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番外・後日談2
『鏡の精霊~』からの出張編 (3)
結局は当初の契約通り、子猫にはユウマ殿の『接客』をお願いすることにした。
「なんで僕が?」
別にいいじゃん?
もし今後おまえがあっちの世界へ迷い込むことがあったとしても、いきなり討伐隊を組んだりはせず話し合いに応じてくれるって、ユウマ殿に言質を取ってあげたんだから。
ユウマ殿が確約してくれたことを、レムレス殿が破るなんてこと絶対にないでしょ?
お茶とおやつを楽しみつつ、有意義なお喋りが一段落した頃、客室の準備ができたのでさっそく二人を案内する。
気の利いた使用人達は例のごとく、俺が何かを言う前にさささ……と退室してくれた。
ありがたいけれど、もしや罪悪感を煽って口を割らせる作戦だろうか―――なんて疑心暗鬼になりそうな心を封印しつつ、まずは何を置いても浴室へGOだ。
「やはり浴室ですか……」
「浴室だとも?」
何を言っているんだアレッシオ、当たり前じゃないか。
とても大事なことだぞ?
ともかくユウマ殿とレムレス殿に、この世界の貴族の館にある一般的な風呂場を見せてあげた。
「私の部屋の浴室よりもランクが少々下がるのだが、これでもかなり上等らしい。下位貴族の館だともっと狭いそうだ」
「ふむ。面白い構造だな」
「わあ、ほんとにポンプがある。あっちの世界のほうが広さはありますけど、こういうのはないから不便なんですよ」
初めて見るタイプの風呂を、客人達は二人とも好奇心たっぷりに観察していた。
俺の横に立ったアレッシオをふと見上げると、彼はどことなく目から鱗な表情をしている。
こういうのを見慣れて使い慣れている側としては、自宅の風呂場も観光スポットになるなんて発想がなかったんだろうな。
ユウマ殿から聞いていた通りレムレス殿は研究者肌の人物で、なんだかんだ言いつつ、来てみれば彼のほうが興味津々で調べていた。
浴槽やポンプ、床のタイルや壁の材質もろもろをチェックして、俺を振り返る。
「あちらの一般的な浴室と比較すれば、かなり便利で画期的な仕組みではある。ただ、これだと本当に音が外に漏れやすいな。配管を通って響くだろう?」
おお、さすが。気付きましたか。
ユウマ殿が「あ……」と赤くなっている。
音が漏れるとなんで赤面するのかな? なんてブーメランなことは訊きませんよ、ええ。
「その通りだ。浴室内でうるさくしていると、それを伝って別の部屋に聞こえてしまう。だから入浴は基本的に消灯前までに済ませて、もしそれ以降に入る必要があれば静かにしなければならない」
「水音はまだしも、喋り声は耳につくだろうな」
「うむ。たとえ浴槽に浸かりながら鼻歌を歌いたい気分になったとしても、それは迷惑行為になるからしてはいけないということだ」
鼻歌ですとも?
お風呂の中で誰かと何かを喋りたいです、なんてことではありません。
「これでも私の祖父母―――いや、その前の時代かな? その頃に比べるとかなり良くなっているんだぞ。何せ昔は、自室に大きな桶を運び込み、使用人が都度その中に湯を運ぶという、そちらの世界とほぼ変わらないものだったらしいからな。浴室すらもなかったという話だ」
「そうなのか?」
「部屋の一部を改装して浴室に変え、大規模な工事で管を通したんだ。その分だけ部屋は狭くなり、実は廊下の壁も若干狭くなっている。もちろん気にならない程度に工夫はされているが」
つまりこの館は築年数がめちゃくちゃ長い。『俺』の世界では新築のほうがいいとされていたけれど、この世界の貴族の館は、築年数の長い建物ほどいいという価値観がある。
歴史の長いものが何でも好きなんだよ。でもそれだと建物の限界が来そうだから、外側から見える部分は大きく変えず、中身はこまめに改築してやろうと思っている。
「我々の世界では、浴室も浴槽もかなり前からあった。実は一歩先んじていたのに、逆転されてしまったわけか」
「魔法が存在している影響もあるのではないかな? 子猫を召喚した者どものように、一般人でも魔石は使えるのだろう?」
それにこの世界の貴族がそうであるように、使用人をこき使うのが貴族のステータスだという考え方のせいかもしれない。
そう言うと、ユウマ殿とレムレス殿は心当たりのありそうな顔になった。やっぱりそちらの世界でもそういう人達がいるんだね。
「それとこのポンプ、実は私は自分で押したことが一度もない。押すことを皆から禁じられているんだ。浴室係に押させるか、部屋に待機している使用人を呼んで押させなければならず、それができない家は経済力のない家ということになる。私はそういうのが好きではないから、浴室係は置かず、基本的に湯の追加を頼むこともしない」
冬でも滅多にやらないよ。それを不便と感じたことはあんまりない。
もし世界観や時代が違っていたら、毎日しっかりお風呂に入るのも難しかっただろうし。
ただ……。
「先ほども言った声漏れの問題だけは、なんとか解決できないかと思っている。水音はともかく、声をな」
すると子猫がユウマ殿を見上げ、きらっきらな瞳で「みゅふ。聞かれたら何が困るのかニャ~?」とか言いだした。
ユウマ殿はあうあうと焦っている。そういえば彼には子猫のこういう性格を教えてあげていなかったな?
こら子猫、ほどほどにしときなさい。それはこっそり訊かなきゃいけないことなんだぞ。
ほらみろ、レムレス殿が睨んでるじゃないか。
「みゅ。これが僕流の『接客』だもん!」
「そうだったのか。悪かった、ならしょうがないな」
「……おい?」
「レムレス殿、ユウマ殿もそうだが、この事情を知ればきっと私の気持ちを理解してくれると信じていたぞ」
理解、絶対してくれたよね?
信頼と目力を込めて見上げれば、レムレス殿はすい~……と目を逸らした。
ははは、目を逸らしたってユウマ殿の顔で一目瞭然だぞ。
「私があなたに協力願いたいのは、できればこの館の浴室の改善を。もしも不可能であれば、私が建設計画を立てている別荘の浴室の構造について、設計に手を加えてもらいたい。そのために少々強引に招待させてもらったのだが、頼めるだろうか?」
「―――アレッシオ殿? オルフェオ殿はこのように言っているがいいのか?」
あっ、そっちに行ったな? さては俺がユウマ殿にやったことの仕返しか!?
アレッシオの説得・完璧執事の微笑を添えて―――それは俺の弱点だというのに!
しかしアレッシオは少し考え込み、俺を見て、それから小さく苦笑をこぼしてレムレス殿を見た。
「正直に申し上げますと、私からもお願いしたいかもしれません。それにこの方には少々、困った目に遭ってもらいたい気もしてきまして」
「ふん、なるほどな」
えっ……ちょっと待って?
レムレス殿の無表情とアレッシオの微笑みが、同時に俺を見下ろしてきた。
無言で。
「知~らニャイっと」
「はは……僕ちょっと、向こうに行ってますね?」
なっ!? ……子猫だけでなくユウマ殿にまで見捨てられてしまった……!?
軽くショックだ。
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