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革命編 四章:意思を継ぐ者

負け犬の声

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 自身の誘拐に関する依頼にオラクル共和王国の拙劣な事情がある可能性をアルトリアは知り、微妙な面持ちを浮かべる。

 アルトリアの扱う治癒と回復の魔法は、他の魔法師の追随を許さない程に優秀であり、確かに被害を受けて死に迫られている共和王国の民を救う力もあるかもしれない。
 しかし自分アルトリアを誘拐するという手段はあまりにも安直であり、そうした問題が解決する流れにならない事をウォーリスが考えていないのかと悩ませた。

 ウォーリスの思惑が分からないアルトリアは、そこで悩むのを止めて思考を切り替える。
 そして鉄格子の向こう側で視線を向けているクビアに対して、改めて今後の事を伝えた。

「――……とりあえず、アンタの話は分かったわ」

「じゃあぁ、牢獄ここから出してくれるぅ?」

「まだ駄目よ」

「えぇー、正直に話したのにぃ」

「正直かどうか、まだ判断できないからこそよ。まぁ、少し待ってなさい。悪いようにはしないであげるわ」

「もぅ、やっぱりケチな子ねぇ」

 クビアを牢獄から出す事をアルトリアは保留し、今までの話から宰相である兄セルジアス達の判断も聞く事を考える。
 そうしてクビアに関する処遇が保留された後、改めて別の牢獄に視線を向けたアルトリアは小さな溜息を漏らした。

「……で、もっと問題なのは向こうの男エアハルトだけど……」

「グルル……ッ!!」

 視線を向けたアルトリアが意識するのは、今も唸り声を漏らしながら殺気を漏らすエアハルト。
 自分達に敵対心と殺意を剥き出しにしているエアハルトに関しての処遇に、アルトリアは悩むような様子を見せた。

「うーん。ほとんど聞きたい情報は聞けたし、正直に言ってあんな敵意が剥き出しの奴を牢獄から一歩たりとも出したくないのよね。……クビア、アンタはあの男をどうしたいの?」

「そうねぇ。出来ればぁ、私と一緒に解放してほしいんだけどぉ」

「それじゃあ、アイツを説得してくれない?」

「えぇー。今の様子じゃぁ、難しいわねぇ」

「じゃあ、アイツだけあのまま牢獄に収容しておくことになるけど?」

「そうねぇ。――……ねぇ、エアハルトぉ。いい加減に大人しくしなさいよぉ」

 クビアは牢獄の中から声を張り上げ、別の牢獄に繋がれているエアハルトに呼び掛ける。
 それを聞いたエアハルトは憤怒の感情を宿らせた声で、その言葉に対する返答を伝えた。

「コイツ等は、絶対に許さんッ!!」

「あぁ、もぅ。それじゃあ、牢獄ここから出れないわよぉ」

「こんな鎖や牢など、自力で……ッ!!」

「無理は止めなさいよぉ。ゴズヴァールならともかくぅ、今の貴方じゃまだ無理よぉ」

「ウルサイッ!!」

「もぉー、相変わらず頭の固い子なんだからぁ」

 感情を剥き出しにして怒鳴るエアハルトに対して、クビアは困った様子を見せながら説得を続ける。
 そんな様子の二人を見ていたアルトリアは、疑問を浮かべてクビアに問い掛けた。

「アンタ達って、マシラの闘士になってから知り合ったの?」

「そうよぉ。エアハルトはぁ、ゴズヴァールが拾って来た子なのぉ」

牛男ゴズヴァールが?」

「あの子もねぇ、狼獣族の血を色濃く継いでる子でねぇ。生まれた時に狼の姿だったからぁ、両親と一緒に人間から迫害されちゃったんですってぇ」

「!」

「それで結局ぅ、両親からも捨てられてねぇ。一人で彷徨ってた時にぃ、ゴズヴァールが見つけて拾ったんですってぇ。それからゴズヴァールを慕って訓練を受けてぇ、マシラ闘士になったらしいのよぉ」

「……」

「だからねぇ、エアハルトが人間を嫌うのはしょうがないのよねぇ。自分を見捨てた両親やぁ、迫害して来た人間達ぃ。そういう連中には自分の力を見せつけてぇ、自分の存在を否定されたくないって思いが強いのよぉ」

「クビアッ!! 貴様、余計な事を喋るなッ!!」

 エアハルトが強く人間を嫌い敵対心を向ける理由を、クビアは正直に明かす。
 その声が届いていたエアハルトは怒鳴り声を上げながら制止させようとしたが、クビアの口は止まらずに動き続けた。

「でもエアハルトに関してはぁ、ゴズヴァールでも解決できない問題があったのよねぇ」

「問題?」

「エアハルトは狼獣族ろうじゅうぞくって種族なんだけどぉ、牛鬼族ミノスのゴズヴァールが教えた訓練ではぁ、強さの成長が止まっちゃってるのぉ」

「強さの、成長?」

「狼獣族は結構ねぇ、妖狐族わたしと同じで希少な種族なのよぉ。本来の狼獣族の戦い方は独特だけどとっても強くてぇ、ゴズヴァールの訓練だとエアハルトの潜在能力を引き出せなかったのよねぇ」

