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南国編 四章:マシラとの別れ

折れた翼

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その日の夜、エリクが首都に戻って来た。

幾人かの兵士達に護送されつつ荷馬車に乗り、
中層区画にある出入り口の門を潜り降りたエリクを、
待っていた人物が迎えた。


「……次に会う時は、外だったな。エリク」

「ケイル」


そこで待っていたケイルを見て、
地下牢獄での約束が互いに果たされた事を呟いた。
その中でケイルは驚いたのは、今のエリクの姿だった。


「……お前、デカくなってないか?」

「そうか?」

「一回り近くデカなってるぞ。……魔人化した影響ってやつか」

「そうなのか」

「……相変わらず、理解してるかしてないのか、分からない返事だな」

「すまん」

「別にいいよ」


そうして話し歩き始めるケイルに、
エリクが追従するように歩き始めた。

そしてエリクは門を潜りケイルを見つけてから、
疑問に思っていた事を口にした。


「ケイル。アリアは?」

「……」

「アリアは、どうした」

「……ちょっと、色々あってな。今、向かっている宿の部屋にいる」

「無事なのか?」

「あいつ自身は無事だ。ちゃんと拘束も解かれてるし。……ただ、少しばかりタイミングが悪かった」

「……どういうことだ?」


言い淀むケイルの言葉遣いにエリクは疑問を感じ、
追従する形を崩して前に出てケイルを止めた。
ケイルは歩みを止めれ渋い表情を見せると、
再びエリクが問い詰めるように聞いた。


「ケイル。何があったんだ」

「……王国と帝国の戦争結果が、向こうの傭兵ギルドから届いたらしい。それを傭兵ギルドでタイミング悪く、アリアが聞いたんだ」

「……まさか負けたのか。帝国が」

「ああ。しかも、帝国軍を率いていた将軍、ローゼン公爵が死んだらしい」

「!」

「……あいつの。アリアの父親が、死んだんだ」


それを聞いた時、エリクは今の状況を納得した。

父親を亡くした事を聞いたアリアが、
宿の部屋に滞在したまま、自分を迎えに来ない。
アリアの肉体的状態よりも、
精神的状態の危うさをエリクは察した。

再び歩き始めるケイルと、
それに横並びして歩くエリクは、
戦争の詳しい情報を求めた。


「どうして帝国は負けた。アリアは、帝国が勝つと言っていたのに」

「……」

「どうしたんだ?」

「帝国で、内乱が起きたらしい」

「!」

「ローゼン公爵領の軍は、侵攻して来た王国軍を国境付近まで順調に押し戻してたらしい。そこでしばらく、戦線は膠着してたらしいんだ。だが、帝国の各地の領主達が反乱を起こして、領民を巻き込んでローゼン公爵率いる軍隊を包囲したらしい。そして反乱が起きたと同時に、王国軍が再び侵攻を開始した」

「……まさか、仕組まれていた?」

「多分な。帝国各領の反乱軍と王国軍に国境付近で完全に包囲されて、補給線を絶たれて避難民まで抱える事になったローゼン公爵領軍は、それを突破して自領に戻る為に二手に別れた。一方はローゼン公爵領の息子、アリアの兄貴が率いて領軍が全軍と避難民を守りながら撤退を指揮して。そしてもう一方が、ローゼン公爵自身が率いた少数の部隊だったらしい」

「……アリアの父親が、殿しんがりだったのか?」

「自分を囮にして、領軍と避難民を逃がしたんだろうな。反乱軍と王国軍側は、ローゼン公爵の少数部隊を追い回す形になって、公爵の息子は領軍と領民は率いて隙を突いて公爵領まで撤退するのに成功したみたいだ。けど、囮になった公爵自身は……」

「……」

「……アリアは昼間にそれを聞いてから、かなりやばかった。とりあえず宿の部屋に入れて、落ち着くまで一人にしてくれって言われたから、そうしてる」


アリアとエリクは共に戦争の結果を聞き、
自分達の居なくなった自国同士の戦争が、
どういう経緯で行われ終了したかを把握した。

しばらくの沈黙の後、
アリアが居るという宿にエリクは辿り着いた。
そこそこの大きさの宿であり、
食堂や共同風呂などが備えられた宿に、
エリクとケイルは共に入る。

受付に軽くエリクの宿入りを話し終えたケイルは、
宿の階段を登り、部屋に案内した。


「……こっちがお前の部屋。で、こっちが……」

「アリア、か」

「……ああ」


自身の部屋だと案内された隣扉を見て、
そこにアリアが居る事をエリクは察した。
そして自身に用意された部屋の扉ではなく、
アリアの部屋の扉の前に、エリクは立った。

そして部屋を軽く何度か叩き、
エリクが部屋にいるアリアの名を呼んだ。


「アリア」

「…………」


部屋から返事は無い。
しかし気配がある事を感じるエリクは、
部屋のドアノブを握った。

そして鍵が掛かっていない扉に気付き、
エリクは改めてアリアに向けて声を出した。


「……アリア、開けるぞ」


そして言葉通り、エリクは扉を開けた。

仄かに明るい外の暗さとは違い、
部屋の中には灯火が一切無く、
窓もカーテンで閉ざされ、暗闇で支配されていた。
そして廊下の光が部屋の中に届くと、
奥のベットの上で僅かに動くものがあった。

ベットの上で毛布を頭から被り、
暗闇の中で静かに座っているアリアが、そこに居た。


「アリア」

「……」


エリクが暗闇の部屋に入り、名前を呼んでも返事は無い。
しかし部屋の外から差し込む光が、
確かにアリアの青い瞳を照らして輝かせていた。

しかし、そのアリアの瞳に生気は無く、
ただ顔を伏せて座り込み、身動ぎさえしていない。

今までのアリアからは想像もできない程の落差に、
エリクは内心で戸惑いを感じながらも、
それでも何度かアリアの名前を呼んだ。


「……アリア」

「……私の、せいなの……」

「!」


何度か名前を呼ぶ中で、アリアが反応し呟いた。
しかし、普段の明るい声からは似ても似つかないほど、
今のアリアの声は枯れて生気が薄い。

そんな声をしたまま、アリアは呟くように喋った。


「……私が、出て行って……。お父様や、みんなが、私を探して、追って……」

「……」

「準備が、不十分なまま、戦争になって……」

「……」

「……反乱も、王国の資金源も、多分、ゲルガルドの仕業……。王国の第三王子と内通して、起こした……」

「……」

「少し考えれば、分かるのに……。全部、分かったことなのに……」


生気の無いアリアの青い瞳から、
涙が流れている事にエリクは気付いた。

声は枯れながらも僅かに震え、
アリアの悲しみが部屋の暗さを表現しているかのように、
今のエリクには感じる事さえできた。

その中に足を踏み入れたエリクは、
アリアの名前を再び呼んだ。


「……アリア」

「……エリク、ごめんね……」

「!」

「私、もう立てない……」

「……」

「立ちたくないの……」


この時に初めてエリクの名を呼んだアリアは、
そうエリクに告げ、涙を流す瞳と顔を膝で隠し、
薄暗い中で小さな嗚咽を漏らしながら泣いていた。

今まで頑強だったアリアの心を支えていた何かが、
父親の死で完全に折れている事に、
エリクは気付いたのだった。



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