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革命編 八章:冒険譚の終幕
厄災の正体
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天界の大陸にて精神体を融合させた初代と二代目の『緑』に対して、対抗できる『雷』の能力を持つ狼獣族エアハルトが対峙する。
そうして大陸で戦う者達がいる中、更に上空で邂逅する真竜の姿となった老騎士ログウェルとエリクが向かい合う状況となった。
するとエリクは入手した『聖剣』を自ら振り上げ、その威力を用いて真竜の天候を払い除ける。
それは暗雲に覆われた人間大陸に青い空を再び戻し、荒れ狂っていた地上の天候すらも落ち着かせていた。
「――……な、なんだ……?」
「急に、空が光ったと思ったら……」
「……嵐が、無くなってる……」
暴風と豪雨と共に降り注ぐ雷撃に見舞われていたガルミッシュ帝国でも、それ等が全て消失したことが避難しようとしていた民衆によって確認される。
それは帝国を代表するローゼン公爵家の領地でも同様であり、急激な天候の変化をローゼン公セルジアス自身も屋敷から出て確認していた。
「――……空が戻っている……。……いったい、何が……?」
「……恐らく、あの天候を吹き飛ばした……いや、消し去った者がいるのだろう」
共に屋敷の外に出ながら空を確認するウォーリスは、カリーナに付き添われながらそうした推測を述べる。
それを聞いたセルジアスは、怪訝さと不可解さを宿した表情を浮かべながら問い掛けた。
「消し去った? アレほどの異常気象を、消し去れる者が……。……アルトリア?」
「いや、彼女ではない。……彼女は今まさに、メディアと戦っている」
「!」
ウォーリスはそう話し、自分の真横に投影されている映像へ視線を移す。
そこには銀髪紅眼のメディアと向かい合う、金髪碧眼のアルトリアが映し出されていた。
その事からこの異常気象を晴らしたのが別人である事を推察し、ウォーリスの脳裏に一人の男が浮かび上がる。
「……傭兵エリク」
「えっ」
「鬼神の魂を受け継いだ男。……彼が、アルトリアを助けに来たということか」
ウォーリスは晴天となった空を見上げ、遥か遠くで浮遊する天界の大陸へ視線を向ける。
それに続くようにカリーナやセルジアスも視線を向け、ウォーリスと同じようにエリクの姿を思い浮かべた。
そうして地上における異常気象が沈静した頃、再び場面は天空へ戻る。
ドワーフ族の族長バルディオスが扱う機動戦士は操縦席内には、無理な形で放り込まれたユグナリスと気を失っているマギルスが押し込められていた。
「――……な、何が……?」
「エリクの奴が、『聖剣』を使ったんじゃ」
「せ、聖剣……!?」
「あの聖剣は、魔力があるモンを何でも消し飛ばしちまう。さっきまでの天候も、あのドラゴンが起こしておったんじゃろ?」
「そ、そんな剣が……?」
「あるんじゃよ。魔人や魔族の儂等にとっては、天敵みたいなモンじゃがな。――……ほれ、外は綺麗になっとるぞ」
「……!!」
操縦席に座るバルディオスは、機動戦士の全方位映像を見せる。
ユグナリスは顔を上げて映像を見ると、先程まで浮かんでいた暗雲や豪雨が消え去った青い空が見えた。
すると更に顎を上げて真上を見たユグナリスの視界に、足裏と股下を覗かせるエリクが映し出されている。
更にその右手には白く輝く『聖剣』が握られているのを確認すると、更にその奥を見るように目を凝らした。
そしてユグナリスの視力が、機動戦士の上空に浮かぶあるモノを発見する。
「……ログウェル……!」
「むっ!?」
ユグナリスがその名前を呟くと、バルディオスも反応しながら真上に見える映像を拡大させる。
するとそこには真竜の姿は消失する代わりに、一人の老人が見下ろしている光景が見えた。
