死せる君と。

木蔦空

文字の大きさ
4 / 25
第壱章──出逢いと別れ──

死せる君と。肆話

しおりを挟む
  今までの疲れと汚れを落とし、タオルで身体を拭き居間へ戻ると、彼は湯気の立ち上る皿を粗雑そざつな木の卓の上に並べている所だった。

「身体は暖まったか?こんな物しか用意できないが、少しでも胃に入れた方が良いだろう」

 そう言って私に料理を食べるように促す。

「ええ、お陰様で。色々として頂いて有難ありがとう」

 微笑みながら返事をすると、私は心が少し温かくなった。
 今まで心配される事はあったとしても、気持ちの無い……ただの作業として言っている様な感じがほとんどだったからだ。


 皆姉さんしか見ていなかった。

 次期当主でも何でもない名ばかりの小娘が構って欲しいと泣いている様は実に滑稽こっけいで面倒だっただろう。
 庭を散歩していて転んだ時や、芸の稽古けいこが上手くいかず指南役せんせい叱責しっせきされた時、何時いつも手を差し伸べてくれたのは、姉さんただ一人だけだった。

 両親からも見放された私にとっては姉さんの存在そのものが私の生きる意味の様なものだったというのに、彼に心から心配されていると感じたのか、私の中の暗い雲は徐々じょじょに晴れて行った。
 其れと同時に、彼に何一つ恩を返すことが出来ない自分自身に嫌気がさした。

「私に出来ることは少なくとも、貴方のお役に立てるよう尽力じんりょく致します」

 無駄に自尊心だけは高い私が、ひたいと手を床に付け、生まれて初めて人に頭を下げた。

「何か考えていると思っていたらそんな事か。そんなにかしこまらなくて良い。あんまり堅い言葉だと私には分からないからね」

 そう言うと土間へ戻って行った。彼はそんな事を言っているが、恐らく私に気を遣わせまいと考えての言動だろう。
 目頭が熱くなると同時に、涙がこぼれ落ちて畳に染み込んだ。


    少し目の腫れた私に、料理が冷めてしまうからと彼は再び食べるよう催促さいそくする。
 大根の漬物、焼き魚、麦飯、味噌汁というような今まで食べてきたものと比べると少し質素ではあるが、私の身体は正直すなおな様でお腹から情けない音が鳴る。

「頂きます」

 恥ずかしさをき消すように口早に言うと、大根と大根の葉が入った味噌汁をすする。温かく優しい出汁と味噌が乾ききった身体に染み込んでゆく。
 すかさず麦飯と焼き魚を頬張ると、噛む度に染み出てくる魚の脂と米の甘みが一層食欲を引き立てる。
 パリッと音を立てる漬物も程良い味付けでご飯が進む。

 ほとんど庶民に近かったが、元々貴族の娘であった私が礼儀を忘れ、言葉を一言も発さず、唯ひたすら育ち盛りの少年のように口に詰め込む。


 気がつくと皿の中は全て空っぽになっていた。

随分ずいぶん美味しそうに食べるな。見たところ裕福な家庭の娘だろうから、この程度じゃ口寂しいと思っていたんだが」

「確かに庶民に比べれば豊かな方だけど、言うほどでも無いわ。それに……家で出てくるご飯よりも此方こっちの方が好みよ」

「それなら良かった」

 顔を緩ませる彼に、思わず笑みがこぼれる
 出会ってからそれ程時は経っていないというのに、胃も心も掴まれ、つい数時間前まで自殺を考えていた事などとうに忘れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...