虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
7 / 1,360
逃亡編 一章:帝国領脱出

北港町ポートノース

しおりを挟む
 検問所をすり抜けるように通行し、道すがらに陸から海を見ながら、エリクとアリアは北港町ポートノースに到着した。
 港町は市や商店が数多く置かれ、人口規模で言えば五百名以上の住民達が存在し、漁業と貿易品を商業形態に組み込んだ、大きな港町の姿を見せていた。

 その中を歩きながら、アリアは町の感想を述べていた。

「へぇー、結構大きな港町ね。流石は帝国唯一の港だわ」

「ん? 南にも、帝国の港があるんじゃないのか?」

「南のポートサウスは帝国直轄の植民地の領内なの。だから正しく言えば、帝国には港町は一つしかないのよ」

「植民地、か。よく分からないが、そうなんだな」

「……エリクには、色々と言葉の意味から教えないといけないわね……」

「何か言ったか?」

「いいえ。とりあえず、宿を探しましょう。それからマウル医師という人の所を訪ねて、話を聞いてから、明日はお仕事ね」

 そう言いつつ先行するアリアの後を、不思議そうにしつつ追うエリクは、北港町の宿屋を探しつつ市場と商店や見て回った。
 港町だけあって魚介類の食料店が多く、干した魚や焼いた魚貝の身が焼ける匂いを嗅ぎ、アリアが興味津々に近付きつつ、注文した魚の焼き串をエリクに渡して、食べ歩きながら見て回った。

「美味しいわね。塩味だけなのにこんなに美味しくなるなんて素敵じゃない?エリク」

「そうか?」

「えっ。エリクは美味しく感じないの?」

「よく、分からないな。何を食べても、噛んで飲み込めば、腹に溜まるだけだ」

「そっか、味覚も鈍化しちゃってるのね。……貴族の料理とか、食べたことある?」

「いや、見たことはあるが、食べたことは無いな。豪華そうな食事だというのは、なんとなく分かるが」

「そうでもないわよ。貴族の料理、特にパーティなんかに出される料理は、口にする為に料理人や給仕の確認は勿論、毒味とか検査をするから、出された時には凄く冷めてて不味いの。で、全員不味いのが分かってるから口にも付けず、パーティが終わったらそのまま捨てちゃうの」

「そうなのか。勿体無いな」

「でしょ? まぁ、毒味とかは仕方ないにしても、だったら料理なんて出さなきゃいいのに。例え冷めても美味しい料理を出しても、貴族達は絶対に口にしないの。嫌になっちゃうわ」

「……そうか」

「私、貴族がやるパーティは嫌い。たまに、こういう町でやるお祭りは好きで、そういう時は家から抜け出して、こっそり領地のお祭りに参加してたんだ」

「だから、買い物にも慣れているんだな」

「ええ。いつか家から離れて、旅に出たいと思ってたわ。でも馬鹿皇子の婚約者だからって、我慢してたけど……。旅をして、自由の身になって、貴族から縛られずに暮らしてやるわ!」

「……そうだな。その手伝いを、俺はしないとな」

「何を言ってるのよ。貴方も自由になるの、エリク」

「俺も?」

「誰にも縛られずに、飲んで食べて戦って、依頼をこなしてお金を稼ぐ。それが傭兵の本当の生き方なんだから」

 アリアが笑いながら教える言葉に、不思議な気持ちを感じるエリクは、アリアの後を追いながら考えた。
 今までのエリクが居た王国は、貴族や貴族を介した者達からの命令を受け、ただ言われるがままに戦うだけの傭兵稼業。
 そこに自由と呼べるものはなく、命令され実行するだけの世界。
 それが世界の全てだと、エリクは今まで思っていた。

 そうした価値観を持つエリクが、アリアという価値観と触れ合う事で、少しずつ自分の世界が拡がる感覚を覚えていく。

 一通り回りつつ、市場や商店の商人にアリアは話を聞き、泊まれる宿を探した。
 そしてアリアが聞いて見定めた宿は、港町の中でも大きめの宿屋だった。

「……こんな大きな宿に、泊まるのか?」

「そうよ。言ったでしょ? この魔法学園卒業の証。魔法使いとしての認識票を持ってれば、こういう施設に泊まれる資格は十分あるの。宿泊費も、私が持ち出した金貨がまだまだあるわよ!」

