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第4章 国主編
第123話 亜人騎士団誕生(1) ~ドラゴニュート~
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ドラゴニュート(竜人)は竜の頭と尾をもつ人型の種族で、全身が鱗で覆われている。
長命なかわりに繁殖力が弱い一方、亜人種として人族よりも下に見られることから、奴隷にされることも多かった。
体格が良く、力も強いため戦闘向きであり、奴隷といっても戦闘奴隷がほとんどを占めていた。
戦闘奴隷というのは、突撃隊などの損耗の激しい使い方をされがちである。
このため、ドラゴニュートの人口は減少傾向にあった。
◆
エドゥアルトはドラゴニュート族の長の長男だ。
エドゥアルトの種族は代々武門の家柄であり、傭兵を家業としていたが、傭兵といっても戦闘奴隷より少しはましといった扱いであり、使い捨てにされることも多かった。
このところの戦争での損耗が激しく、100人を少し超える程度にまで傭兵の人数を減らしていた。
人数が100人を切ってしまうと部隊としての体裁をなさない。
すると傭兵といっても個人で請けざるを得なくなってしまう。
このため、まだ部隊としての体裁をなしている間にいずこかの領主の恒久的な部隊となる道を模索していた。
そんな折、ロートリンゲン軍では亜人も正規兵として採用され、待遇も人族と変わりがないという評判を聞いた。
今や亜人兵士たちのあこがれの的になっているらしい。
それであれば部隊ごとロートリンゲン大公国で雇ってもらえないだろうか?
エドゥアルトはそう考えた。
早速、族長である父に相談してみる。
「…ということなのですが、いかがですか? 父上」
「もし評判どおりならば一族の命運をかける価値はあると思うが、評判倒れということも往々にしてあるからな…」
「では、私がロートリンゲンへ行って真偽のほどを確かめたうえで、ロートリンゲン公国が命運を託すにたる国力と強さを持っているか見極め、可能であれば部隊ごと雇ってもらえるよう交渉してみます」
「難しい仕事だぞ。おまえにできるか?」
「次期族長として身命を賭してやり遂げてみせます」
「うむ。よく言った。では、その仕事。おまえに任せよう」
「はっ」
こうしてエドゥアルトはロートリンゲンに向けて旅立った。
◆
エドゥアルトはロートリンゲンに向かう道々、ロートリンゲン軍に関する噂を拾ってみた。
軍隊は、暗黒騎士団と呼ばれる第1・第2騎士団と第3~第7騎士団の領軍から成る。
皇帝を輩出しているシュヴァーベン大公国でも第1~第5までの5騎士団だから、大公国の常設軍としては規模が大きい。
それだけ豊かな国だということであろうか。
特に暗黒騎士団に関する噂が多く、次のようであった。
一、暗黒騎士団は大天使ミカエル・大天使ガブリエル両天使の加護を受けた神聖な軍隊である。
一、神から賜った不可思議で強力な武器を使う。
一、軍が行動する時は神の加護の印として日暈という神秘現象が起こる。
一、ペガサス騎兵を擁しており、上空から敵を攻撃できる。
一、強大な力を持つ闇の者、すなわちダークナイトがいる。
一、蠅騎士団という強力な悪魔軍団を擁している。
一、竜、クラーケンなどを使役する強力な従魔士がいる。
闇の者や悪魔を擁しているのに大天使の加護を受けているなど、無茶苦茶にも程がある。
それにペガサス騎兵に竜とクラーケンだと…おとぎ話じゃあるまいし…
──人の噂というものは当てにならないものだな…
(これはしっかりと自分の目で見て確かめなければ)とエドゥアルトは思った。
◆
首都ナンツィヒに着いたエドゥアルトはその街並みに目を見張った。
特に新街区は大都市にありがちな無秩序な開発がされておらず、整然と整備された道路に面して意匠統一された建物が整然と並んでいる。
