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革命編 五章:決戦の大地
救いの意思
しおりを挟む死体の大群に襲撃を受けるガルミッシュ帝国の帝都は、帝国宰相セルジアスの指揮を受けながらも、下がる士気と少ない戦力によって陥落寸前の状況にまで陥る。
しかし妖狐族クビアと共に現れたフォウル国の干支衆と十二支士達の救援により、その窮地を脱する事に成功しようとしていた。
死体に越えられた正門や北側と東側の壁上の攻防は、駆け付けた魔人達によって窮地を脱する。
辛うじて状況を保てている南側の壁にも魔人達の救援が赴き、各防衛戦力はどうにか維持できていた。
しかし押し寄せる死体の数が減少したわけではなく、市民街を覆い尽くす程の死体を全て排除する事は出来ていない。
その状況を覆す為に、干支衆に指揮される十二支士達はそれぞれの場所から同じ指示を送った。
「――……テメェ等っ!! 逆に乗り込んで、死体共を蹴散らすぞっ!!」
「行くか」
「だね!」
干支衆の『虎』インドラを始めとし、『亥』ガイと『兎』ハナの干支衆の三名は引き連れる魔人達と共に逆に市民街へ降りながら先陣を切って死体を排除していく。
それに続く各種族の魔人達も市民街側へ跳び移ると、押し寄せる死体達を諸ともせずに次々と切り刻み薙ぎ倒しながら排除していった。
数にすれば三百名程の数ながらも、魔人達は聖人にも勝る一騎当千の働きを見せている。
その光景を見ながらようやく状況が改善に向かっている事に気付いた兵士達や協力している市民達は、疲弊を息から漏らしながら膝を着くように倒れた。
そうした中でも、油断を失わないように意識を保つ者もいる。
それは残存兵力を指揮するセルジアスであり、落ちていた自分の赤槍を拾いながらクビアに話し掛けた。
「――……クビア殿。救援を間に合わせて頂いて、感謝します」
「御礼はぁ、約束の報酬でねぇ」
「報酬については、必ず御約束させて頂きます。……それにしても、よくこれだけの実力者達を……」
「フォウルの里は人間の国よりも人口は多くないけれどぉ、過酷な環境と敵に対応できるように一定の修練は受けるものぉ。アレくらいの死体ならぁ、どうという事はないわぁ」
「では、フォウル国の戦力が全て帝都に?」
「それについてはぁ、どう答えたらいいかしらねぇ……」
「……?」
多くの魔人を救援に赴かせたフォウル国の事情を知らないセルジアスの問い掛けに、クビアは微妙な面持ちを浮かべる。
それに訝し気な視線を向けるセルジアスに、クビアは溜息を漏らしながら事の経緯を教えた。
「今回の事態ではぁ、干支衆と十二支士達が総動員で動いてるのよねぇ。……でも帝都に来てるのはぁ、十二支士達と一部の干支衆だけよぉ」
「……では、他の方達はどちらに?」
「帝国と同盟を結ぼうとしていた共和王国と作ろうとしてた同盟都市ってところにぃ、向かってるはずだわぁ。私は帝都担当でぇ、お姉ちゃんが同盟都市を担当して転移させてねぇ」
「建設予定地に……!?」
「同盟都市に今回の事態を起こしてる連中の隠れ家があるって情報が入ってねぇ。そっちの方にぃ、主だった干支衆が向かってるわぁ」
「では同盟都市に向かった方達だけで、敵戦力の排除に?」
「……それも出来ればするんだろうけどぉ、本当の目的はそれじゃないわねぇ」
「え?」
「……干支衆達に下された最優先の命令は、『創造神』の鍵となる存在を排除することよぉ」
「オリジン……? よく分かりませんが、その鍵というのは?」
「……貴方の妹とぉ、皇子の奥さんよぉ」
「!?」
フォウル国の目的について教えるクビアから出た言葉を聞き、セルジアスは表情を驚愕させながら身体を強張らせる。
それは予想もできない展開であり、信じ難い様相を浮かべながら改めてクビアに問い掛けた。
「……どういうことです? 何故、アルトリアとリエスティア姫を?」
「あの二人が特殊な生まれだってのはぁ、貴方も少しくらいは聞いてるのよねぇ?」
「……ええ。しかし、それがどういう……? あの二人がオリジンの鍵とは、何ですか?」
