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番外・後日談
57. 一方、主君のお気持ちは (1)
少し前になると、控えの間の外の廊下で待機し、名を呼ばれて入場することになる。
残念ながら他の功労者とは部屋が分かれていたので、話をすることはできなかった。
元船乗りという爺さん達とは、一度話してみたかったんだけどな。
さぁて俺の番が来た。入場ですよ!
俺の中に緊張はない。何故か?
そりゃあ、当日になれば七転八倒した挙句にだんだん腹が立ってきて、「しょうがない開き直るか!」ていう境地に達するのはわかりきっていたから、前日のうちに済ませておいたんだよ。アレッシオのいない隙にジタバタとな!
半眼の子猫に「何やってんのおまえ」ってジーっと見られてたけど、気にしないもん。
そんなわけで、俺の心はとっても穏やかだ。ジタバタしたくなれば、「おまえそれは昨日のうちに済ませたろ? 大丈夫大丈夫!」って言えるもんね。
そんな些細なことよりも、俺にはアレッシオに惚れ直してもらうという重要なミッションがあるのだ。
ジルベルトやロッソの者に恥をかかせないのは、基本中の大基本である。そもそも俺がアレッシオを見惚れさせるぐらい、非の打ちどころのないご立派な主君のふるまいをしていれば、我が家の者が恥をかくことだってないのだ。
入場前に姿が見えていたらちょっと間抜けだから、ひとりひとり入場ごとに扉が開閉される。元船乗りの爺さん達は三人まとめての入場だったみたいだが、彼らの場合は友達も一緒のほうが心強いだろうから、それでよかったと思う。
俺の前で扉が開け放たれ、大量の視線がザッとこちらに集中した。
前向きの席に座っているのに、後方へ顔を向けてジロジロ眺めるなんて、本来なら不作法だ。けれどこういう特別な式典だとみんな興味があるだろうから、そこそこ大目に見られるのかも。
自分に集中する視線のイメージトレーニングもばっちりしてきたから、今の俺に死角はない。
さあオマエ達、アレッシオを俺に惚れ直させるための踏み台になるがよい、フハハハハ! と脳内で悪役笑いをかましてみる。
ちょっと気分がよくなった。
よし、この方針で行こう。皆の者、この俺様に見惚れるがよいフハハ。
これならばジルベルトにも、心おきなく「兄様素敵でした!」と喜んでもらえそうだ。俺が失敗してもあの子は素敵と言ってくれるだろうが、ほんのり気まずそうな笑顔で「素敵でした……」なんて、兄様はおまえに言わせたくないんだよ!
絨毯の敷かれた中央の道幅はそこそこ広く、両脇の席からサッと足を引っかけられる心配もない。残念だ。そういう小狡いイヤガラセをする奴に、衆目の前でイヤガラセ返しをするっていうの、ちょっとやってみたかったんだが。
しかし、おかしいぞ。
広間に足を踏み入れた時点で、俺のサーチ眼によりバババッとアレッシオの姿を探していたんだが―――目を前方に向けていても、視界の中のどこかにいるアレッシオを捕捉できる特殊能力だ―――彼の姿が見あたらない。
まさか、準男爵ごときの椅子はありませんなんてイヤガラセ、王宮がするわけないしな。それをやると騎士爵だって準男爵相当なんだから、めっちゃブーイング食らうぞ。
でも彼の身分的に、後方席にいるはずなのになぁ。……まさかな。
なんて思っていたら、そのまさかだった。アレッシオはジルベルトの隣の席にいた。
王宮がそこに椅子を用意したということは、つまり、そういう意味でしかない。
アレッシオはロッソが内々に認めた俺の伴侶というだけじゃなく、王宮もまたそれを認めているという意思表示だ。
そこにあるのは純粋な好意だけじゃなく、暗黙の利害関係も絡んでいるだろう。けれどこれで、俺に堂々と縁談を持ち込める者はいなくなったろうし、俺達の関係を大っぴらに攻撃することは誰にもできなくなった。
―――それはとてもありがたいんですが陛下~? 事前にこの席順を教えてくれなかったのは、どうしてなんでしょ~?
