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革命編 七章:黒を継ぎし者
神人の条件
しおりを挟む屋敷にて軟禁されていた異母弟ジェイクを脱出させたウォーリスは、カリーナの治療に関する事を伝える。
それを聞き入れたジェイクと別れを告げた後、アルフレッドとリエスティアが乗る馬車に合流し、再び三人でゲルガルド伯爵領地までの帰路を辿る事になった。
しかしその途上、ウォーリスは改めて『黒』であるリエスティアに問い掛ける。
それは帝都の祝宴にて垣間見た、あの少女の能力に関することだった。
『――……では、聞かせて貰おう。あの祝宴で能力を見せた少女は、何者なんだ?』
『ただの女の子ですよ。まだ幼くて、とても未熟な女の子です』
『ただの女の子が、あの年齢であんな能力を持つはずがない。……まさか、私と同じ実験をされているのか?』
『そうじゃないですよ。あの能力は彼女にとって、生まれながらに持っていた当たり前の能力です』
『ではアレも、聖人の能力だとでも?』
『そうですね。……アレは、人が本来できること。けれど知識と技術を頼り繁栄させる形で進化した人間では、辿り着けない領域の能力。そう例えればいいでしょうか』
『……?』
『聖人とは、言わば人間という種族の進化によって辿り着ける最高の領域です。肉体と精神を鍛え抜く事で、超人的な能力を身に着ける事が出来ます。……しかし、それだけでは本当の聖人ではありません』
『本当の……聖人ではない?』
『真の聖人とは、肉体と精神、それに合わせて魂すらも鍛え抜いた存在。その三つが合わさり一つの存在として極められた時、聖人を遥かに超えた聖人、神の領域へ辿り着ける【神人】へ至れるのです』
『神人……』
『人の身のまま、神の領域へ至れる人間。それこそ、私達が唱える真の聖人ということですね。……過去に不自然ではない形でそうした存在に成れた人間を、私も数人しか知りません』
『……では私のような聖人は、まだ神人には至れていない未熟な聖人だということか?』
『そうですね』
『そして、あの少女こそが……その神人に至れているのか?』
『それは、まだ神人には至れていない……という言い方にしておきましょうか』
『……まだか。つまり将来、神人にまで至れる可能性があるということか。……そしてゲルガルドも、神人というわけだな』
ウォーリスはリエスティアの話を理解し、自分には無い能力を持つ存在を知る。
『人間』という種族が進化した『聖人』の、更なる進化の先に在る『神人』。
それこそが倒すべきゲルガルドが到達している領域であり、どれだけ鍛えても自分が敵わぬ存在だと察知する原因でもあったのだ。
『神人』なる存在である少女やゲルガルドが持つ能力について理解したウォーリスは、更なる質問をリエスティアに向ける。
『どうやったら、私もその神人になれる?』
『……やはり、なる気ですか?』
『そうしなければ、私はゲルガルドを倒せない。……教えてくれ』
『……【神人】に至れる条件は、主に三つ。まず一つ目が、聖人に至れていることです』
『ならば私は、一つ目の条件を達成しているのか?』
『はい、私が見る限りは。……そして二つ目が、多くの者達から信仰の対象にされる事です』
『信仰……?』
『人々の想いが集まる者。それが希望であれ絶望であれ、様々な感情を向けられる立場になること。それこそが、二つ目の条件です』
『……国の王や指導者という立場になれば、自然と己の身に集まる信仰ということだな』
『そういうことですね』
『なるほど。……それで、三つ目は?』
最後の条件を問い掛けるウォーリスに、リエスティアは躊躇うように口を閉じる。
それを察したウォーリスは、先程よりも強い口調で問い掛けた。
『教えてくれ。三つ目の条件を』
『……生命を大勢、奪うことです』
『!』
『自分の身でも、自身が因果として関係する人物達でもいい。貴方の選択によって、多くの生命を殺すこと。それが三つ目の条件です。ただし奪う生命は、知的生命体……つまり人間や魔族、そして上位個体の魔獣です』
『……!!』
『多くの者は、一つ目や二つ目の条件を達成することは難しくありません。……しかし三つ目を達成できる聖人は、あまり多くありませんね』
『……聖人であっても、三つ目の条件を達せられる程の生命を一人では殺せないということか?』
『そうですね』
『どれだけ殺せばいい?』
『軽く、万単位は』
『!?』
『そして生命を奪う中にも、最も必要な条件が定められています。……それが、分かりますか?』
『条件の中に、更に条件があるのか?』
『はい。……それは奪う生命の中に、愛する者も含まれていることです』
『……!!』
『その三つの条件を満たす事で、貴方もまた神人に……人間の到達者に至れるでしょう。……でも貴方にとって、それはとても辛い道程のはずです』
ウォーリスは『神人』に至る為の条件を聞き、その中に当て嵌まる者達が自然と頭に浮かび上がる。
その中には母親や親友、そして異母弟の姿が思い浮かんだが、最も大きく浮かんだのは最愛の女性であるカリーナだった。
だからこそウォーリスは両手を握りながら力を込めて、震える口で言葉を漏らす。
