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革命編 七章:黒を継ぎし者
帰路に戻り
しおりを挟む異母弟に頼まれたウォーリスは、自分達を暗殺しようと目論み屋敷に囚われている継母エカテリーナとその従者達を牢屋から解放する。
しかしエカテリーナの憎悪と嫌悪によって同行を拒絶された事で、ウォーリスは躊躇いも無く彼女達を屋敷に置いて転移魔法で戻った。
再び宿に転移したウォーリスを待っていたのは、寝台に腰掛けながら俯いていた弟ジェイク。
彼は目の前に戻ってきた兄ウォーリスに顔を上げ、驚きを見せながら問い掛けた。
『兄さん! ――……母上達は……!?』
『すまない。エカテリーナ達は連れて来れなかった』
『!?』
『牢からは解放したのだが、エカテリーナに強く反発されてしまってな。仕方ないので、後は彼女達自身で脱出するよう言っておいたが』
『そんな……。……母上は、そこまで兄さんの事を……』
『私に対しての憎悪は、お前に対する愛情の裏返しでもあるのだろう。よほどお前の事を、次期当主に据えたかったようだな』
『……ッ』
ウォーリスは屋敷での出来事をそのまま伝えると、ジェイクは苦々しい表情を浮かべながら腰を降ろして再び寝台に腰掛ける。
そして両手で顔を覆いながら溜息にも似た声を漏らしていると、そのままの姿勢でウォーリスに声を向けた。
『……兄さん。……母上に、本当の事を言えば……兄さんと母上の蟠りも解けるんじゃ……?』
『無理だな。例えお前から伝えたとしても、エカテリーナは本当の事を言われても信じないだろう』
『でも……。……それでも、こんな馬鹿げた事のせいで……』
『確かに、馬鹿げてはいるな。だからこそ、今ここでお前を失うわけにはいかない』
『!』
『ジェイク。悪いが私も、エカテリーナに関してこれ以上の手は貸せない。ゲルガルドに気付かれても、おかしくはない状況だからな』
『それは……でも……』
『お前は、伯爵領地を離れて【結社】と連絡を取り、私の母上に保護される為に皇国へ逃げ延びるべきだ。……これが兄として出来る、私の精一杯の援助だと考えてくれ』
『……ッ』
『頼む、ジェイク。……お前は、死に急がないでくれ』
兄として生き延びる事を勧めるウォーリスに、弟であるジェイクは表情を強張らせながら思案する。
そして強く両手を握っていた力を弱めると、一息を吐き出しながら頷いて答えた。
『……分かったよ。……僕は、このまま消える事にする』
『そうか』
『でも、兄さんはこのまま……残ってしまうんだね』
『ああ。私まで消えてしまえば、流石に怪しまれるからな。アルフレッドは逃げられない以上、私は残るしかない』
『……そっか。……アルフレッドさんに、よろしく伝えておいて』
『必ず伝えよう。……荷物と金銭は、あそこに用意してある物でいいはずだ。それに、馬も厩舎に用意してある。転移魔法で領地の北側に飛ばすから、出来る限り人目を避けられる場所を通って逃げてくれ。ゲルガルドに見つからないようにな』
『……うん、分かったよ。……ありがとう、兄さん……』
立ち上がったジェイクはウォーリスへ歩み寄り、年の離れた兄弟程の身長差がある二人は互いに握手を交える。
そして一人での逃亡生活を余儀なくされたジェイクは、与えられた荷物と金銭を持ち、ウォーリスが用意していた馬に乗ったところで転移魔法による都市脱出を成功させた。
するとウォーリスは、ある事をジェイクに頼み始める。
『――……ジェイク。幾つか、頼みがある』
『なんだい?』
『カリーナの事だが、治療できる可能性がある者を見つけたかもしれない』
『本当? それは良かった』
『ただ、私では接触する事は出来ないだろう。……もうすぐ、ゲルガルドの肉体になってしまうかもしれないからな』
『……ッ』
『だから、お前に頼む。母上に保護されてからでも構わないから、ローゼン公爵家と連絡を取り、そこの息女にカリーナの治療を行うよう依頼をしてくれ』
『……分かったよ』
『それと、もしカリーナが治って目覚めたら。こう伝えておいてくれ。……家族で再会する約束を、守れなくてごめんと』
『……!!』
『後は、お前達に任せる。……お前と母上で、ゲルガルドを倒してくれ。……頼んだぞ』
そう言いながら馬の尻部分を叩いたウォーリスが、ジェイクをそのまま北方向へ進ませる。
ジェイクは用意された茶色の外套を羽織り頭も覆い隠しながら、遠くなっていく兄の姿を横目にしながら夜中の野原を駆けていった。
それを見送ったウォーリスは、逆方向の森の中で身を潜めながら呟く。
『――……今日の転移魔法は、これが限度だな。……予定通りなら、アルフレッドとリエスティアが領地に到着するまで四日間程あるはず。……問題は、ゲルガルドがこの状況でどう動くかだが……』
森の木陰で身を潜めながら座るウォーリスは、休むように青い瞳を閉じる。
そして二日間に渡る策謀を終え、僅かばかりの休息に入った。
