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番外・後日談2
『鏡の精霊~』からの出張編 (5)
あちらの世界のレムレス邸は、館というより『城』だったけれど、ロッソ本邸だって充分にでかい。
それにサラッと表面だけを見て終わるのではなく、レムレス殿がじっくり細部まで見たがる人だったので、異世界のお館ツアーはほぼ一日がかりになった。
彼に頼みたい俺の用事はというと、まあ明日以降に延期だ。
これは特に残念でもない。俺の計画している別荘は、ここよりずっとこぢんまりとした建物にする予定だし、レムレス殿に協力してもらいたいのはぶっちゃけ風呂場の部分だけだ。
とはいっても、俺は建築のプロではない。「そこまでやんなくても適当にここだけ見てくれればいいんだよ」というのは、素人の安易な考えだろう。
一部の設計が全体の構造に関わってくるということは、きっとたくさんあるはずだ。
だからレムレス殿には、こちらの世界の建造物がどんな感じなのか理解を深めてもらうために、彼の気になるところはじっくり時間をかけた。
心配なのはユウマ殿が放置されて拗ねるんじゃないかという点だったけれど、彼はレムレス殿の博識で研究家なところが好きなようなので、二人の間に亀裂が入ることはなかった。
こちらの世界に来た直後は不機嫌そうだったレムレス殿は、知識欲が満たされたためか夕食時には機嫌が直っており、そんなレムレス殿を見ながらユウマ殿も嬉しそうだった。
レムレス邸より遥かに不便な風呂も、それはそれで旅行の醍醐味と楽しんでくれたらしい。
というか彼ら、ずるいんだよ。ユウマ殿が水魔法も火魔法も使えるから、風呂のお湯が短時間で用意できてしまう。
おまけにレムレス殿は、ドライヤーみたいな乾燥用の道具を持ってきていた。
皮膚の奥まで干からびたらいけないので、表面だけを乾かすように調整してある魔道具だ。
小さなオカリナのような形で、持ち運び簡単で電力いらず。
ただし動かすには魔力が必要。
つまり俺達には使えない……!
あっちの世界では、レムレス邸の使用人が髪を乾かしてくれた。
彼らは魔石を使っていたんだけれど、俺やアレッシオが触れても魔石は反応しなかった。
実はその魔石を使うのにも、最低限の魔力が必要だったのである。
レムレス殿いわく、俺達の心や身体には、魔力を使うために必要な回路自体が備わっていないということだった。
世界に満ちている魔力量がそもそも違うから、その部分が未発達なんだろうってさ……。
「その子猫のような悪魔は、魔法使いともまた違う仕組みで力を振るう。ゆえに、この世界でも支障がないのだ」
悪魔は自分の中にエネルギー炉みたいなのがあったり、もしそういうのが小さくても異界から力を引っ張ってきたりできるんだって。
「ほお~……おまえ、すごかったんだな?」
「今さら!? おまっ、今さらか!?」
あ、いやいやごめんて。
最初からすごい奴だったわ。前から知ってるよ? 知っているとも。
ただ、たま~に忘れるだけで。
子猫が拗ねてしまったので、苦笑するユウマ殿から報酬を一旦俺の手に戻していただき、黄金の指(猫専用)をこれでもかと振るった。
フニャフニャになったので、ご満足いただけたと思う。
さて、今夜の寝床なのだが、今回はユウマ殿と一緒に寝ようかな?
