虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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結社編 一章:ルクソード皇国

異形の魔獣

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 時刻は昼頃。
 山に入り斑蛇の捜索と討伐に入った一行は、斜面を登りながら周囲を索敵を行っていた。
 その最中、アリアが蛇という動物に関する習性を話した。

「蛇は基本的に昼間に活動する。体温を高く維持できる昼間に活動する種類が多いわ。夏場だと夜でも活発に動くのもいるけれど。今回見つかったのは茶色の鱗の斑蛇も、こういう時間帯で活発になる種類のはずよ」

「そうか」

「エリクは、蛇の魔獣は倒したことある?」

「何度か倒したと思う。魔物か魔獣かは気にした事は無い」

「そうなの。……魔物化した蛇種の危険性を何処の国も知ってるから、発見したら即討伐に動くのが普通よ。なのに、傭兵ギルドと皇国軍は……」

「蛇の魔獣は、そんなに危険なのか?」

「ええ。蛇の魔獣種が一番厄介な点は、その巨大さ。普通の蛇でも体長二メートルを超えるのがいるのに、魔物化して成長すると十メートル以上にもなる。魔獣化したらその二倍や三倍にも変化するわ。太さも軽く、一メートルから二メートルを超える。人間どころか家畜の牛さえ一飲み出来る巨大さと言えば、脅威度は分かるでしょ?」

「ああ」

「それに、毒蛇の場合も厄介よ。上位種ほど危険性の高い毒を持つし、武器にし始める。浴びたら最後、即死する可能性もあるわ。そうした毒は裏側では高値で取引される場合もあるし、毒蛇から血清も作られる。蛇革も強靭だから高値で取引されるし、上級魔獣の魔石も宿してる。ある意味で魔獣種の蛇は、宝の山とも言えるわ」

「……そ、そうか」

「あ、分かってないわね? ……とにかく。そういう背景もあるからこそ傭兵ギルドの傭兵達は、蛇が高級素材となる魔獣に進化するのを待ってた。そういう事よね、ケイル?」

 エリクの理解が追い付くのを待つより先に、アリアは改めてケイルと傭兵ギルドに対する見解を述べた。
 周囲を索敵しながら同行するケイルは、それに答えた。

「だろうな。逆に言えば、傭兵ギルドは上級魔獣の斑蛇でも狩れるという自信もあるってことだろ」

「例え狩れたとしても、上級魔獣になった蛇が繁殖して群れを作ったら町一つが一時間も耐え切れずに滅んだ前例もあるのよ? 危険指定されている魔獣を野放しにして被害が出始めてから狩ったんじゃ、対応が遅すぎる」

「そうなってから討伐すれば国から莫大な恩賞も出るだろ。そういう狙いもあるんじゃねぇかな?」

「……最悪なやり方ね」

「まぁな」

「絶対に、斑蛇が上級魔獣に進化して繁殖し始める前に討伐わよ。みんな、良いわね?」

「ああ」

「はーい」

「分かってるって」

 改めて全員に上級魔獣へ進化した蛇種の危険性を唱え、全員に討伐の意思を固めさせる。

 山を昇り初めて一時間後。
 体力のある三名を他所に、アリアの足が遅れ始めた。

「……ハァ……ハァ……」

「アリア、大丈夫か?」

「平気、平気よ。……少し、疲れただけ」

「休むか?」

「大丈夫……。それよりエリク、どう?」

「……動物の足跡や痕跡はあるが、ここ最近のモノではない。魔物の気配も無い。不自然だ」

「やっぱり、斑蛇が山に棲んでたのを食い荒らしてるのね……」

「斑蛇に気付き、逃げたのかもしれない」

「そうね。逃げたっていう線もあるのね。だとしたら、斑蛇がそれを追ってる可能性もある……?」

「いや、巨大な蛇が通ったような痕跡が無い。村人の話が本当なら、山の奥から動いていないんだろう」

「そう……。なら、山の奥へ行きましょう」

「その前に、少し休もう」

「でも……」

「疲れた君が襲われたら、意味が無い」

「……そうね、分かったわ。……随分前に、貴方に同じようなことを言われたわね」

「そうか?」

「そうよ。覚えてない?」

「すまん」

「いいのよ。……ケイル、マギルス! 少し休憩させて!」

 エリクの進言をアリアは素直に聞き、一行は休息に入る。
 アリアは横倒しの枯れ木に腰を下ろし、皮袋に入った水を飲む。
 警戒の為にエリクとマギルスが周囲を見回す中で、アリアは息を整えてケイルに聞いた。