機動戦士の頭部に立つエリクもそれを視認しており、自分の知る老人が改めて姿を見せたことで鋭い眼光を緩めていない。
対して見下ろすログウェルは自身の天候や真竜の姿を消し去られながらも、口元を微笑ませせながら浮遊していた。
「――……ほっほっほっ。まさかドワーフの機械人形だけではなく、伝説の聖剣を持ってくるとはのぉ。それは予想外じゃったわい」
「……ッ」
遠く離れた上空で笑みを浮かべながら言葉を零すログウェルの声は、エリクには届かない。
しかしログウェルが自分に向ける態度に敵意と呼べるモノが感じられない事を悟り、訝し気な表情を更に強めた。
次の瞬間、ログウェルの姿が消える。
瞬きすらせずに見逃そうとしなかったエリクは、それが転移魔法だと理解し周囲を探ろうとした。
そこでエリクは背後に悪寒を感じ、素早く振り返る。
するとそこには、ログウェルが浮遊したまま微笑む姿を見せていた。
「――……久し振りじゃのぉ、傭兵エリク」
「……あの真竜にならないのか?」
「あぁ。真竜は儂が化けとった姿じゃが、身体の大部分は魔力で構成しとったからな。聖剣の前じゃと、成っても意味がなかろう?」
「……」
「それより、お前さんが戻って来てくれて嬉しいぞい。――……お前さんには分かるじゃろう? 儂の目的が」
「……俺か」
「ほっほっほっ」
真竜の姿から老人の姿へ戻ったログウェルは、まるで旧友に会うかのように微笑む声を向ける。
しかしエリクは敵意も見えないログウェルの様子に不気味さを増大させ、わざわざ自分の傍に現れて話し掛けて来た目的を推察して答えた。
それを肯定するような笑みを向けるログウェルは、改めてエリクに問う。
「さて、戦るかね?」
「……どうして、そんなに俺と戦いたがる?」
「お前さんが強いからじゃよ」
「!」
「儂はな、お前さんの成長を待っておったんじゃ。……お前さんと初めて会った、あの時からのぉ」
「……王国に来ていた時か」
「ほぉ、覚えておったかね?」
「ああ。……あの時から、俺と戦いたがっていただと?」
「そうとも」
「ならばどうして、あの時に……あの港町で戦った時に、俺を殺さなかった?」
「儂はお前さんを殺したいわけではない。強くなったお前さんと、本気で戦いたいだけなんじゃよ」
「……本気の、俺と……」
「だからこそ、この場を設けたのだ。……お前さんが本気で戦えるよう、大事にしておる者を囮にしてな」
ログウェルは『緑』の七大聖人として話した試練ではなく、エリクに求める自身の目的を伝える。
それを聞いたエリク自身は、ログウェルの思惑を理解し難い表情を浮かべた。
するとログウェルは、改めて脅迫に近い言葉を向ける。
「儂を無視してアルトリア嬢の下に行くのは、止めておくことを勧めておこう」
「何故だ?」
「儂が倒されないまま、あの聖域にアルトリア以外の者が踏み込んだ場合。メディアには躊躇せず人間大陸を砲撃で吹き飛ばすよう、儂が頼んでおる」
「!?」
「儂を倒さぬ限り、アルトリア嬢の居る聖域へ踏み込むことも、地上の破壊を防ぐことも出来ぬぞ。……どうするね?」
自身と戦わせるためにアルトリアと人間大陸を人質にするログウェルに、エリクの額に僅かに血管が浮かぶ。
更に表情を強張らせるエリクは、その脅迫に答えを返した。
「……分かった。やってやる」
「ほっほっほっ。そうこなくてはな」
「場所は、天界の大陸でいいか? 俺は、お前のように飛べない」
「そのつもりじゃよ。では――……」
「――……待てっ!!」
「!」
そうして互いの意思によって決闘が決められる中、二人の会話を遮るように怒鳴り声が下から響く。
すると二人は視線を見下ろすと、操縦席の扉が開かれ、機動戦士の右肩に飛び乗るユグナリスがログウェルを見上げながら『生命の火』と自身の剣を出していた。
「ログウェル! アンタと戦うのは、俺だっ!!」
「ユグナリス……」
「どうして俺じゃなくて、ソイツと戦いたいんだ! ……俺は、アンタも認めてくれた弟子のはずだろっ!!」