『……私は、愛する者さえ殺さなければ……奴に勝てないのか……っ!?』
『彼も偶然ながら、そうして到達者に辿り着けた者の一人です。……逆に言えば、例え聖人となった者でも三つ目の条件を果たせずに生涯を聖人で終える者が大半なんです』
『……だが、あの少女は……。……あの年齢で多くの者から信仰され、愛する者を殺しているのか……!?』
『少し違います。彼女の場合、魂が特別なんです。だから既に、生まれながらに二つ目と三つ目の条件を満たしてしまっている』
『!!』
『あの子はまだ聖人ではなく、身に余る能力を持つだけの一人の女の子に過ぎません。……逆に貴方の場合は、二つ目と三つ目の条件がまだ達せられていない。そういう事です』
リエスティアはそうして『神人』と言われる到達者に至れる条件を明かし、ウォーリスに説明する。
それを聞かされたウォーリスは顔を俯かせながら表情を強張らせ、短くも荒々しい息を漏らした。
ゲルガルドを倒す為には、自分も同じ『神人』に至るしかない。
しかしそれを達成する為には、自身が愛すると言える者達を殺さなくてはならない。
言わば最悪の『誓約』と『制約』を聞かされたウォーリスが苦悩する姿に、リエスティアは微笑みを向けながら言葉を続けた。
『先程の話は、自然に【神人】へ至れる方法です。……ただゲルガルドの場合は、その限りではなさそうです』
『!』
『神人に至る為の方法には、裏道もあります。それに必要なモノとして、マナの実があります』
『……言葉だけは聞いた事はある。マナの樹という大樹に生える、果実のことだな?』
『そうですね。マナの大樹は現世と輪廻を行き来する魂が循環する場所でもあり、それと同時に膨大な生命力と魔力が蓄えられます。そしてマナの実こそ、蓄えられたエネルギーを全て果実の形に留めた存在です』
『!』
『それを食べる事が叶えば、三つ目を無条件で達成できます。二つ目の条件を満たしたいのなら、万単位の人口がある領地や国を治める立場になるのが最短の道程でしょうか。……そしてゲルガルドの場合、過去にマナの実を食べた事があるのでしょう。彼の精神性と魂で神人に至れているのは、少し不自然ですから』
『なら、私もそれを食べれば……!』
『貴方も神人へ至り、ゲルガルドを倒せる可能性が生まれるかも。しかし残念ながら、マナの大樹は現在の人間大陸にも魔大陸にも存在しません』
『……ッ!!』
『もう一つ、マナの実に変わる代用品は存在します。ただそれに関しては、二つ目の信仰に関して達成しても、三つ目の条件を織り込まなければ神人には至れませんが』
『代用品……?』
『現在の人間大陸では、それを【神兵《しんぺい》の心臓】と呼ぶでしょう。作り方は、多くの生命体から生命力と魔力の元となる魂を奪い、それを心臓に似た形に凝縮して留める。そして自身の肉体に取り込む。そうした方法になります』
『……仮に心臓を作ったとしても、私が神人《かみびと》に至る為には愛する者を犠牲にしなければならないのか……』
『そういうことです。……現状の人間大陸で最も現実的に作れそうなのは、心臓の方ですね。でも現代の技術で人工的に抽出された魂には、死者が持つ恐怖や憎悪から生まれる瘴気が発せられます。貴方がそれを作り取り込んだとしても、発せられる瘴気に侵され肉体だけではなく魂すらも消滅してしまうでしょう』
『ならば、どうすれば……』
『神人』へ至れる為の説明を続けていたリエスティアは、そこで続けていた言葉を止める。
顔を伏せていたウォーリスはそこで改めてリエスティアと向き合うと、そこには真剣な表情を浮かべた幼い顔が見えた。
『ここから先は、貴方自身が決めなければいけません』
『……君の、制約か?』
『はい。……私は、必要だと思える事なら教えられます。導くことも出来る。けれどその知識を用いて何を成すかは、貴方が選択次第です』
『……』
『私が教えた事を、覚えておいてください。それがきっと、貴方の運命を切り開くことに繋がります』
『……君の予言だ、覚えておこう』
『そして、もう一つだけ。……これから先、何が起こっても耐え抜いてください』
『……?』
『私が貴方に言える事は、これで全部です。……後は全て、貴方に託します』
『託す……? 何を言っているんだ』
『少し、眠くなりました。……おやすみなさい』
『おい……っ』
唐突にそう言いながら座席へ身体を預けたリエスティアは、周囲にある毛布で身を包みながら眠り始める。
それを止めようと手を伸ばしたウォーリスだったが、瞼を閉じてそのまま横になるリエスティアを止められず、数秒で寝息を立て始めた為にそれ以上の追及を出来なかった。
二人の会話はそれ以後も途切れ、食事時以外の時間はリエスティアが眠る事が増える。
まるで会話を拒むようなリエスティアの対応は、ウォーリスに不穏な未来を予感させるのに十分だった。
二日間の帰路は過ぎ、三人を乗せた馬車はゲルガルド伯爵領地に戻る。
そこでウォーリス達を待っていたのは、当時の彼等には予測できない事態だった。
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