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【完結編2】

伝説の子

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 この日は鮮やかに桜が舞っていた。穏やかな気温に身を委ねて眠ってしまいたくなる季節。

 俺は200年前くらいから始めた家庭菜園に勤しんでいた。

「いやー時間は掛かったけども、何とかここまで菜園を拡げる事が出来たな」

「お前、隠居してから土いじり始めるとかよぉ、もうジジィじゃん」

「だってやることないじゃん。でもよ、土を耕して野菜を収穫して、結構楽しいぞ」

「お、おう……そ、それよりもだ!今日俺が来た理由だよ」

「え?どうしたの?」

「忘れたわけ!?お前……ないわー」

「何だっけ?えーと……んー……なに?」

「俺たちの孫が誕生するかもしれない日だろうが!」

「あー。まぁ誕生したら報告に来るだろうよ。アイツも忙しいだろうし俺たちが出ていくのは、向こうの世界の均衡問題になるから、俺たちは待機だよ」

「冷静だな、お前は」

「それによ、お前、勢いで出張って行ってごらんよ……あの優しい嫁たちが一瞬で鬼になるぞ」

「そ、そうだった……それは何より死活問題だな」

「だろ?それにソールなんて今じゃ牙を抜かれて完全に尻に敷かれてるからな」

「あー、あれはもう終わった部類だな。じゃーよー、もう嫁を巻き込んで乗り込もうぜ」

「お前、どんだけ行きたいんだよ!そもそもお前は長男イビルの子がいるから、初孫で内孫は居るだろうが」

「そうだけどよ、女の子の子供は特別なんだよ」

「そんなもんかねー。しゃーねーなー。じゃー俺はレインに話すから、お前はサリュを連れて来い」

「おぉーー!その気になったか!勿論だ!待ってろよ、直ぐに戻ってくる」

 そう言ってルドラは超特急で飛び立って行った。
 俺は家の中に入りレインに声をかけた。

「レイン、さっきルドラが来てな、秀光の所に行こうって言うんだよ。で、さぁ……まぁ俺も初孫が気になるから、見に行きたいなぁって思うんだけど、どう思う?」

 俺は優しき妻が鬼に変わらぬように、恐る恐る言葉を選びながら全てを打ち明けた。

「もう!いつまで待たせるのかと思ってたよ!このまま行かずに報告待ちとかだったら激怒するところだったよ!」

 俺は密かにこう思ったのだ。
(あっぶねー!ルドラが来てくれてよかったー!ルドラ!感謝!)

「もう準備は済ませてあります!リコちゃん、ピンちゃん、コッペちゃん、ソールさんも直ぐに来る用意は整ってます。
 本当に今日!打ち明けてくれなかったから、引きずってでも連れて行ってます!」

「は、はぁ。すみません」

 ここでレインの鬼スイッチがオンになった音がした気がする。

「正座!」

 や、やはり……

「はい」

「大体!おじいちゃんになる自覚を持ってください!均衡とか崩れないでしょ!言い訳ばっかりして!」

「いや、本当に少し、歪むので……あ、いや、すみません」

「それに!名前!考えたのですか!?秀光にお願いされてたでしょ!?」

「えと、まぁ考えてはいるんですが……」

「は!?は!?は!?」

「三回も、は!?って言わなくても……」

「あれだけ時間があって、まだ決まってないのですか!?土いじりばっかりしてるからですよ!!」

「いや、あれは、気晴らしというか、その……すんません。なんでもないです」

 結局俺はこっぴどくレインに怒られたのである。
 この展開ってさぁ、言っても言わなくても怒られてんじゃん!
 なんだよ!このバッドエンドルートしかないパターンは!