「……弟子だからじゃよ」
「!」
「お前さんは儂の『弟子』であっても、『敵』ではない。……儂はな、儂が本気で戦える『敵』が欲しかったんじゃ」
「……え……?」
「儂にとってもお前さんは『弟子』であり、お前さんにとって儂は『師匠』でしかない。……儂がこの世で最も望む存在は、儂と殺し合える『敵』なんじゃよ」
「……そんな……」
ログウェルは感情の無い表情でそう言い放ち、最高の弟子から最高の敵へ微笑みを向ける。
それを聞いたユグナリスは身体中から滾らせる『生命の火』を徐々に弱まらせ、剣も炎に戻しながら両膝を着いて顔を伏せた。
そしてエリクへ視線を戻したログウェルは、再び告げる。
「では、行こうか」
「ああ――……!」
「むっ」
改めて決闘を行おうとした時、エリクとログウェルは互いに何かに気付く。
そして互いに真横に視線を向けると同時に、そこに人影が現れた。
二人はそれが転移魔法だと気付き、僅かに身構える。
するとその場に現れた長い銀髪を靡かせた青年は、浮遊したまま腕を組んで銀色の瞳と声を二人に向けた。
「――……そっちの老人がログウェルで、そっちが話に聞く鬼神の生まれ変わりだな」
「!」
「……お前さんは?」
「余は『帝』と呼ばれているが、『白』の七大聖人と呼ぶ者もいる!」
「!」
「七大聖人が到達者になったと聞いて、急ぎ駆け付けた。――……盟約に従い、余がお前を滅してやろう。『緑』の七大聖人ログウェル!」
「……!!」
堂々とした面持ちで名乗りを上げる『帝』は、七大聖人でありながらも到達者となったログウェルと対峙する様子を見せる。
それと同時に帝は組んでいた両腕を解き放ち、ログウェルに向けながら銀色の極光を生み出し始めた。
ログウェルとエリクはその極光に尋常ではない悪寒を感じ取り、咄嗟に身構える。
しかし次の瞬間、その真下から赤い閃光が走り、帝の身体を押し退けるように掴み取った。
「えっ!?」
「……ログウェルに、何をする気だ……!?」
「ちょ、ちょっと……ま――……うぉっ!?」
何等かの攻撃をログウェルに仕掛けようとした『白』のである帝に反応したのは、『赤』の七大聖人になったユグナリス。
突如として現れた帝がログウェルを殺そうとした事を一瞬で理解したユグナリスは、自身の感情によって師匠を庇っていた。
それと同時に、帝は自身の能力を全て消失させてしまう。
到達者と対峙することで発揮される『白』の能力は、奇しくも到達者ではないユグナリスによって阻まれてしまった。
その為に常人ほどの能力となった帝を、ユグナリスの拘束するように羽交い絞めにする。
更に自分の立っていた機動戦士の肩へ戻りながら、後ろ手に拘束した帝に問い掛けた。
「イタタ……お、お主……ルクソードの子孫かっ!?」
「それがなんだ! それより、どうしてログウェルをいきなり殺そうとしたっ!?」
「だ、だって……七大聖人が到達者になるのは、まずいから……!!」
「マズいってなんだよっ!?」
「イタッ、痛いって! 話す! 話すから!」
突如として現れた『白』の帝はユグナリスに拘束され、先程とは異なる情けない姿を見せる。
そうした様子を一同が窺う中で、僅かに緩んだ腕の拘束に安堵の息を漏らす帝は自分の目的を伝えた。
「ふ、ふぅ……。……ま、マズいんだよ。『白』と『黒』以外の七大聖人が到達者になるのは……」
「だから、その理由は?」
「……聖紋だよ」
「!」
「聖紋は、言わば世界の循環機構に干渉できる鍵なんだ。でもその鍵を持った七大聖人が到達者になると、世界そのものの事象を書き換えられる……」
「世界の事象を、書き換える……?」
「余や『黒』は、それを世界改変と呼んでるんだ。さっきその『緑』が世界の天候を操れたのも、事象そのものを書き換えた影響だ!」
「……!!」
