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二十九話
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どきどきしながら、紗英は車窓を眺める。
不安はなかった。悠司が紗英の嫌なことはしないと、わかっているから。
だけど気になってしまい、紗英はそれとなく訊ねる。
「それって、前に連れていってくれた丘の上のことですか?」
「いいや。あそこより近いね」
いったい、どこだろう。秘密の場所というからには、ひと気のないところかと思うが。
首を捻る紗英に、悠司はヒントを出す。
「紗英は、プールは好き?」
「プール……ですか。水泳の授業くらいしかプールで泳いだ経験がないので、好きか嫌いかもわかりません……」
「そうなんだね。それじゃあ、今夜は紗英に、プールを好きになってもらおうかな」
ということは、行き先はプールのようだ。
しかし、それがなぜ秘密の場所になるのかわからない。
学校のプールには入れないだろうし、テーマパークのプールは夜でも混んでいるだろう。
やがて車は郊外へやってきた。
静かな別荘地はまだ夏期休暇には入っていないためか、明かりが点いている家は少ない。
悠司は雄壮な門の前に停車すると、リモコンを操作した。
すると、蔓模様が施された重厚な門が開き、車を迎え入れる。
整備された道を車が進む。道の両脇に広がる庭園には、綺麗に手入れされた庭木が植えられていた。
まるで隠れ家ホテルのような瀟洒な敷地だ。
ややあって、庭園の中に建つ一軒の邸宅が見えてくる。
「ここは、ホテルですか?」
「うちの別荘だよ」
さらりと言った悠司に、紗英は目を見開く。
こんなに豪華な物件が別荘だなんて、とてつもないお金持ちだ。いくら会社の御曹司とはいえ、庶民の紗英には想像もつかない。
「別荘をお持ちですか……すごいですね」
「俺の名義の別荘だから、いつでも好きに使えるよ」
「そ、そうなんですか。友達を呼んで盛大にパーティーしたりとか、そういうふうに使ってるんですか……?」
お金持ちはそういった派手なパーティーを好むのかなと思ったが、悠司は苦笑を零した。
「ドラマじゃあるまいし、パーティーなんてしないよ」
「あ、そういうものですか」
「うん。俺はきみとふたりきりで、ゆっくり過ごしたいな」
頷いた紗英だが、別荘でどんなふうに過ごすのかわからない。
悠司がクズ男に変貌し、邸宅の床にごろごろと転がっている姿を想像してしまい、慌てて頭の中から追いやった。
車庫に入ったので、紗英は車から下りようとする。
だが、悠司がドアを開けようとする紗英を止めた。
「待って。俺にエスコートさせてくれ」
「あ……いいですよ。クズ男はそんなことをしないものですし」
言ってから、紗英は失言に気づいた。
はっとしたが、もう口から出た言葉を取り消すことはできない。
悠司は眉をひそめた。
「うん? 俺がクズ男だと思ってるのかい?」
「すみません。失言でした。悠司さんがクズ男になってしまったらどうしようと考えていたので……つい……」
微苦笑を零した悠司は「なるほど」と言って車を下りる。
彼は助手席側に回り込むと、ドアを開けた。
てのひらを差し出し、不敵な笑みを見せる。
「俺はクズ男にならないよ。だから安心していい」
「悠司さん……」
力強い悠司の言葉に、紗英の強張っていた心がほどけた。
彼なら、クズ男にはならない。
きっと、紗英の抱えていたジンクスは取り払われるはずだ。
勝負に負けてもいい。
悠司に惚れたい。彼を好きになりたかった。
そう思う反面、豪奢な別荘を前にすると、臆してしまう自分がいる。
紗英は差し出されたてのひらに、自らの手を預けながら、念のための忠告をした。
「でも、甘く見ないでほしいんです。私はクズ男を製造する女なんです」
「きみはそんな女じゃない。もちろん俺はきみに甘えたいけど、それ以上にきみから俺に甘えてほしい」
「その方法がわからないんですよね……」
「難しいことを考えなくていいんだ。別荘でプールで泳いで、のんびり過ごそう」
ふと、紗英は首を捻った。
ちょっとドライブの予定だったが、悠司はずっとこの別荘にいるかのように言う。
「あの……それは、いつまでですか?」