「持ち出したとは、盗んだのか?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。コレは私が、私の商売で稼いだ金貨。正当な私のお金よ」

「そうなのか。若いのに商売で稼ぐとは、凄いな」

「ふふん。帝都に私が出した化粧品店があるのよ。その売り上げを給料として、今まで溜め込んでたのよね」

「そうか。じゃあ旅の資金は、しばらく困らないのか」

「そうよ。無駄使いさえしなければ、これだけで十年間は暮らしていけるわよ」

「十年か。凄いな」

「……もしかしてエリク。金銭の価値とかも、分からない?」

「ああ、よく分からない。金貨一枚で、干し肉がいくつ買えるんだ?」

「そうね。軽く二百個くらいは買えるわね」

「凄いな」

「……エリク。貴方、今までよく傭兵をしてこれたわね?」

「物を買うのは、傭兵の仲間に全て頼んでいた。余った金は、すべて貧民街の者達に渡していた」

「!」

「俺は、金の価値も使い道もよく分からなかったから。だから今後も君に、物を買ったり宿屋に通す金のことを任せてしまうが、いいだろうか?」

「……分かったわ。その代わり、私が金銭や市場の事をエリクにも教えるわ。いい?」

「それが護衛に必要なら、覚えよう」

 そう互いに申し合わせた上で、アリアとエリクは微笑みを浮かべつつ、宿屋の入り口を通った。
 宿屋の受付で魔法学園の認識票を見せ、検問所と同じように素直に受付が完了し、部屋の鍵を貰った時、エリクが不思議そうに言った。

「鍵は、一つなのか?」

「そうよ。私とエリクで二人部屋を借りたわ。私達、一応ここでは親子ってことにしてるから」

「いいのか?」

「良いも何も、護衛の貴方が別の部屋に居たら、万が一の時に対応が遅れちゃうじゃない?」

「それは、そうか」

「さっ。さっさと部屋に荷物を置いて、お風呂入りましょう。しばらく水と火の魔法で作ったお湯を浸した布で体を拭くだけだったもの。さっと浸かって温まってから、マウル医師の所へ行きましょう」

「……お風呂とは、なんだ?」

「えっ。……温かい水で満たされた浴槽に入って、体を洗う場所よ。まさか、知らないの?」

「体を洗うのか。水で体の汚れを流すことは、何度かしたことはある」

「……エリク。貴方は部屋に行ったら、まずはお風呂よ」

「え?」

「野宿生活で分からなかったわ……。私が洗ってあげるから、絶対にお風呂に行くの! あと、髭とボサボサ頭も切って整えるわよ!」

「い、いや。俺は別に……」

「これは雇用主としての命令!」

「わ、分かった……」

 そうした会話を行ったエリクとアリアは、宿の部屋に入り、そして部屋の中にある個室の風呂を確認し、外套を脱いだアリアが服を捲くりつつ、エリクの装備と服を剥がして風呂へ入れた。
 魔法で御湯を作り出したアリアは、浴場に湯を入れながらエリクに湯を被せ、部屋に備えられた石鹸と布を活用し、溜まりに溜まったエリクの汚れを落としつつ、自前のハサミを使ってエリクの頭髪を短く揃え、細いナイフを使ってエリクの毛を剃った。

 そして数十分間、浴場の湯に浸からせたまま、エリクに湯に入り続ける事を命じた。
 風呂が終わった後、男前に見栄えしたエリクがその場に出来上がった。

「これで、良し!」

「そんなに違うのか?」

「さっきまでは汚れや埃、垢まみれだったもの。服も洗えば、それなりに見栄えの良い傭兵に見えるわ。そこらへんは、明日か明後日ね」

「そ、そうか。身嗜みを整える、というのは大変だな」

「身嗜みは大事よ。特にこの後に向かう場所は、医者が居て病人がいる場所なんだから、清潔さは必須よ」

「そうか、分かった」

「じゃあ、私は御湯を張って御風呂に入るから。しばらく待っててね」

 一仕事を終えたアリアは、充足感ある顔を浮かべつつ、今度は自分の為に風呂場に戻った。
 そしてアリアの風呂を待つエリクは、この時に二時間以上の入浴を行う事を想像できず、ただひたすら待ち続けることになることを、まだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

処理中です...