「普通は、聖紋に施してる制約のせいで到達者にはなれない。……でも創造神の権能を持った聖人が聖紋を持つと、その制約を受けなくなって到達者になれてしまう。……そうなると、世界の事象が乱れて、歪みが生じる。それが危ないんだ……!」
「歪み……?」
「五百年前の天変地異も、そのせいで各地に発生した歪みをどうにかしなきゃってことで起きたんだよ。……余が見た限り、もうそこに居る『緑』からは歪みが生じている!」
「!!」
「このままだと、世界そのものに歪みが起きる! 歪みはいずれ空間だけじゃなく、時空間にも干渉し、全宇宙そのものの時空を捻じ曲げて、現在と繋がる過去や未来すら消滅してしまうんだ」
「過去や未来が、消滅……!?」
「だから、そこに居る彼が望む通り……すぐにでも消滅させてあげなきゃ……!」
「……え?」
帝が最後に発した言葉を聞き、ユグナリスの表情が固まる。
そして帝を拘束したまま顎を動かし、浮遊するログウェルを見上げた。
するとユグナリスは、寂し気に微笑むログウェルの見下ろす顔を見てしまう。
「ログウェル……?」
「……これは儂の、最後の我儘でな」
「!」
「対等な『敵』と戦い、その末で打ち倒されたいんじゃ。……その相手に選んだのが、ここに居る『敵』なんじゃよ」
「……そんな……」
ログウェルは自分の弟子に改めてそう話し、改めてエリクを見る。
今まで隠していたであろうその真意を明かしたログウェルは、改めてエリクに頼みを向けた。
「傭兵エリク。儂と本気で戦っておくれ」
「……お前は……」
「儂自身が、この世界の厄災そのものなんじゃよ。……しかし、それも癪であろう?」
「!」
「ならば儂は、儂自身の望みによって世界の厄災となることを選ぼう。……そして厄災は、それに抗う戦士と戦う。傭兵エリクという名の、戦士にな」
「……!!」
ログウェルは自身について厄災だと話し、改めてエリクと戦う意思を向ける。
それは彼自身が望まぬ権能を得ながら七大聖人となった事で生まれた、悲しき夢でもあった。
こうしてログウェルがこの凶行に及んだ理由が、彼を直視した『白』の過去視によって明かされる。
エリクとユグナリスはそれを聞き、唖然とした様子で目の前にいる老騎士を見るしかなかった。
そうして大陸で戦う者達がいる中、更に上空で邂逅する真竜の姿となった老騎士ログウェルとエリクが向かい合う状況となった。
するとエリクは入手した『聖剣』を自ら振り上げ、その威力を用いて真竜の天候を払い除ける。
それは暗雲に覆われた人間大陸に青い空を再び戻し、荒れ狂っていた地上の天候すらも落ち着かせていた。
「――……な、なんだ……?」
「急に、空が光ったと思ったら……」
「……嵐が、無くなってる……」
暴風と豪雨と共に降り注ぐ雷撃に見舞われていたガルミッシュ帝国でも、それ等が全て消失したことが避難しようとしていた民衆によって確認される。
それは帝国を代表するローゼン公爵家の領地でも同様であり、急激な天候の変化をローゼン公セルジアス自身も屋敷から出て確認していた。
「――……空が戻っている……。……いったい、何が……?」
「……恐らく、あの天候を吹き飛ばした……いや、消し去った者がいるのだろう」
共に屋敷の外に出ながら空を確認するウォーリスは、カリーナに付き添われながらそうした推測を述べる。
それを聞いたセルジアスは、怪訝さと不可解さを宿した表情を浮かべながら問い掛けた。
「消し去った? アレほどの異常気象を、消し去れる者が……。……アルトリア?」
「いや、彼女ではない。……彼女は今まさに、メディアと戦っている」
「!」
ウォーリスはそう話し、自分の真横に投影されている映像へ視線を移す。
そこには銀髪紅眼のメディアと向かい合う、金髪碧眼のアルトリアが映し出されていた。
その事からこの異常気象を晴らしたのが別人である事を推察し、ウォーリスの脳裏に一人の男が浮かび上がる。
「……傭兵エリク」
「えっ」
「鬼神の魂を受け継いだ男。……彼が、アルトリアを助けに来たということか」
