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終章:エピローグ

温もりの再会

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 ガルミッシュ帝国の新皇帝となったユグナリスは、九年という歳月を経てついにリエスティアを后妃として娶る事が叶う。
 その結婚式は帝国貴族達と各国の代表者達が祝し、二人はその景色に涙を浮かべながらも決意を見せる表情を見せた。

 そうして開かれた結婚式は、聖堂から帝城へ移る。
 その移動については帝国騎士達によって厳重な敷居が作られながらも、花婿と花嫁である新皇帝夫婦を乗せた馬車が『市民街』の道路で見れる形となっていた。

 聖堂やその周辺に集まっていた『市民街』に住む帝国民は、二人とその娘であるシエスティナを馬車に乗る姿を左右に列を成して見る。
 そして新たな帝国の象徴を祝う歓声を上げながら、一行が帝城の在る『貴族街』まで向かう光景を見送っていた。

 その後続には皇后クレアとローゼン公セルジアス、更には各国の代表者達が乗せた馬車も続き、それぞれが手を振りながら帝国民の歓声に応じる姿が見れている。
 しかしそうした参列の道から僅かに外れた歩道にて、ある二人の姿が見えた。

 それは魔道具の偽装と簡易の変装を施している、ウォーリスとカリーナの二人。
 二人は目立つ馬車の行列に同乗せず、人の視線が外れている歩道を並び歩きながら会話を行っていた。

「――……良かったですね。御二人の式が、こうして挙げられて……。皆さんも、御祝いして下さって」

「ああ。……けれど、これからが忙しくもなる。特に、私達はね」

「はい」

「この式が終わっても、三日ほど祭典が続く。それが終わった後は、色々と片付けも始めなければ。四大国家の新法案は可決に導けたようだが、まだ非加盟国の動向もあることだし――……」

「もう、ウォー……フロイス様は。こういう祝いの場なんですから、もう少し肩の力を抜いてください」

「それが出来ないのが、私の性分なんだよ。それは君が良く知っているだろ?」

「そうですね。でも、昔に比べたら。この生活は、気持ちが凄く楽です」

「……皇后様には、良くしてもらっているかい?」

「はい! シエナ……じゃなかった、姫様の御稽古にも立ち会わせて頂いているんですよ。でも、姫様は令嬢教育の稽古が御嫌いなので。よくおサボりになって、御会い出来ない時もありますけど」

「その点も、今後は考えるべき問題点だ。新皇帝ユグナリス新后妃リエスティアも、自分の子供に酷く甘過ぎるから。周囲の私達が、しっかりしていないとね」

「もう、また仕事の話をしてる」

「ははっ、すまない」

 二人は結婚式で身に着けている侍女と家令用の礼服を身に着け、そうして談話を行いながら観衆が列を成す外側を歩く。
 すると二人が歩く向かい側から、灰色の外套マントを覆い背立ちが整えられた初老の男性老人が進んで来た。

 その初老の男性に真っ先に気付いたのはウォーリスであり、咄嗟に奇妙な表情を浮かべる。
 それに気付いたカリーナは、隣を歩くウォーリスに問い掛けた。

「フロイス様、どうしました?」

「……あの男、市民街の人間ではない」

「え?」

「見た事が無い顔だ。服装も、明らかに市民の装いではない。……私の後ろに」

「は、はい」

 ウォーリスは自身の記憶力と洞察力を信じ、目の前から歩いて来る老人が『市民街』の住民ではない事に気付く。
 そしてカリーナに警戒を促し、自身の後ろへ身を下げさせながら前へ歩み出た。

 新帝都において『市民街』に入れるのは、そこで居住を許され通行証となる魔道具の装飾品ペンダントを持っている者だけ。
 外国からの来訪者は全て外周の『客市街ゲストエリア』しか立ち入りが許されておらず、また現在の祭典で市民街まで入出が許されているのは国主首脳会議サミットに参加する為に来た各国の代表者や護衛だけなのだ。

