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革命編 五章:決戦の大地

高潔な精神

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 旧ゲルガルド伯爵領地の都市に赴いた帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは、特級傭兵スネイクと『砂の嵐デザートストーム』の襲撃を受ける。
 しかし彼等もまたウォーリスによって追い詰められ、そうせざるを得ない立場へと追い込まれたという事情を抱えていた。

 それを知ったユグナリスは、奴隷紋と自爆術式が施されたスネイクも含めて、『砂の嵐デザートストーム』も都市の人間達と共に救う手立てを考える。
 そして唐突な言葉を発したユグナリスにその場の全員が怪訝そうな表情を浮かべながらも、ユグナリスの話を聞いた。

 こうした出来事が十五分程が経過した頃、赤い結界に覆われた都市外部にて悪魔化した合成魔獣《カイブツ》の後方に立つ人物がいる。
 それは悪魔騎士デーモンナイトザルツヘルムであり、都市の外壁に視線を逸らした後、右手に持つ懐中時計を見ながら呟いた。

「――……三十分まで、あと三十秒だ」

 ザルツヘルムは懐中時計を見ながら、一秒毎に進む秒針と都市の外壁を交互に見る。
 特に目立つ変化の見えない都市の状況に小さな溜息を吐き出したザルツヘルムは、秒針が二十秒経過した辺りで右手を軽く上げた。

 すると佇んでいた合成魔獣カイブツ達は身構えるように前傾姿勢となり、都市に対して唸りを向けながら口からよだれを垂らす。
 しかし秒針が三十秒を越えようとした瞬間、都市を覆う赤い結界の内部から異なる青い発光が外壁付近に見えた。

「……ほぉ、仕留めたのか」

 青い発光に気付いたザルツヘルムは、軽く上げていた右手を腕ごと引かせながら振り下ろさずに留まる。
 それと同時に身構えていた合成魔獣カイブツ達は身構えた様子を引かせ、口から流れ出る涎を止めた。

 すると合成魔獣カイブツ達の巨体を支える地面に影が伸び、合成魔獣カイブツ達を影内部へ沈ませながら飲み込んでいく。
 そして全ての合成魔獣カイブツを影に取り込んだ後、ザルツヘルムは青い発光を見ながら自らも影の中に沈みながら消えた。

 そして次の瞬間、青い発光が見えた外壁の屋上うえに存在する影にザルツヘルムが移動する。
 更に身体を影から出したザルツヘルムは、そこに立つ人物の状況を見ながら声を掛けた。

「……随分と手こずったようだな。スネイク」

「――……まぁな」

 青い発光弾を上げて外壁の屋上うえに立っていたのは、『砂の嵐デザートストーム』を率いる特級傭兵スネイク。
 しかしその姿はボロボロであり、特に左肩や左腕には深い切り傷を負った状態ながらも、出血を止めて意識を残す状態でザルツヘルムとの会話を続けた。

「お前等の命令は、ちゃんと果たしたぜ」

侵入者あいての生死を確認したのか?」

「ああ、あそこだよ。今は部下が掘り起こしてる」

 スネイクはそう言いながら、外壁から内側の都市部に右手の人差し指を向ける。
 その指した場所を視線で追うザルツヘルムは、爆発と切断された建物群を見ながら口を開いた。

「随分と、派手にったようだな」

「それだけの相手だったってことだ」

「なるほど。……だが死体を確認しない限り、お前達が命令を果たしたか疑わせてもらうぞ」

「分かってるっての。……おっ、噂をすればだ……」

 そうした会話をしている最中、スネイクは首から下げている装飾型ペンダントの魔道具が仄かに光る。
 それを右手で握ると、ザルツヘルムにも聞こえる形で魔道具ペンダントから団員の声が聞こえた。