ウォーリスは晴天となった空を見上げ、遥か遠くで浮遊する天界の大陸へ視線を向ける。
それに続くようにカリーナやセルジアスも視線を向け、ウォーリスと同じようにエリクの姿を思い浮かべた。
そうして地上における異常気象が沈静した頃、再び場面は天空へ戻る。
ドワーフ族の族長バルディオスが扱う機動戦士は操縦席内には、無理な形で放り込まれたユグナリスと気を失っているマギルスが押し込められていた。
「――……な、何が……?」
「エリクの奴が、『聖剣』を使ったんじゃ」
「せ、聖剣……!?」
「あの聖剣は、魔力があるモンを何でも消し飛ばしちまう。さっきまでの天候も、あのドラゴンが起こしておったんじゃろ?」
「そ、そんな剣が……?」
「あるんじゃよ。魔人や魔族の儂等にとっては、天敵みたいなモンじゃがな。――……ほれ、外は綺麗になっとるぞ」
「……!!」
操縦席に座るバルディオスは、機動戦士の全方位映像を見せる。
ユグナリスは顔を上げて映像を見ると、先程まで浮かんでいた暗雲や豪雨が消え去った青い空が見えた。
すると更に顎を上げて真上を見たユグナリスの視界に、足裏と股下を覗かせるエリクが映し出されている。
更にその右手には白く輝く『聖剣』が握られているのを確認すると、更にその奥を見るように目を凝らした。
そしてユグナリスの視力が、機動戦士の上空に浮かぶあるモノを発見する。
「……ログウェル……!」
「むっ!?」
ユグナリスがその名前を呟くと、バルディオスも反応しながら真上に見える映像を拡大させる。
するとそこには真竜の姿は消失する代わりに、一人の老人が見下ろしている光景が見えた。
機動戦士の頭部に立つエリクもそれを視認しており、自分の知る老人が改めて姿を見せたことで鋭い眼光を緩めていない。
対して見下ろすログウェルは自身の天候や真竜の姿を消し去られながらも、口元を微笑ませせながら浮遊していた。
「――……ほっほっほっ。まさかドワーフの機械人形だけではなく、伝説の聖剣を持ってくるとはのぉ。それは予想外じゃったわい」
「……ッ」
遠く離れた上空で笑みを浮かべながら言葉を零すログウェルの声は、エリクには届かない。
しかしログウェルが自分に向ける態度に敵意と呼べるモノが感じられない事を悟り、訝し気な表情を更に強めた。
次の瞬間、ログウェルの姿が消える。
瞬きすらせずに見逃そうとしなかったエリクは、それが転移魔法だと理解し周囲を探ろうとした。
そこでエリクは背後に悪寒を感じ、素早く振り返る。
するとそこには、ログウェルが浮遊したまま微笑む姿を見せていた。
「――……久し振りじゃのぉ、傭兵エリク」
「……あの真竜にならないのか?」
「あぁ。真竜は儂が化けとった姿じゃが、身体の大部分は魔力で構成しとったからな。聖剣の前じゃと、成っても意味がなかろう?」
「……」
「それより、お前さんが戻って来てくれて嬉しいぞい。――……お前さんには分かるじゃろう? 儂の目的が」
「……俺か」
「ほっほっほっ」
真竜の姿から老人の姿へ戻ったログウェルは、まるで旧友に会うかのように微笑む声を向ける。
しかしエリクは敵意も見えないログウェルの様子に不気味さを増大させ、わざわざ自分の傍に現れて話し掛けて来た目的を推察して答えた。
それを肯定するような笑みを向けるログウェルは、改めてエリクに問う。
「さて、戦るかね?」
「……どうして、そんなに俺と戦いたがる?」
「お前さんが強いからじゃよ」
「!」
「儂はな、お前さんの成長を待っておったんじゃ。……お前さんと初めて会った、あの時からのぉ」
「……王国に来ていた時か」
「ほぉ、覚えておったかね?」
「ああ。……あの時から、俺と戦いたがっていただと?」
「そうとも」
「ならばどうして、あの時に……あの港町で戦った時に、俺を殺さなかった?」
「儂はお前さんを殺したいわけではない。強くなったお前さんと、本気で戦いたいだけなんじゃよ」
「……本気の、俺と……」
