792 / 1,360
革命編 三章:オラクル共和王国
終焉の希望へ
しおりを挟むシスターの村に身分を隠して潜み暮らして居た、旧ベルグリンド王国の第一王子ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド。
彼を発見したワーグナー達とクラウスは、脅しに近い形で仮宿にしている集会所の建物内まで連れ込む。
そして待機していた他の団員達と合流し、ヴェネディクトの周囲を黒獣傭兵団が取り囲む。
脅しを掛けられ逃げる事も出来ず怯えた様子で床に座らされるヴェネディクトに対して、椅子に座るクラウスは不遜ながらも落ち着いた様子で事情を聞いた。
「――……では、ヴェネディクト殿下。君達に何が起こり、どうして君だけがこの村に行き着いたのか。その事情を聞かせてもらおうか」
「……い、言ったら。帝国へ、亡命させてくれるのか?」
「君の知る情報に価値がある内容であれば、考えてやろう」
「……は、話す。話すから、この国から……私を出してくれ……」
「なら、さっさと話してしまえ」
クラウスはそう促し、ヴェネディクトが話すのを拒んでいた事情を聞く。
そして怯えを強くしながらも覚悟を決めたヴェネディクトは、自分自身が体験した話を一行に伝えた。
「……わ、私は……帝国と戦争した後、北方領土のツェールン侯爵家に匿われていたんだ……。そしてツェールンは他の傘下貴族達と共に、私を王太子として再起できる機会をずっと待っていた……」
「ほぉ。それで、再起の時が二年前に訪れたわけか?」
「……ああ。ツェールンは密偵を通じて、王都に騒乱が起きた事を知った。ウォーリスの奴が罪人になった傭兵団を追う為に王都の戦力を割いて、王都の中に居る者達も騒ぎでまとまっていないと、そう聞いて……だから……」
「ウォーリスを討ち、王と王都を手中に収める。その絶好の機会だと思い、ツェールン侯爵は挙兵したわけか」
「そ、そうだ……。……でも万全を期す為に、別の貴族家に匿われていた第二王子と協力することになった。……父上がウォーリスに移した王位継承権を私達に戻す為の、一時的な共闘だった」
「なるほど、今まで集めた情報と辻褄は合う。そして掻き集めた五万程の兵力を伴い、両王子の勢力同士で王都へ侵攻し始めたわけか」
「……」
「だが、お前達は敗北した。しかも討たれたお前達の軍には、生存者の報告も無いと聞く。……いったい、何があった?」
クラウスは話を進めさせ、五万の兵力が生存者も無く消えた理由を尋ねる。
その時、ヴェネディクトの表情に怯えが増し、身体を震わせながら自身の両手を両腕に掴ませながら首を小さく横に振った。
「……わ、私も……よく、分からない……。……全部、兵士や……ツェールン達が、言ってたことで……」
「それで構わん。反抗勢力に、何が起こった?」
「……ば、化物……」
「化物?」
「……途中で、夜営をしてたら……化物に襲われたんだ。……兵士や騎士、ツェールン侯爵を始めとした貴族達も……そして、ジェレミアも……。……みんな、その化物に喰われたんだと思う……」
「お前は、その化物を実際に見たのか?」
「……少しだけ……。……始めは皆、魔物か魔獣だって言ってたのに……。……でも、そうじゃないって報告が届いた後に……化物が、私達の居た陣を襲ったんだ……」
「それで、その化物はなんだったんだ?」
「……分からない……。……色んな動物が混ざったような、ドス黒い化物達が……兵士や騎士達を、喰ってた……」
「!」
「喰いながら、地面の下に……暗闇に入り込んで……。なのに、化物が喰ってる音が周囲に響いてて……。アレが何なのか、何も分からなくて……」
ヴェネディクトは怯えて震えながら涙を流し、自身の理解を超えた惨状を話す。
そうして口が止まりすすり泣くヴェネディクトに対して、クラウスは更に質問を重ねた。
「お前が言っていた、悪魔の男。それは誰の事だ?」
「……ウォーリスの奴が、いつも傍に置いていた……。何度か、見た事がある男……。黒髪で、青い瞳の……」
「アルフレッドと名乗っている男か」
「な、名前までは知らない……。……アイツが、あの化物達と一緒に、私達の目の前に来たんだ……」
「なに……!?」
「アイツは、こう言ってた……。私達は生贄だって……」
「……!!」
「そう言った後に、アイツはいきなり消えて……。……そして、黒い化物達が一斉に襲って来て……。……ツェールンは、あの男を悪魔だって言った……」
弱々しく語るヴェネディクトは、自分自身に起きた出来事を語る。
それは黒獣傭兵団の面々には想像し難い光景であり、少数ならともかく五万以上の兵力に生き残りが発生しない程の襲撃が起きたという話に、少なからず困惑していた。
しかしクラウスだけは冷静にヴェネディクトの話を聞きながら情報を分析し、次の問い掛けに移る。
「それで、他の者達が喰われている中。どうして君だけが生き延びた?」