「この世界を作った神様がぁ、『創造神』と呼ばれてる存在らしいわぁ。その創造神の身体がリエスティアって子の身体でぇ、生まれ変わった魂が貴方の妹らしいのよぉ」
「!?」
「その二人が一緒に居るとぉ、その神様が復活するかもしれないのぉ。五百年前に起きた天変地異もぉ、その『創造神』が復活したのが原因で起こったんですってぇ。……今回の首謀者が二人を狙って誘拐した事からぁ、また『創造神』が復活させようとしてるんじゃないかって巫女姫様は考えたのよぉ」
「……!!」
「巫女姫様は天変地異を実際に体験してるからぁ、また起こるのを恐れるわぁ。だから『創造神』を復活させる鍵となる『身体』と『魂』を殺す為にぃ、干支衆を向かわせたのよぉ」
「では、フォウル国はあの二人を生かす気が……っ!?」
「無いわねぇ。見つけた瞬間、敵より先に殺しに掛かる可能性があるわぁ」
「……っ!!」
唯一の家族とも言える自分の妹と、帝国皇子ユグナリスが取り戻そうとしている愛する者の排除を目論むフォウル国の動向に、普段は温厚なセルジアスも僅かな憤怒が表情に滲み出る。
それを察するようにクビアは視線を背けると、扇子を閉じて腕を組みながら続きを話した。
「ごめんなさいねぇ。私では巫女姫を説得できなかったわぁ……」
「……いえ。フォウル国側がそうした意図で動いているのであれば、誰も止める事は出来ないでしょう……」
「でもねぇ、巫女姫の考えに賛同しない干支衆も居たのよぉ。……それがぁ、ここに来てる干支衆達ねぇ」
「!」
「二人を殺すのは反対してくれたのよぉ。よく分からないけどぉ、その二人と所縁のある人達がフォウル国に来てたみたいでねぇ。その人達の意思を無視してまでぇ、その二人を殺すのは出来ないって言ってくれたわぁ」
「……アルトリアとリエスティア姫に所縁のある人物が、フォウル国に?」
「その二人もぉ、帝国に向かってるって聞いたんだけどぉ。一人は今回の事態が起こる前にぃ、タマモお姉ちゃんと一緒に来てたらしいのよねぇ」
「……!」
「もう一人は若い子らしいんだけどぉ、今回の事態を知ってそのまま飛び出しちゃったらしいのぉ。だから来るまでぇ、相当時間が掛かるんじゃないかしらぁ」
「……アルトリアと関係のある人物。……先に帝都へ来ていた……。まさか、その一人は……」
今までの話を聞いていたセルジアスは、その脳裏にパールと交えた話を思い出す。
最初に帝都が襲撃された直後、飛竜に乗って戻って来たパールはある人物を見ていないかとセルジアスに問い掛けた。
過去にアルトリアと行動していたその人物の報告を覚えているセルジアスは、パールの言葉だけながらも襲撃中の帝都に姿が在ったことだけは伝わっている。
その人物の名は、元黒獣傭兵団の団長エリク。
行方不明となっているエリクが、フォウル国の干支衆であるガイやタマモと共に帝都襲撃に際して姿を見せ、パールと共にアルトリアの奪還に助力していた事をセルジアスは聞いている。
ならばクビアが述べた抹殺に関する反対させる意見を幾人かの干支衆に持たせたのが、そのエリクなのではとセルジアスは考えた。
更に不意に浮かぶ思考が、セルジアスにある結論に至りながら呟かせる。
「……傭兵エリク。彼は今回のの襲撃を、事前に予期していた……? だから、誰よりも先に帝都に現れて……」
「どうしたのぉ?」
「……クビア殿。巫女姫という方は、何故アルトリアがその『創造神』なる魂の生まれ変わりだと知っていたのです?」
「それはぁ……」
「リエスティア姫に関しては、貴方の姉君が報告したと仮定しましょう。しかしアルトリアの誘拐については確証がなく、更に魂の情報もクビア殿達は得ていなかったはずだ。……となると、アルトリアがその創造神なる魂を持つ存在だと巫女姫が確証し、抹殺を指示している。私はそう考えるしかない」
「……そうなるわねぇ」
「そして、幾人かの干支衆にアルトリア達の殺害を反対させる程の交流を築いた人物。……その人物がもし、私の知る傭兵エリクだとしたら。彼は事態がこうなる事を予期し、この帝都に先んじて訪れたということになる」
「……えっ。もしかしてぇ、あのエリクがそうだったのぉ?」
「恐らくは。……傭兵エリク。帝国から離れたフォウル国に居たと思われる彼が、どうして今回の襲撃を察知するような動きを……? ……まるで、こうなる事態を知っていたかのように……」
