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17.バッド・サプライズ1
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九月十五日。木曜日の夜。
風呂に入ってから、趣味の部屋に行った。
祐奈が風呂に入っている間に、しておきたいことがあった。
実家の番号に電話をかけた。
「はい。西東です」
父が出た。内心、父さんか……と思った。
「俺。礼慈」
「礼慈か。どうした」
父と話す時は、いつも、少しばかり緊張する。
母は、明るくて人当たりがいい。父は、感情を表に出すのが苦手そうな人だ。
「父さんに、伝えておきたいことがあって」
「なに」
「今、同居してる人がいる。
その人に、プロポーズしようと思ってる」
「いいんじゃないの。
もう言ったから、同居してるのかと思った。これから言うのか」
「うん」
「そうか。がんばれよ」
そっけない口調だった。言葉どおりに受け取って、激励されたと思うことにした。
「礼慈も、もう三十一か。もっと早くに、結婚するべきだったな」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃない。それで?
俺に相談したいの?」
「ううん。報告……。
父さんは、母さんに、何て言った?」
「……」
そこから、長い沈黙があった。
「ごめん。余計なこと、訊いて」
「ふつうだよ。『結婚しよう』と言った。
他に言うべきことなんか、ある?」
「ない、かな。
もうちょっと、話してもいい?」
「いいよ」
「正昭さんって、いつ頃に、うちに挨拶に来た?」
「礼慈が刺された後。すぐに」
「あー……」
「『結婚します』と報告された。
異論も反論もないから、『よろしくお願いします』と言って、終わり。
あとは、美緒が作ってくれた料理を食べただけ」
父は、母のことを名前で呼ぶ。俺が幼い頃から、ずっとそうだった。
「父さんたちには、会ってもらうことになると思うけど。
俺が挨拶する相手が、いないんだよ。
孤児で、ご両親は他界してる」
「孤児だったら、いなくても当然だろ。
親戚が、いい人ばかりとは限らないし。かえって、気楽かもな」
「父さん……」
「会わせてもらえるなら、会うよ。こっちは、土日祝は空いてる。お前と同じで」
「うん。ありがとう」
「そもそも、受けてもらえそうなのか?」
「分からない」
「分からないってことは、ないだろ。まあ、当たって砕けるのも悪くない。
残念会の準備はしておくよ」
「ひどいな。……うん。結果が出たら、報告します」
「そうだな。楽しみにしてる。
美緒に、かわる」
「礼慈ー。元気?」
「うん」
「征慈と礼慈の会話って、聞いてて、はらはらするわ。面白いけど」
「聞いてたんだ」
「スピーカーがついてるのよ。プロポーズするの?」
「うん」
「どきどきするわね。美里から、LINEが来たのよ。
かわいい人なんだってね」
「まあ、うん」
「礼慈は、いろいろあったから……。
恋愛はもうできないのかなって、心配してたけど。
その人が、礼慈を救ってくれたのね」
「うん。そうだと思う」
「うちとの顔合わせのことは、後でいいから。
二人で、よく話し合って決めるのよ」
「分かった。ありがとう」
「じゃあね。切っていい?」
「うん。俺が切るよ」
電話を切った後で、少しの間、放心したようになっていた。
話してしまった。もう、俺と祐奈だけの話ではなくなった。
「礼慈さん?」
風呂上がりの祐奈が、趣味の部屋に入ってきた。
裾がひらひらとしているパジャマを着ている。かわいいなと思った。
「お風呂のお湯、抜いておきました。洗ってあります」
「ありがとう」
「お仕事してたの?」
祐奈の視線を追った。ノートパソコンを見ていた。
ノートパソコンの画面には、婚約指輪の検索結果がずらりと並んでいた。
これはまずい。幸いなことに、祐奈からは、画面の裏側しか見えていなさそうだった。
不自然にならないように気をつけながら、画面を伏せていった。
祐奈が首を傾げるのが見えてしまった。
「違う。ちょっと、調べものをしてただけ」
「ふうん?」
「もう寝るよ。君は?」
「わたしも……。寝室にいます」
祐奈が立ち上がった。広がったパジャマの裾の、レースのようなひだになっているところが、祐奈の動きに合わせて揺れる。
出ていってしまった。
かわいらしい姿が、残像のように、頭に焼きついていた。
風呂に入ってから、趣味の部屋に行った。
祐奈が風呂に入っている間に、しておきたいことがあった。
実家の番号に電話をかけた。
「はい。西東です」
父が出た。内心、父さんか……と思った。
「俺。礼慈」
「礼慈か。どうした」
父と話す時は、いつも、少しばかり緊張する。
母は、明るくて人当たりがいい。父は、感情を表に出すのが苦手そうな人だ。
「父さんに、伝えておきたいことがあって」
「なに」
「今、同居してる人がいる。
その人に、プロポーズしようと思ってる」
「いいんじゃないの。
もう言ったから、同居してるのかと思った。これから言うのか」
「うん」
「そうか。がんばれよ」
そっけない口調だった。言葉どおりに受け取って、激励されたと思うことにした。
「礼慈も、もう三十一か。もっと早くに、結婚するべきだったな」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃない。それで?