「ケイルは、平気なの?」

「お前と違って鍛えてるんだよ。というか、お前の体力が無さ過ぎるだけだろ?」
 
「……そうね。マシラでほとんど動かなかったせいで、体力が落ちちゃってたみたいね」

「移動も荷馬車に頼り切ってたからな。……少し太ったか?」

「太ってません!」

「しばらく食っちゃ寝の生活してたろ。エリクみたいに、マギルスと遊べば運動不足も解消するんじゃねぇか?」

「冗談止めてよ。あんな肉弾戦、私じゃもう出来ないわ。……エリクとの模擬戦も、もう出来ないわね」

「ん?」

「でも、パーティとしてはバランスは良いのかしら。エリクとマギルスを前衛で、私は魔法で支援。ケイルは遊撃。丁度良さそうじゃない?」

「討伐戦力としては申し分無いけどな。でもたったの四人じゃ、仮に魔獣が群れ化して村や町を襲い始めた時には守りきれないな」

「……そうね。でもだからと言って、これ以上の人数を増やしたいとは思わないわ」

「そこは同感だがな。あと一人、魔法師が加われば丁度良さそうではあるが」

「私がいるのに?」

「お前みたいな規格外の魔法師は、逆に連携が取り難いっての。アタシみたいな常人からすれば、そこそこな魔法が使える魔法師が丁度良いんだよ」

「……つまり、私に弟子を取れと?」

「そんなこと言ってねぇよ。あくまで仮定の話だ、気にするな」

「ええ。人様に魔法を教えられるほど、私も余裕は無いもの」

 そんな冗談交じりの会話を二人はしていると、木の上に登り監視をしていたマギルスが何かに気付く。
 目を凝らして何かを見るマギルスに気付いたエリクも、そちらに意識と視線を向ける。
 何かに気付いたエリクが、アリアとケイルの場所まで戻って来た。

「アリア、ケイル」

「どうした?」

「山の奥から、何かが向かって来る」

「!」

「木が揺れている。かなり巨大だ」

「出たかしらね」

 エリクの言葉で二人は互いに武器を構えると、前方に走りながらマギルスが登る木の下まで三人が訪れた。
 マギルスが訝しげな表情と視線で前方を見ていると、アリアが下から声を掛ける。

「マギルス!」

「アリアお姉さん。おかしいよ」

「……おかしい?」

「倒しに来たのは、蛇の魔獣なんだよね?」

「そうよ。それがどうしたの?」

「前から来るの、違うよ」

「えっ」

 マギルスが否定すると、アリアの耳に前方から迫り来る音が聞こえる。
 木々を押し退け地面を怒涛に踏み荒らす音に、アリアとケイルも初めて違和感を持つ。
 それは四足獣特有の足音であり、斑蛇が鳴らす音ではなかった。

「来るよ!」

「!」

 そのマギルスの声と同時に、前方の木々を押し退け弾きながら抉れた木々と土砂がアリア達を襲う。
 全員が咄嗟に横へ飛び避け、マギルスが登った木に衝突した何かが、土埃を舞わせながらその姿を現した。

「……嘘でしょ。コイツは……!?」

「これは、なんだ? 首が……」

「首が、二つ付いてる魔獣……!?」

 アリア達が目にしたのは、斑蛇が進化した魔獣ではない。
 四足獣特有の姿でありながら、異種の生物同士が繋がり胴体を共有した異形の姿。
 全長で十数メートル近い体格の魔獣の名を、アリアは呟いた。

「まさか、合成魔獣キマイラ……!?」

「キマイラ……?」

「人工的に作られた魔獣よ! 自然界で生まれたモノじゃない!」

「!?」

 アリアが伝えた時、獅子と山羊の顔を持つキマイラの視線がアリアに向ける。
 そして土埃が晴れきらぬ中で、巨大な何かがアリアを薙ぎ襲った。

「アリア!」

「ッ!?」

「グ、オオォォオオッ!!」

 傍に居たエリクがアリアを守る為に、迫り来る何かを大剣で受け止める。
 そして大剣を激しく振り切り、襲い掛かった何かを弾き飛ばした。
 凄まじい衝突音と共に土埃が晴れると、全員が襲い掛かった何かを見る。