『――……団長、侵入者の死体を発見しました』

「そうか、原型は残ってるか?」

『ある程度は。ただし臓物はらが出てたり、血塗れですが』

依頼主クライアントが死体を確認したいらしい。見せれるようにしとけ」

『了解』

 そうした会話で魔道具での交信を止めるスネイクは、ザルツヘルムに改めて顔を向ける。
 すると団員の報告を聞いていたザルツヘルムに、改めるように伝えた。

「死体、見るんだろう? 行こうか」

「そうしよう」

 スネイクはそう言いながらくだれる階段のある場所へ向かい、ボロボロの姿ながらも歩き出す。
 それに付いて行くザルツヘルムは、二人で共に外壁から降りながら都市に繋がる出入り口まで歩き向かった。

 それから十数分後、二人は都市側の地面を歩きながら大きく崩れ落ちる建物群に辿り着く。
 爆発で崩壊した建物や、切り刻まれた瓦礫に集まる十数名の団員達は、訪れたスネイクとザルツヘルムを見ながら声を掛けた。

「――……団長、こっちです」

「ああ。数は?」

「二人です。侵入者の死体で、間違いないかと」

「らしいぜ。んじゃ、確認でも何でもしてくれよ」

「……」

 そう述べる団員とスネイクに促される形で、ザルツヘルムは歩みを進めながら団員達が囲む死体の場所へ辿り着く。
 そこには二人の人物が倒れており、常人が見れば見るも無残な状態となっている様子が窺えた。

 一人は赤髪の青年であり、その頭部や身体の各箇所に銃弾が撃ち込まれたような跡が見える。
 身体には赤い血が塗れるように流れて周辺に飛び散った跡があり、瞼を閉じながらも僅かに口を開けたまま生気の無い様子が窺えた。

 そしてもう一人は、銀髪ながらも鍛え抜かれた肉体を持つ長身の男。
 しかしその身体には幾つかの銃弾を受けて大量の血を流した跡が見え、更に腹部や左脚の部分は大きく切り裂かれた状態であり、特に腹部からははらわたの一部が出ている様子が窺える。

 ザルツヘルムは二人の死体を見下ろし、その顔を確認する。
 そして見覚えのある二人を顔を見ながら、彼等の名前を呟いた。

「……ユグナリス、エアハルト。やはりこの二人だったか」

「なんだ、知ってる奴だったのか? ……もしかして、殺しちゃマズい相手だったかい?」

「……いいや。だが、よく貴様達でこの二人を仕留められたものだ」

「『砂の嵐デザートストーム』に仕留められない奴はいない。ほとんどの人間が『銃』の恐ろしさなんぞ知らない現代では、特にな」

「前回は、随分な失態を見せたと聞いているが?」

「護衛や誘拐なんて仕事は、俺達の本領を発揮できん。先制して目標ターゲットを撃ち抜く。それが俺達の本領だ」

「なるほど。……だが、やはり確認は必要だ」

「?」

 死体を見るザルツヘルムに対して、スネイクはそうした話を向ける。
 しかしザルツヘルムは死体を確認するように近付きながら、まずは瓦礫の上で倒れるユグナリスの顔面を蹴り上げた。

 ユグナリスは顔面を蹴られながら瓦礫の上を更に跳び、そのまま動くことなく横向きに倒れた様子を見せる。
 そして蹴り上げたユグナリスが蹴られた際に何かしらの反応を起こしていないか確認したザルツヘルムは、その結果を口から呟いた。

「!?」

「……死んだフリというわけではなさそうだ」

「あ、当たり前だろ。眉間を撃ち抜いてるんだぜ? 例え聖人だろうと、即死だ」

「なるほど。……では、こちらはどうだろうな」

「!」

 ザルツヘルムはそう口にしながら、今度はエアハルトの方に顔を向ける。
 そして歩みよりながら倒れるエアハルトに近付き、臓物が出ている腹部を右足で踏み付けた。

 それから幾度も踵部分で腹部を抉るように踏みながら、何の反応も示さないエアハルトの様子を確認する。
 すると踏み付けていた右足を離し、改めて二人の生死について言葉を口にした。。

「確かに、この二人は生きていない。それに生物に特有の、生命力も感じない。……間違いなく、死んでいるようだな」

「……命令は果たしたと、認めてくれるか?」

「ああ。お前達は命令を果たした、『砂の嵐デザートストーム』。今回は、見事な働きぶりだ」

 ザルツヘルムはそう述べながら、二人が倒れている瓦礫から離れるように歩き出す。
 そうした様子を見る団員達は小さな安堵を漏らしながらも、スネイクはそうした様子を見せることなくザルツヘルムに問い掛けた。

「この死体は、前みたいに運ばなくていいのかい?」

「ああ、もう死体は必要ない」

「なら、死体こいつらはどうする? 俺達で処理しちまっていいのか?」

「……いいだろう。ウォーリス様には、邪魔者そのふたりが死んだ事を伝えておく。お前の功績もな」

「そりゃ有難いがね、俺達はこれからどうすればいい?」

「今はウォーリス様も、お前達に構っている暇は無い。しばらくは、この都市に待機していろ。新たな命令が出れば、伝えに来る」

「そうかい。どうせなら、この功績で奴隷紋これ自爆術式じゅつを外してくれると助かるんだがな」

「ウォーリス様に進言しておこう。だが使えぬ駒だと判断された時、お前達はウォーリス様に殺される。それを忘れるな」

「……ッ」

 ザルツヘルムはそう述べ、『砂の嵐デザートストーム』に警告を向ける。
 その異様な存在感を肌で感じるスネイクや団員達は、苦々しい表情を浮かべながら影の中に消えるザルツヘルムを見送った。

 それから数分後、都市を覆っていた赤い結界が消失する。
 それを確認した後、スネイクは団員達に命令の言葉を伝えた。

「……それじゃあ、領兵共が来る前に死体を運ぶぞ。後で処理する為にな」

「了解」

 スネイクの命令に団員達は応じ、ユグナリスとエアハルトの死体を移動させる。
 担架に乗せられた二人はその場から運び出され、外壁から離れた都市内部のとある建物まで移動させられた。

 その際にユグナリスの武器である剣も団員に拾われ、同じ建物に運ばれる。
 そして建物内の照明を点けると、数名の団員達に建物周囲の監視を任せたスネイクは床に運んだ二人に、用意していた桶の水を掛けた。
 そして血をある程度まで洗い流した後、死体となっている二人にスネイクは話し掛ける。

「おい、もう起きていいぜ」

「――……ハァ……ッ!!」

「……ガ、ハ……ッ!!」

 スネイクがそうした言葉を向けた瞬間、血塗れの二人が突如として息を吹き返す。
 それと同時に肉体の生命力を高めながら白い輝きを纏い、瞼を開けながら互いに荒い呼吸を見せて大きく呼吸を行う姿を見せた。

 その苦しみ様は尋常ではなく、二人はしばらくそうした様子で床を噛み締めるように体を動かす。
 数分後にそうした様子を落ち着かせた二人は、荒い息ながらもスネイクに声を向けた。

