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逃亡編 一章:帝国領脱出
帝国領脱出
しおりを挟む老騎士ログウェルとの邂逅を果たし、何とか南へ行く定期船に乗船する事が叶ったアリアとエリクの二人。
その船上の後方で北港町がある陸を眺めつつ、アリアとエリクは話し合っていた。
「――……ログウェル=バリス=フォン=ガリウス。そう名乗ったのよね?」
「ああ、確かにあの男は、そう名乗った。伯爵騎士とも言っていたな」
「その名前、久し振りに聞いたわ。まだ生きて旅してたのね……」
「あの男を知っているのか?」
「直接の面識は無い、と思うわ。私の事を見破ってた事を考えると、小さな頃に会ってたのかも」
「あいつは、どんな奴なんだ」
「気風の変わった旅が趣味の騎士、らしいわ。――……伯爵騎士ログウェル。以前、帝国では騎士団長だった男。子爵家の三男として生まれて、剣の腕が秀でていたので帝国騎士団に入団。その後に各方面で武勲を上げ、剣の腕のみで男爵の地位を賜った人よ。騎士団長まで上り詰めたけど、初老に入った辺りで退団した際に、今までの功績を称えて伯爵の地位を叙勲。でも領地は要らないからと、幾らかの退職金を貰ってあちこちを旅する流浪の老騎士。それがログウェル=バリス=フォン=ガリウス。帝国では絵本にもなってるくらいには、有名人ね」
「……よく分からないが、強い騎士なのか」
「短的に言えばね。エリクとは、戦場で遭ってなかったのね」
「あれほど恐ろしい男であれば、俺も覚えているはずだ」
老騎士ログウェルの話をする中で、エリクがログウェルと恐ろしいと表現して使う事に、様々な意味でアリアは驚いた。
「貴方から見ても、ログウェルは強い?」
「ああ」
「仮に追って来たとしたら、一対一で勝てる?」
「分からない。さっきの奴は、本気ではなかった」
「あれで本気じゃなかったの……!?」
「ああ。それに俺の考えだが、まだ俺の事も、そして君の事も、始めは試す程度の考えで話し掛けたのかもしれない」
「……誤魔化し続ければ、どうにかなったと思う?」
「分からない。だが、俺が『王国の傭兵エリク』だと勘付かれた時点で、あの男は俺を試すつもりだったと、そう思う。……まるで、魔獣のような男だった」
エリクは老騎士ログウェルと邂逅した際、秘かに威圧感を感じながら思っていた。
あの老人は魔獣にも似た気配を宿し、今まで出会った魔獣より遥かに危険な存在だと。
そうした悪寒を感じていたエリクの言葉は、アリアに生唾を飲ませて緊張感を高めたが、同時に深呼吸をしながら落ち着きを戻した。
「……ログウェルが定期船に乗って南へ行く私達の事を報告するとして。お父様やお兄様に話が行くのは、最低でも三日か四日は掛かる。皮肉だけど、あの町に軍従属の魔法師が居ないのが幸いだったわ。もし居たら、軍用の魔道具を使ってすぐに帝都に知らせが届けられちゃうでしょうから。今なら、南港町ポートサウスに私達が向かってるという情報がお父様達に届くのも、最低でも三日間は掛かる」
「三日か……」
「この定期船の航行は、南港町に着くまで最低でも四日間のはず。ギリギリ間に合うか、間に合わないかでしょうね……」
そう悩むアリアの表情を見つつ、エリクは落ち着きながら聞いた。
「どうする? 途中で船を降りるか」
「……それも手だけど、それをやるなら南港町に着く直前にしましょう」
「直前で降りるのか?」
「このまま降りても、帝国西側の陸地に辿り着く。あそこは危険な魔物や魔獣が沢山いる地帯だから、貴方と魔法師の私が居ても二人では危険よ。だから南港町に着く直前に降りるわ」
「海に飛び込んで、泳ぐのか?」
「小船を買うわ。定期船に備え付けられてる小船を高めの値段で買って、交渉しましょう。迷惑料も込みでね」
「迷惑料?」
「貴方とログウェルが戦ってた時、急いで船を出してもらったの。『お父さんが盗賊組織を捕まえたけど、盗賊の残党がその恨みで襲って来たんです』って言ってね。乗船客は私達で最後だから、急いで船を出航してもらったわ」
「そうなのか」
「それに南港町に着いたら、きっとこの船は帝国の軍兵に囲まれてしまうわ。そして船内と常客、船員含めて全員が検めさせられる。そういうのも含めた、迷惑料よ」
「そうか」
「そうよ。……ねぇ、エリク」
「なんだ?」
今後の話をし終えた中で、小声で名前を呼ぶアリアにエリクは聞き返した。
「人に迷惑を掛けてまで、私が帝国から逃げること。素直にどう思う?」
「……」
「私だって、自覚はあるの。色んな人に迷惑を掛けてるって。お父様やお兄様もそうだし、手紙を送って騙してる各領主達や、その兵士達。それに、私が逃げる中で関わって来た人達。私が逃げる事で、そういう人達に色んな迷惑を掛けているのは、ちゃんと自覚してるの……」
