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終章:エピローグ

偽物と本物

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 制約を施さずに『影』を巧みに操る『闇』の属性魔法を習得する為に、エリクはウォーリスがあるローゼン公爵領地の都市へと戻る。
 自力で走るエリクはガゼル伯爵から得た自由通行証を得ながら、街道沿いに設けられた各関所を駆け抜けた。

 そうして馬車で五日の道程を必要とした道を、エリクは二日も経たぬ時間で駆け終わる。
 すると高く囲んでいる防壁を見上げながら、再びローゼン公爵領の都市へ訪れた。

 都市に到着した際、エリクは外套マントに備わる頭保護具フードを覆って顔を隠し、入出者の検問を行う関所へ素直にも並ぶ。
 帝都復興の為に多くの商人や運送屋が出入りするローゼン公爵領の都市には大量の人々が並ぶ姿があり、エリクはそれを見ながら待っていた。

 すると数時間ほど待っている時、並ぶ列の後方から騒ぐ様子が届きながらエリクは耳を傾ける。

「――……おぅおぅおぅ! 列を譲れよっ!!」

俺達おれたちゃ、あの黒獣傭兵団なんだぜっ!!」

「……?」

 騒ぎの元凶と思しき者達の声から『黒獣傭兵団』の言葉が発せられると、エリクは訝し気な表情を浮かべる。
 そして騒ぎが広がる後列の様子を見ながら、エリクは後ろに並ぶ商団の小間使いらしき者達に問い掛けた。

「――……何か、あったのか?」

「え? いや、後から来た奴等が急にここへ割り込んで来たみたいでさ……」

「割り込みか」

「なんかの商隊っぽいんだけど、護衛を請け負ってる傭兵が黒獣傭兵団らしくてさ」

「黒獣傭兵団の傭兵が? ……行ってみるか」

「お、おい。アンタ……」

「列は譲る。先に行ってくれ」

 エリクはそう言いながらその場から離れ、騒ぎとなっている後列へと足を進める。
 するとそこでは二つの商号を持つ商団が言い争いをしている様子が見え、その一方は列に割り込む形で刺さる位置取りをする者達だった。

 そうした者達に周囲は迷惑そうな嫌悪の視線を浮かべながらも、誰も注意する様子が無い。
 するとそうした迷惑な商団に歩み寄るエリクは、言い争いをする中で幾つかの武器を携える傭兵らしき集団に声を掛けた。

「――……お前達が、黒獣傭兵団か?」

「あ? なんだテメェ!」

「……見たことが無い顔だ。本当に団員か? それとも、新入りか?」

「!?」

 エリクは問い掛ける声を向けた相手は、傭兵然とした姿をしながらも見た事が無い顔。
 名前こそ覚えきれなかったものの、顔を覚えているエリクにとっては初めて見る人物だった。

 その疑問を口にした瞬間、その傭兵らしき男は驚愕の表情を浮かべる。
 しかし僅かに見える冷や汗を隠しながら、荒げた声を向けた。

「ほ、本物かだとぉ!? これがその証明だよっ!!」

「……なんだ、それは?」

「なにって、黒獣傭兵団の外套マントだよっ!! この団章もようを知らねぇのかっ!?」

「……それは、違う団章だんしょうだな」

「!?」  

「本物は違う模様だ。牙は二本だけだし、獣の顔はそんなにハッキリと入れられていない」

「テ、テメェ……!!」

 自分の知る団章と異なる外套を羽織る傭兵に、エリクは微妙な面持ちを浮かべながら言葉を返す。
 すると焦りの汗を色濃く見せるその傭兵に対して、後ろから歩み寄る大柄な男が厳つい声を向けて来た。

「――……なんだぁ、コイツはぁ?」

「エ、エリク団長!」

「……エリク?」

「そ、そうだ! この御方こそ世界を救った英雄、黒獣傭兵団の団長――……エリク様だ!」

 ニヤけた笑みを浮かべながら威勢よくそう言い振らす傭兵に、エリクは微妙な面持ちを浮かべながら紹介された大柄の男エリクを改めて見る。
 確かに髪型や風貌は自分エリクと似た様相をしていたが、身長は本物じぶんやや低く、顔や身体の出で立ちも全く似ていない。