「だからこそ、この場を設けたのだ。……お前さんが本気で戦えるよう、大事にしておる者を囮にしてな」
ログウェルは『緑』の七大聖人として話した試練ではなく、エリクに求める自身の目的を伝える。
それを聞いたエリク自身は、ログウェルの思惑を理解し難い表情を浮かべた。
するとログウェルは、改めて脅迫に近い言葉を向ける。
「儂を無視してアルトリア嬢の下に行くのは、止めておくことを勧めておこう」
「何故だ?」
「儂が倒されないまま、あの聖域にアルトリア以外の者が踏み込んだ場合。メディアには躊躇せず人間大陸を砲撃で吹き飛ばすよう、儂が頼んでおる」
「!?」
「儂を倒さぬ限り、アルトリア嬢の居る聖域へ踏み込むことも、地上の破壊を防ぐことも出来ぬぞ。……どうするね?」
自身と戦わせるためにアルトリアと人間大陸を人質にするログウェルに、エリクの額に僅かに血管が浮かぶ。
更に表情を強張らせるエリクは、その脅迫に答えを返した。
「……分かった。やってやる」
「ほっほっほっ。そうこなくてはな」
「場所は、天界の大陸でいいか? 俺は、お前のように飛べない」
「そのつもりじゃよ。では――……」
「――……待てっ!!」
「!」
そうして互いの意思によって決闘が決められる中、二人の会話を遮るように怒鳴り声が下から響く。
すると二人は視線を見下ろすと、操縦席の扉が開かれ、機動戦士の右肩に飛び乗るユグナリスがログウェルを見上げながら『生命の火』と自身の剣を出していた。
「ログウェル! アンタと戦うのは、俺だっ!!」
「ユグナリス……」
「どうして俺じゃなくて、ソイツと戦いたいんだ! ……俺は、アンタも認めてくれた弟子のはずだろっ!!」
「……弟子だからじゃよ」
「!」
「お前さんは儂の『弟子』であっても、『敵』ではない。……儂はな、儂が本気で戦える『敵』が欲しかったんじゃ」
「……え……?」
「儂にとってもお前さんは『弟子』であり、お前さんにとって儂は『師匠』でしかない。……儂がこの世で最も望む存在は、儂と殺し合える『敵』なんじゃよ」
「……そんな……」
ログウェルは感情の無い表情でそう言い放ち、最高の弟子から最高の敵へ微笑みを向ける。
それを聞いたユグナリスは身体中から滾らせる『生命の火』を徐々に弱まらせ、剣も炎に戻しながら両膝を着いて顔を伏せた。
そしてエリクへ視線を戻したログウェルは、再び告げる。
「では、行こうか」
「ああ――……!」
「むっ」
改めて決闘を行おうとした時、エリクとログウェルは互いに何かに気付く。
そして互いに真横に視線を向けると同時に、そこに人影が現れた。
二人はそれが転移魔法だと気付き、僅かに身構える。
するとその場に現れた長い銀髪を靡かせた青年は、浮遊したまま腕を組んで銀色の瞳と声を二人に向けた。
「――……そっちの老人がログウェルで、そっちが話に聞く鬼神の生まれ変わりだな」
「!」
「……お前さんは?」
「余は『帝』と呼ばれているが、『白』の七大聖人と呼ぶ者もいる!」
「!」
「七大聖人が到達者になったと聞いて、急ぎ駆け付けた。――……盟約に従い、余がお前を滅してやろう。『緑』の七大聖人ログウェル!」
「……!!」
堂々とした面持ちで名乗りを上げる『帝』は、七大聖人でありながらも到達者となったログウェルと対峙する様子を見せる。
それと同時に帝は組んでいた両腕を解き放ち、ログウェルに向けながら銀色の極光を生み出し始めた。
ログウェルとエリクはその極光に尋常ではない悪寒を感じ取り、咄嗟に身構える。
しかし次の瞬間、その真下から赤い閃光が走り、帝の身体を押し退けるように掴み取った。
「えっ!?」
「……ログウェルに、何をする気だ……!?」
「ちょ、ちょっと……ま――……うぉっ!?」
何等かの攻撃をログウェルに仕掛けようとした『白』のである帝に反応したのは、『赤』の七大聖人になったユグナリス。