「……」
「子供の頃から、あの馬鹿皇子の婚約者として。そして公爵家令嬢として育てられて、馬鹿皇子の魔法学園を卒業後に結婚させられる予定だった。でも、馬鹿皇子が私を陥れる為に馬鹿な企みを考えてると知って、もうウンザリだと思ったわ。もう公爵の娘として、馬鹿皇子の婚約者として、あの場所に居続けるのが嫌になった。もう誰にも縛られずに、自由になりたいと思った。……だから、私は逃げたの」
「……」
「でも、色んな人に迷惑を掛けてまで、私が逃げる事に、何か価値があるのかな……?」
「……」
「……ごめん、辛気臭いこと言っちゃった。捕まったら殺されちゃう貴方からして見れば、無傷の保護で懸賞金を賭けられてる私の悩みは、軽いかしらね……」
弱音を見せるアリアに、エリクはただ黙って聞きながら海を眺めつつ、少し間を置いて答えた。
「俺は、何も持っていなかった」
「え?」
「俺は王国の貧民街に子供の頃から暮らしていた。貧民街の者達の話では、口減らしに捨てられた子供だったらしい」
「!」
「ただ、俺は体だけは恵まれた。子供の頃から大きく育ち、折れて錆びだらけの捨てられた剣を持ち、小さな魔物を狩り、十も経たない頃に傭兵として雇われた。そして生きる為に戦い続けた」
「……」
「仲間や敵の死を多く見てきた。そんな中で生き残り続けた。生きる為に物を食い、生きる為に多くの魔物や魔獣、そして戦場で人間を殺した」
「……」
「そして今は、罪人として国から追われる身となった。……そんな俺を、君はどう思い、どう言える?」
「……何も、言えないわね」
「ああ。俺も、君に何を言えるか、考えられなかった」
互いの生い立ちを話す中で、そこに互いの生き方が間違いだったのかと、それが良い事なのか悪い事なのかと、その問いそのものを否定するエリクの言葉に、アリアは考えさせられた。
生まれも生き方も、そして自分が得てきたモノが違う二人の間に、互いの生き方が間違いだと告げるような言葉は、特に思い浮かぶ事が無かった。
「……はあ。私、くだらない質問をしちゃったわね」
「そうか?」
「くっだらない質問よ。人間は所詮、我が身の可愛さが最優先される生き物だって忘れてたわ。生きてれば誰にだって迷惑を掛けちゃう。それが人間だもの」
「そうか」
「だから私が各方面で掛けた迷惑なんて、迷惑を掛けた人達に咎められる事はあっても、迷惑を掛けた私が私自身に咎めることじゃなかったわ。だから、くだらない質問だったのよ」
「……そ、そうか」
「あっ、分かってないわね。……ありがと、エリク」
「何がだ?」
「何でもないわ。とりあえず、船長に交渉しましょう!小船って、金貨何枚くらいで買えるかしら……」
海を眺めることを止めたアリアが、考えるように呟きながら船内に続く扉へ歩く。
それをエリクは後ろに付きながら追い、いつもの調子に戻ったアリアに秘かに安心していた。
その後、定期船に備えられた小船を、金貨三十枚で交渉することに成功した。
勿論、迷惑料込みで。
そして四日間の定期船の航行で船酔いに悩まされたアリアが、薬を飲みつつ自身に回復魔法を掛けて耐え凌いだ。
エリクは船酔いをしなかった。
そして四日目の航行途中。
南港町に着く半日前に、アリアとエリクは共に小船に乗って船を降りた。
定期船は南港町に到着すると、アリアの予想通り南港町ポートサウスで待ち構えていた帝国兵達は、定期船の中を隈なく探索して乗船した他の客や船員達も調べ上げ、アリアと思しき人物と小舟を買い渡したと船長と船員から話を聞いた。
帝国兵は南港町を中心に各方面へ兵士を散らせ、アリアの探索を本格的に開始した。
そんな中で、船員が運ぶ台車に積まれた大箱の中で、秘かに息を潜めながら話される小声が囁かれていた。
「――……ふふん。小船に乗って逃げたと全員に思わせつつ、本当は魔法で作った私達の幻影を囮に乗せて、空の大箱に潜んで、すぐ港町から出荷される荷馬車に運ばれて、そのまま南港町からおさらばよ。……痛ッ、いったぁい……」
「せ、狭いな」
「が、我慢よ。密着して二人で入ってるんだから……。あっ。ちょっと、変なとこ触らないで……ッ」
「す、すまん。……変なとこ?」
そうしてアリアとエリクは、南港町ポートサウスの定期船から降り、夜中まで耐えて野営する荷馬車から秘かに抜け出した。
その際、大箱の中に元々あった荷物代として、相応の金額となる金貨を置いて行くのは、アリアらしいとエリクは思った。
こうしてエリクとアリアは、辛うじて帝国兵から逃れる事に成功したのだった。
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