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二十八話
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「それより、終わったあとはいちゃいちゃしたいな。キスもたくさんしたい」
悠司は勝負のことなど、どうでもいいかのように考えているのだろうか。
もっとも、酒の席で彼が言い出したことなので、悠司が忘れたら終わりなのかもしれない。
私だって、悠司さんといちゃいちゃしたくないわけじゃない……でも……。
甘えられないのは悠司にだけではない。いつから自分は、甘えない人間になったのだろう。
背を向けた肩にくちづけている悠司の唇を感じる。
だけど、振り向いて彼に甘えるなんてことはできなかった。
「紗英。眠い?」
「ん……」
悠司は優しく紗英の肩に布団をかぶせる。
そうしてから彼は、紗英の体を包み込むように、腕を回した。ふたりの脚は絡ませてある。
抱くときは強引なのに、情事のあとは優しい彼に絆されそうになる。
紗英は切なくなり、一筋の涙を流した。
四、極上のプールデート
出張から帰ってくると、紗英は仕事に没頭した。
さっそく報告書をまとめ、本部長に提出する。山岡が手術のため入院するので、その間の引き継ぎなどもあった。悠司とこまめに報告を交わし、連携を取れたので、とても仕事がしやすかった。
忙しいけれど、仕事は充実している。
ただ、紗英は自分が甘えられない性分であることに悩んでいた。
本音としては、誰かに甘えてみたい。
その相手は悠司しかいないとわかっている。
だけど、彼とは本物の恋人ではないし、勝負のこともあるので、素直に甘えられないという事情がある。
そう簡単に甘えられるほど、自分を変えられたなら苦労はしないのだった。
というか、甘えるって、具体的になにをするのかな……?
考えるほどにわからなくなる。
恋人には甘えたことがなく、甘えられてばかり。それも母親のように世話を焼いてきたので、すっかりクズ男を製造する女と化してしまったのだ。
そして紗英はその事実から逃げるように、仕事に励む。
仕事は頑張ったら、その分だけ結果となって現れる。
だけど、恋愛はそうはいかない。
紗英の場合、恋愛を頑張るほど報われないという悪循環に陥るのだ。
これまでは――。
でも、悠司さんとなら、違うのかな……。だけど本当の恋人じゃないし……。
これまで付き合ってきて、悠司が遊びで紗英に接しているのではないとは思う。
だが、男心がなんたるかなんて理解していない紗英には、結局のところ、悠司が本気か遊びかなんてわからないのだった。
あれほど甘えてきたクズ男たちだって、あっさりほかの女に乗り換えるのだから。
「あー、やめよう。とりあえず、過去のことを思い出すのはやめやめ!」
会社から退勤して、駅までの道のりで懊悩し、独りごちる。
ビル群の狭間は夏の盛りの熱気により、蒸し暑い。
夕方だが、じっとりと汗をかく。
紗英はつまらない過去を振り払うように、かぶりを振った。
こうして過去を思い出して憂鬱になってしまうから、いけないのかもしれない。
だけど自分がクズ男の製造機なのは間違いない。それだけは過去の経験からして確かだ。
確信した紗英はひとりで頷く。
中々過去から逃げられない紗英だった。
そのとき、すうっと一台の車が歩道に停車する。
なんだろう、と振り向くと、ウインドウを下げた悠司が軽く手を上げていた。
「やあ、紗英。金曜日なのに、もう帰るのか?」
「悠司さん!」
本日は金曜日なので、休日前だった。
男性社員たちは飲みに行く相談をしていたから、てっきり悠司も飲み会に行ったのだと思っていたが、違ったらしい。
紗英は連日の激務で疲れているので、休日の予定は寝て過ごすつもりでいる。そのため、さっさと帰宅するところだ。
「ちょっとドライブに行かないか? すごく素敵な場所に連れていくよ」
爽やかな悠司の笑顔に、なぜか悪戯めいたものが見え隠れするのは気のせいか。
ほのかな危険を察知した紗英は、身を引く。
「えっと……それは、どこですか?」
「まだ秘密だ。車に乗らないのなら、お姫様抱っこして助手席に乗せるよ」
結局、乗ることになるようだ。
諦めた紗英は、悠司が本当に車から降りてこないうちに、助手席のドアを開ける。
「わかりました。乗りますから」
車に乗り込むと、しっとりとした革張りのシートが身を包む。
微笑んだ悠司は、シートベルトを締める紗英を確認すると、飴色のギアを入れた。
「それじゃあ、行こうか。ふたりきりの秘密の場所へ」