それから朝日が見える前に、ウォーリスは瞳を明けて目覚める。
時間にすれば二時間弱の睡眠だったが、ウォーリスはそれでも疲労の抜けた身体を立ち上がらせながら次の行動を考え始めた。
『……このままアルフレッド達を探して、共に領地まで帰るのが無難だが。……ゲルガルドが挙兵させた者達を、そしてエカテリーナをどう処遇するかも気になる。……確認して来るか』
ウォーリスは自身の暗殺を目論んだ者達の結末がどうなったかを考えながら、まずは西側に隣接しているエカテリーナの父親が治める実家まで赴く。
そして挙兵させようとした後の動向を確認しようと偽装魔法を施し、姿を変えて当主が暮らす都市へと訪れた。
すると都市で、ある噂が流れ出ている事を耳にする。
『――……聞いたかよ。領主様、死んじまったんだってさ』
『えぇ、なんで? 兵士をいきなり集め始めて、まるで戦争でもしそうな感じだったのに』
『それがよぉ、朝になって屋敷の人間が起こしに行ったら、寝台で死んでたんだってさ。心臓か何か悪くしてたんじゃないかって』
『そうなの。まぁ、確か六十代で高齢な方だったし、しょうがないのかもねぇ。……でもそうなると、兵士を集めていたのはどうなったのかしら?』
『流石に、それどころじゃないだろ』
『しかしそうなると、領地はどうなっちまうのかなぁ』
『御当主様って、息子さんがいないのよね。娘さんは居たらしいけど、嫁いじゃったみたいだし』
『そうなると、しばらく領主不在になるのかぁ。代行領主が来るまで、大丈夫かな……?』
そうした事を呟きながら自分達の事を心配する領民達の声を聞き、ウォーリスは領主が突如として死んだ事を知る。
更に挙兵の話が白紙状態になり始めている事を理解すると、その死がどのような理由で起こされたモノかを即座に理解した。
『……やはり、ゲルガルドが秘密裏に処分したか。……あの時、私は偽装魔法で姿を変えていた。ゲルガルドが挙兵の決断に対して尋問していたとしても、私の関与は無いと思うはずだが……』
死んだ領主の死因が昨晩消えていたゲルガルドに有るとだと即座に理解したウォーリスだったが、その死に際に何を語らされたかを不安に思う。
限りなく不安要素を取り除きながら注意深く進めていた計画だったが、突発性が高かった為にどこで綻びが生まれるかウォーリスにすら予測は出来ない。
だからこそ自分の策謀に巻き込んだ者達がどういった結末を迎えたかを確認するウォーリスは、翌日に転移魔法でゲルガルド伯爵領地の都市にある宿に戻り、エカテリーナがどうなったかを知ろうとした。
都市内部に関しては何事も起こった様子は無く、平穏な雰囲気が保たれている。
屋敷側で何かが起きたという噂も起こってはおらず、ウォーリスはその静けさこそ何かあった事を証明しているようにすら思えた。
『……エカテリーナ達は、屋敷から出て脱出したのか? ……そうでないとしたら、再び捕らわれたのか。もしくは、ゲルガルドに殺されたか。どちらかだろうな』
牢屋を出た後のエカテリーナがどう行動したかを知らないウォーリスは、その三つの可能性を思考に浮かべる。
そしてゲルガルドが居るであろう屋敷に戻らぬ限り、それは知り得ない事だと理解しながら借りていた宿から出ると、そのまま転移魔法で都市から消え、領地に戻る途上にある馬車と合流できる場所を目指した。
『――……ウォーリス様!』
『アルフレッド!』
凄まじい速さで走り跳んできたウォーリスを確認するアルフレッドは、馬車を一時的に止める。
そして止まった馬車に近付いたウォーリスは、アルフレッドに呼び掛けながら話し掛けた。
『何か起こったか?』
『リエスティア様が昨日、御目覚めになられました』
『そうか。様子は?』
『特に変わらず、といった感じですね。……そちらは、どうでしたか?』
『ジェイクは無事に逃がせた。お前によろしく伝えてくれと頼まれたよ』
『そうですか。では、母親の方は?』
『エカテリーナ達がどうなったかは、戻ってから聞く事になるだろう』
『では、共に戻られるのですね?』
『ああ』
『分かりました。御乗りください』
簡素ながらも目的を遂げた事を伝えたウォーリスは、今までに身に纏っていた衣服と外套を草葉に脱ぎ捨てながら馬車に乗車する。
そして扉を開けると、そこで待っていたように座席に座るリエスティアが微笑みを向けながら迎えて見せた。
『おかえりなさい』
『身体の調子は?』
『問題ありません。元気いっぱいです』
『そうか。……では、戻りながら話を聞こうか。色々とな』
『そうですね』
互いに積もる話がある事を伝えると、ウォーリスとリエスティアの乗った馬車はアルフレッドの意思で再び進み始める。
こうして領地に戻る二日間の馬車内部で、ウォーリスはあの祝宴で出会った少女と、その能力について問い掛けることになった。
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