「分からない……。……隣で走っていたジェレミアが、化物に首を噛みちぎられて……。ツェールンが足を化物に喰われて、暗闇に引きずり込まれながら、何か魔道具を使って……。そうしたら、私達の周囲がいきなり光り出して……。……目を開けたら、誰もいなくて。さっきまで、居た場所とは違う場所に居たんだ……」
「……まさか、そのツェールン侯爵とやら。転移魔法の魔道具を持っていたのか」
クラウスはヴェネディクトが生還した理由に、ツェールン侯爵が持っていた物に関わりがあると理解する。
そして話を聞く限り、それが転移魔法の類だとすぐに察する事が出来た。
親国であるフラムブルグ宗教国家から過去のベルグリンド王族に向けて、一人分の転移魔法を道具を与えられていても不自然ではない。
どういう理由でツェールン侯爵家が魔道具を保有するに至ったかは謎だが、万が一の状況に備えて用意はしていたのだろう。
しかし魔道具を使ったツェールン侯爵本人と第二王子は間に合わず、第一王子だげが転移する。
それを聞いて何かを察したクラウスは、僅かに眉を顰めながら続きを話すヴェネディクトの言葉に耳を傾けた。
「……それから、ずっと彷徨って……。食事も、水も無くて……。我慢できずに、その辺に食べてる草や木の実を食べて……何度も吐いて……。何十日もそうして彷徨って、もう無理だと思って倒れたんだ……。でも……」
「彷徨って行き倒れているお前は、ある村の人々に発見された。そして、命を繋いだということだな」
「……でも、私は怖くて……。あの悪魔の男が、私が生きてると知ったら……。また化物と一緒に、襲って来るかもしれなくって……」
「それで身分を明かさず、ウォーリスの派遣した兵士達からも逃げ、ここまで辿り着いたというわけか」
クラウスの尋ねる言葉にヴェネディクトは頷き、涙ながらに自分に起きた事情を伝える。
それを聞いていた黒獣傭兵団の面々は、現実離れした話をにわかに信じられない。
しかしクラウスは椅子から立ち上がると、床に座るヴェネディクトの隣で膝を着き、そのか細く弱々しい背中を右手で強く叩いた。
「っ!!」
「臣下の思いを無碍にせず、よくそ生き残った」
「……え?」
「君が生き残ったのは、君自身の運もあるのだろう。……だが君に尽くしていたツェールン侯爵は、最後まで諦めずに君を生かそうとした。間違いなど無く、彼は君の忠臣だった」
「……!!」
「命を懸けて主君の命を守る。彼は忠臣として役目を果たし、君は生き残った。そして我々に、君の持つ真実を伝える事が出来たのだ。……これは臣下の御手柄だ、ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド。君はベルグリンド王族として彼を讃え、彼のような忠臣を持てた君自身の幸運を誇るといい」
「……う、ぅ……。うぅうぅ……ッ」
クラウスは強い意思を秘めた青い瞳を向け、ヴェネディクトの背中を再び強く叩いてそれを伝える。
それを聞いていたヴェネディクトは涙を流しながら呆然とした表情を見せた後、今度は怯えとは違う悲哀の涙を見せながら咽ぶように泣き始めた。
こうして生き延びた第一王子ヴェネディクトによって、ベルグリンド王族を擁した反抗勢力の結末が語られる。
それはクラウス達とは異なる、ウォーリスの反抗勢力が辿った終焉。
しかしその終焉から逃れた一つの希望が別の希望に合流し、新たな奇跡の道が拓けた瞬間でもあった。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!
心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。
これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。
ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。
気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた!
これは?ドラゴン?
僕はドラゴンだったのか?!
自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。
しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって?
この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。
※派手なバトルやグロい表現はありません。
※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。
※なろうでも公開しています。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる