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革命編 五章:決戦の大地
孤狼の出会い
しおりを挟むフォウル国の参陣によって窮地を救われたガルミッシュ帝国の帝都だったが、その裏側でもう一つの動きが在る事を帝国宰相セルジアスは知る。
それは自分の妹アルトリアと、帝国皇子ユグナリスの愛するリエスティア姫を抹殺する為に動く、フォウル国の精鋭達についてだった。
しかしその一方で、ある人物達がその二人を救う為に動いている事にも気付く。
その一人が元黒獣傭兵団の団長エリクであり、彼等と連動してウォーリスと敵対するように動く【魔王】なる存在も認知したセルジアスは、二人を救う為に動く者達がいるのを察する事が出来た。
そうした一方で、場面は狼獣族エアハルトに移る。
ユグナリスを見限り単独で敵拠点と思われる同盟都市建設予定地に向かっていたエアハルトは、ついに目的地に辿り着いていた。
しかしその表情は険しく、動かす鼻を右手で塞ぐような様子さえ見える。
その原因は、溢れ返る程に見える夥しい死体の腐臭と、悪魔化した合成魔獣が徘徊している状況にあった。
「――……チッ。魔力の匂いも、奴の匂いも、臭すぎて分からん……」
建設予定地が見える山の峠から遠目と嗅覚で確認するエアハルトだったが、そうした理由に匂いによる追跡を断念する。
嗅覚が良過ぎる故に見失った状況をエアハルトは歯痒く感じながらも、それでも死体と合成魔獣の警戒網を潜り抜けようと走り始めた。
山の森を駆け抜けながら迂回するように進むエアハルトは、敵側の警戒網に穴が無いかを確認していく。
しかし警戒網に一つの穴も見えず、犇めく死体と合成魔獣の数を見ながらエアハルトは呟いた。
「なんだ、この数の多さは……。奴等、自分の拠点にいる事を隠そうともしていない……。……それとも、ここまで警戒を敷く理由があるのか?」
死体の行軍を始めとした派手な動きを見せる敵側の警戒について、エアハルトはそうした察しを口から漏らす。
隠れ潜む様子も無く、ただ圧倒的な数で防衛力を自分の拠点を固めるという光景は、明らかに敵側が何かしらの襲撃を警戒しているとしか考えられない。
その結論に至れたエアハルトは、そうした状況に小さな舌打ちを漏らした。
「……四方全てに警戒が敷かれているとしたら、穴など無いか。……だとしたら、正面からの突破のも手段だが……」
潜入を不可能だと考え始めるエアハルトは、最終手段として正面突破を試みるか検討する。
しかし敵の警戒網に突入し、その全ての敵を屠りながら突き進むのが可能だとしても、相当の消耗を強いられる事がエアハルトには理解できた。
それ故に、エアハルトの呼吸を吐きながら手段の結論に至る。
「……女狐が言っていた、フォウル国の魔人達。その襲撃に紛れて、穴を見つけて潜入する……。……それが現実的か」
紙札を通じてフォウル国が敵拠点へ襲撃する事を知っていたエアハルトは、その時間まで休息することを選択する。
そして再び峠部分に戻りながら身体を座らせ、敵の警戒網の動きが見え易い位置で状況を見極める事を選んだ。
それから鼻の呼吸を止めて口呼吸に切り替えるエアハルトは、夜の景色を視界に捉えながら目を瞑る。
最初の帝都襲撃から二日間、まともな睡眠を行っていなかったエアハルトは、座った姿勢のまま意識を緊張させて眠りに至った。
エアハルトは睡眠を行う中で、とある夢を見る。
それはエアハルトにとって過去の出来事であり、人間という存在を嫌悪する理由でもあった。
『――……アンタなんか……生まれて来なきゃよかった……』
『……』
エアハルトが夢で思い出すのは、まだ五歳にも満たない幼少時代の頃。
その言葉を少年エアハルトに向けたのは、自らの胸に短剣を突き立てて死んだ自分の母親だった。
四大国家に所属しない小国で生まれたエアハルトは、生まれた時から異端の姿をしている。
人の生態ではない頭部の耳と尻尾を生やし、更に狼に偏った顔立ちと肌に生い茂る獣染みた毛は、明らかに人間の姿ではなかった。
父親か母親か、どちらに狼獣族の遺伝子があったのかは分からない。
しかし両親とは異なる異形の姿で生まれたエアハルトは、生まれた日を祝われぬ『化物』として扱われ続けた。
少年時代のエアハルトに、父親の記憶は無い。
父親は自分を生んだ直後に母親の前から蒸発し、その後は現れる事すらなかった。
母親も異形の子を生んだ事で精神を病み、周囲に『異形の子を産んだ女』と虐げられ、最後には自ら短剣を手にして自殺した。
名前すら知らない母親が最後に残した恨みの言葉を聞いたエアハルトは、特に涙を流す事もなく家だった場所を去る。
そして荒れる小国と人間社会の中で暮らす内に心さえも荒み、自分を差別する人間という存在を強く憎悪し、そうした存在に抗う為に力を身に着ける事を固執するようになった。
その為ならば自分を害する人間には容赦なく反撃し、そうした人間達からは生きる為に必要な物を奪う事を日常としていく。
時に自分を上回る実力者に対峙し逃走したとしても、油断を突き寝首を掻いて殺すという手段も平気で用いるようになった。
それがエアハルトという少年が、敵だらけの世界で生きる為に学んだ戦い方。
これ等の所業は人間社会では悪事であると断じられ、国から指名手配までされるようになった十五歳前後のエアハルトは、人間達に狙われながら戦いに明け暮れる日々を送っていた。
そうした魔人の噂を聞き付けたある人物が、その小国に訪れる。
それがマシラ一族に仕えていた同じ魔人のゴズヴァールであり、必然として二人が最初に出会った当初は、敵対者として向かい合う形となった。
『――……なんだ、貴様は』
『……なるほど、狼獣族か。随分と珍しい種族が人間大陸にいたものだ』
『なんだと聞いている。……貴様も敵か』
人里から離れた山の中で潜んでいたエアハルトの前に、そのゴズヴァールが現れる。
その風貌はエアハルトでも一目で強者だと見抜ける程であり、即座に戦闘態勢となって構えた。
ゴズヴァールはそれを見ながら口元を微笑ませ、右手に持ちながら背負っていた荷物を地面に落とす。
そして身構えもせずに歩み寄ると、敵意と牙を剥き出しにしたエアハルトはゴズヴァールに襲い掛かった。
しかし数秒も経たない内に、エアハルトはゴズヴァールに叩きのめされる。
飛び掛かり爪で斬り裂こうとした瞬間に視界は宙を舞うように視界が動き、気付いた時には地面に叩きつけられながら呼吸を行うのも困難な状況になっていた。
『ガッ、ハァ……ッ!!』
『度胸はある、だがそれだけだ。技術も何もあったものではない』
『……ッ!!』
『今の貴様は、俺の敵ではないな』
『な……にぃ……っ!!』
見下ろしながらそうした言葉を向けるゴズヴァールに対して、エアハルトは血を吐き出しながらも鋭い睨みを向ける。
それを見るゴズヴァールは再び口元を微笑ませると、倒れたエアハルトの身体を左腕と左肩で抱えた。
『……離せ……っ!!』
エアハルトは腹部に感じる痛みを堪えながら、ゴズヴァールの皮膚や身体に爪を立てる。
しかし鍛え上げられた肉体と魔力で覆われた身体は傷付ける事を出来ず、逆に爪が折れるという状況に陥ったエアハルトは、困惑を浮かべた。
『……ッ!!』
『言っただろう。お前は俺の敵ではない』
『……俺を、人間共に渡すつもりか……っ!!』
『そうしても構わんがな。だが、お前は惜しい』
『……惜しい、だと……?』
『お前なら、今以上に強くなれるかもしれん。ここでその芽を摘むのは、少し勿体ない』
『……俺が、勿体ない……?』
『俺が仕える国に来い。そこで俺が、貴様を戦える戦士に育て上げてやる。……嫌だと言うなら、この国の人間に引き渡しても構わんがな』
『……ッ』
自らの荷物を右手に持ったゴズヴァールは、そのままエアハルトを抱えて行く。
その言葉を聞いていたエアハルトは、初めて自分という存在を否定せずに受け入れてくれた相手に対して、動揺と困惑を浮かべながらも付いて行く事を選んだ。
それからゴズヴァールの手によって保護されたエアハルトは、マシラ共和王国のある大陸へと渡る。
その間に魔力制御などを基本とした魔人の技術を教えられ、更に人化できるようになる肉体変化の方法も学ぶ事が出来た。
始めこそ耳や尻尾は隠すまで至れなかったが、エアハルトは獣染みた顔が人の顔立ちに変質できるようになる。
そしてゴズヴァールもまた自分と同じ魔人である事を知り、エアハルトは自分が『人間』とは違う『化物』ではなく、『魔人』という明確な存在なのだと自覚するようになった。
そして当時、首都を少しずつ建築中だったマシラ共和国にエアハルトは招かれる。
そこには他にもクビアを始めとした他の魔人達が存在し、誰もがゴズヴァールに庇護される形で集められた同胞だという事を知った。
圧倒的な実力を魅せるゴズヴァールに魔人としての訓練を受けるエアハルトは、初めて尊敬を抱くに足る人物を得る。
それは力に求め焦がれるエアハルトにとって、まさに理想と呼べる存在に出会った出来事だった。
しかしゴズヴァールが仕えるというマシラ共和国の実情を知っていく内に、エアハルトは不快にも似た疑問を浮かべる。
特殊な能力を持つマシラ一族と呼ばれる者達に恩義を受けたゴズヴァールは、その一族が死に絶えるまで仕える約束事を自らに課していた。
それを利用して同じ大陸に在る小国等がマシラ一族を王として奉り、マシラ共和国が設立された事をエアハルトは知る。
言わばそれは、マシラ一族とそれに仕えるゴズヴァールの力を利用する為に群がる、腐った人間共の集まりで出来た国。
そうした種の人間を最も嫌うエアハルトにとって、マシラ共和国は理想とは程遠い国としか思えなかった。
『――……ゴズヴァール。何故あんな人間共に、この国を好き勝手させている? お前は力もあるし、頭もいい。お前なら、この国を司る事も出来るはずだ』
『俺は権力に興味は無い。あるのは、マシラ一族とその民を守護することだけだ』
『なら、この闘士部隊とはなんだ? 何故お前の仕えている王や、長のお前自身の命令ではなく、人間共の命令で動くようになっている? 第一、弱い人間共とどうして組まなければならない』
『人間達に乞われたのだ。魔人達だけではなく、人間も鍛えるようにな。その集まりが、闘士部隊というだけだ』
『……それは結局、お前が人間共に利用されているだけだろう。何故そんなモノに従う必要がある?』
『マシラ王に頼まれた事だ。……マシラ王の頼み事ならば、それに応じる。それが俺の忠義だ』
『……ッ』
そう述べるゴズヴァールの背中を見送りながら、エアハルトは納得し難い感情を表情に見せる。
しかしそうした感情はエアハルトだけではなく、他の魔人達にも共通した認識を持たれていた。
ゴズヴァール個人を慕って集まっていた闘士部隊の序列に置かれている魔人達は、人間達に利用される事を拒絶するようにマシラ共和国から離れるようになっていく。
中には人間に対する不満や反発心からではなく、魔人としての闘争本能を求めた者もおり、その一人が後にガルミッシュ帝国の騎士団長を務めて鉄槌の騎士と呼ばれた魔人、序列七位のボルボロスでもあった。
そうして離れていく同胞達を引き留められずに見送るしかないエアハルトは、自然とゴズヴァールに継ぐ実力者として闘士部隊の次長に置かれる事になる。
残る闘士部隊に残る魔人は、ゴズヴァールと自分、第四席を務めていた妖狐族クビアだけになり、エアハルトは虚無にも似た現実の中でもどかしい日々を送るようになっていた。
そんな満たされぬ日々を送り続けてニ十歳になったエアハルトは、ある出会いを迎える。
それはマシラ王宮の一角で行われていた、女官達同士の虐めと思しき光景を目にした時だった。
『――……アンタ、王子様のお気に入りだからって良い気になってんじゃないわよ』
『……私は、そんなつもりは……』
『そういう態度が気に入らないって言ってるのよ。分かってるの?』
『元奴隷のくせに、調子の乗って! この――……』
王宮内の人目が少ない場所から喧騒が聞こえたエアハルトは、また醜い人間の争いだと気付いて表情を顰める。
そして関わりを持つ事を嫌ってその場から離れようとしたが、虐めを行っていたはずの女官達の声が悲鳴に変わった声を聞いた。
『キャアッ!!』
『ちょ、ちょっとアンタ! 何し――……ひっ!!』
『……?』
悲鳴に変わった声を聞き、エアハルトは振り向きながら女官達が居ると思われる木陰側を秘かに覗く。
するとそこには地面に倒れている二人の女官が見え、後ろに回り込まれながら首を腕で拘束される女官と、逆に拘束している深い赤髪姿の女官がいた。
『――……ごめんなさい。手荒な真似はしたくなかったんですけど』
『……ひ……っ』
『こういう事は、もう止めてください』
拘束している女官にそうした声を向ける赤髪の女官は、自ら手を広げる。
そして解放されて膝を着く女官に対して一瞥も向けることは無く、その場から逃げるように立ち去ろうとした。
『……あっ』
『……』
そうした折に、エアハルトが隠れ見ていた場所にその赤髪の女官が通り掛かる。
そして身体の接触こと無かったものの、互いの顔が見える形で二人は出会った。
エアハルトに先程の光景を見られたと気付いた女官は、勢いよく頭を下げながら話し掛ける。
『ご、ごめんなさい! ……み、見ましたか?』
『……』
『あ、あの。この事は、内緒でお願いします。……で、ではっ!!』
『あっ、おい――……』
それだけ言って立ち去った赤髪の女官を、エアハルトは見送るだけに留まってしまう。
しかし同じ女とはいえ、瞬く間に三人を無力化するだけの実力を持った赤髪の女官は、エアハルトに奇妙な興味を示させることになった。
それからエアハルトは、そこで見かけた奇妙な女官の名を知る。
その女性はエアハルトと歳が近く、赤髪と褐色の肌を持った女性であるレミディアという名前の女官だった。
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