 にも関わらず、そこに部外者と思しき老人が入り込んでいる。
 住民に雇われている奴隷だとしても、主人と呼ぶべき人間が同行していない光景にウォーリスは老人は警戒を強めた。

 そして互いに移動する道が重なると、ウォーリス側が譲る形で道を開ける。
 すると老人がウォーリス達の隣に歩み寄った時、その口を動かす。

「――……御元気そうで何よりです。ウォーリス様、カリーナ様」

「ッ!!」

「え……!?」

 その老人は渋く優し気な口調で、二人を本当の名で呼び掛ける。
 それに驚愕する二人に対して、老人はそのまま進行方向へ歩み去って行った。

 すると表情を強張らせた二人は、その老人の背中を見ながら小声で話し合う。

「あの御老人ひと、なんで私達の正体なまえを……!?」

「あの一瞬で、偽装と変装が見破られたのか。……だが、誰だ? 顔も声も、覚えが無い」

「ウォーリス様……」

「……君は先に戻り、ローゼン公達に報告してくれ。私は奴を尾行し、素性を確認する」

「だ、駄目です! 今の貴方が、御一人でなんて……」

「しかし……」

「わ、私も。少しは御役に立てますから……!」

「……ッ」

 一人で追おうとするウォーリスに対して、カリーナは左腕を引いて止める。
 そして共に同行しようとする彼女カリーナの言葉に、ウォーリスは渋る表情を強めた。

 二人の正体を知っているのは、ガルミッシュ皇族とローゼン公爵家の一部関係者のみ。
 隣で参列者達の警備をしている帝国騎士や衛兵達は、ウォーリス達の正体について何も知らなかった。

 仮にそうした者達に不審者ろうじんの存在を伝えて捕縛できたとしても、老人の口から自分達の素性が暴かれる可能性が高い。
 安易に周囲へ老人の事を伝える事も出来ないウォーリスは、渋い表情を強めながら掴み止めるカリーナに提案した。
 
「……分かった。だが、私が危険だと判断した場合はすぐに君は逃げるんだ。それは必ず、守ってくれ」

「私も貴方も、逃げるんですね。分かりました」

「……あぁ、分かった。そうしよう。……行こう」

「はい」

 今回はウォーリスが妥協を示す形で、カリーナと共に老人を尾行する事を選ぶ。
 本来ならば彼女カリーナだけでも逃がしておきたいウォーリスだったが、万が一の場合に離れたカリーナが狙われる可能性も考え、尾行を共にすることを認めた。

 そうして二人は老人を追うように歩き始め、百メートル程の距離を保つ。
 すると老人は賑わう参列からどんどん離れて行き、『市民街』の中央部を目指して歩き続けた。

 それから十数分ほど追跡が続けられると、ある場所に辿り着く。
 そこは『市民街』に設けられた大きな公園であり、旧帝都の襲撃で亡くなった者達をまつる慰霊碑が置かれた区画だった。

 新皇帝ユグナリスの結婚式によって人も疎らは公園ばしょへ訪れた老人は、そこで立ち止まり慰霊碑に身体の正面を向ける。
 そして右手を胸に置きながら僅かに頭を前へ傾け、死者達に祈るような様子を見せた。

 そんな老人の様子を物陰から隠れて見ている二人の中で、カリーナは呟く。

「亡くなった方の、御遺族でしょうか……?」

「……そうだとしても、どうして私達の正体を――……!!」

「!」

 ウォーリスは慰霊碑に拝む老人の姿を見て、最初は犠牲者達の遺族である可能性を考える。
 しかし自分達の正体がどうして知られているのかが不明であり、ウォーリスはその疑問が解けずに訝し気な様子を深めた。