「きみが望むなら、一生だ」
悠々と言う彼に、紗英は呆然とする。
まるで結婚して一緒に住むかのような言い方だが、それこそ冗談だろう。休日の間だけということだ。
不安はなかった。悠司が紗英の嫌なことはしないと、わかっているから。
だけど気になってしまい、紗英はそれとなく訊ねる。
「それって、前に連れていってくれた丘の上のことですか?」
「いいや。あそこより近いね」
いったい、どこだろう。秘密の場所というからには、ひと気のないところかと思うが。
首を捻る紗英に、悠司はヒントを出す。
「紗英は、プールは好き?」
「プール……ですか。水泳の授業くらいしかプールで泳いだ経験がないので、好きか嫌いかもわかりません……」
「そうなんだね。それじゃあ、今夜は紗英に、プールを好きになってもらおうかな」
ということは、行き先はプールのようだ。
しかし、それがなぜ秘密の場所になるのかわからない。
学校のプールには入れないだろうし、テーマパークのプールは夜でも混んでいるだろう。
やがて車は郊外へやってきた。
静かな別荘地はまだ夏期休暇には入っていないためか、明かりが点いている家は少ない。
悠司は雄壮な門の前に停車すると、リモコンを操作した。
すると、蔓模様が施された重厚な門が開き、車を迎え入れる。
整備された道を車が進む。道の両脇に広がる庭園には、綺麗に手入れされた庭木が植えられていた。
まるで隠れ家ホテルのような瀟洒な敷地だ。
ややあって、庭園の中に建つ一軒の邸宅が見えてくる。
「ここは、ホテルですか?」
「うちの別荘だよ」
さらりと言った悠司に、紗英は目を見開く。
こんなに豪華な物件が別荘だなんて、とてつもないお金持ちだ。いくら会社の御曹司とはいえ、庶民の紗英には想像もつかない。
「別荘をお持ちですか……すごいですね」
「俺の名義の別荘だから、いつでも好きに使えるよ」
「そ、そうなんですか。友達を呼んで盛大にパーティーしたりとか、そういうふうに使ってるんですか……?」
お金持ちはそういった派手なパーティーを好むのかなと思ったが、悠司は苦笑を零した。
「ドラマじゃあるまいし、パーティーなんてしないよ」
「あ、そういうものですか」
「うん。俺はきみとふたりきりで、ゆっくり過ごしたいな」
頷いた紗英だが、別荘でどんなふうに過ごすのかわからない。
悠司がクズ男に変貌し、邸宅の床にごろごろと転がっている姿を想像してしまい、慌てて頭の中から追いやった。
車庫に入ったので、紗英は車から下りようとする。
だが、悠司がドアを開けようとする紗英を止めた。
「待って。俺にエスコートさせてくれ」
「あ……いいですよ。クズ男はそんなことをしないものですし」
言ってから、紗英は失言に気づいた。
はっとしたが、もう口から出た言葉を取り消すことはできない。
悠司は眉をひそめた。
「うん? 俺がクズ男だと思ってるのかい?」
「すみません。失言でした。悠司さんがクズ男になってしまったらどうしようと考えていたので……つい……」
微苦笑を零した悠司は「なるほど」と言って車を下りる。
彼は助手席側に回り込むと、ドアを開けた。
てのひらを差し出し、不敵な笑みを見せる。
「俺はクズ男にならないよ。だから安心していい」
「悠司さん……」
力強い悠司の言葉に、紗英の強張っていた心がほどけた。
彼なら、クズ男にはならない。
きっと、紗英の抱えていたジンクスは取り払われるはずだ。
勝負に負けてもいい。
悠司に惚れたい。彼を好きになりたかった。
そう思う反面、豪奢な別荘を前にすると、臆してしまう自分がいる。
紗英は差し出されたてのひらに、自らの手を預けながら、念のための忠告をした。
「でも、甘く見ないでほしいんです。私はクズ男を製造する女なんです」
「きみはそんな女じゃない。もちろん俺はきみに甘えたいけど、それ以上にきみから俺に甘えてほしい」
「その方法がわからないんですよね……」
「難しいことを考えなくていいんだ。別荘でプールで泳いで、のんびり過ごそう」
ふと、紗英は首を捻った。
ちょっとドライブの予定だったが、悠司はずっとこの別荘にいるかのように言う。
「あの……それは、いつまでですか?」
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