 ってか足が痺れました……

「はぁ、もういいです!皆さんお揃いになりましたし。直ぐに行く準備してください!」

「はい」

 俺は一応、昔の服装に着替え準備を済ませた。
 あとね、名前はね、考えてあるんだよ。
 ただね、候補もあるからさ、顔を見て決めたいなぁと思ってね……

 それを言えば良かったじゃん。って?
 あの流れで言えると思います?
 心のフルボッコKOされますよ。

 あ、すみません。これ以上独り言に時間を使いますと、般若が降臨しますので、そろそろ戻りますね。



「準備終わったよ」

 俺の回りには懐かしい奴らが勢揃いし、俺の顔を見てニヤニヤしている。

 リコ、ピン、コッペ、ソール、ウラン
 サリュ、ルドラ、パン太郎。

「健汰よ、相変わらず盛大に怒られてるな!」

「昔の唯一神も今じゃ尻に敷かれた、ただの夫になったわね」

「う、うるせーなー!」

「さぁ健汰、行くぞ!早くしないとサリュに、また……」

「お、おう……さ、皆行くぞ。なるはやで。空気読んでね」

「あ、神様。僕たちは残りますよ。両家のみで行って下さい」

「え?来いよ」

「そんなに大人数で行っても迷惑になるでしょ」

「は?お前なぁ、お前らも家族だろうが。おい、ルドラ、全員を包め。強制転送だ」

「ちょ!」

「か、神様!?」

「あんた!なにして!?」

「卑怯ですよ!!」

 そして俺たちは穏便に転移成功。

 目の前には慣れ親しんだ懐かしい景色が広がっていた。

「あー懐かしいなぁ。なぁ皆!」

「あんた!何て事してくれたのよ!
 ダーリン残して来たじゃない!」

「そうだぞ!健汰!
 メレンに後で何て言えばいいんだよ!」

「まぁそう言うなって。すまんすまん」

 リコ、ピン、コッペ、パン太郎は、最早この状況と確信犯の俺に諦めと呆れで納得していた。

 "いつもの事じゃないか" と。



 その頃、ソワソワしながらその瞬間を待っている者たちがいた。

「まだかなぁ……スレイお婆ちゃん、卵の様子はどうだった?」

「まだ、アルテ様が大事に暖めてるよ」

「俺も見に行こうかなー……」

「お前は落ち着いて公務に励んでろ」

「何だよビバル。お前だって自分の子が生まれる時はパニクってちびってたじゃねーかよ」

「ちびってねーわ!話を盛るなよ!あれは汗みたいなものだ」

「汗が股間から蛇口捻ったなみに出るのは初耳だな。まぁ汗って事にしといてやるよ。蛇口王さん」

「変なあだ名付けんじゃねー!お前が言うと定着するから、マジで止めろ!」


 馬鹿話をしてる時、伝令が来る。

「秀光様!卵に変化がありました!」

「わかった!直ぐに行く!ビバルここを頼むぞ!」

「いや、だから、お前はまだここに居ろって!」

「なに言ってんだ!いつ生まれるか分からない状況になってるんだぞ」

「だからだよ!」

 その時、とても懐かしく頼もしい声が響き渡る。

「そうだぞ!秀光」

 その声にその場に居る全員が振り返る。
 と同時に存在を確認し号泣する。
 500年ぶりになるだろうか。
 伝説の神こと " 唯一神 " 戸河健汰が目の前に君臨していた。

「父上!」

「健汰!」

「健汰様!」

 嘗ての友、仲間、そして子が歓喜する。

「はは。皆随分変わったな。元気だったか?」

「父上、此方に参ったのはいいのですが、歪みは大丈夫なのでしょうか?」

「あーそれね。一応、向こうに居る連中が結界を貼ってるから大丈夫だよ」

「そうですか、よかった」

「それよりもだ!秀光、まだか!?」

「卵に変化はあったみたいなのですが、まだ産まれたという報告は受けてません」

「そうか……待ち遠しいのー」

 呆れた顔でルドラが突っ込む。

「いや、お前もかよ。親子揃って落ち着きないのー」

 " カタカタカタ "

 そんなルドラも貧乏ゆすりが激しかった。

「お前も人のこと言えねーじゃねーか!」

「うるさいわい!俺の可愛いアルテの子供だぞ!落ち着きなくなって当然じゃろーが!」

 ゲイトは言う。

「もう、あんたら皆うるさいわ!
 揃って行かれよ!こちらは任された」

 その言葉を皮切りに、秀光、健汰、ルドラは猛ダッシュでアルテの元に向かったのである。

 アルテは秀光たちを見たときに、頭を抱えながらも笑った。

「やっぱり待てなかったのですね。もうすぐ産まれますよ」


 " パキパキ "
 " パカッ "

 卵が割れたとき不思議な出来事が起きる。虹がかかり後光に包まれた状態で、中から紅の髪と尾っぽを持つ子が誕生した。

 見た目は竜人族。
 くりくりの目で紅の髪は秀光に似ている。
 赤い尾っぽと角は母アルテに似ている。

 そのとてつもなく可愛い姿を見て男共は、気色悪い歓喜の悲鳴をあげた。

 その声を聞きアルテは笑い、秀光はその後嬉しさに涙した。
 健汰とルドラは微笑み見守っている。

「健汰よ、俺たちは皆の元に戻っていよう」

「ああ、そうだな」

 健汰とルドラは、そう言ってその場を後にした。
 何より恥ずかしかったのは、皆の元に戻ると先程の奇声は何だったのかと問いただして来たことだ。

 まぁその場は何かほら、あれだ。うやむやにした感じで、その場をやり過ごしたけどルドラの慌てようが面白かったよ。

 凡そ1時間くらいであろうか、秀光たちが戻ってきた。

「皆、待たせてしまった。父上、先程の光景なんですが、これは……」

「うん。間違いないと思うよ。この子が誕生したときに俺の力が一時的に半減した」

「なに!?お前、大丈夫なのか!?」

「問題ないよ。その子は伝説の神になる。歴代の神で女性はいない。それは出産と同時に力が落ちるからだ。だがその子は、そうならないように前神の力を吸収しおった。この子は別次元の力を有しているよ」

