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目指せ引退生活
32. なんたる不覚
しおりを挟む私は宣言通りエディットと楽しくお喋りをし、アロイスは彼女に説教をされた。
いい気味ですわ、ほほほ。
そんな日の夕方、次のキャンプ地に着いた直後。
右足をくじいた。
アロイスにお子様抱っこをされてばかりなのが癪に障り、「片足だけだって歩けるもん!」と主張して、ジゼルに片手で支えてもらいながら踏み出した数歩目。
ぐきり。
……何やってるの私。
ほんと何やってるの私。
両足を捻挫? ちょっとほんと何やってるの私。
「わたくしって…………おバカさん…………」
「い、いえっ! そういうこともありますよセレ様!」
「本当に? 本当にこのようなことがよくあるのかしら? 隊商の方々にも、同じ経験をされた方がどなたかいらっしゃるの?」
「え、あー、その……」
すがりついて見上げると、ジゼルは視線を虚空に彷徨わせた。
いないよねこんなの!
ごめんね、こんな面倒くさい問い詰め方しちゃって……。
「大丈夫っすよセレ様、頭領が嫌なら俺が運びますよ!」
「聞き捨てならんな」
軽い調子で笑ったリュカにアロイスが何故か対抗心を燃やし、またもやお子様抱っこをされて布団まで運ばれた。
布団の上にはシーツが被せられている。地面の敷物に座り、スカートに土埃がついたまま床に就くことがよくあるから、布団を汚さないために被せているのだ。
「おやおや、またかね」
「うう……面目次第もございませんわ……」
「あんたの足は華奢だからね。あたしらよりも筋の力が弱くて、身体を支えきれてないんだろ」
王宮で起床し、神殿へ祈りに行って毎朝の祈りや民への祝福をこなし、また王宮に戻ってみっちり王子妃教育……歩いたり立ちっぱなしの時間はかなり長かった気がするんだけれど、案外そうでもなかったのだろうか。
思えば王子妃教育は座学の時間が長かったから、長時間座っているうちに相殺されたのかな?
慣れたジゼルが湿布薬を取り出してきて、エディットが左足と同じ手当てを右足にもしようとしてくれたんだけれど。
彼女は私の顔を覗き込み、やや表情を険しくした。
「ん? ……あんた、顔色が白いね。もとから白くてわかりにくいけど、唇の色が薄くなってるよ」
「え、そうですの?」
「そうなのか? 見せてみろ。――ああ、血の色が引いてるな」
アロイス様!? 私の顎を掴んでくいっと振り向かせるのはやめてくれません!?
――と反発しようとしたのに、目の前がクラリと揺れた。
ああ、これは。
「顔も冷たくなっていないか?」
「貧血になってそうだねぇ。あんた、フラついてて右足もやっちゃったんだろ」
そうだったのか。
元気いっぱい、気分爽快なつもりだったけれど、無自覚に具合が悪くなっていたようだ。
「ぜんぜん、わかりませんでしたわ……」
「貧血ってのぁ、気付かない間にじわじわなっちまうことがあるからね。馬車を出てすぐだったんだろ? 長い時間座ってて、急に立ち上がったらグラっとくることが多いんだよ」
「あ、確かに昔からありましたわ! そのような時は自分に解毒魔法をかけ、おつとめやお勉強を続行するんですのよ! この魔法には何度感謝したかわかりませんわ」
治癒魔法ではないけれど、疲労によって身体の中に悪い物質が溜まってくるのはわかっていたから、解毒すると一時的に持ち直すのよねー。
ということを言ったら、その場にいる皆から何とも言えない微妙な目をそそがれてしまった。
「セレ様……」
「セレ様、あんたそれって……」
「おまえ、ここでそういうのはやるなよ……?」
「あんた、どういう生活してたんだい……」
私の社畜聖女時代は、いろんなものを見聞きしている商人の彼らからしてもブラックだったようだ。
右足の手当ても終えて布団に横になっていると、誰かが外から「頭領」と呼んだ。
彼がテントを出る際、パタパタと鳥が彼の腕にとまるのが見えた。
「あの鳥は……?」
「あれは夜行鳥っすよ。手紙とかそれ以外も、軽い物ならあいつで運べるんす。仲間は都からみんな引き揚げてるんで、あれは皇国からのやつかな?」
「ですけれど、さほど大きな鳥には見えませんでしたわ。このあたりの空には猛禽が飛んでいるのではなくて?」
「飛んでますね、昼間に。だから夜行鳥ってのは夜に飛ぶんすよ」
「そのような生態の鳥がいましたのね」
けれどリュカもジゼルも、「いやいや違います」と首を横に振った。
続きを教えてくれたのはジゼルだ。
「あんた、ちゃんと説明しなきゃわかんないだろ。――セレ様、あの種類の鳥は昼間に飛ぶやつですよ。体内にこのぐらいの小さな誘導石っていうのを埋め込んでて、指定した場所へ着くようになってるんです。簡単な指示も聞きますよ」
ジゼルは親指と人差し指で五ミリぐらいの隙間を作った。
誘導石というのは魔石の一種らしく、その石が入っているおかげで鳥が迷子になることはないらしい。
そして昼間ではなく、夜に飛ぶように命じている。ほとんどの猛禽は明るい時間帯に空を飛ぶからだ。
その後しばらくして、アロイスがエディットのテントに戻って来た。
あの『夜行鳥』はリュカが推測した通り、皇国の仲間からだったらしい。
「都の近辺で見張っていた仲間からも、二~三日前に連絡が届いている。王宮の奴らは見当違いな方角を捜索しているようだぞ」
王宮は私がいなくなって何日もしてから、家出を偽装した誘拐を疑い始めたようだ。
アロイスの仲間はそれを見届け、私達とは別ルートを通り、無事に北の国へ入ったらしい。
「そろそろあんたに心酔していた貴族の誰かに、疑惑の目が向き始める頃だろう」
私が協力者にこんなことを頼める時間などなくとも、あちらから働きかけてきたタイミングがどこかにあったのかもしれない――まずはそれを疑うだろう。
最も接点のないアロイス達に疑惑が向かうのは、あったとしても最後だ。
私が彼に直接会ったのは数年前、ただの一度きりだったのだから。
「あまり気負わんでいいから、楽にしておけ」
彼はそう言ってくれたのだけれど。
私はその夜、熱を出してしまった。
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