俺に相談したいの?」
「ううん。報告……。
父さんは、母さんに、何て言った?」
「……」
そこから、長い沈黙があった。
「ごめん。余計なこと、訊いて」
「ふつうだよ。『結婚しよう』と言った。
他に言うべきことなんか、ある?」
「ない、かな。
もうちょっと、話してもいい?」
「いいよ」
「正昭さんって、いつ頃に、うちに挨拶に来た?」
「礼慈が刺された後。すぐに」
「あー……」
「『結婚します』と報告された。
異論も反論もないから、『よろしくお願いします』と言って、終わり。
あとは、美緒が作ってくれた料理を食べただけ」
父は、母のことを名前で呼ぶ。俺が幼い頃から、ずっとそうだった。
「父さんたちには、会ってもらうことになると思うけど。
俺が挨拶する相手が、いないんだよ。
孤児で、ご両親は他界してる」
「孤児だったら、いなくても当然だろ。
親戚が、いい人ばかりとは限らないし。かえって、気楽かもな」
「父さん……」
「会わせてもらえるなら、会うよ。こっちは、土日祝は空いてる。お前と同じで」
「うん。ありがとう」
「そもそも、受けてもらえそうなのか?」
「分からない」
「分からないってことは、ないだろ。まあ、当たって砕けるのも悪くない。
残念会の準備はしておくよ」
「ひどいな。……うん。結果が出たら、報告します」
「そうだな。楽しみにしてる。
美緒に、かわる」
「礼慈ー。元気?」
「うん」
「征慈と礼慈の会話って、聞いてて、はらはらするわ。面白いけど」
「聞いてたんだ」
「スピーカーがついてるのよ。プロポーズするの?」
「うん」
「どきどきするわね。美里から、LINEが来たのよ。
かわいい人なんだってね」
「まあ、うん」
「礼慈は、いろいろあったから……。
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その人が、礼慈を救ってくれたのね」
「うん。そうだと思う」
「うちとの顔合わせのことは、後でいいから。
二人で、よく話し合って決めるのよ」
「分かった。ありがとう」
「じゃあね。切っていい?」
「うん。俺が切るよ」
電話を切った後で、少しの間、放心したようになっていた。
話してしまった。もう、俺と祐奈だけの話ではなくなった。
「礼慈さん?」
風呂上がりの祐奈が、趣味の部屋に入ってきた。
裾がひらひらとしているパジャマを着ている。かわいいなと思った。
「お風呂のお湯、抜いておきました。洗ってあります」
「ありがとう」
「お仕事してたの?」
祐奈の視線を追った。ノートパソコンを見ていた。
ノートパソコンの画面には、婚約指輪の検索結果がずらりと並んでいた。
これはまずい。幸いなことに、祐奈からは、画面の裏側しか見えていなさそうだった。
不自然にならないように気をつけながら、画面を伏せていった。
祐奈が首を傾げるのが見えてしまった。
「違う。ちょっと、調べものをしてただけ」
「ふうん?」
「もう寝るよ。君は?」
「わたしも……。寝室にいます」
祐奈が立ち上がった。広がったパジャマの裾の、レースのようなひだになっているところが、祐奈の動きに合わせて揺れる。
出ていってしまった。
かわいらしい姿が、残像のように、頭に焼きついていた。
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