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第壱章──出逢いと別れ──
死せる君と。肆話
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今までの疲れと汚れを落とし、タオルで身体を拭き居間へ戻ると、彼は湯気の立ち上る皿を粗雑な木の卓の上に並べている所だった。
「身体は暖まったか?こんな物しか用意できないが、少しでも胃に入れた方が良いだろう」
そう言って私に料理を食べるように促す。
「ええ、お陰様で。色々として頂いて有難う」
微笑みながら返事をすると、私は心が少し温かくなった。
今まで心配される事はあったとしても、気持ちの無い……唯の作業として言っている様な感じが殆どだったからだ。
皆姉さんしか見ていなかった。
次期当主でも何でもない名ばかりの小娘が構って欲しいと泣いている様は実に滑稽で面倒だっただろう。
庭を散歩していて転んだ時や、芸の稽古が上手くいかず指南役に叱責された時、何時も手を差し伸べてくれたのは、姉さん唯一人だけだった。
両親からも見放された私にとっては姉さんの存在そのものが私の生きる意味の様なものだったというのに、彼に心から心配されていると感じたのか、私の中の暗い雲は徐々に晴れて行った。
其れと同時に、彼に何一つ恩を返すことが出来ない自分自身に嫌気がさした。
「私に出来ることは少なくとも、貴方のお役に立てるよう尽力致します」
無駄に自尊心だけは高い私が、額と手を床に付け、生まれて初めて人に頭を下げた。
「何か考えていると思っていたらそんな事か。そんなに畏まらなくて良い。あんまり堅い言葉だと私には分からないからね」
そう言うと土間へ戻って行った。彼はそんな事を言っているが、恐らく私に気を遣わせまいと考えての言動だろう。
目頭が熱くなると同時に、涙が零れ落ちて畳に染み込んだ。
少し目の腫れた私に、料理が冷めてしまうからと彼は再び食べるよう催促する。
大根の漬物、焼き魚、麦飯、味噌汁というような今まで食べてきたものと比べると少し質素ではあるが、私の身体は正直な様でお腹から情けない音が鳴る。
「頂きます」
恥ずかしさを掻き消すように口早に言うと、大根と大根の葉が入った味噌汁を啜る。温かく優しい出汁と味噌が乾ききった身体に染み込んでゆく。
すかさず麦飯と焼き魚を頬張ると、噛む度に染み出てくる魚の脂と米の甘みが一層食欲を引き立てる。
パリッと音を立てる漬物も程良い味付けでご飯が進む。
殆ど庶民に近かったが、元々貴族の娘であった私が礼儀を忘れ、言葉を一言も発さず、唯ひたすら育ち盛りの少年のように口に詰め込む。
気がつくと皿の中は全て空っぽになっていた。
「随分美味しそうに食べるな。見たところ裕福な家庭の娘だろうから、この程度じゃ口寂しいと思っていたんだが」
「確かに庶民に比べれば豊かな方だけど、言うほどでも無いわ。それに……家で出てくるご飯よりも此方の方が好みよ」
「それなら良かった」
顔を緩ませる彼に、思わず笑みが溢れる
出会ってからそれ程時は経っていないというのに、胃も心も掴まれ、つい数時間前まで自殺を考えていた事などとうに忘れていた。
「身体は暖まったか?こんな物しか用意できないが、少しでも胃に入れた方が良いだろう」
そう言って私に料理を食べるように促す。
「ええ、お陰様で。色々として頂いて有難う」
微笑みながら返事をすると、私は心が少し温かくなった。
今まで心配される事はあったとしても、気持ちの無い……唯の作業として言っている様な感じが殆どだったからだ。
皆姉さんしか見ていなかった。
次期当主でも何でもない名ばかりの小娘が構って欲しいと泣いている様は実に滑稽で面倒だっただろう。
庭を散歩していて転んだ時や、芸の稽古が上手くいかず指南役に叱責された時、何時も手を差し伸べてくれたのは、姉さん唯一人だけだった。
両親からも見放された私にとっては姉さんの存在そのものが私の生きる意味の様なものだったというのに、彼に心から心配されていると感じたのか、私の中の暗い雲は徐々に晴れて行った。
其れと同時に、彼に何一つ恩を返すことが出来ない自分自身に嫌気がさした。
「私に出来ることは少なくとも、貴方のお役に立てるよう尽力致します」
無駄に自尊心だけは高い私が、額と手を床に付け、生まれて初めて人に頭を下げた。
「何か考えていると思っていたらそんな事か。そんなに畏まらなくて良い。あんまり堅い言葉だと私には分からないからね」
そう言うと土間へ戻って行った。彼はそんな事を言っているが、恐らく私に気を遣わせまいと考えての言動だろう。
目頭が熱くなると同時に、涙が零れ落ちて畳に染み込んだ。
少し目の腫れた私に、料理が冷めてしまうからと彼は再び食べるよう催促する。
大根の漬物、焼き魚、麦飯、味噌汁というような今まで食べてきたものと比べると少し質素ではあるが、私の身体は正直な様でお腹から情けない音が鳴る。
「頂きます」
恥ずかしさを掻き消すように口早に言うと、大根と大根の葉が入った味噌汁を啜る。温かく優しい出汁と味噌が乾ききった身体に染み込んでゆく。
すかさず麦飯と焼き魚を頬張ると、噛む度に染み出てくる魚の脂と米の甘みが一層食欲を引き立てる。
パリッと音を立てる漬物も程良い味付けでご飯が進む。
殆ど庶民に近かったが、元々貴族の娘であった私が礼儀を忘れ、言葉を一言も発さず、唯ひたすら育ち盛りの少年のように口に詰め込む。
気がつくと皿の中は全て空っぽになっていた。
「随分美味しそうに食べるな。見たところ裕福な家庭の娘だろうから、この程度じゃ口寂しいと思っていたんだが」
「確かに庶民に比べれば豊かな方だけど、言うほどでも無いわ。それに……家で出てくるご飯よりも此方の方が好みよ」
「それなら良かった」
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