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12.アズ・ポーン2
4-2
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部屋にあったドライヤーで、髪を乾かした。チェスの駒を見ながら。
あたしと、チェスをするつもりなんだろうか?
少しずつ教えてもらいながら、二人で遊んではいる。最近は、本を見なくても、自分で駒を動かせるようになっていた。
沢野さんが戻ってきた。
髪を乾かしてあげた。
ドライヤーをもとの場所に返してから、足が止まってしまった。
沢野さんは、ベッドに腰かけて、座っている。あたしは、そっちに戻るべきなんだろうか。
「おいで」
呼ばれたから、行った。
沢野さんの横に座るんじゃなくて、ベッドの上に。
そこに座りこんでから、どうしようと思った。あたしから誘ってるみたいに、思われちゃったかな……。
沢野さんが、ベッドに上がってきた。あたしに近づいてくる。
正面から、あたしが見える場所に座った。
「沢野さん」
用もないのに、呼んだ。沢野さんは、まじめな顔をしていた。
「……さわっていい?」
「えっ。えぇっ?」
「ごめんね。だめだよね」
「まだ、返事してないです」
「うん。……どう?」
「え、わかんない。どこを、どうさわるの?」
「言葉にするのは、はずかしいね。胸とか、お腹とか」
「いいですよ」
「いいの?!」
「そんなに驚くくらいなのに、聞いてくれたんですね……」
むしろ、そっちの方がすごいと思ってしまった。
白い手が、あたしにふれてくる。
肩とか、腕とか……。
それから、そっと胸にふれてきた。
ぞくっとした。あたしの体に、電流が走る。
今まで、たくさんの人から、さわられてきた。そういう仕事をしていたから。
でも、本当に感じたことは、あんまりなかった。もちろん、ぜんぜんなかったわけじゃないけど……。
胸のかたちを確かめるみたいに、両手でつつまれていた。大きな手だった。
あたしの胸は、祐奈みたいに大きくない。沢野さんの手に、隠れてしまいそうだった。
心臓の音がうるさい。そんなの、聞こえるはずがないのに。
沢野さんの指が、あたしの胸をつかむように動いた。
それだけで、感じてしまった。
「あっ、あん」
声が出てしまった。ほんの小さくだけど。
ものすごい勢いで、手が離れていった。
「ごめんなさい」
「なんで、謝るんですか」
「ハグだけにしよう。僕がもたない」
えーっていう、感じだった。このまま、するのかと思ってたのに。
「いいんですか?」
「いい。ちょっと、風に当たってきていい?」
「だったら、あたしも行きます」
沢野さんを追いかけた。「ついてこなくていいよー」って、沢野さんが言った。
「どうして?」
「僕は、歌穂ちゃんから逃げてるんだよ」
「どうして、逃げるんですか」
「どうしてだろうね」
そんな返事は、いらなかった。
ホテルのベランダに、あたしも出ようとした。
「スリッパで、出られないです」
「そうだね。ここに、サンダルがあるよ」
「あるんですか」
「うん」
沢野さんが腰をかがめた。ベランダにあった、もうひとつのサンダルを、あたしの前まで持ってきてくれた。
「ありがとう……」
「いーえ」
風が、きもちよかった。
左に東京湾、右に夜景が見えた。なんだか、ロマンチックな感じだった。
「また、夜景ですね」
「うん」
「……ねえ。沢野さん」
「うん?」
「あたしが、もっと年が上だったら、よかった?」
「そんなことないよ。さっきも、言ったでしょ」
「吉田さんとだったら、しました?」
「しないよ……。先輩で、部下なんだよ。めんどくさいよ」
「めんどくさいの?」
「うん。本気だったら、また別の話だけど」
「あたし……」
してもいいって、思ってるのに。あたしの覚悟なんて、沢野さんからしたら、なにもわかっていない小娘が、いきがってるみたいに見えてるんだろうか。
よくわからなかった。
後ろから、沢野さんの右腕が回されてきて、あたしの体を抱いてくれた。
好き。あたしの中で、沢野さんへの気持ちがあばれて、あたしを内側から食いあらそうとする。
言ってみようか。でも、言ってしまったら、沢野さんは、あたしを抱くんじゃないかという気がした。
あたしは、いいんだけど。しても。
ああ……。でも、わからない。
あたしのことを大事にしたいと思ってくれる沢野さんの気持ちを、あたしも大事にしたかった。かんたんにセックスに持ちこまれなかったことがうれしくて、沢野さんへの気持ちが、一気に、疑いから信頼に変わったのは確かだった。
……あたしが、ちょろいだけ?
でも、こんな人には、会ったことがなかった……。
顔を見上げた。きれいな顔をしていた。
あいかわらず、ぜんぶの色がうすい。
「なに?」
「ううん……」
わけもなく、切なくなって、沢野さんにしがみついた。ぎゅうぎゅうとハグをしながら、沢野さんのにおいをかいでいた。
ホテルのシャンプーとボディーソープのにおいは、甘い。あたしも、沢野さんからは、甘いにおいに感じられてるんだろうか。
「歌穂ちゃん」
あたしを呼ぶ声が、甘かった。
部屋に戻って、二人でチェスをすることになった。
ちゃんと、沢野さんの駒が取れてる。途中で、あたしが勝っちゃうんじゃないかと思いかけた。
「これで、チェックメイト」
「あー。負けました」
「強いね。本気になりかけた」
「まだ、本気じゃないの?」
「そうだね。楽しみたかったから」
そういうことか、と思った。あたしがいい気分になれるように、手かげんしてくれていたらしい。
「もう一回」
「だめ。もう十一時だよ」
「あっ」
「やめよう。寝ないと」
「……はい」
あたしと、チェスをするつもりなんだろうか?