街区は商業地区、工業地区、居住地区と用途別に区分され、それぞれに適した環境が整備されている。
特にナンツィヒの鉄工業は有名で、良質な鉄をリーズナブルな価格で提供することで有名だ。現にエドゥアルトが所有している鉄槍もナンツィヒ製だった。
領主が銀山で有名なフライブルグの領主も兼ねているので、ミスリル製の武器も少し背伸びをすれば買えなくはない値段で売っている。
商業地区も立派で、活気に満ち満ちていた。
様々な国の商人が出入りしており、多様な言語が飛び交っている。少数だがイスラム商人までいるではないか。
しかも周りのドイツ人はその存在を当たり前のように受け入れている。
外国製と思われる見たこともない物やタンバヤ商会で開発されたという新製品が飛ぶように売れている。
──なんと活気のある国なのだ…
エドゥアルトを一番驚かせたのが亜人たちの存在だ。
相当数の亜人が明るい表情で胸を張って町をいきかっている。
身なりからして明らかに奴隷ではないし、人族がこれを差別する様子もみられない。
どうも聞くところによると、最近、ヴァンパイアの村が丸ごと移転してきたということだ。しかも彼らは快適に暮らしているという。
(自分の一族もこの町に住まわせてもらえたらどんなにいいだろう)という想像がエドゥアルトの頭をかすめる。
しかし、そんなことが簡単にできるはずがない。そのヴァンパイアの村というのはさぞかし高額な金を積んだのだろう。
自分たちは生活にカツカツで余計な金の持ち合わせなどはない。
──所詮は夢物語に過ぎないか…
◆
軍の訓練所の場所を訪ねるとすぐにわかった。
なんと訓練の様子は一般人も見学できるようになっており、半ば観光地となっているようだ。
エドゥアルトは一般人に混じって訓練の様子をみて驚愕した。
なんと練習用の木剣ではなく、実践そのものの真剣で練習をしているではないか。
案の定、一人の兵士が右腕を切断されてしまった。
「痛えな! こんちくしょう」
「なんの。おまえが未熟なのが悪いのだ、修行して出直してこい」
腕を切断された兵士は痛そうでもあるし、切断面からは血がドクドクと流れ出ているが、慌てる様子もなく平然と会話をしている。
──何だあれは? 一体どういう神経をしている?
近くにいた見物人に聞いてみる。
「あれは一刻も早く手当てしないと死んでしまうのではないか?」
「なんだ。あんた初めてかい?回復魔法を使える魔導士がいて元通りくっつけられるらしいよ。なんでも即死じゃなければ大丈夫って話だ」
腕を切断された兵士は、近くにいた兵士に腕を縛ってもらい、出血を止めると、自ら切断された腕をひょいと拾い、去っていった。
エドゥアルトは青ざめた。
こんな実践さながらの過酷な訓練を日常的に行っているというのか…
「神から賜った武器というのはここでは見られないのか?」
「ああ。あれは何でも極秘の武器らしくて、秘密の場所で訓練をしているらしい。見るんだったら観閲式のときくらいかな」
「それは残念だ」
「彼らと腕試しはできないだろうか?」
「ああ。あんたもその口の人か。なら受付で相談してみな」
「わかった。ありがとう」
受付に言ってその旨を伝える。
「承知しました。入団ご希望の方ですか?」
「今はそこまで考えていない。とりあえず腕試しがしたい」
「承知しました。よくいるんですよね。ここで勝って自慢をしたいっていう人が…。でも負けてもともとですから、あまり気負わないでくださいね」
訓練場に入ると兵士が訪ねてきた。
「あんたが腕試しをしたいって人だね。得物はその槍かい?」
「そうだ」
隊長らしき人物が声を発した。なんとかなりの美人な女性だ。
「こっちもある程度練習にならないと意味がないからね。そうだな…おまえ相手をしてやれ」
「えっ。私ですか。承知いたしました」
指名された兵士はまだ15、6歳の少年だった。
──ふっ。おれもなめられたものだな…
一般人の腕試しとあって得物は木製だ。