「独特って?」

「言い伝えだとねぇ、満月になると不死身みたいな治癒力を得たりぃ、自分の魔力でいかづちを纏いながら戦ったりぃ、魔獣化と人狼化を使い分けて戦闘姿勢スタイルを変えたりぃ、巨大な狼になって魔大陸に居る巨大な魔族や王級魔獣キングとも互角以上の戦いが出来るらしいのよねぇ」

「……で、今のアイツは?」

「せいぜい人狼化がやっとねぇ。満月ならそこそこ治癒力は上がるんだけどぉ、雷も自分じゃ生み出せないしぃ、魔獣化も出来ないしぃ。勿論だけどぉ、巨大化も出来ないわぁ」

「なるほどね。本来の狼獣族としても、弱すぎるってわけね」

「貴様ァ……ッ!!」

 狼獣族ろうじゅうぞくに関する言い伝えのような情報を聞いたアルトリアは、エアハルトの牢獄に視線を向けながら感想を零す。
 それを聞いていたエアハルトは再び憤怒の感情をアルトリアに向け、唸り声を漏らしながら拘束している鎖を揺らして激しい金属音を鳴らしていた。

 そんなエアハルトの様子にクビアは溜息を漏らすと、とある事情を伝える。

「実はねぇ、貴方達が彼や元マシラ闘士達と戦った後にぃ、私が治癒して【結社】に勧誘したのよぉ」

「【結社】に?」

「そうよぉ。この子ってばぁ、私が王子のすり替えをやってる事にも気付いてたのに黙ってたのを気付かれてぇ、ゴズヴァールから見限られてたのよねぇ。そのせいで居場所が無くなるだろうからぁ、私が居場所を作ってあげたのよぉ」

「……」

「その後にはぁ、彼を強くする為にある場所に送ったりもしたわぁ」

「ある場所?」

「魔大陸よぉ」

「!?」

「狼獣族の潜在能力を引き出すにはぁ、やっぱり魔大陸の過酷な環境に適応できるようになるのが一番手っ取り早いのよねぇ。だから二年間くらいぃ、魔大陸に送ってあげてたのよねぇ」

「……つまり、アイツは最近になって人間大陸に戻って来たってこと?」

「そうよぉ。今回の依頼で手が足りないからぁ、エアハルトに手伝ってもらおうと思ったのよぉ。私は老騎士のお爺ちゃんにも顔を見られてるしぃ、護衛役をやるワケにはいかなかったからねぇ」

「……なるほど。要は、今回の事件に巻き込まれたってわけ?」

「そうねぇ。私が巻き込んじゃったからぁ、出来れば見逃してあげてほしいんだけどぉ、駄目かしらぁ?」

「……」

 クビアの話を今まで聞いていたアルトリアは、神妙な面持ちを浮かべながら何かを思考する。
 すると口元を僅かに微笑ませ、クビアの牢獄から離れてエアハルトの居る牢獄の前に足を運んだ。

 すると視界に入ったアルトリアの姿に対して、エアハルトが更に強い唸り声を漏らしながら拘束している枷と鎖を暴れさせる。
 そんな危うい猛獣のような様子を見せるエアハルトに対して、アルトリアは腕を組みながら堂々とした態度で相対した。

「エアハルト」

「グルルッ!!」

「アンタ、嫌いな人間を見返したくて強くなりたいのよね?」

「黙れッ!!」

「でもアンタ、そんな弱いままでいいの?」

「!?」

「アンタと戦った赤髪の男。アイツ、あんな馬鹿でもこの帝国くにの皇子でね。ぬくぬく大事に育てられてきたあんな皇子に、アンタは一対一で傷つけられながら一時的に追い詰められてたのよ?」

「……ッ!!」

「今のアンタが二年前に比べてどれくらい強くなったかなんて知らないけど、結局はぬくぬく育った帝国皇子ユグナリスすらまともに倒せない。そんな程度の弱さで、満足していたいわけ?」

貴様キサマァ……ッ!!」

 ユグナリスを比較に出しながら語るアルトリアの煽りに、エアハルトは更に強い憤怒と敵対心を抱きながらアルトリアを睨み暴れる。
 枷を嵌められた右手首と腕部分には血が滲み始め、唇を噛み締めた為に口から一滴の出血も見えた。

 そんなエアハルトに対して、アルトリアは臆する事も無い様子で言い渡す。

「私が、アンタを強くしてあげてもいいわよ」

「……なにっ!?」

「私が訓練を施して、アンタの潜在能力を引き出してあげる。どこまで強くなれるかは、アンタ次第だけどね」

「貴様のような人間が、俺を強くするだと? 馬鹿にするなッ!!」

「馬鹿はアンタでしょ?」

「なんだとッ!?」

「訓練ってのはね、何でも闇雲にやればいいってもんじゃないのよ。その人物に合った適性を見定めて、そして適正に合う訓練を行う。そうすれば誰だって短期間の内に強くなれるわ」