ここまで来れば明瞭になってきた、玉座の上のご尊顔。理知と威厳に満ちた、これぞ我が国の王って感じの御方だったが……その瞳はどことなく……どことなーく、ヴィオレット公爵閣下に通じる悪戯坊主感が……。
あ、この御方、やっぱり公爵閣下のお友達だわとピーンときた。
もちろんそんな内心は表に出さず、俺は作法通りに跪いて頭を垂れた。
だがその後も、陛下はいろいろとやらかしてくださった。
俺の功績を読み上げる前に、なんか広間がドヨッ!てどよめいたし。何やったの陛下。
流れるように陛下の口から出る俺の『功績』が、やたら長いし。
「大嵐の件だけではなかったのか……」
「なんと、これほどとは……」
どよめきの中にそんな声が聞こえてきた。
俺も知らなかったよ!
大嵐の件だけじゃなかったの!? 聞いてないよ!
「ロッソ伯爵オルフェオよ。顔を上げよ」
「はっ」
やっべえ、陛下が立ってるじゃん! さっきのどよめきの正体はこれか……!
「そなたは今この瞬間より、侯爵を名乗ることを許すものとする」
あざっす!
よっしゃ終わった!
次はパパッとパーティー済ませて帰ろう!
と思ったのに、終わらなかった。
「だがやはりこれだけでは、そなたの働きに見合っておるとは到底言えぬ。そこで……」
こらこら陛下、なに言い出してくれちゃってんの。
それだけでいいんですよ! それだけがいいんですってば!
……あああ、やっぱり、領地の件かぁ。この流れなら、この場で出しそうと思ったよ!
にしても、王都にくっついた市と町以外の全部かぁ。……広くないっすかね? 聞いてないっすよ?
その二箇所に関しては、領主様とズブズブで、あの広大な侯爵領から得られる収入の大半がそこに偏っているって話だからな。
侯爵個人の別邸もそこに集中しているそうなので、今後もらい受ける土地に侯爵の所有物がほとんど残っていないのは楽でいいけどさ。
つまりそれは東の侯爵が、いかに華やかな王都しか見ておらず、自分の領地へ目を向けてこなかったかっていう無関心の証拠。あの野郎がちゃんと自分の土地を世話していれば、俺に押し付けられることはなかったのに……と恨みたくなってしまう。
もちろん顔には出さなかったよ? 出さずに頑張ったさ。
でもさ。
「我が領には、改善すべき点など、ございませんが……」
あかん。これはあかん。
俺はきっと今、陛下と同じ目をしている。ひょっとしたらヴィオレットの閣下や宰相閣下あたりも、同じ目になっているかもしれない。
『おまえは何を言っているんだ』
違う世界のネタがこの場に降臨している……!
その後も謎理論を展開した東の侯爵へ、陛下は優しく諭してあげた。
「今この時より、侯爵ではなく伯爵を名乗り、のんびり養生すると良い」
おおう。東の侯爵さんが伯爵さんになってしまったぞ……。
単純に爵位の入れ換えという話ではないが、完全に身分が逆転してしまったな。
―――もしや陛下、これを狙って俺への敵愾心を煽りませんでした?
この場にいる大勢の貴族が、こいつは問題児なんだなと認識し、降格させられても無理はないと頷いていることだろう。
その領地の大半を俺に任せることも、実績からして妥当だと誰もが納得し。
それから……これで俺は、土壇場で「領地は結構です」なんて言い出せなくなった。
実際に言うつもりはありませんでしたがね。ちらっとその選択もあるなあと思っただけで!
でも俺なら言いそうと思われた可能性は否めない……くそう。
「以上をもって褒美となす。そなたには今後も期待しておるぞ、ロッソ侯爵よ」
「ありがたきお言葉、幸甚の極みに存じます」
そう言うしかないじゃん?
でも陛下、一個だけ異議がありますよ。
伯爵って、のんびり養生できる気楽なお仕事だったんですね?
へー知らなかったなー(棒読み)。
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