だが、手合わせをしてみると少年は強かった。
エドゥアルトとどっこいどっこいの腕ではないか。
ギリギリの攻防が続き、ついにエドゥアルトの槍が少年の胸をとらえる。
そして、ついに少年はエドゥアルトの激しい突きに弾き飛ばされた。
「そこまで!」
「貴殿。なかなかやるではないか? だが負けっぱなしではロートリンゲン軍の名が廃る。
次は私が相手をしよう。それでよろしいか?」
「アリエル隊長。何もそこまで…」と部下がなだめるが、アリエルはその気になってしまったようだ。
ソフィアの護衛だったアリエルは、ソフィアが側室になってお役御免となったので、ロートリンゲン軍に誘われ、入隊していたのだ。
「隊長さん自ら相手をしてくれるとはありがたい。もちろんかまわない」
──俺をなめたことを後悔させてやる。
「では、用意はいいか?」
「いつでも」
「では、行くぞ!」
と言うや否や。アリエルは瞬間的にエドゥアルトに迫り、一撃を加える。
エドゥアルトは不意を突かれ、すんでのところで弾き飛ばされるところだったが、ギリギリでしのいだ。
慌てて後退し、距離を取った。
しかし、すぐにアリエルは肉薄してくる。とにかくスピードが速い。エドゥアルトは防戦一方となった。
アリエルは通常のショートスピアよりも更に短めの短槍使いだ。イメージとしてはショートスピアと剣の中間くらい。
スピードの速さを信条としており、ヨーロッパでは珍しい戦闘スタイルだった。
慣れない戦闘スタイルということもあり、勝負は間もなくついた。
アリエルが短槍をエドゥアルトの首に突き付け寸止めにした。
実戦だったら首が飛んでいるところである。
「まいり申した」
エドゥアルトは降参した。
──ほとんど戦わせてもらえなかった…
相手が隊長格とはいえ、これほどの実力差とは…
エドゥアルトはプライドが砕かれた思いだった。
エドゥアルトは疑問を口にした。
「ロートリンゲン軍は皆があなたほど強いのか? それともあなたが特別に強いのか?」
「はっはっはっ。私が属しているのは領軍の第7騎士団だ。領軍には私と同格の者がゴロゴロしている。暗黒騎士団に至っては私など足元にも及ばない者が多くいる」
「あなたが足元にも及ばないだと…バカも休み休み言え」
「バカも何も、それが真実だ」
「そんな…」
「なんだ? ロートリンゲン軍に入隊したいのか?貴殿の実力ならばおそらく問題はないと思うぞ」
「それはそうなのだが、私の部下たちもまとめて入隊したいのだ」
「部下たちとは何人くらいだ?」
「100人程度だ」
「何っ! それは多いな。どこかの国の軍隊からコンバートするということか?」
「いや。我らは傭兵団なのだ」
「なるほど…大公閣下は基本的に来るものは拒まない主義と聞いている。
入団試験を通る実力さえあれば問題はないようにも思うが、人数が人数だけに上には話を通しておいた方がいいだろう」
「わたしには何の伝手もないのだが…」
「わかった。では、私から軍務卿に話を通しておく」
「かたじけない」
「しかし、部下たちは大丈夫だろうか?本音を言うと傭兵団ごと面倒をみて欲しいのだが…」
「入団試験は厳しいから、実力を見てみないことにはなんとも言えないな。ただ、ダメでも食客になるという手もある。そちらの方が少しハードルは低い」
「『しょっかく』とは何だ?」
「大公閣下が武芸などの才能のある者を客人として養う。その見返りとして有事の際は大公閣下を助ける。そういう者のことだ。私も入隊する前は食客をやっていた」
「才能とはどういうものを言うのだ?」
「武芸はもちろん。他人よりも秀でている一芸であれば何でもだいじょうぶだ」
「何でもって…限度があるだろう」
「いや。中には動物の鳴きまねが上手いだけという者までいるぞ」
「そんなバカな!」
「大公閣下とはそういうお人なのだ」
いや。むしろそういうことならば希望広がるということか…
「わかった」
「いろいろとご助言をいただき感謝する」
