虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

進むべき道

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 ベルグリンド王国の王都北部に位置する山に出たという魔物を討伐する為に、黒獣傭兵団は借り出される。
 新参の若者も交えた十四名の傭兵団は、移動の訓練も兼ねて進んでいた。

 その道中で夜になり、小川の近くで野営している時に、座った状態で寝ていたエリクが何かに気付く。
 気付きが見えた方へ顔を向けたエリクは、それを追う為に立ち上がった。

 その隣で横になっていたワーグナーも、エリクが立ち上がるのに気付いて顔を向ける。

「――……どうした、エリク?」

「いや」

「敵とか、魔物じゃねぇのか?」

「ああ」

「そっか。俺は、もうちょい寝るから。なんかあったら、起こしてくれ」
 
「分かった」

 そう言いながらワーグナーは欠伸を一つすると、再び眠りに入る。
 エリクはその気付きが何かを見る為に、天幕から離れた。

 そしてしばらく歩き、小川の近くにある小規模な森に入る。
 その中で話し声が聞こえると、エリクはその森に踏み込んだ。

「――……ってるっての」

「……」

 エリクの耳には話し声が確かに聞こえる。
 声は小さく一人の声しか聞こえないが、確かに誰かと話しているような言葉が耳に入った。

 それを確認するように歩いた時、一つの落ち葉をエリクが踏む。
 僅かに鳴ったその音が、周囲の静寂により拡大されたと錯覚する程に森の中で響いた。  

 その瞬間、聞こえていた話し声が途端に止まる。
 エリクは話し声が聞こえた場所に来ると、団長であるガルドが立っていた。
 その時のガルドは鋭い目を宿していたが、相手がエリクと分かるといつもの表情に戻る。

「――……エリクか。どうした?」

「……誰か、いた?」

「俺以外はいないだろうが?」

「でも……」

「気のせいだろ」

「……そうか」

 エリクは周囲を見渡し、ガルド以外の誰かを探す。
 しかし周囲にそれらしい気配は無く、確かにガルド以外に人はいない。

 ガルドはエリクの視線が別方向に向いた時、右手にある何かをズボンのポケットに入れた。
 そして何事も無かったように、エリクに話し掛ける。

「お前、気配の隠し方が上手くなったな」

「そうか?」

「ああ。ちゃんと、俺が教えた事をやれてるってことだ」

「そうか」

「相変わらず、分かってんのか分かってないのか、分からん奴だな」

「……何してる?」

「別に。なんとなく、森の空気を吸いに来たんだよ」

「そうか」

「お前こそ、俺を追って来たのか?」

「ああ。……夜に一人で動くのは、ダメだって言った」

「俺が教えた事だな。それを守ったのか」

「ああ」

「……ったく。お前はガキの頃と、まったく変わらねぇな」

「?」

「こっちの話だ、気にするな」

 そう言いながらガルドはエリクに歩み寄り、背中を叩きながら森から出るように促す。
 そして森から出て傭兵団の夜営が見える位置まで来ると、ガルドは空を見上げて話し始めた。

「――……エリク」

「?」

「お前、夢はあるか?」

「ゆめ?」

「何かやりたい事はないかって、そういう話だ」

「……魔物を殺す?」

「それは仕事の話だろうが。お前自身が、何かやりたい事はないのか?」

「……?」

「分からんか。まぁ、そうだよな。なんだかんだで、お前はまだガキだしな」

 空を見上げていたガルドは、そう言いながら歩き出す。 
 しかしエリクは何かを考えながら空を見上げ、視線を下げてガルドを見ながら話し始めた。

「……俺は」

「ん?」

「俺は、ここでいい」

「!」

「ここと、あそこがいい」

 エリクはガルドを見て、そして傭兵団が野営している場所を見ながら伝える。
 ガルドの傍に、そしてワーグナーがいる傭兵団に、エリクは居たかった。

 ただ魔物を狩って干し肉を食べるしかない日常が、ガルドに腕を引かれた日から変化する。
 傭兵団に入り、ワーグナーと出会い、様々な知識を覚えて自分に出来る事が増え、知らない世界が見れた。
 それがエリクにとって、ただ魔物を狩るだけよりも楽しい日常となっている。

 逆に言えば、それは執着にも似た歪んだ思考かもしれない。

 それ以上の世界をエリクは望まず、また自分からは踏み込まない。
 あるいはそうした世界に踏み込む事を、無意識に拒んでいる節が見える。
 傭兵として必要な知識は覚えながらも、他の物事に対して無関心な様子さえあった。

 それを察していたのか、ガルドは振り向いてエリクを見据える。
 そしていつものようにニヤけた笑みで、エリクに伝えた。

「エリク」

「?」

「世界は広いぞ」

「……?」

「この世界には、お前が知らない事がいっぱいだ。……王国の中だけが、そして傭兵団だけが、お前の世界じゃない。自分の道を、自分で狭める必要は無いんだ」

「……」

「今はこうして傭兵なんてやらせてるがな。いつかお前がやりたい事が出来たら、俺達の事は気にせずに進んで行けよ」

「……?」

「ワーグナーなんかは、自分が人殺しだの傭兵だので拘ってるみたいだが。この世界にとっちゃ、そんなのはちっぽけな事でしかない」

「……」

世界ルールに縛られ過ぎるな。若いお前等は、自分に従って道を切り開け」

「……よく、分からない」

「今は分からなくていいんだよ。いつかお前がもっとデカくなって、その時が来たら。お前はお前に従え。いいな?」

「……」

「いいな?」

「……分かった」

「よし。……なら、さっさと戻って寝るぞ」

「ああ」

 エリクはガルドの言葉を理解出来ぬまま、それに頷かされて野営場所に戻る。

 この時のガルドが何を言いたかったのか、昔のエリクは何も分からなかった。
 しかし今のエリクは、その言葉を理解する事が出来る。
 ガルドの言葉を体現したような少女との旅を、今のエリクは経験していたのだから。

 朝になると傭兵団は再び移動し、数日後に目的地の手前にある麓の町に辿り着いた。

 団長であるガルドはワーグナーとエリクを伴い、その町を拠点にしている傭兵団の詰め所へ向かう。
 そこで魔物化している山猫の実際の話を聞き、群れの規模や山の地形を把握する為の情報共有が行われた。

 その際、相手の傭兵団からこうした話を頼まれる。

「――……お前達も来るだと?」

「ああ。信用を落としっぱなしだと、今後の仕事にも関わるんでな。俺達の団も、あの山猫共の討伐に加えてくれ」
 
「しかしな……」

「報酬の話なら、俺達は俺達が狩った分の山猫共の素材を貰えればいい。報酬自体は、黒獣傭兵団そっちが全て受け取ってくれて構わん」

「……で、お前達と協力して討伐したと、報告しろってか? どっちにしても、こっちの報酬が下がりそうだな」

「その分は、俺達が狩った素材や資材で補填する。……今回、あの商人の護衛として出した連中が若い奴等ばかりでな。それでここの領主に団全体の評価を下されたら、この団も解体させられちまうんだ」

「……」

「それに、山の地理に関しては俺達の方が詳しい。ここに来たばかりのアンタ達よりもな。……頼む、協力をさせてくれ」

「……分かった。ただし、十名前後で選抜しろ。明日には山に出れるようにしとけ」

「すまん、助かるぜ」

 相手の団長と話すガルドは、その頼みを受け入れる。
 こうして現地の傭兵団と組んだ黒獣傭兵団は、翌日に山に入り、山猫の討伐を始めた。
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