 すると下げていた頭を戻すように上げる老人は、そのまま二人が隠れる物陰に顔を向ける。
 それより早く身を潜めた二人だったが、老人は二人に聞こえる声量で呼び掛けた。

「――……そんなところで見ているより、御一緒にどうですか?」

「ウォーリス様……!」

「……仕方ない、か」

 穏やかな口調で呼び掛ける老人の言葉に、二人は表情を僅かに強張らせる。
 そして尾行が暴かれている事を理解したウォーリスは、諦めるように物陰から姿を見せた。

 するとカリーナも同じように付き添い、二人は老人の前に改めて姿を見せる。
 そしてウォーリスと共に二人は歩みを進め、十メートル程の距離を確保しながら問い掛けた。

「――……御老人。失礼だが、貴方は何者だろうか?」

「……分かりませんか? 私のことが」

「申し訳ないが、貴方に見覚えが無い」

「それはそうでしょう。私は貴方達に、この姿で会うのは初めてなのだから」

「この姿……どういう意味だ?」

 意味深な言葉を述べる老人に対して、ウォーリスは不可解な表情を強めて問い掛けを続ける。
 するとそうした会話を聞いていたカリーナが、老人の顔ではなく話し方を聞きながら奇妙な表情を浮かべ始めた。

 そしてその奇妙さが思考に追い付くと、思わぬ言葉をカリーナは発する。

「……まさか、貴方は……アルフレッド様?」

「え?」

「ふっ、カリーナ様に気付いて頂ける嬉しくはありますが、少し残念でもありますね。ウォーリス様」

「……まさか、馬鹿な……っ!?」

 カリーナが発した解答なまえを聞き、ウォーリスの表情は唖然とした様子を見せる。
 すると老人アルフレッドは含み笑いを浮かべ、驚愕する親友ウォーリスに言葉を続けた。

アルフレッドは死んでいるはず、という御話ですか?」

「……そ、そうだ。アルフレッドは、メディアに殺されて……!!」

「貴方達は、それを実際に見ていましたか?」

「っ!?」

「そう。貴方達はメディアが流した映像ビジョンでしか、私の殺された光景を見ていない。……あれは、偽装映像フェイクだったんですよ」

偽装映像フェイク……!?」

「はい。――……あの映像が地上に向けて流れる直前、天界うえにメディアとログウェルの二人が私の前に現れました」

「!」

「そして二人は、私にある条件を提示して協力を求めた。地上に居る、アルトリア嬢や傭兵エリクを天界うえへ誘き出す為に」

「協力……!?」

「私の義体からだ脳髄のうを破壊して見せたのは、彼等が本気であるという意思を示す為の証拠映像デモンストレーションにしたかったようです」

「……だ、だが。……いや、それなら……その身体は……義体ぎたいなのか?」

「いいえ、この身体は生身です」

「!?」

「彼等が提示した条件は、あの魔鋼マナメタルで覆われた脳髄のうずいから私の魂を解放し、生身の肉体を与えること。私はその条件を受け入れ、彼等に協力したのです」

「生身の身体を与える……!? しかし、それは……」

「そう、本来ならば血縁者以外の肉体に魂は宿せない。私の血縁者は、もうこの現世には居ません。……しかし一つだけ、例外もありました」

「例外?」

「マナの大樹が生み出す、『神兵』の複製体クローンです」

「!!」

彼女メディアは破壊する前の脳髄から私の細胞を採取し、マナの大樹に取り込ませた。そして細胞それを培養して『神兵』と同じ要領で私自身の複製体クローンを作ってくれました。そしてその複製体からだに私の魂を移したことで、空になった義体と脳髄は彼等に譲ったのです」

「……!!」

「ちなみに映像で流れた私の音声こえは、義体へ事前に録音させておいたモノです。あとこの姿も、私の実年齢に沿う老人すがたになってしまいました。……それにしても、あっさり騙されていたようですね。ウォーリス様」

「……アルフレッド……ッ!!」

 老人の姿をしたアルフレッドは自身に起きた事情を伝えると、ウォーリスは唖然としながらも徐々に歩み寄る。
 そして二人は互いに両手を広げながら温もりが感じられる身体で抱き合い、ウォーリスは涙を浮かべながら親友が生きていたことを喜んだ。

 そんな二人の姿を傍で見守るカリーナもまた、静かに涙を浮かべてしまう。
 同じ過去くるしみを共に乗り越えて来た三人の親友達は、こうして再会を果たしたのだった。
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