「わたしも遥か東の国から来た者だ。それでも面倒を見ていただいている。希望を持て」
「重ね重ねすまない」
◆
軍務卿のレオナルト・フォン・ブルンスマイアーからフリードリヒに報告があった。
「アリエルから報告がありました。ドラゴニュートの傭兵団が集団で入団試験を受けにくるとか」
「ほう…それは面白そうだ。ドラゴニュートならば実力も相当なものなのだろう」
「アリエルと腕試しをした槍使いは彼女に負けたものの、相当な実力だったようです」
「そうか。傭兵団というのは何人くらいなのだ?」
「100名程度だそうです」
「概ね中隊規模か…」
フリードリヒの頭の中をある考えが巡っていた。
現在、ケンタウロス族とヴァンパイア族の面倒を見ているが、その処遇が中途半端な感じになっている。
ドラゴニュートが加わるのであれば、合わせると相当な数になる。
それならばいっそ亜人を集めた騎士団を作ってはどうだろうか。
亜人たちの処遇改善にもなるだろうし…
◆
およそ1月後。
ドラゴニュートの傭兵団が入団試験を受けに来た。
噂を聞いてナンツィヒの住民たちもかなりの数が見学に来ていた。
中でも偉そうにしている男がいる。金髪碧眼の優男だ。
周りを美しい女性たちが警備している。フリードリヒ親衛隊だ。
中でも優男の隣に座っている女はとりわけ妖艶な美女だった。こちらはアスタロトである。
「あの偉そうな優男は誰だ?」
とエドゥアルトは試験官に聞いた。
「無礼者! あれは大公閣下だ」
──あれが? まだ若造ではないか…
エドゥアルトは、想像していた大公像とのギャップに若干失望する。
試験は人数が多いため機械的にどんどん行われた。
第7騎士団の一般兵が交代で代わる代わる試験官を務める。
結果、試験官を負かすような者はいなかったが、肉薄している者は相当数いた。
──これならば鍛えればものになりそうだ…
フリードリヒは試験結果に満足した。
フリードリヒの方針で中隊を編成すべく100名を本採用とし、残りは予備役として食客扱いにすることとした。
結果として、全員が面倒を見てもらえることとなった。
エドゥアルトとしてはこんなにうれしいことはない。
試験官に聞いてみる。
「ぜひ大公閣下にお礼を申し上げたいのだが」
「バカ者! 身分をわきまえろ!」
しかし、例の金髪碧眼の優男が向こうからやってくるではないか。
エドゥアルトは緊張のあまり平伏した。
フリードリヒが声をかける。
「そんなことは必要ない。頭をあげてくれ」
「はっ」
フリードリヒを近くで見て、エドゥアルトは更に緊張を強くした。
遠目で見た時はわからなかったが、この男はできる。半端なく強いことが肌でピリピリと感じられる。アリエルの言っていたことは決して誇張ではないことが今更ながらに思い出された。
「君がエドゥアルトだね」
「はい」
「族長にしては若いが、族長は他にいるのか?」
「私の父が族長です。が、高齢のため傭兵は引退しております」
「なるほど。今日の試験を見せてもらって君たちには期待しているのだ。頑張ってくれよ」
「恐れ入ります」
「ところで、全員が家族を連れてナンツィヒに来るつもりかい」
「そのつもりであります」
「では、ヴァンパイアと同様にドラゴニュートの居住区を作らせよう」
「いや。そこまで甘える訳には…」
「いや。ヴァンパイアにやったことをドラゴニュートにやらないでは不公平ではないか」
「そうともいえますが…」
「これは私が道楽でやることだ、気にせず受けるがいい」
「かしこまりました」
フリードリヒが去ると、エドゥアルトは深いため息をついた。
これほど緊張したのは生まれて初めてだ。戦場でもこんなことはなかった。
そしてロートリンゲン大公フリードリヒについて思いをはせる。
これほどまでに亜人を遇してくれる領主など前代未聞だ。
せいぜい忠義を尽くしてこれに応えなければ…
◆
ドラゴニュートが一族もろとも騎士団に召し抱えられたという噂は亜人たちの間にあっという間に駆け巡った。