突如として現れた帝がログウェルを殺そうとした事を一瞬で理解したユグナリスは、自身の感情によって師匠を庇っていた。
それと同時に、帝は自身の能力を全て消失させてしまう。
到達者と対峙することで発揮される『白』の能力は、奇しくも到達者ではないユグナリスによって阻まれてしまった。
その為に常人ほどの能力となった帝を、ユグナリスの拘束するように羽交い絞めにする。
更に自分の立っていた機動戦士の肩へ戻りながら、後ろ手に拘束した帝に問い掛けた。
「イタタ……お、お主……ルクソードの子孫かっ!?」
「それがなんだ! それより、どうしてログウェルをいきなり殺そうとしたっ!?」
「だ、だって……七大聖人が到達者になるのは、まずいから……!!」
「マズいってなんだよっ!?」
「イタッ、痛いって! 話す! 話すから!」
突如として現れた『白』の帝はユグナリスに拘束され、先程とは異なる情けない姿を見せる。
そうした様子を一同が窺う中で、僅かに緩んだ腕の拘束に安堵の息を漏らす帝は自分の目的を伝えた。
「ふ、ふぅ……。……ま、マズいんだよ。『白』と『黒』以外の七大聖人が到達者になるのは……」
「だから、その理由は?」
「……聖紋だよ」
「!」
「聖紋は、言わば世界の循環機構に干渉できる鍵なんだ。でもその鍵を持った七大聖人が到達者になると、世界そのものの事象を書き換えられる……」
「世界の事象を、書き換える……?」
「余や『黒』は、それを世界改変と呼んでるんだ。さっきその『緑』が世界の天候を操れたのも、事象そのものを書き換えた影響だ!」
「……!!」
「普通は、聖紋に施してる制約のせいで到達者にはなれない。……でも創造神の権能を持った聖人が聖紋を持つと、その制約を受けなくなって到達者になれてしまう。……そうなると、世界の事象が乱れて、歪みが生じる。それが危ないんだ……!」
「歪み……?」
「五百年前の天変地異も、そのせいで各地に発生した歪みをどうにかしなきゃってことで起きたんだよ。……余が見た限り、もうそこに居る『緑』からは歪みが生じている!」
「!!」
「このままだと、世界そのものに歪みが起きる! 歪みはいずれ空間だけじゃなく、時空間にも干渉し、全宇宙そのものの時空を捻じ曲げて、現在と繋がる過去や未来すら消滅してしまうんだ」
「過去や未来が、消滅……!?」
「だから、そこに居る彼が望む通り……すぐにでも消滅させてあげなきゃ……!」
「……え?」
帝が最後に発した言葉を聞き、ユグナリスの表情が固まる。
そして帝を拘束したまま顎を動かし、浮遊するログウェルを見上げた。
するとユグナリスは、寂し気に微笑むログウェルの見下ろす顔を見てしまう。
「ログウェル……?」
「……これは儂の、最後の我儘でな」
「!」
「対等な『敵』と戦い、その末で打ち倒されたいんじゃ。……その相手に選んだのが、ここに居る『敵』なんじゃよ」
「……そんな……」
ログウェルは自分の弟子に改めてそう話し、改めてエリクを見る。
今まで隠していたであろうその真意を明かしたログウェルは、改めてエリクに頼みを向けた。
「傭兵エリク。儂と本気で戦っておくれ」
「……お前は……」
「儂自身が、この世界の厄災そのものなんじゃよ。……しかし、それも癪であろう?」
「!」
「ならば儂は、儂自身の望みによって世界の厄災となることを選ぼう。……そして厄災は、それに抗う戦士と戦う。傭兵エリクという名の、戦士にな」
「……!!」
ログウェルは自身について厄災だと話し、改めてエリクと戦う意思を向ける。
それは彼自身が望まぬ権能を得ながら七大聖人となった事で生まれた、悲しき夢でもあった。
こうしてログウェルがこの凶行に及んだ理由が、彼を直視した『白』の過去視によって明かされる。
エリクとユグナリスはそれを聞き、唖然とした様子で目の前にいる老騎士を見るしかなかった。
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