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番外・後日談
59. 西の侯爵と陛下の思惑
読みに来てくださってありがとうございます!
すみません、今回とひょっとしたら次回も小物さん視点になるかもしれません。
次はパーティー会場の小物さんかな……? と思います。
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「今この時より、侯爵ではなく伯爵を名乗り、のんびり養生すると良い」
陛下のお言葉を聞きながら、西の侯爵は服の襟元から背中へ氷水を大量に流し込まれた心地になった。
あろうことか、ロッソの若造が侯爵になっただけでなく、東の侯爵が降格されて伯爵になってしまった。同格で同年代、しかも目障りな相手が共通しているとあって、近頃はこの男と自分が親しく交流を持っていたことを、誰にも隠していない。
しかも、隣の席だ。段上から東の侯爵、改め東の伯爵へそそがれる国王陛下の視線は、まるで自分自身にも向けられてているかのように感じてしまった。
(こ、このようなことが……)
まさか自分達の爵位がこうもあっさり下がるなど、想像すらしたこともなかった。他家はともかく、自分に限って、という心理だ。
公爵家に次ぐ身分である自分達を、こうも簡単に降格させていいわけがない
異議を挟もうとしかけて、西の侯爵は口をつぐんだ。王の決定に反抗したら、自分もまた不興を買い、降格されるのではないか。
それに実際、二公爵家が黙っている。宰相も王妃も普通の顔をしていた。彼らは王の決定を妥当だと思っているのだ。
(何故だ……このようなことが……。ロッソごとき成り上がりの田舎貴族より、我らは遥かに由緒正しい、価値ある家なのだぞ……!?)
―――そこから、西の侯爵は勘違いをしていた。
王国の歴史を紐解けば、ロッソ家の歴史のほうが長く、重要度も上なのである。
ロッソ家は王国の北東の一角を治めている。さらに領内には、国内有数の宝石の採掘場があった。
今でこそ周辺の国々とは穏やかに国交を結んでいるが、かつてはその採掘場を狙って攻め込まれていた時代がある。
他国との間に連なる山脈が壁となり、地理的に攻めにくい場所になっているとはいえ、強い団結力をもって守ろうとしなければ奪われてしまうのは必至。
質実剛健、仁義をもって民を治めるロッソの気質は、そこから育まれている。
さらにアルティスタ王国は遠い昔、数多の小国が統一されて出来た大国だ。その際、新王国にて叙爵や爵位の剥奪が繰り返され、各領地の境界線や土地に封じられる領主も変わってきたが、ロッソ領のあるじの家は一度も変わっていない。
奪り上げて別の者に与えようとすると、反乱を起こされるリスクが非常に高かったからなのだが、近代に入り、その意味に変化が生じている。
アルティスタ王国よりも古くから存在する、旧王国の王家の血筋。ロッソ家はそういう、歴史的価値の高い家のひとつになっていたのだ。
一方で西の侯爵家は、アルティスタ建国以降、政略婚によって成り上がった家だった。
何らかの功績を立てたわけでもなく、その時々の権力バランスを考慮した結果として、その家が『無害だから』と選ばれてきた。つまり、激しい自己主張をせず面倒のない家だったからこそ、とんとん拍子で高い身分を与えられてきただけなのである。
王国の過去を振り返れば、賢王の統治していた時代のほうが少ない。能力に応じて地位や身分を与える王は少数派だった。
面倒を避けるため、無害だから、消去法の最適解として白羽の矢が立ってきた。名誉は名誉でも、そんな微妙な自分の家の歴史を、正直にそのまま後世へ伝えるわけがない。
代々の西の侯爵は、家の歴史を華々しく誇張してきた。それをうのみにして、調子に乗ってしまった末裔が、当代の西の侯爵なのである。
王宮には誇張されていない正確な記録が残っており、ゆえに当代の国王も大臣達もよく知っていた。この家が侯爵であることにたいした背景はなく、ただ『害がない』一点で評価され、運よくその場所に上げてもらえただけなのだと。