「ハァ……ハァ……。……うまく、いきましたか……?」

「みたいだな。やっこさん、お前等が本当に死んでると思ってたらしい」

「それは……良かった……」

「……チッ。なんで俺が、こんな事を……」

 荒い息ながらもそうした言葉を漏らす二人に、スネイクは引き気味の表情で見つめる。
 そして二人の様子を見ながら、改めてこの状況について感想を伝えた。

「それにしても、まさか本当にバレないとはな……。……お前等、どういう訓練を受けてんだよ」

「……はぁ……。……俺達の師匠は、生命力オーラの扱い方を教える時に……体内の生命力オーラを極限まで消すやり方も教えてくれましたから……」

「それで、呼吸どころか心臓や脈も十数分以上も止めるだと? 普通はそのまま死ぬぞ」

「え、ええ。……でも、生命力オーラの循環を敢えて止めるやり方は、自分の生命力オーラを繊細に扱う上で必要だからと……」

「……イカれてるぜ。その師匠ってのも、お前等もよ」

 ユグナリスの言葉を聞いていたスネイクは、引き気味の笑みでそうした言葉を漏らす。
 そんなスネイクに対しても、ユグナリスは賞賛する声を向けた。

「貴方達も、十分に凄いですよ……。あんな短い時間で、俺達にここまで施してくれたんですから」

「その為に、家畜ブタを盗んで使ったがな」

「それも驚きました。まさか豚の血や皮膚、そして内臓まで使って、俺達が本当に死体のように思わせるなんて……」

「それくらい材料があれば、銃殺死体に見えるよう細工をするのは簡単だ」

「そうなんですか。……単なる思い付きでしたが、貴方達のおかげでザルツヘルムをあざけた。そして、この都市の人達も救えた。……本当に感謝します。スネイク殿、それに『砂の嵐デザートストーム』の皆さん」

 ユグナリスは自分達を偽装死体に作り上げた『砂の嵐デザートストーム』の一同に対して、床に膝を付けながら頭を下げて感謝を伝える。
 それを見たスネイクや室内に居る団員達は、再び驚く様子を見せながらも皮肉染みた笑みを見せた。

 エアハルトはそれを見ながら、不機嫌そうに腹部に施してある家畜ブタの内臓を剥がす。
 そして細工された傷口を右手で剥ぎ取りながら、ユグナリスに声を向けた。

「それで、これからどうするつもりだ?」

都市ここに居たザルツヘルムの匂いを辿りましょう。さっきまで居たのなら、匂いも新しいはずだ。出来ますか?」

「出来るに決まっている」

「良かった。――……俺達は、ザルツヘルムを追います。貴方達はどうしますか? スネイク殿」

「……まぁ、待機するよう言われてるからな。俺達は、都市ここから動くわけにはいかん」

「そうですか……」

「結局、ここで助かったとしても。俺達の命を握ってるのは、あの化物野郎ウォーリスだ。……俺達は、何も出来ん」

 そう述べるスネイクの言葉に、団員達は気持ちを沈ませながら苦々しい表情を見せる。
 そんな『砂の嵐デザートストーム』に対して、ユグナリスは真剣ながらも偽りの無い表情で伝えた。

「俺達はこれから、ウォーリスを討ちます。そして俺の大事な人リエスティアを取り戻し、貴方達も奴の手から解放します」

「!?」

「……本気かよ? 相手は、あの悪魔共バケモノどもを従えてる化物だぞ」

「それでも俺は、ウォーリスを討ちます。……それが終わったら、改めて貴方達に御会いして、感謝を伝えたいです」

「……!!」

 そうした言葉と微笑みを伝えるユグナリスは、スネイクに対して右手を差し伸べる。
 それが握手を求める為の右手である事に気付いたスネイクや団員達は、驚きを見せながらユグナリスを見た。

 そして内心で思う事を、スネイクは吐露させる。

「……俺達は、お前等を殺そうとしたんだぜ?」

「でもそれは、貴方達の意思じゃなかった。だったら、貴方達を責める必要はない。責めるべきは、貴方達をそうした立場にしたウォーリスです」

「……甘すぎるだろ、皇子様よ」

「甘いと言われようと、俺は貴方達を責めるつもりはない。そして本当に、貴方達に感謝しているつもりです」

「……本当に、ルクソード皇族ってのは……ムカつく奴ばっかりだぜ」

 憎悪も無く本気で感謝を伝えているユグナリスに対して、スネイクは僅かに苛立ちの言葉を向ける。
 しかし相反するように差し伸べられた右手に右手を伸ばし、その握手で応じるように握り締めた。

 それに対してユグナリスは微笑みを強め、スネイクは視線を逸らしながらすぐに右手を離す。
 するとユグナリスとエアハルトの二人は顔を見合わせ、共に頷いた後に建物の外へと走り去った。

 こうして特級傭兵スネイクが率いる『砂の嵐デザートストーム』との戦いを終えたユグナリスとエアハルトは、再びザルツヘルムを追う為に走り出す。
 一度は生き死を賭けた戦った敵を憎まず、そうした者達と握手を交わすユグナリスの行動は、かつて曲者揃いの七大聖人セブンスワンを束ねていた『赤』ルクソードを彷彿とさせる高潔な精神力を宿らせていた。
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