 襲い掛かって来たのは、黒の斑模様を持つ茶色の鱗を持つ蛇。
 目撃情報のあった討伐対象が目の前に現れた。

 だが斑蛇は、キマイラの尾となっていた。

 アリアはそれを見た瞬間、村人達が目撃した斑蛇がキマイラの尾だったことを理解する。
 尾の姿だけ見て斑蛇だと誤解し、討伐依頼が出された事をこの場で察した。
 体長だけでも十数メートルあるキマイラが、更に十数メートルの斑蛇の尾を持ち襲い掛かる姿に、ケイルとマギルスは驚き、エリクは初めて見る生物に訝しんだ。 

「コイツは、なんだ?」

「キマイラは各魔獣の細胞を配合して作り出した人工生物よ。なんでコイツがこんな場所に……? そもそも、誰がコイツを作って……?」

「アリアお姉さん、コレ倒していーい?」

「倒せるもんなら倒しなさい! ケイルは下がって! マギルス、エリクはキマイラを仕留めて!」

「分かった」

「はーい!」

 アリアの指示でエリクとマギルスがキマイラに向けて駆け出す。
 そしてケイルが居る場所まで引いたアリアが、ケイルにも指示を送った。

「ケイルは周囲を警戒して。他にもいるかもしれない」

「他にもって、あんな奴が繁殖でもしてるのかよ?」

「違うわ。合成魔獣キマイラに繁殖能力は無いはずよ。……アレは人工生物。誰かがあの化物を作ったってこと」

「!?」

「実験で作ったキマイラに逃げられて野放しにしているのか、それともこれすら実験なのか。後者だとしたら、必ず近くに観測者がいるはずだわ」

「そいつを探せってことかよ?」

「いえ、見つけても深追いせず私に教えるだけにして。あんな化物を作れる連中、普通じゃない」

「どういうことだ?」

「あのキマイラの顔、恐らく魔大陸に生息してる上級魔獣の戦獅子バトルレオと、山羊の長ガリレオゴートのはず。尾は間違いなく、上級魔獣に進化してる大斑蛇スポットスネークよ」

「……おい、それって……」

「危険種として指定されてる上級魔獣の細胞から合成魔獣キマイラを製造できる技術力と組織力と資金源を持った何者かが、関わってるのは確実よ」

「……」

 アリアの話を聞き、ケイルが沈黙する。
 目の前のキマイラが脅威なのは明らかだったが、それ以上に脅威となる組織がキマイラの出生に関わっていると言われれば、アリアとケイルには思い当たる組織が三つ存在する。

 一つ目は、ルクソード皇国。
 治める大陸内でこれほどの魔獣を野放しにしている皇国軍の怪しさは極めて大きい。

 二つ目は、傭兵ギルド。
 今回の討伐依頼を敢えて放置していた事を考えれば、十二分に怪しい。

 三つ目は、【結社】と呼ばれる組織。
 アリアから説明されたばかりの組織ではあるが、可能性は捨てきれない。

 あるいは、それ等の全てが関わっている可能性さえアリアは浮かべ、厳しい表情を隠しきれない。
 しかしそれ以上に、目の前で暴れるキマイラの脅威が予想以上だった。

「グッ!!」

「うわっと!」

 蛇の尾が縦横無尽に空間を薙ぎ、後ろに潜り込んで近付いたとしても山羊の後足が凄まじい脚力を見せる。
 前方に回れば獅子の噛みつきと前足の爪が襲い、特に爪は離れた前方に魔力の斬撃が飛んで爪痕を残した。
 魔人であるマギルスとエリクは攻撃を回避し受け流しながらも、キマイラに決定打を与えられない。
 
 上級魔獣ハイレベルが三匹が組み合わさる合成魔獣キマイラ
 その強さは、最上位の王級魔獣キングに匹敵すると、アリアは察した。
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