そして亜人たちの反応はというと、他人の幸福に嫉妬する者、二匹目のどじょうを狙う者など様々なのだった。
長命なかわりに繁殖力が弱い一方、亜人種として人族よりも下に見られることから、奴隷にされることも多かった。
体格が良く、力も強いため戦闘向きであり、奴隷といっても戦闘奴隷がほとんどを占めていた。
戦闘奴隷というのは、突撃隊などの損耗の激しい使い方をされがちである。
このため、ドラゴニュートの人口は減少傾向にあった。
◆
エドゥアルトはドラゴニュート族の長の長男だ。
エドゥアルトの種族は代々武門の家柄であり、傭兵を家業としていたが、傭兵といっても戦闘奴隷より少しはましといった扱いであり、使い捨てにされることも多かった。
このところの戦争での損耗が激しく、100人を少し超える程度にまで傭兵の人数を減らしていた。
人数が100人を切ってしまうと部隊としての体裁をなさない。
すると傭兵といっても個人で請けざるを得なくなってしまう。
このため、まだ部隊としての体裁をなしている間にいずこかの領主の恒久的な部隊となる道を模索していた。
そんな折、ロートリンゲン軍では亜人も正規兵として採用され、待遇も人族と変わりがないという評判を聞いた。
今や亜人兵士たちのあこがれの的になっているらしい。
それであれば部隊ごとロートリンゲン大公国で雇ってもらえないだろうか?
エドゥアルトはそう考えた。
早速、族長である父に相談してみる。
「…ということなのですが、いかがですか? 父上」
「もし評判どおりならば一族の命運をかける価値はあると思うが、評判倒れということも往々にしてあるからな…」
「では、私がロートリンゲンへ行って真偽のほどを確かめたうえで、ロートリンゲン公国が命運を託すにたる国力と強さを持っているか見極め、可能であれば部隊ごと雇ってもらえるよう交渉してみます」
「難しい仕事だぞ。おまえにできるか?」
「次期族長として身命を賭してやり遂げてみせます」
「うむ。よく言った。では、その仕事。おまえに任せよう」
「はっ」
こうしてエドゥアルトはロートリンゲンに向けて旅立った。
◆
エドゥアルトはロートリンゲンに向かう道々、ロートリンゲン軍に関する噂を拾ってみた。
軍隊は、暗黒騎士団と呼ばれる第1・第2騎士団と第3~第7騎士団の領軍から成る。
皇帝を輩出しているシュヴァーベン大公国でも第1~第5までの5騎士団だから、大公国の常設軍としては規模が大きい。
それだけ豊かな国だということであろうか。
特に暗黒騎士団に関する噂が多く、次のようであった。
一、暗黒騎士団は大天使ミカエル・大天使ガブリエル両天使の加護を受けた神聖な軍隊である。
一、神から賜った不可思議で強力な武器を使う。
一、軍が行動する時は神の加護の印として日暈という神秘現象が起こる。
一、ペガサス騎兵を擁しており、上空から敵を攻撃できる。
一、強大な力を持つ闇の者、すなわちダークナイトがいる。
一、蠅騎士団という強力な悪魔軍団を擁している。
一、竜、クラーケンなどを使役する強力な従魔士がいる。
闇の者や悪魔を擁しているのに大天使の加護を受けているなど、無茶苦茶にも程がある。
それにペガサス騎兵に竜とクラーケンだと…おとぎ話じゃあるまいし…
──人の噂というものは当てにならないものだな…
(これはしっかりと自分の目で見て確かめなければ)とエドゥアルトは思った。
◆
首都ナンツィヒに着いたエドゥアルトはその街並みに目を見張った。
特に新街区は大都市にありがちな無秩序な開発がされておらず、整然と整備された道路に面して意匠統一された建物が整然と並んでいる。
街区は商業地区、工業地区、居住地区と用途別に区分され、それぞれに適した環境が整備されている。
特にナンツィヒの鉄工業は有名で、良質な鉄をリーズナブルな価格で提供することで有名だ。現にエドゥアルトが所有している鉄槍もナンツィヒ製だった。