秘密の場所とは、どういうことだろう。
以前、海へドライブしたあとに連れていってもらった丘の上だろうか。
悠司は勝負のことなど、どうでもいいかのように考えているのだろうか。
もっとも、酒の席で彼が言い出したことなので、悠司が忘れたら終わりなのかもしれない。
私だって、悠司さんといちゃいちゃしたくないわけじゃない……でも……。
甘えられないのは悠司にだけではない。いつから自分は、甘えない人間になったのだろう。
背を向けた肩にくちづけている悠司の唇を感じる。
だけど、振り向いて彼に甘えるなんてことはできなかった。
「紗英。眠い?」
「ん……」
悠司は優しく紗英の肩に布団をかぶせる。
そうしてから彼は、紗英の体を包み込むように、腕を回した。ふたりの脚は絡ませてある。
抱くときは強引なのに、情事のあとは優しい彼に絆されそうになる。
紗英は切なくなり、一筋の涙を流した。
四、極上のプールデート
出張から帰ってくると、紗英は仕事に没頭した。
さっそく報告書をまとめ、本部長に提出する。山岡が手術のため入院するので、その間の引き継ぎなどもあった。悠司とこまめに報告を交わし、連携を取れたので、とても仕事がしやすかった。
忙しいけれど、仕事は充実している。
ただ、紗英は自分が甘えられない性分であることに悩んでいた。
本音としては、誰かに甘えてみたい。
その相手は悠司しかいないとわかっている。
だけど、彼とは本物の恋人ではないし、勝負のこともあるので、素直に甘えられないという事情がある。
そう簡単に甘えられるほど、自分を変えられたなら苦労はしないのだった。
というか、甘えるって、具体的になにをするのかな……?
考えるほどにわからなくなる。
恋人には甘えたことがなく、甘えられてばかり。それも母親のように世話を焼いてきたので、すっかりクズ男を製造する女と化してしまったのだ。
そして紗英はその事実から逃げるように、仕事に励む。
仕事は頑張ったら、その分だけ結果となって現れる。
だけど、恋愛はそうはいかない。
紗英の場合、恋愛を頑張るほど報われないという悪循環に陥るのだ。
これまでは――。
でも、悠司さんとなら、違うのかな……。だけど本当の恋人じゃないし……。
これまで付き合ってきて、悠司が遊びで紗英に接しているのではないとは思う。
だが、男心がなんたるかなんて理解していない紗英には、結局のところ、悠司が本気か遊びかなんてわからないのだった。
あれほど甘えてきたクズ男たちだって、あっさりほかの女に乗り換えるのだから。
「あー、やめよう。とりあえず、過去のことを思い出すのはやめやめ!」
会社から退勤して、駅までの道のりで懊悩し、独りごちる。
ビル群の狭間は夏の盛りの熱気により、蒸し暑い。
夕方だが、じっとりと汗をかく。
紗英はつまらない過去を振り払うように、かぶりを振った。
こうして過去を思い出して憂鬱になってしまうから、いけないのかもしれない。
だけど自分がクズ男の製造機なのは間違いない。それだけは過去の経験からして確かだ。
確信した紗英はひとりで頷く。
中々過去から逃げられない紗英だった。
そのとき、すうっと一台の車が歩道に停車する。
なんだろう、と振り向くと、ウインドウを下げた悠司が軽く手を上げていた。
「やあ、紗英。金曜日なのに、もう帰るのか?」
「悠司さん!」
本日は金曜日なので、休日前だった。
男性社員たちは飲みに行く相談をしていたから、てっきり悠司も飲み会に行ったのだと思っていたが、違ったらしい。
紗英は連日の激務で疲れているので、休日の予定は寝て過ごすつもりでいる。そのため、さっさと帰宅するところだ。
「ちょっとドライブに行かないか? すごく素敵な場所に連れていくよ」
爽やかな悠司の笑顔に、なぜか悪戯めいたものが見え隠れするのは気のせいか。
ほのかな危険を察知した紗英は、身を引く。
「えっと……それは、どこですか?」
「まだ秘密だ。車に乗らないのなら、お姫様抱っこして助手席に乗せるよ」
結局、乗ることになるようだ。
諦めた紗英は、悠司が本当に車から降りてこないうちに、助手席のドアを開ける。
「わかりました。乗りますから」
車に乗り込むと、しっとりとした革張りのシートが身を包む。
微笑んだ悠司は、シートベルトを締める紗英を確認すると、飴色のギアを入れた。
「それじゃあ、行こうか。ふたりきりの秘密の場所へ」
秘密の場所とは、どういうことだろう。
以前、海へドライブしたあとに連れていってもらった丘の上だろうか。
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