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目指せ引退生活
33. 家出娘の捜索 -side大神官
しおりを挟む「大神官様、オーギュスト殿下の使者が来ております。経過報告のため王宮へ上がるようにと仰せです」
「おや、またですか……昨日もご報告に上がったばかりだというのに。現状、ご報告できることはないと使者の方に伝えなさい」
「そのように言ったのですが、それでも大神官様からその旨、直接ご報告に上がるようにと命じられたそうです。一大事であるからと……」
「おや、おや」
報告できることはないと報告させるためだけに、大神官自ら自分のもとへ足を運べということだ。
……随分と、増長しておられる。
十日も聖女の不在に気付かなかった間抜けが、偉そうに『一大事』とは。
あの王子の魂胆はわかっている。進展はないと報告する者を叱責したい、ただそれだけだ。
自分はやるべきことをやっていると周囲に見せつけつつ、己の間抜けさも決まりの悪さも誤魔化したいのだろう。
王宮で捜索の任を与えられた者も、連日無意味に呼び出されては、無意味に叱責されていると聞く。
これだけ長く行方不明になっていれば、一日程度ですぐに足取りが掴めるわけもない。
わかり次第報告すると何度言っても、その翌日になればまた呼び出すのだ。
「お断りしなさい」
「は……」
「それから、国王陛下へ使いを送るように。殿下がわたくしどもの捜索を頻繁に中断させるために、遅々として進まぬと」
「っ! ――承知いたしました」
神官の面に嬉しそうな色がひらめき、頭を下げてすみやかに退室した。
毎日よこされる使者の対応に、彼もうんざりさせられていたようだ。
――せいぜい、陛下に叱責されて恥でもかけばよろしい。
呑気で無責任なあなた様と違って、わたくしどもは忙しいのですよ、殿下。
実際、聖女セレスティーヌが消えた影響は甚大だった。
民の不安が大きくなり、抑えるのが難しくなってきている。
セレスティーヌはこれまで体調不良になど陥ったことがなく、突然その姿を何日も見せなくなったことで、民衆が動揺し始めたのだ。
彼女だって身体を悪くする時があると言い張り、今は『風邪を召されている』で通しているが、この先ずっと通用するはずもない。
見舞いたがる貴族どもを断るのも一苦労だ。
おまけに、時期も悪い。オーギュスト王子の生誕の日、すなわちセレスティーヌの結婚式の日まで一ヶ月半を切った。
民衆は今も、王子の正妃はセレスティーヌであり、新しい聖女が側室になるのだと思っている。
だが実際は、その逆だ。
セレスティーヌのために仕立てていた花嫁衣装は、召喚聖女リリのために寸法が直され、もう完全にリリのための衣装になっている。
小柄なセレスティーヌと身長や体形がさほど変わらず、直しは数日もかからなかったそうだ。
結婚式ではリリがその衣装を纏い、セレスティーヌは聖女の礼装で着飾って、王子と王子妃リリの傍に品よく控える。
そうなるはずだった。
しかし、もしこれを民や貴族どもに知られると、「だからセレスティーヌ様はお身体を崩されたんだ!」となるのは火を見るより明らかだ。
王宮や神殿の仕打ちによる心痛が原因なのだと、一気に憎悪が押し寄せてくるだろう。
――いや。我々は、聖女セレスティーヌを王子の妃にと望まれ、国のためにと受け入れただけ。
あとから来た本物の聖女を妃にすると決めたのは国王であり、こちらからそうしろと要求したことなど一度もない。
あちらが責任を押し付けようとしてきても、正直に真実を公表してやればいいだけのこと。
そんなことよりも聖女の不在のせいで、くだらないことを言ってくる輩が増えて困りものだ。
聖女がお身体を悪くしているのは、何か不吉なことの前兆ではないのかと不安をぶつけてくる者。
聖女のお姿を見られないせいか、買ったばかりの櫛を落としたなどとこじつける者。
果ては、ある日雷に打たれてから凄まじい勢いで額の生え際が後退を始めた、これは聖女の祟りではないか、などと悲壮な顔で訴える者まで出てくる始末。
雷に打たれた本人がぴんぴんしているのだから、どうせ夢か幻覚だ。
大神官たる私が禿頭なのに、頭髪が薄くなるのが聖女の祟りなどと、まったくもって意味がわからぬ。
さまざまな不安が高じて、奇天烈な思い込みをしたのだろうが、まったく迷惑なことだ。
「リリ様もさっさと、お力を見せてくださればよいのだが」
召喚聖女はすぐに力を発揮することができない。
文献には早くて数日、遅くとも二ヶ月程度と書かれていた。
もしそうでなければ、とっくにリリに聖女として民衆の前へ……いや。
あの娘はそれ以前に、作法に問題があったか。
可愛らしく振る舞ってはいるが、どうにもがさつな娘だ。
異世界の生まれなのだから、こちらの作法を知らないのも無理はない。それについては行儀作法を覚えてもらえばいいと思っていたが、それもあの王子が邪魔をしていた。
王子は頻繁にあの娘とだらだらお喋りをする時間を設け、教師がリリにほんの少しばかり厳しく言っただけで、すぐにやんわりと注意をする。
やんわりであっても、王子に注意されてしまったら、教師は委縮するしかない。
だから一向にリリの教育が進まないのだ。
……結婚式の日だけでも様になるよう、せめてそれだけでも叩き込まねばならぬというのに。
王子があれでは、まったく期待できない。
「やはり、あなたには速やかに戻っていただかねば。聖女セレスティーヌ」
私は数名の上位神官を伴い、大神殿の地下に向かった。
ある魔道具を使うために。
基本的に神官はこの魔道具を使ってはならないとされている。神職者として相応しいものではないからだ。
が、今回ばかりは仕様がない。
使わずに済むものならば、自分も使いたくはなかったのだ。
――あなたがいけないのですよ、セレスティーヌ? ずっと良い子でいてくだされば、このようなものは不要であったのに。
そして魔道具に魔力を流し込み、捜した。
彼女の行方を。
「……おや? これは思いがけぬ方向に……」
これは、見つからぬはずだ。
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