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終章:エピローグ
寛容を胸に
しおりを挟む『闇』の属性魔力を用いた影魔法を覚える為に、エリクは元特級傭兵ドルフと再会する。
そこで対価を代償に得た情報として、魔法の技術力だけではなく自身に課す『誓約』と『制約』によって行われているドルフの影魔法は、エリクが習得するには難しい事が告げられた。
しかしそんなドルフの助言として、制約を用いぬ方法で影魔法を習得したウォーリスの存在が挙げられる。
それを聞いたエリクは、再びローゼン領地に戻りウォーリスと会う事を決めた。
それからエリクは、今回の同行者だったローゼン公爵領の当主セルジアスとパールの話し合いを待つ事になる。
彼等の子供であるラインについて、セルジアスはこのままパールの下で育てる事を認めた。
しかし帝国貴族の一員として必要な知識と帝国語を学ばせる為に、父親であるセルジアスを通じて信頼できる者を家庭教師として派遣する事が決まる。
そうした話し合いの結果はエリクにも共有され、中央集落に設けられた外来客向けの施設に泊まりながら互いの話が語られた。
「――……パールの子供は、お前の子供でもあったのか。だから一緒に来たんだな」
「そういう事になります」
「話し合いは、もういいのか?」
「いえ、まだ幾らか詰めたい部分もあります。それに、私が父親という事も子供に伝えて理解してもらう必要があるでしょうし」
「なら、帰るのは何時になる?」
「私は工事の護衛に向かう予定のドルフ氏や警備部隊と共に、ガゼル伯爵領地へ戻り待っている護衛の騎士達と共に自分の領地へ帰還します。ただ大きな狩猟をしたばかりで、そうした運搬や素材の振り分けで二日ほど待って欲しいとラカム殿に言われています」
「そうか」
「貴方も私の領地へ御戻りになるのなら、それまで御待ちしますか?」
「……いや、俺は一足先に戻る。ウォーリスに会いたい。今の奴は、何をしている?」
「今はフロイス準騎士爵という身分を与え。私の不在と共に領都市に戻り皇后様の補佐をするよう御願いしています」
「じゃあ、都市に戻れば会えるか?」
「そうですね。しかし御一人で戻られるという話であれば、私が一筆を添えた手紙を持ち、工事現場へ戻った際にガゼル伯と御会い下さい。帝国領内の自由通行証を発行して頂きます」
「自由通行証?」
「一定の爵位と職位を持つ貴族家当主の承認によって発行できる、身分証と御考えください。ガゼル伯には南方領地を治める貴族家の統括も任せていますので、その権利を有しています」
「そうなのか」
「それと、帝国領内の地図や方位磁石も御渡しするよう書いておきましょう。それが無いと、御一人で帝国領内を横断する場合は迷ってしまうでしょうから」
「そうだな、頼む」
そのまま樹海の中央集落に滞在する事になったセルジアスは、持ち物で用意していたガゼル伯フリューゲルに宛てた手紙を作成する。
更に手紙の封に赤い蝋を垂らし、自身の持つローゼン公爵家の家紋印を捺してエリクに渡した。
そして次の日、エリクは案内役であるラカムと共に中央集落から離れて樹海の道路工事現場へ戻ろうとする。
しかしその際には、神の勇士の来訪が樹海の勇士達に多く伝わっており、多くの者達が平伏すような姿で見送る景色を見る事になった。
「『――……おぉ、神の勇士よ……!』」
「……ラカム、これは……?」
「申し訳ない。集落へ入る際に会った勇士が、広めてしまったようで……」
「……そうか」
跪きながら敬服の姿勢を見せる勇士達の列に、エリクは微妙な表情を浮かべる。
しかしそんな勇士達を飛び越える形で大族長であるパールが現れると、彼女は改めてエリクと話す場を設けた。
「――……エリオ、もう行くのか?」
「ああ、樹海での用事は済んだ」
「そうか。アリスは元気か?」
「ああ。今は忙しくしているが、暇が出来たら会いに来るよう伝えよう」
「そうしてくれ。……それにしても、神の勇士か。私も勇士達のように、お前に跪くべきか?」
「止めてくれ……」
「冗談だ。……また会おう。我が友の勇士、エリオ」
「ああ。お前達も、元気でな」
そう笑みを浮かべながら話す二人は、互いに右手を差し伸べて握手を交わす。
かつてのアリアとパールが友好の証として交わした握手を今度は二人がすると、エリクはそのままラカムを伴って樹海の中央集落から去った。
これから数時間後、昼の時間帯にエリクとラカムは道路工事の現場へ姿を見せる。
すると警備隊や作業員達からガゼル伯爵が居る場所を聞いて向かい、自分だけが戻った経緯と頼み事を話した。
「――……そうですか。ローゼン公は明後日まで逗留を……」
「ああ。……それで、お前に頼みがある。その為に、手紙を預かった」
「なるほど、では中身を拝見させて頂きます」
エリクはそう言いながら預かった手紙を渡し、ガゼル伯爵はその内容を確認する。
すると驚く様子も無く読み進め、僅かに頷きを見せながら改めてエリクへ顔を向けた。