『やれやれ……高位の者ほど、おとなしい家は貴重であるというに……』
『まったくですな』
とうとう自分の時代が来たのだと、東西侯爵が成人式の若者よろしくはっちゃけ始めた頃、王宮でこのような会話がなされていたことを彼らは知らない。
西の侯爵も東の伯爵も、自分達の最大の価値を知らずに手放してしまったのだ。
(しかし、此度は珍しく勘が働いたか? 異議を申し立てて来るようであれば、これ幸いと友人同士、仲良く同格にしてやったものを)
まさしく、国王はそれを狙っていた。ただし西の侯爵に関しては、そうなれば儲けものぐらいの感覚だったので、ダメならダメで構わない。
だが看過できないのは、西の侯爵の抱え込んだ負債だ。
東の旧侯爵領は手つかずで酷い有様になっており、これから金がかかる見通しであっても、負債だけはない。ロッソ侯爵は新たな領主として、その土地も民もうまく使えるに違いなかった。
(却って何もないまっさらな状態であるからこそ、好きにあれこれ手を出すやもしれん。その際は余もひと口噛ませろと、ヴィオレットを通じて申し伝えておくか……いや、匿名の協力者ということにしたほうがよいかな?)
だが、西の侯爵領は。
今のところは土地を接収するほど、酷い状況にはなっていない。けれど多額の借金返済のため、領民の税が上げられており、遠からず東の旧侯爵領と近い状態になる未来が予測されていた。
負債が増える一方で、収入は激減するとなれば、確実に没落するだろう。そうなると、借金は誰が返す?―――新たな領主だ。
貴族の借金は、たとえ当主の一存であろうと、個人ではなく『家』の名で借りたことになる。領主として借りた場合、負債はその土地にのしかかるのだ。
新領主にとって、これほど酷い罰ゲームはなかろう。誰もやりたがらないし、無理に押し付けたら末代まで恨まれる。
ゆえに国王は、領主としての身分をすぐには取り上げないつもりでいた。愚か者の作った莫大な借金を、できるだけ愚か者本人に背負わせておくためだ。
(そうなれば、こやつの領民がしばらく辛酸を舐める羽目になろうが、どうすればよいやら。つくづく頭の痛い真似をしてくれたものよ)
国王が実力主義を貫いてきた背景には、こういった問題を国として肩代わりしたくないという、身も蓋もない理由もあった。
ゆえに西の侯爵の評価は、ひたすら下がりまくっている。
そんなこととは露知らず、既に致命的な一線を越えてしまった西の侯爵は、素晴らしい音楽が流れている最中も冷や汗が止まらなかった。
もはやロッソの若造は自分と同格になり、たかが伯爵とは言えなくなってしまった。しかも国王が、ロッソの若造を買っていることは明白。
今は幽鬼のようになってしまっている隣席の友人と一緒に、きゃっきゃうふふと計画したあんなことやこんなことが、もし成功してしまったら―――それを計画したのが自分達だと、露見してしまったら……。
しかし、そんな焦りは無用だった。
彼らの計画とは、「ロッソの若造の衣装をこっそり汚してしまえ」だの、「暴漢を雇ってロッソの連れて来た使用人を痛めつけてしまえ」だのといった、短絡的で小悪党じみた内容だった。
王宮内で、それが成功するわけがない。
成功してしまったら、ロッソ家ではなく王家の威信が丸潰れになり、諸外国の物笑いのタネにされてしまう。
「まさか王宮内でそんなことはしないだろう」などと甘く見ることはなく、監視を徹底し、悪さを働く者は決して許さない。注目度の高い貴族の周辺はとくに。
命じられた小貴族が、幾分ホッとしつつ「手の出しようがありません」と報告してくるのに、西の侯爵も内心では胸を撫でおろしながら、鷹揚な素振りで許してやるのだった。
国王陛下の中だけでなく、無茶な命令をされた配下の間でも、己の評価が地にめり込むほど急降下している事実には気付かずに。
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