「あぁ、緊張した。告白するわけでもないのに。夕食はまだのようだから、ちょっと部屋に戻って休もう。」

自分の部屋の扉を開ける。中は窓が開いていて気持ちのいい風が入り込んでいた。

「あれ?開けっ放しにしてたんだっけ。・・・まぁいいか。」

ひと眠りしようと思いベットを見る。すると何故かシーツがこんもりと盛り上がっており、中で何かがモゾモゾと動いていた。

なんだ?

恐る恐る手を伸ばし、一気にはぎ取る。中から現れたのは体を隠そうと縮こまるプリムだった。

「むぅ、雄太を驚かそうと思ったのに。」

「いや、バレバレだったから。」

本当にあれで隠れているつもりだったのだろうか。プリムはベットの真ん中に座るとこちらを見て「エヘヘ。」と笑う。

「何だよ。」

「雄太、一緒に寝よ?」

「ぶほっ。ゴホッゴホッ。い、いきなり何を言ってるんだ。そんなことできるわけないだろ。」

「できるよぅ。ほら、あなたぁ、こっちへいらっしゃい。」

そう言ってベットの左半分を開けて寝ころび、右手でここだよと言わんばかりにポンポンと叩く。

「こらっ。」そう言って俺はプリムの頭にチョップする。「あうっ。」という声とともにプリムは頭を押さえた。

「子どもが大人をからかっちゃいけません。」

「いたぃ。プリム、もう大人だよ。」

「はいはい。後10年もしたら大人だよ。まったく、仕込んだのは婆ちゃんか?それとも・・・。」

「雄太!」

こっちを見ろ、というようにプリムは俺の名前を呼ぶ。

「何だよ。」

嫌々ながら振り向いた俺に真剣な顔で言う。

「雄太、明日はボクも行くからね。」

なんだ・・・、お前それを言いに来たのか。置いて行かれるとでも思ったのだろうか。

「ああ、もちろんさ。プリムは魔法使いなんだろ?困った時は助けてくれよ。」

プリムは顔を二カッとさせると「おう!任せとけ!!」と言ってベットを飛び降りた。

「雄太、頑張ろうね!」

そして俺の部屋から走り去って行く。

やれやれ、本当に子どもだなぁ。

そしてベットへ転がり、いよいよ寝ようとしたところである物がないことに気づいた。

「ふ、布団がない!?プリムのやつか。」

部屋のどこを探しても掛布団は見つからない。

「プリム、どこだ!?」

布団を取り返そうとプリムを追いかけて屋敷を走り回る。プリムは見つかると「ここまでおいで!」と言い笑いながら逃げ回っていた。

そうこうしている内にクラウスさんの「夕食の準備ができましたよ。」という声が1階から聞こえて来るのだった。

―――――
「くそ、眠れなかった。」

「残念だったね、雄太。」

「お前、後で覚えてろよ。」

食堂に入るといつも以上に力の入った料理が数多く並んでいる。クラウスさんがお茶の用意をしながら言った。

「明日は決戦ですからな。みなさま、思い残すことがないようお腹いっぱい食べてください。」

「クラウスさん、縁起でもないですよ。」

「そうですよ。クラウス。勘違いしてはいけません。私たちは説得に行くのですから。」

「・・・姫様、『まさか公爵を痛めつけるチャンスが来るなんて!』と喜んでいるのが顔に出ております。」

「あら、そう?ふふっ。」

リリーナの顔は、今まで見た中で一番邪悪な笑みを浮かべていた。
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