領主が銀山で有名なフライブルグの領主も兼ねているので、ミスリル製の武器も少し背伸びをすれば買えなくはない値段で売っている。
商業地区も立派で、活気に満ち満ちていた。
様々な国の商人が出入りしており、多様な言語が飛び交っている。少数だがイスラム商人までいるではないか。
しかも周りのドイツ人はその存在を当たり前のように受け入れている。
外国製と思われる見たこともない物やタンバヤ商会で開発されたという新製品が飛ぶように売れている。
──なんと活気のある国なのだ…
エドゥアルトを一番驚かせたのが亜人たちの存在だ。
相当数の亜人が明るい表情で胸を張って町をいきかっている。
身なりからして明らかに奴隷ではないし、人族がこれを差別する様子もみられない。
どうも聞くところによると、最近、ヴァンパイアの村が丸ごと移転してきたということだ。しかも彼らは快適に暮らしているという。
(自分の一族もこの町に住まわせてもらえたらどんなにいいだろう)という想像がエドゥアルトの頭をかすめる。
しかし、そんなことが簡単にできるはずがない。そのヴァンパイアの村というのはさぞかし高額な金を積んだのだろう。
自分たちは生活にカツカツで余計な金の持ち合わせなどはない。
──所詮は夢物語に過ぎないか…
◆
軍の訓練所の場所を訪ねるとすぐにわかった。
なんと訓練の様子は一般人も見学できるようになっており、半ば観光地となっているようだ。
エドゥアルトは一般人に混じって訓練の様子をみて驚愕した。
なんと練習用の木剣ではなく、実践そのものの真剣で練習をしているではないか。
案の定、一人の兵士が右腕を切断されてしまった。
「痛えな! こんちくしょう」
「なんの。おまえが未熟なのが悪いのだ、修行して出直してこい」
腕を切断された兵士は痛そうでもあるし、切断面からは血がドクドクと流れ出ているが、慌てる様子もなく平然と会話をしている。
──何だあれは? 一体どういう神経をしている?
近くにいた見物人に聞いてみる。
「あれは一刻も早く手当てしないと死んでしまうのではないか?」
「なんだ。あんた初めてかい?回復魔法を使える魔導士がいて元通りくっつけられるらしいよ。なんでも即死じゃなければ大丈夫って話だ」
腕を切断された兵士は、近くにいた兵士に腕を縛ってもらい、出血を止めると、自ら切断された腕をひょいと拾い、去っていった。
エドゥアルトは青ざめた。
こんな実践さながらの過酷な訓練を日常的に行っているというのか…
「神から賜った武器というのはここでは見られないのか?」
「ああ。あれは何でも極秘の武器らしくて、秘密の場所で訓練をしているらしい。見るんだったら観閲式のときくらいかな」
「それは残念だ」
「彼らと腕試しはできないだろうか?」
「ああ。あんたもその口の人か。なら受付で相談してみな」
「わかった。ありがとう」
受付に言ってその旨を伝える。
「承知しました。入団ご希望の方ですか?」
「今はそこまで考えていない。とりあえず腕試しがしたい」
「承知しました。よくいるんですよね。ここで勝って自慢をしたいっていう人が…。でも負けてもともとですから、あまり気負わないでくださいね」
訓練場に入ると兵士が訪ねてきた。
「あんたが腕試しをしたいって人だね。得物はその槍かい?」
「そうだ」
隊長らしき人物が声を発した。なんとかなりの美人な女性だ。
「こっちもある程度練習にならないと意味がないからね。そうだな…おまえ相手をしてやれ」
「えっ。私ですか。承知いたしました」
指名された兵士はまだ15、6歳の少年だった。
──ふっ。おれもなめられたものだな…
一般人の腕試しとあって得物は木製だ。
だが、手合わせをしてみると少年は強かった。
エドゥアルトとどっこいどっこいの腕ではないか。
ギリギリの攻防が続き、ついにエドゥアルトの槍が少年の胸をとらえる。
そして、ついに少年はエドゥアルトの激しい突きに弾き飛ばされた。
「そこまで!」