四年前に帝国を出たアルトリアは、三年余りの時間をエリクは共に行動している。
それを知るセルジアスは、エリクが自らの意思でアルトリアと同行していると考えていた。
そして皇国で起きた異変により、アルトリアとエリクの二人の活躍が帝国にも伝えられる。
その情報によってアルトリアを守る為に同行していると確証を得たセルジアスは、黒獣傭兵団の人柄を実際に目にしている経験から、会った事も無いエリクの人格に奇妙ながらも信頼感を抱いていた。
だからこそ、エリクがアルトリアを救う為に現れたというパールの言葉を、セルジアスは納得しながら思考に入れる。
その上で浮かぶ奇妙なエリクの行動は、セルジアスの思考に浮かぶとある人物に繋がるように感じた。
「……【魔王】、そして傭兵エリク。彼等は共通して、ウォーリスに対抗する為に動いている……。……彼等は協力して動いているのか? それとも、個別に動きで……」
「――……閣下っ!!」
「!」
思考するセルジアスだったが、それは駆け付ける騎士達の声で阻まれる。
しかし帝国宰相の立場としての顔をに戻るセルジアスは、騎士達に応じながら呼び掛けた。
「どうしました?」
「ひ、東側の結界用装置の修理が完了しました! 後は、北側部分だけです!」
「そうか、ならば北側に魔導技師達を向かわせてくれ。疲弊の少ない者は、それ等の護衛と資材運搬の手伝いを頼む」
「ハッ!!」
「それと、パール殿は?」
「そろそろ、戻って来る時間になるかと!」
「パール殿にも現状を伝えなければならない。各地点の指揮は、このまま君達に任せる。よろしいか?」
「御任せください!」
そうした命令を伝えるセルジアスに、騎士達は応じながら再び各防衛地点に戻る。
更に北側に魔導技師達を向かわせつつ、動ける市民達に協力を仰ぎながら資材の運搬作業を行わせた。、
そして再びクビアへ振り向いたセルジアスは、クビアにも頼むように伝える。
「クビア殿。我々は貴族街の結界を再起動させています。それまで死体の侵攻を防ぐこと、魔人の方々にも御伝え下さい」
「分かったわぁ」
「私はパール殿のところに。しばらくこの場を、お願いします」
「はいはぁい。いってらっしゃあい」
クビアに頭を下げながら頼むセルジアスは、正門付近をクビアと魔人達に任せる。
そして自らはパールと飛竜が着地する広場へと向かい、現状の情報を伝える為に走った。
そのタイミングで、貴族街の上空を飛竜が飛ぶ姿が見える。
パールが戻って来た事を察したセルジアスは、そのまま飛竜が着地した広場に近付いた。
「――……パール殿!」
「セルジアス! ――……なんだ、あの連中は?」
「フォウル国の増援です! ……なんとか、間に合ってくれました」
「そうか。じゃあ、連中は味方なんだな?」
「ええ。なので今、飛竜に攻撃はさせないでください。彼等も巻き込んでしまいます」
「分かった。……それと、さっき空を飛んでいて気付いたんだが」
「?」
「魔法学園に向かう途中、西側の方角から真っ直ぐ横に飛ぶ青い光が見えた。お前達は見えなかったか?」
「いえ、我々には……。上空を見ている余裕は、ありませんでしたから」
「そうか」
「その青い光が、どうしたのですか?」
「西側から、あの大群が来ている東側に向かっていた。アレも敵だったなら、撃ち落としに向かうべきか?」
「……もしかして、その光というのは……さっき言っていた……」
「?」
パールが見たという青い光の話を聞いたセルジアスは、クビアから聞いていた情報が再び脳裏に浮上する。
それは傭兵エリクと共にフォウル国に居たという、もう一人の若い人物ではないかと考えた。
こうして窮地を脱する帝都において、クビアが持ち込んだ情報がセルジアスの思考を広げる。
それは『創造神』の復活を阻止する為に、鍵となる女性達を殺そうとする意思と、相反する救いの意思がこの大陸に集まりつつあるのを、セルジアスに気付かせたのだった。
応援ありがとうございます!
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