 更に背負っているのは黒い大剣ではなく、木製の棍棒に黒染めの表面液メッキを塗った武器モノ
 羽織っている外套マントも他の傭兵達と同じ偽の団章が縫われた装いである事を察したエリクは、少し考えた後に前向きな考えを口から零した。

「……そうか、人間大陸せかいは広いからな。黒獣傭兵団という名の傭兵団は、他にもあるのか」

「え?」 

「しかし団長の名前も一緒なんだな。もしかして噂の偽者かと思ったんだが、まったく似ていないし。そういう偶然もあるだろう。……だが、列に途中から割り込みは良くない。ちゃんと後ろに並べ」

「……コ、コイツゥ……」

「舐めやがって……!!」

「……テメェ等、コイツを囲めっ!!」

 彼等の存在についてそう納得するエリクは、改めてそうした注意を向ける。
 それを聞いた傭兵達は表情を激昂を浮かべ、団長エリクの号令と共に十人近い傭兵達がエリクを囲んだ。

 更にそれぞれが武器を抜き、その刃を見せる。
 するとエリクは通常いつも表情かおから眼光を据えた真顔に戻すと、改めて注意ことばを向けた。

「……何の真似だ?」

「決まってるだろ! テメェに、黒獣傭兵団おれたちの怖さを思い知らせてやるっ!!」

「……俺は、注意しに来ただけなんだが?」

「ウルセェ! テメェ等、やっちまえっ!!」

「……しょうがないな」

 叫ぶ団長エリクの命令によって、武器を持った傭兵達が四方から襲い掛かる。
 それにエリクは小さな溜息を零し、自身の右足を軽く上げて地面を叩くように着けた。

 すると次の瞬間、周囲の地面から先端が潰れた細い『土棘アースニードル』が飛び出る。
 しかも土棘それが傭兵達の持つ武器の刃や柄を正確に突き、持ち手から弾き地面に落とした。

 それを見た周囲の者達は、武器を飛ばされた傭兵達は驚愕を浮かべる。

「コ、コイツ……魔法師かっ!?」

「だったら、こっちも魔法だっ!!」

「ん?」

 相手エリクが魔法師だと思った向こうの団長エリクは、率いる荷馬車に声を向ける。
 するとそこには隠れ潜んでいた一人の男が存在し、その手には魔法師が持つ魔石付きの杖が持たれていた。

 その魔法師おとこの杖から拳大の大きさがある『火球ファイアボール』が放たれ、エリクに向けられる。
 しかしエリクは動揺した様子も無く眼力だけを向けると、『火球それ』はまるで掻き消されるように消滅した。

「なっ!?」

「火球が消えた……!?」

「おい、何で魔法を消したっ!!」

「ち、違う! 魔法が、勝手に消えて……!!」

「だったらもう一度、ちゃいいだろうがっ!!」

「……ふんっ」

「!?」

 火球が消失して動揺する傭兵達の様子に構わず、エリクは左手を魔法師おとこが持つ杖に振り向ける。
 すると次の瞬間、魔石が粉々に砕ける光景を周囲の者達は見てしまった。

「ヒィッ!?」

「こ、今度はなんだよ……!!」

「杖が勝手に壊れた……!? ……いや、今のもさっきのも……コイツがやってんのかっ!!」

 砕けた魔石付きの杖を見て動揺する傭兵達を他所に、団長を務める男エリクはその事態を起こしている人物が目の前の相手エリクだと察する。
 そして振り戻して地面側へ下げた左腕を見せながら、エリクは再び注意を向けた。

「もうめておけ、並び直す時間が減るぞ」

「コ、コイツ……ッ!!」

「だ、団長! こんな奴、一捻ひとひねりにやっちゃってくださいよっ!!」

「お、おう……!!」

 改めて善意で注意するエリクに対して、傭兵達はそれを煽りとして受けながら激昂する。
 そしてついに団長エリクが動き出し、目の前の相手エリクを歩み寄りながら背負う黒塗りの大棍棒グレートクラブを両手で持ち構えた。