「――……分かりました。自由通行証の発行については、明日まで御待ち頂けますか? 急ぎ御用意し、早朝には御届け出来るかと」
「助かる」
「馬や馬車を御用意してローゼン領まで御届けする事は出来ますが、本当に御一人で?」
「俺は、一人で馬に乗ったことがない。馬車も、走った方が早い」
「確かにそうでしょうな。では明日までに必要な物を御用意しますので、今日はこちらで御用意する施設へ御泊まりください。ラカム殿が、その施設を御存知のはずです」
「ああ、分かった」
ガゼル伯爵は頼みを受け入れ、それに応じる事を約束する。
それを確認したエリクは室内から去ろうとすると、それを呼び止めるようにガゼル伯爵から声が掛かった。
「あぁ、それと。ドルフ氏は御無事でしたか?」
「ああ、金をせびられた。情報料とアドバイス料で」
「そ、そうですか。それは申し訳ない……」
「何故、お前が謝る?」
「それは、ドルフ氏が……。いえ、彼の本名がヒルドルフ=フォン=ターナーであることは、エリク殿は御存知ですか?」
「……確か、元帝国貴族だったというのは聞いた」
「実は、彼は私の実兄なのです」
「!」
「二十年以上前。私は当時のガゼル子爵家に婿養子という形で引き取られるまでは、ターナー男爵家の次男でした。そしてヒルドルフ兄さんは、男爵家を継ぐ長男だったのです」
「……兄弟か。……それにしては……」
「似てないでしょう? 私は母親似で、兄は父親に似ましたから。……それでもヒルドルフ兄さんは、弟である私と良く遊んでくれて。私も兄を慕っていました。……しかし私がガゼル子爵家に引き取られた後。ターナー男爵家は多くの借金を抱える事態となり、両親は夜逃げの最中に領民達に見つけ殺され。兄は莫大な負債を抱えることになってしまった」
「……」
「当時の私は子爵家の養子という弱い立場だった為に、子爵家の対応に干渉できず、兄に手を差し伸べる事が出来なかった。……今の兄が金銭に対する執着を持ったのも、その影響が強いのです」
「……そうか」
「私としては、兄にこれ以上の苦労を強いる事は憚られるのですが。それでも戻って来てくれた兄は、こうして私を助けてくれています。それが仕事だとしても。……私は、それが嬉しいのです」
「……そうか。お前にとっては、良い兄のようだな」
「はい。なので、その兄が御迷惑をお掛けして申し訳ありません。兄にお支払いした額を教えて頂ければ、こちらで御返ししますが?」
「いや、いい。払った額に見合った情報は、確かに貰った」
「そ、そうですか……? それならば、よろしいのですが……」
「ああ、それでいい。――……では、頼んだ」
「はい、御任せ下さい」
エリクとガゼル伯爵はそうした話を行い、その日は別れる。
そして施設の外で待っていたラカムに宿泊施設まで案内されたエリクは、そこで改めて礼を述べた。
「――……ここまででいい。お前も、自分の仕事に戻ってくれ」
「分かりました。……神の勇士様。いえ、エリオ殿」
「ん?」
「私は、貴方に謝罪をしなければいません」
「謝罪?」
「以前に貴方が訪れた際、私は貴方達が樹海に入ったのを監視していた。……そして、神の使徒であるアリス殿に毒を撃ち込みました」
「!」
「毒は小さく細い棘で、刺されても気付ける者は少ない。……アリス殿が発熱を起こしたのは、私の撃ち込んだ毒のせいです」
「……そうだったのか」
「私は一目で、貴方が強き者だと見抜けた。そして実際にパールと戦わせ、その実力を確認した。……そして自分で撃ち込んだ毒の解毒を条件に、貴方を部族に招いた」
「……」
「あの時の事を、私はずっと伏したままでいた。数々の恩義をある貴方を騙していた。……許してくれとは申しません。貴方が御怒りになるのなら、それを受け入れます。しかし何も知らぬ部族の者達は、許して頂きたい」
改めて樹海に訪れた際に起きた一連の騒動について、ラカムはその真相を頭を下げながら話す。
すると黙って聞いたエリクは僅かに思考した後、それを見下ろしながら答えを向けた。
「……アリアは、それを知っているのか?」
「はい。私と話した際に、早々に見破られました……」
「そうか。……だったら、別にいい」
「え?」
「それを知りながら、アリアはパールの為に協力することを選んだ。だったら、それで問題はない」
「……!」
「それに、お前達のおかげで帝国の追手から逃げられた事もある。だから、それでいい」
「……ありがとうございます」
「お前も、パール達と一緒に元気でな」
「はい」
エリクはそう話し、ラカムが行った事を許す。
そうして互いにそう挨拶を交えた後、ラカムは自身の役目へと戻った。
次の日、ガゼル伯爵本人から自由通行証と必要な荷物をエリクは受け取る。
そして自らの足で駆け出しながら、凄まじい速力でローゼン公爵領地を目指したのだった。
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