「え!?お前よりチートってこと!?」

「そうなるね。しかも潜在能力で言えば、既に俺を越えてるかも」

「父上を!?」

「そんなに驚くことでもないだろうに。お前だって俺を越えてるんだから」

「しかし、産まれたばかりの子が……」

「でも実際そうなっても可笑しくない血統なんじゃないか?お前が神とエルフのハーフ。アルテは竜人族。そして、その子供ってなると覚醒しても不思議ではない」

「言われてみれば、物凄いオーラを感じる。俺の孫は竜人族でも最強の子になるのか。竜人族でも女で最強は……例にない」

「健汰お父様、宜しければ、この子のお名前を戴けませんか?」

「うん。実はもう決まってるんだ。この子が産まれることは既に分かっていたからね。卵から産まれたときに、この子から名前の一文字を指定されたんだよ」

「そんな事があるのですか!?」

 秀光は仰天している。

「ああ、俺は歴代の神とは出自が違うからなのか、ぶっちゃけ知らなくても良いこと、見えなくても良いことまで見えてしまう。結構疲れるんだぞ」

「…………」

 秀光はその言葉を聞いて色々と府に落ちた所があった。
 現役の神であった頃、健汰は気の休まる暇もなく常に何かをしていた。

 そういうことだったのか。秀光が初めて唯一神だった頃の健汰を理解した瞬間であり、より一層深く敬愛したのであった。

 秀光は言葉を発することが出来なかった。

 それを見てか、健汰がにこやかに話し出す。

「まぁ秀光たちは俺の苦悩とかは考えなくてよい。お前はお前たちの時代を考えよ。それよりも名前だよ。この子が望んだ文字は " 花 " だ」

「花か……」

「季節的なもので名前を付けさせてもらったよ。名は " 桜花 "」

「桜花……素敵な名前ですね」

「父上、感謝します。皆!聞いての通り我が娘の名は桜花に決まった!そして!9代目の神でもある!私はこの子が神としての重責を担えるときが来たら、譲位するつもりだ!皆もそのつもりで頼む!」

「はっ!!」

 家臣一同は即座に従い、世界中の者は神の子誕生に歓喜し、3日間もの間お祭り騒ぎをした。



 孫との戯れを十分に楽しんでいた頃、恐ろしき通信が健汰とルドラの元に入る。

【いつまで、そちらで遊んでいらっしゃるのかしら?桜花との戯れは自分たちだけでお楽しみですか?】

 健汰とルドラはその声に飛び起き、船酔いをしたかのように顔が青ざめる。

「ひ、秀光よ……お、俺たちはそろそろ帰るよ!」

「急にどうしたのですか?」

「あ、いや、大事な用事を思い出した」

「あー……母上たちですね……」

「お、お前たちなら分かるだろ?この絶体絶命の状況が……」

「はい……何と言うか……御愁傷様です」

「あんたが、なかなか帰らないから私が報告しちゃった」

「ウランてめぇ!」

「早く帰らないと凄い折檻受けるんじゃないの?」

「ル、ルドラ!は、早く帰るぞ!!」

「わ、わかった!!」

「それではな!秀光!今度はお前が来い」



 そして慌ただしく前神たちは自分たちの世界へと帰って行った。

「まったく……何処までが本気なのか……色んな意味で父上たちには敵いませんよ」


「おい!ウラン!とんでもないことしてくれたな!」

「あんただって強制転移なんて、とんでもないことしてくれたじゃない!お相子よ」

 そんな言い合いをしている間に到着。
 まぁ案の定、鬼の形相で俺の奥様とルドラの嫁が待っていた。

 そして俺たちが強烈な折檻を受けたのは言うまでもない。



 時は数月経ち


「旦那様。そろそろ秀光たちが、此方に来ますよ。準備は出来てるのですか?」

「はい!勿論です!」

「よろしい」


 今回の事で立場が変わってしまった……
 完全に政権を握られてしまった……


「父上!母上!お久しぶりです!」

「あら、いらっしゃい秀光、アルテちゃん、それに桜花」

「お邪魔します」

「キャッキャッ」



 俺たちのお話は、これでおしまい。
 伝説の神として桜花が君臨するのは、また別のお話。
 その時にはもう俺たちも居ないんだろうなー。

 人に産まれて異世界に行って、神になり結婚して子が産まれ、孫まで見れた。
 本当に十分幸せだよ。

 まぁちょっと奥さんが恐いけどね……
 人の世界であれば絶対に体験できなかった事ばかり。
 最初は転移された事を恨みもしたけど、今では本当に素晴らしい毎日に感謝ですよ。

 異世界転移。悪いものでもないですよ。

「旦那様!」

「はい!直ぐ行きます!」

 じゃー鬼が呼んでますので、それでは皆さん、また会う日まで……



 完
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