「!!」

「アンタと戦った帝国皇子ユグナリスも三年くらい前まではデブの運動音痴だったのに、魔人のアンタと互角に戦えるだけの能力を身に付けた。ログウェルの指導がユグナリスの訓練として適していた証拠ね」

「……な……っ!!」

「アンタの適性を見定めて、私が訓練を課す。その過程を踏めば、アンタは今よりも強くなれる可能性がある。勿論、アンタを負かしたこの老執事バリスよりもね」

「……人間の指図など、絶対に受けんッ!!」

 アルトリアの提案をエアハルトは頑なに拒否し、鋭い視線と殺気を再び見せる。
 それを受けながらアルトリアはわざとらしい程に大きな溜息を漏らし、呆れた口調でこんな話をし始めた。

「あっ、そう。あーあ、せっかくの機会チャンスを自分で不意にするなんて、やっぱり馬鹿ね」

「グルル……ッ!!」

「アンタ、エリクやケイルに再戦リベンジしたいんでしょ?」

「!」

「あの二人は今、私の傍にはいないけれど。そのうちに戻って来るわよ? 私のところにね」

「……それは何時いつだ?」

「早くても二年後くらいかしら。でもアンタには関係ないわよね? このまま地下に繋がれ続けて処刑されるんだから。……仮に逃げ出せたとしても、今のアンタだったらあの二人どころか、私でも簡単に秒殺できそうだわ」

「貴様……ッ!!」

「どう吠えたところで、アンタは弱い。その弱さが証明されたから牢獄そこに繋がれてる事も理解できてないくせに、魔人だの人間だのと偉そうに高説を垂れてるんじゃないわよ」

「ッ!!」

「いい? アンタは自分より弱い奴しか相手できない、単なる負け犬。それも認められずに現実から目を背ける奴が、誰よりも強くなれるはずがないじゃない。……そのまま最後の瞬間まで、せいぜい弱音なきごえを上げ続けることね。まぁ、誰もアンタの情けない鳴き声なんか覚えないでしょうけど」

 声色を低くさせたアルトリアは、冷淡な言葉と視線を向けながらエアハルトを見下す。
 それを聞いていたエアハルトは今まで以上に憤りを強めた表情を浮かべたが、アルトリアはそれにすら興味を失くすように背を向けた。

 そして後ろに立つバリスに向けて、扉側に視線を移しながら話し掛ける。

「帰りましょうか。もう用は済んだわ」

「分かりました」

「!」

「ねぇー。ちゃんとここから出してねぇー?」

「はいはい、アンタは出してあげるわよ」

 敢えて戻る事を伝えるアルトリアに、バリスは応じながら頷く。
 その声に反応したクビアが最後の嘆願を向けるが、先程とは異なる軽い声を向けながらアルトリアは返答した。

 そんなアルトリアの背中を強く睨むエアハルトは、歯を食い縛りながら顔を伏せる。
 そして右腕に嵌められた枷と鎖を僅かに震わせながら、エアハルトは吐き出すような声を漏らした。

「……クソ……ッ。――……女ッ!!」

「……あら、負け犬がまた情けなく吠えてるわね?」

「グッ!!」

「キャンキャン吠えてて、ここはうるさいわねぇ。さっさと戻りましょうか」

 アルトリアはそうした煽りの言葉を向け、エアハルトの呼び掛けを敢えて無視する。
 それを聞いたエアハルトは更に表情を強張らせながら憤怒を滾らせたが、歯を剥き出しにした口を閉じながら再び声を吐き出した。

「……本当に、俺を強く出来るのか?」

「……」

「出来るのかっ!?」

 そうした叫びを聞いたアルトリアは、扉に進んでいた足を止める。
 そして振り向きながらエアハルトの牢へ視線を向けると、自信に満ちた声でこう伝えた。

「出来るわね。私だったら」

「本当かッ!?」

「私を信じられないって言うなら、その牢獄なかで最後を迎えなさい。それが唯一、弱いアンタが出来る事よ」

「……俺は、貴様を信じるわけではない。俺は俺が強くなる為なら、なんだって利用するッ!! それが【結社】だろうが、お前のような奴でも……!!」

「あら、そう。――……まぁ、その鳴き声だけは覚えておいてあげるわ」

 そう伝えたアルトリアはバリスの開けた扉を潜り、地下牢の部屋から退出する。
 そして二人が退出した地下牢からは、唸り声や金属が擦れ響く音は無くなったのだった。

 こうしてアルトリアは魔人の二人と対面し、それぞれに応じた話を向ける。
 思わぬ形でアルトリアに引き入れられた二人の行く末は、彼女の裁量によって定められる事となった。
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