少しずつ教えてもらいながら、二人で遊んではいる。最近は、本を見なくても、自分で駒を動かせるようになっていた。
沢野さんが戻ってきた。
髪を乾かしてあげた。
ドライヤーをもとの場所に返してから、足が止まってしまった。
沢野さんは、ベッドに腰かけて、座っている。あたしは、そっちに戻るべきなんだろうか。
「おいで」
呼ばれたから、行った。
沢野さんの横に座るんじゃなくて、ベッドの上に。
そこに座りこんでから、どうしようと思った。あたしから誘ってるみたいに、思われちゃったかな……。
沢野さんが、ベッドに上がってきた。あたしに近づいてくる。
正面から、あたしが見える場所に座った。
「沢野さん」
用もないのに、呼んだ。沢野さんは、まじめな顔をしていた。
「……さわっていい?」
「えっ。えぇっ?」
「ごめんね。だめだよね」
「まだ、返事してないです」
「うん。……どう?」
「え、わかんない。どこを、どうさわるの?」
「言葉にするのは、はずかしいね。胸とか、お腹とか」
「いいですよ」
「いいの?!」
「そんなに驚くくらいなのに、聞いてくれたんですね……」
むしろ、そっちの方がすごいと思ってしまった。
白い手が、あたしにふれてくる。
肩とか、腕とか……。
それから、そっと胸にふれてきた。
ぞくっとした。あたしの体に、電流が走る。
今まで、たくさんの人から、さわられてきた。そういう仕事をしていたから。
でも、本当に感じたことは、あんまりなかった。もちろん、ぜんぜんなかったわけじゃないけど……。
胸のかたちを確かめるみたいに、両手でつつまれていた。大きな手だった。
あたしの胸は、祐奈みたいに大きくない。沢野さんの手に、隠れてしまいそうだった。
心臓の音がうるさい。そんなの、聞こえるはずがないのに。
沢野さんの指が、あたしの胸をつかむように動いた。
それだけで、感じてしまった。
「あっ、あん」
声が出てしまった。ほんの小さくだけど。
ものすごい勢いで、手が離れていった。
「ごめんなさい」
「なんで、謝るんですか」
「ハグだけにしよう。僕がもたない」
えーっていう、感じだった。このまま、するのかと思ってたのに。
「いいんですか?」
「いい。ちょっと、風に当たってきていい?」
「だったら、あたしも行きます」
沢野さんを追いかけた。「ついてこなくていいよー」って、沢野さんが言った。
「どうして?」
「僕は、歌穂ちゃんから逃げてるんだよ」
「どうして、逃げるんですか」
「どうしてだろうね」
そんな返事は、いらなかった。
ホテルのベランダに、あたしも出ようとした。
「スリッパで、出られないです」
「そうだね。ここに、サンダルがあるよ」
「あるんですか」
「うん」
沢野さんが腰をかがめた。ベランダにあった、もうひとつのサンダルを、あたしの前まで持ってきてくれた。
「ありがとう……」
「いーえ」
風が、きもちよかった。
左に東京湾、右に夜景が見えた。なんだか、ロマンチックな感じだった。
「また、夜景ですね」
「うん」
「……ねえ。沢野さん」
「うん?」
「あたしが、もっと年が上だったら、よかった?」
「そんなことないよ。さっきも、言ったでしょ」
「吉田さんとだったら、しました?」
「しないよ……。先輩で、部下なんだよ。めんどくさいよ」
「めんどくさいの?」
「うん。本気だったら、また別の話だけど」
「あたし……」
してもいいって、思ってるのに。あたしの覚悟なんて、沢野さんからしたら、なにもわかっていない小娘が、いきがってるみたいに見えてるんだろうか。
よくわからなかった。
後ろから、沢野さんの右腕が回されてきて、あたしの体を抱いてくれた。
好き。あたしの中で、沢野さんへの気持ちがあばれて、あたしを内側から食いあらそうとする。
言ってみようか。でも、言ってしまったら、沢野さんは、あたしを抱くんじゃないかという気がした。
あたしは、いいんだけど。しても。
ああ……。でも、わからない。
あたしのことを大事にしたいと思ってくれる沢野さんの気持ちを、あたしも大事にしたかった。かんたんにセックスに持ちこまれなかったことがうれしくて、沢野さんへの気持ちが、一気に、疑いから信頼に変わったのは確かだった。
……あたしが、ちょろいだけ?
でも、こんな人には、会ったことがなかった……。
顔を見上げた。きれいな顔をしていた。
あいかわらず、ぜんぶの色がうすい。
「なに?」
「ううん……」
わけもなく、切なくなって、沢野さんにしがみついた。ぎゅうぎゅうとハグをしながら、沢野さんのにおいをかいでいた。
ホテルのシャンプーとボディーソープのにおいは、甘い。あたしも、沢野さんからは、甘いにおいに感じられてるんだろうか。
「歌穂ちゃん」
あたしを呼ぶ声が、甘かった。
部屋に戻って、二人でチェスをすることになった。
ちゃんと、沢野さんの駒が取れてる。途中で、あたしが勝っちゃうんじゃないかと思いかけた。
「これで、チェックメイト」
「あー。負けました」
「強いね。本気になりかけた」
「まだ、本気じゃないの?」
「そうだね。楽しみたかったから」
そういうことか、と思った。あたしがいい気分になれるように、手かげんしてくれていたらしい。
「もう一回」
「だめ。もう十一時だよ」
「あっ」
「やめよう。寝ないと」
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