虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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結社編 二章:神の研究

行軍訓練

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 行軍訓練が開始され、エリクとグラドを含めた三十一名の訓練兵と、皇国軍第四兵士師団のザルツヘルムが同行する皇国正規兵達が、皇都から西方にあたる皇国軍基地への行軍訓練を開始した。

 道程は予定通りに進み、皇都に近い為か魔物や魔獣等の遭遇は無く問題は起きない。
 そうして昼の行軍は順調に進み、行軍訓練は一日目の夜を迎えた。
 各々が初めての野営設置に戸惑う場面も見られたが、大きな乱れも無く野営は終了し、それぞれが自分に課せられた仕事を行う。

 グラドは中隊長の役割として、各々の班の小隊長達の意見相談役として活躍していた。

「――……グラド中隊長。就寝中の監視は、予定通りに一斑と二班が担当。次は三班から四班でよろしいですか?」

「いや、三班と四班の哨戒監視役は最後に回そう。代わりに五班と六班を先にしたほうがいいだろ。初めての行軍で他の班より疲労が溜まってるみたいだからな。先に食事を摂らせて、休ませるのが無難だと思うぜ」

「了解」

「食事は三班と四班を最初に摂らせるぞ。その間は一斑と二班で周囲の監視、五班と六班が馬に食事を与えたり、荷車の確認を頼むわ」

「グラド、備蓄の方なんだが――……」

 小隊長達が各々に伝える話をグラドが聞き、グラドの意見を交えて各班の行動が見直される。
 初めての行軍訓練で各々が緊張した面持ちを持っていたが、旅に慣れた元傭兵組が疲弊した市民組を上手くサポートに回っている。

 一方で、エリクは周囲を見ながら単独の哨戒と監視役に徹していた。
 魔獣や盗賊の警戒は勿論、訓練兵の近くで同じく野営している皇国正規兵達をエリクは見ている。

「……」

 少なくとも、現段階で皇国正規兵達とザルツヘルムに異常な行動は見えない。
 訓練兵達の野営風景を観察し、何かしら問題が起きた場合には補助する立場に回る意思を貫いているように見える。
 行軍装備に関しても訓練兵士よりやや重装ながらも、一般的な兵士と大差は無い。
 体格も訓練兵達と大差は見えないが、訓練兵とは纏う空気が違うように見える。

「……精鋭の兵士だと言っていたな。確かに、訓練兵こちらより質が良い」

 訓練兵の方が数的な有利を誇るが、正規兵の一人一人の技量は見て取れる限りでは訓練兵の中でまともに相対できるのはグラドを中心とした元傭兵組だけだろう。
 元傭兵組は十数名、正規兵の数は二十名。
 数にして見れば互角に見えるが、市民兵を守りながら戦う分、元傭兵組が不利になる。

 そしてエリクは、正規兵の中に混じる一人の人物に視線を向けた。

「……奴が、一番強いな」

 一番厄介なのが、第四兵士師団の師団長ザルツヘルム。
 エリクが見た限りで、漂わせる気配の強さと普段の姿勢から見える技量はグラド以上。
 武器は腰に携える長剣だが、恐らく身に纏う鎧の下には幾つかの武器を隠している。
 皇国軍の師団長に席を置いているだけあり、実力は確かなのだろう。

 エリクは考えていた。
 仮にザルツヘルムが訓練兵を実験素体モルモットにする為に行軍訓練を催したのなら。
 訓練兵と正規兵が衝突した際に、自分の相手をするのはザルツヘルムになるだろうと。

「……それは、まだか」

 実験素体モルモットとして訓練兵を攫うタイミングを考えた時、行軍中に正規兵達が何かするのは考えられないとエリクは思う。
 研究所があるのは行軍先にある軍事基地の内部。
 訓練兵達を誘き出すなら、軍事基地に到着してからだろう。

 自分が今すべき事を考え纏めたエリクは、再び周囲の監視に戻る。
 そんなエリクが見ていたように、ザルツヘルムもエリクを見ていた。

「……」

「ザルツヘルム師団長?」

「ああ。どうやら、獣に見られていたようでね」

「獣? 魔獣がこの付近に?」

「それより厄介な者さ」

 互いが互いに見られている事を察し、互いの本性を見透かす。
 それぞれがやるべき仕事を試行錯誤する一日目は終わり、行軍訓練は続いた。
 二日目から六日目まで大きな問題も無く進むと、訓練兵の大部分も行軍に慣れたのか初日の張り詰めた空気は薄くなり、些か拍子抜けしたという気持ちも見える。

「ここまで順調だが、最後の最後まで気を抜くんじゃねぇぞ!」

 そんな訓練兵達の空気から緩みを感じ取ると、各自にそうした声を掛けていくのは中隊長グラドだった。
 それを聞いた者達は気の緩みを引き締め直し、最後の七日目となる行軍が開始される。

 行軍訓練、七日目の昼。
 訓練兵とそれを引率する正規兵達は渓谷を抜け、山のように高い自然の岩に備えられた岩壁に巨大な門が備え付けられた場所へ辿り着いた。
 そして師団長たるザルツヘルムが、行軍訓練の前半が終わった事を告げる。

「ここが君達の目的地である、我が第四兵士師団の拠点となっている皇国軍拠点基地だ! 今より門を開放し、君達を中へ迎え入れる!」 

 ザルツヘルムが旗を振って門の監視に伝えると、巨大な門が開いて訓練兵達を迎え入れる。
 歩き疲れた訓練兵達は安堵の息を漏らし、隊列を維持したまま基地へと入る。
 そうして歩く中、訓練兵達の先頭を歩くグラドの隣にエリクが移動した。

「グラド」

「ん?」

「後で話がある」

「……例の件か?」

「ああ」

「分かった。一応この後、寝泊り出来る場所を皇国軍が用意してくれるらしい。俺とお前は相部屋にするから、そこで話そう」

「分かった」

 そう話したエリクは早めた歩調を隊列に戻す。
 
 基地の内部には小規模ながらも街が作られており、そこに住む者達がいる。
 住民の主だった顔は第四兵士師団の兵士達とその家族が中心であり、皇都の流民街のような様相よりも市民街に近い街作りがされている。

 そして正規兵達の案内で広い訓練場のある場所まで移動した訓練兵達は、そこでザルツヘルムの話を聞かされた。

「これで、行軍訓練の前半は終了する! 後半は四日後、物資を補給して各々の英気を養ってから皇都までの帰路を行軍するので、各自はそのつもりで! 後半の為に必要な物資は各担当者を通じて第四兵士師団に申請するように!」

「ハッ!!」

「それと、君達が滞在する為の官舎をこちらで用意している。ここも皇都にある官舎や兵士養成場と同じ作りをしているので、君達自身で部屋などは決めたまえ!」

 説明し終えたザルツヘルムが数名の正規兵を率いながら去っていく中で、思い出したように腰を降ろした訓練兵達に声を向けた。

「――……そうだ。君達が滞在中、君達の歓迎会を兼ねた催しを行う。君達の先輩が催してくれるモノなので、出来る限り訓練兵諸君には全員参加をお願いしたいので、そのつもりでね」

 そう伝えたザルツヘルムは訓練場から去り、何が行われるのかと期待する訓練兵達は、自分達の荷物を置く為に仮置きの倉庫と官舎へと向かう。
 しかし、約二名の人物はそれを期待できない。

 一人は傭兵エリク。
 そしてもう一人が、元傭兵のグラドだった。
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