友達が家に泊まりに来たら一緒に寝るというアレ、貴族相手だとできないんだよ。
それに俺とユウマ殿は立場が似ているし、ほかの人にはちょっとできない……恋バナ……みたいなやつとかをな。
ちょっぴり、ほんのちょっぴりしてみたいのだ。
なので部屋に戻ると、アレッシオに「今夜はユウマ殿と一緒に寝たいけれどダメか?」と訊いてみた。
が……。
「ダメです」
「う。でも、お喋りをするだけだぞ? 私とユウマ殿の間で、そういう雰囲気になどなりはしないとわかるだろう?」
「あなたはね。でも、ユウマ殿はわかりませんよ」
「それはユウマ殿に失礼ではないか?」
「彼らが言っていたでしょう、あなたは精霊に好かれる性質だと。そしてユウマ殿の本質は精霊という話です」
「あ……そういうことか?」
本能みたいなもので、ユウマ殿に強い好意を持たれるかもしれない、と心配しているのか。
杞憂かどうかを判断できるほど、俺達は精霊も魔法も詳しくないしなぁ。
「それに、ダメな理由はもうひとつあります」
「なんだ?」
「……これからあなたを、庭のデートに誘いたかったのですよ」
行く!!
もちろん行くとも!!
そんな切ない瞳で覗き込まれたら―――いや、覗き込まれなかったとしても、俺の答えにOK以外は有り得ない。
俺はアレッシオの用意した薄手のコートをいそいそと着込んだ。
そんな俺を見て、アレッシオは「しょうがないですね」と言いながら笑っている。
ぐあぁ……この笑顔、超絶好きなんだよ。デート前から俺のハートをがっしり掴みやがって。
ええっと、子猫は……。
「みゅ……僕はもう、ねんねする……も~このベッドから動かないぞ……」
猫用ベッドの中で、でろーんとうつ伏せになっていた。
マッサージが効き過ぎたかな? ゆっくりねんねしておくれ。
専属メイドのエルメリンダとミラ、そして護衛の騎士がさりげなく俺達の後ろをついてくる。
そういうのにすっかり慣れて、意識せずともあまり気にならなくなったのは何年前のことだったろう。
俺とアレッシオは、庭に下りながら手を繋いだ。
今夜は満月。灯火がなくとも外は明るい。
二人で目指す先は、俺達の好きな薔薇のたくさん咲いているあの庭だ。
煉瓦の小道をゆっくり歩きながら、この木のつぼみがもうすぐ咲きそうだなとか、庭師が先日こういう花を仕入れたいと言っていて……みたいな、とりとめのないお喋りを楽しむ。
「……ん?」
「おや。先客がいましたね」
薔薇の区画に、あの二人がいた。
異世界お館ツアーの際にこの庭も二人に案内していて、俺達の色の薔薇がたくさん咲いているのだと教えると、彼らは興味を惹かれた様子だった。
二人は薔薇を眺めながら、親密そうに寄り添って立っている。
満月のためだけじゃなく、二人の姿は闇の中でもぼんやり浮き上がって見えた。
多分あれ、俺の背後のメイドや騎士達にもハッキリ見えているだろうな。みんな今頃どう思ってんのかな~。
レムレス殿の流れる髪が、灰よりも銀に近い色できらめいて、ユウマ殿の一重瞼がしっとりと色香を帯びて細められている。
レムレス殿の腕はユウマ殿の腰を抱いていて、ユウマ殿が顔を上向け……
ごく自然に、二人は…………あ~…………
俺は目を逸らした。
どうしましょう。人様のラブシーンを見てしまいましたよ。
この庭、素敵なデートスポットなんだなと自信を持ちそうになるのは脇に置いといて、俺達どうしようか。
アレッシオに目で問いながら見上げると、彼はどことなく意味深な目で見下ろしてきた。
「今日、私とあなたがどのような予定を立てていたのか、覚えていらっしゃいますか?」
低く、ごく小さな声で尋ねてくるのに、俺もできるだけ声を抑えて答えた。
「……旅行、だな?」
「そうですね。そのために二人の休暇を合わせました。あなたとゆっくり過ごすために」
―――っっああああ!?
そうだよ! そうだったんじゃん!
結局中止になって残念だけれど、部屋ではいちゃいちゃしようねという話になって!
趣味に没頭するレムレス殿にユウマ殿が拗ねないかなとか、俺が気にしなきゃいけないのはそこじゃなかった!
アレッシオが拗ねてんじゃん!?
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