「貴殿。なかなかやるではないか? だが負けっぱなしではロートリンゲン軍の名が廃る。
次は私が相手をしよう。それでよろしいか?」
「アリエル隊長。何もそこまで…」と部下がなだめるが、アリエルはその気になってしまったようだ。
ソフィアの護衛だったアリエルは、ソフィアが側室になってお役御免となったので、ロートリンゲン軍に誘われ、入隊していたのだ。
「隊長さん自ら相手をしてくれるとはありがたい。もちろんかまわない」
──俺をなめたことを後悔させてやる。
「では、用意はいいか?」
「いつでも」
「では、行くぞ!」
と言うや否や。アリエルは瞬間的にエドゥアルトに迫り、一撃を加える。
エドゥアルトは不意を突かれ、すんでのところで弾き飛ばされるところだったが、ギリギリでしのいだ。
慌てて後退し、距離を取った。
しかし、すぐにアリエルは肉薄してくる。とにかくスピードが速い。エドゥアルトは防戦一方となった。
アリエルは通常のショートスピアよりも更に短めの短槍使いだ。イメージとしてはショートスピアと剣の中間くらい。
スピードの速さを信条としており、ヨーロッパでは珍しい戦闘スタイルだった。
慣れない戦闘スタイルということもあり、勝負は間もなくついた。
アリエルが短槍をエドゥアルトの首に突き付け寸止めにした。
実戦だったら首が飛んでいるところである。
「まいり申した」
エドゥアルトは降参した。
──ほとんど戦わせてもらえなかった…
相手が隊長格とはいえ、これほどの実力差とは…
エドゥアルトはプライドが砕かれた思いだった。
エドゥアルトは疑問を口にした。
「ロートリンゲン軍は皆があなたほど強いのか? それともあなたが特別に強いのか?」
「はっはっはっ。私が属しているのは領軍の第7騎士団だ。領軍には私と同格の者がゴロゴロしている。暗黒騎士団に至っては私など足元にも及ばない者が多くいる」
「あなたが足元にも及ばないだと…バカも休み休み言え」
「バカも何も、それが真実だ」
「そんな…」
「なんだ? ロートリンゲン軍に入隊したいのか?貴殿の実力ならばおそらく問題はないと思うぞ」
「それはそうなのだが、私の部下たちもまとめて入隊したいのだ」
「部下たちとは何人くらいだ?」
「100人程度だ」
「何っ! それは多いな。どこかの国の軍隊からコンバートするということか?」
「いや。我らは傭兵団なのだ」
「なるほど…大公閣下は基本的に来るものは拒まない主義と聞いている。
入団試験を通る実力さえあれば問題はないようにも思うが、人数が人数だけに上には話を通しておいた方がいいだろう」
「わたしには何の伝手もないのだが…」
「わかった。では、私から軍務卿に話を通しておく」
「かたじけない」
「しかし、部下たちは大丈夫だろうか?本音を言うと傭兵団ごと面倒をみて欲しいのだが…」
「入団試験は厳しいから、実力を見てみないことにはなんとも言えないな。ただ、ダメでも食客になるという手もある。そちらの方が少しハードルは低い」
「『しょっかく』とは何だ?」
「大公閣下が武芸などの才能のある者を客人として養う。その見返りとして有事の際は大公閣下を助ける。そういう者のことだ。私も入隊する前は食客をやっていた」
「才能とはどういうものを言うのだ?」
「武芸はもちろん。他人よりも秀でている一芸であれば何でもだいじょうぶだ」
「何でもって…限度があるだろう」
「いや。中には動物の鳴きまねが上手いだけという者までいるぞ」
「そんなバカな!」
「大公閣下とはそういうお人なのだ」
いや。むしろそういうことならば希望広がるということか…
「わかった」
「いろいろとご助言をいただき感謝する」
「わたしも遥か東の国から来た者だ。それでも面倒を見ていただいている。希望を持て」
「重ね重ねすまない」
◆
軍務卿のレオナルト・フォン・ブルンスマイアーからフリードリヒに報告があった。
「アリエルから報告がありました。ドラゴニュートの傭兵団が集団で入団試験を受けにくるとか」