 それに対してエリクは特に構える様子も見せず、魔法も撃つ様子は見せない
 すると大棍棒の射程に入る形で対峙した二人の中で、傭兵達の団長エリクは睨みを向けながら大棍棒ぶきを上段に構えてながら言い放った。

「死ね――……ッ!?」

 振り下ろした大棍棒グレートクラブはエリクの脳天を狙いながらも、その勢いは途中で止まる。
 それを制止したのは、大棍棒の打撃を揺るがず受け止めたエリクの左手だった。

 更にエリクの左手は大棍棒グレートクラブを掴むと、それを握り瞬く間に粉々にする。
 それを見た傭兵達は更なる驚愕に見舞われ、自慢の大棍棒ぶきを砕かれたその団長エリクは身を引かせながら地面に足を引っかけて尻持ちを突きながら戦々恐々とした面持ちで震える声を向けた。

「な、なんだ……。何をしやがった、テメェ……!!」

「……ただ、握っただけだが」

「!?」

「それより、さっき『死ね』と言ったか?」

「え……」

「さっきのは、俺を殺すつもりで攻撃したのか?」

「……!!」

 エリクはそう言いながら、頭保護具フードから僅かに見える鋭い眼光を傭兵達の団長エリクに向ける。
 そしてその黒い瞳に僅かながらも殺気を込め、低い声で再び問い掛けた。

「お前は俺を殺そうとした。だったら、俺に殺される覚悟はあるんだな?」

「……ひ……ヒ……ッ!!」

「俺は、お前を殺していいのか。――……どうなんだ?」

「ぁ……ァ……アアァ――……ッ」

 低い声と共に僅かな殺気の籠った視線を向けるエリクに、傭兵達の団長エリクは表情を真っ青にさせながら口から言葉にもならない怯えと泡を吹き出して地面に倒れる。
 それを見ていた傭兵達は何が起こったか理解できず、ただ泡を吹いて気絶した団長の姿エリクと、今度は自分達に視線を向ける相手エリクに震え上がりながら腰を抜かして地面に伏した。

 そうして完全に戦意喪失した傭兵達を見て、周囲の列に並ぶ者達はエリクに賞賛と歓声を向ける。

「――……すげぇ!」

「たった一人で、十人近い傭兵達を倒したぜ!」

「あの男、何者だ?」

「高名な魔法師か?」

「いや、あのデカい棍棒を素手で止めてたし。そもそも魔法師なのか?」

「なんだろうと、凄い事に変わりはないさ」

「あの煽りも最高だったぜ。ナイスだぜ、おっさん!」

「……しまった、目立ち過ぎた」

 そう称賛する周囲の声を聞きながら、穏便に事態を済ませたつもりだったエリクは僅かに悔やむ。
 するとそうした事態に都市入出の検問を行っていた領兵達の部隊が駆け付けると、周囲から事情を聞き列の割り込みを行った傭兵達が率いる商隊は捕縛されることになった。

 そして一人の若い領兵が、当事者の一人であるエリクの素性と事情を問い掛ける。

「――……貴方が彼等を、本当に御一人で?」

「あ、ああ」

「そうですか。……状況を見るに、怪我人もほとんどいないようですし。周囲の証言を聞く限りでは、貴方の正当防衛ということでも問題なさそうです。……ただあの、出来れば顔を見せて頂けませんか?」

「……見せないと、駄目か?」

「はい、これも規則ですので。念の為に」

「……そうか、分かった」

 事情聴取を行う生真面目な若い領兵に対して、エリクは渋々ながらも顔を隠していた頭保護具フードを外す。
 するとその素顔かおを見た若い領兵は、最初に訝し気な視線を浮かべ、徐々に驚愕の表情へ変えながら叫ぶように言い放った。

「あ、貴方はまさか……。し、失礼しました! エリク殿っ!!」

「あっ」

「――……えぇぇええっ!?」 

 目の前の相手が見覚えのある英雄エリクだと理解してしまった若い領兵の叫びに、周囲の者達も連動して彼の顔エリクを見る。
 そして周囲で列に並ぶ者達にもその名前さけびが伝わり、結果としてその場に絶叫にも近い驚愕が響き渡る事になった。
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