「ほう…それは面白そうだ。ドラゴニュートならば実力も相当なものなのだろう」
「アリエルと腕試しをした槍使いは彼女に負けたものの、相当な実力だったようです」
「そうか。傭兵団というのは何人くらいなのだ?」
「100名程度だそうです」
「概ね中隊規模か…」
フリードリヒの頭の中をある考えが巡っていた。
現在、ケンタウロス族とヴァンパイア族の面倒を見ているが、その処遇が中途半端な感じになっている。
ドラゴニュートが加わるのであれば、合わせると相当な数になる。
それならばいっそ亜人を集めた騎士団を作ってはどうだろうか。
亜人たちの処遇改善にもなるだろうし…
◆
およそ1月後。
ドラゴニュートの傭兵団が入団試験を受けに来た。
噂を聞いてナンツィヒの住民たちもかなりの数が見学に来ていた。
中でも偉そうにしている男がいる。金髪碧眼の優男だ。
周りを美しい女性たちが警備している。フリードリヒ親衛隊だ。
中でも優男の隣に座っている女はとりわけ妖艶な美女だった。こちらはアスタロトである。
「あの偉そうな優男は誰だ?」
とエドゥアルトは試験官に聞いた。
「無礼者! あれは大公閣下だ」
──あれが? まだ若造ではないか…
エドゥアルトは、想像していた大公像とのギャップに若干失望する。
試験は人数が多いため機械的にどんどん行われた。
第7騎士団の一般兵が交代で代わる代わる試験官を務める。
結果、試験官を負かすような者はいなかったが、肉薄している者は相当数いた。
──これならば鍛えればものになりそうだ…
フリードリヒは試験結果に満足した。
フリードリヒの方針で中隊を編成すべく100名を本採用とし、残りは予備役として食客扱いにすることとした。
結果として、全員が面倒を見てもらえることとなった。
エドゥアルトとしてはこんなにうれしいことはない。
試験官に聞いてみる。
「ぜひ大公閣下にお礼を申し上げたいのだが」
「バカ者! 身分をわきまえろ!」
しかし、例の金髪碧眼の優男が向こうからやってくるではないか。
エドゥアルトは緊張のあまり平伏した。
フリードリヒが声をかける。
「そんなことは必要ない。頭をあげてくれ」
「はっ」
フリードリヒを近くで見て、エドゥアルトは更に緊張を強くした。
遠目で見た時はわからなかったが、この男はできる。半端なく強いことが肌でピリピリと感じられる。アリエルの言っていたことは決して誇張ではないことが今更ながらに思い出された。
「君がエドゥアルトだね」
「はい」
「族長にしては若いが、族長は他にいるのか?」
「私の父が族長です。が、高齢のため傭兵は引退しております」
「なるほど。今日の試験を見せてもらって君たちには期待しているのだ。頑張ってくれよ」
「恐れ入ります」
「ところで、全員が家族を連れてナンツィヒに来るつもりかい」
「そのつもりであります」
「では、ヴァンパイアと同様にドラゴニュートの居住区を作らせよう」
「いや。そこまで甘える訳には…」
「いや。ヴァンパイアにやったことをドラゴニュートにやらないでは不公平ではないか」
「そうともいえますが…」
「これは私が道楽でやることだ、気にせず受けるがいい」
「かしこまりました」
フリードリヒが去ると、エドゥアルトは深いため息をついた。
これほど緊張したのは生まれて初めてだ。戦場でもこんなことはなかった。
そしてロートリンゲン大公フリードリヒについて思いをはせる。
これほどまでに亜人を遇してくれる領主など前代未聞だ。
せいぜい忠義を尽くしてこれに応えなければ…
◆
ドラゴニュートが一族もろとも騎士団に召し抱えられたという噂は亜人たちの間にあっという間に駆け巡った。
そして亜人たちの反応はというと、他人の幸福に嫉妬する者、二匹目のどじょうを狙う者など様々なのだった。
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