僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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世界の異変

15. 森の迷宮へ

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 僕が早くお金を稼ぎたいと主張しているものだから、初めて訪れたネーベルハイム市内の案内より先に、いきなりダンジョンへ案内されることになった。
 実際、店がどこにあって宿屋が……なんて案内をしてもらうより、一文無しの現状をなんとかしなければ話にならない。
 子供でもできるおつかい程度の小遣い稼ぎ依頼は、このネーベルハイム市にはなかった。

 森の迷宮へは徒歩ではなく馬車で向かう。別の町と行き来している乗り合い馬車や、知人の馬車に乗せてもらったり、場合によってはギルドが馬車を出してくれることもあるそうだ。
 難易度の低い討伐依頼だと、大人数が参加する規模のものでなければ、ギルドの馬車は出ない。
 いちいち「本来のゲームなら~」と元のシステムを引き合いに出すのが面倒になってくるけれど、面倒がって考えるのを省き続けていると、だいたいにおいて後で詰む。
 ――元のゲームで、迷宮までどうやって向かっていたかというと、徒歩だ。
 いや、走っていたな。走っても体力は減らなかったし、お腹もすかなかった。スタミナという概念はあるにはあったけれど、戦闘中の高速移動攻撃などの持続時間に影響するもので、こういうフィールド間の移動ではまったく関係がなかった。

「おっさん、頼むぜ!」
「あんたは森に入っちゃダメだからね!」
「へいへい、わかってらい!」

 今回はたぬきのおっさんが幌馬車に乗せて行ってくれることになった。
 馬は一頭で、額に角が二本生えている。
 馬? 馬だ。彼らがそう言っているのだから、これは馬だろう。
 おそらく現実の馬よりもパワーがあってスピードも出る。馬車は原付バイク並みの速度で、うるさく揺られながらも快適――とは言い難かったが、思ったより早く迷宮近くまで僕らを運んでくれた。
 荷台は空っぽ。これからおっさんの行く場所が少し遠いので、行きは身軽にしておきたいらしい。

「んじゃ、またな~」
「ありがとなおっさん!」
「またね~」

 御者席で手を振るおっさんに、ロルフとイヴォニーが手を振り返した。僕とデューラーも普通に礼を言っていたけれど、二人の声にかき消されたかもしれない。
 僕は目の前にある『森の迷宮』に、ごくりと息を呑んだ。普通の森じゃないと、どうしてかわかった。
 五感のすべてが、「これは迷宮だ」と訴えてくる。森全体にそういう気配があり、遊び感覚で足を踏み入れるなと警告してくるんだ。
 ゲームなら迷宮に接近すると、『〇〇の迷宮』という表示が目の前に浮かぶ。けれど今はそんなものはないし、決まった出入口もないから、勘の鈍い一般の獣人が気付かず迷宮に迷い込むことも起こり得るんだろう。そういうイベントストーリーが実際にあって、こんなあからさまな迷宮に迷い込むか? なんてあの時は突っ込んでいたな。

「俺とロルフとイヴォニーは気配を隠してついて行く。必ず近くにいるから、何かあれば助けを求めろ」

 今回の件はあくまで僕が受けた依頼であり、デューラー達は自分のランクよりかなり下のフォレストフロッグを勝手に倒してはならない。それは他のハンターの獲物を奪う行為になる。けれど、もし僕から助けを求められれば、代わりに倒してもいいんだ。
 その場合はデューラー達の戦果になり、僕の戦果はゼロになるけれど、意地を張ってられるよりずっといい。
 回復薬もあり、初日のように倒れて動けなくなる心配はない。もしそうなっても、デューラー達が連れ帰ってくれる。
 ひるみそうな心が持ち直し、僕はひとつ頷いて、『森の迷宮』に足を進めた。
 その瞬間、デューラーの気配が本当に感じられなくなってびっくりした。振り返ればすぐそこにいるけれど、においも感じ取りにくくなっている。

「俺は早いうちに潜んでおかないと、獲物が逃げるんだ」

 小声で説明してくれた。
 そういえば一部の種族に、狩りの時に使う『隠形』のスキルがあったな。
 姿は消えないけれど気配を消すというもので、それを使っておかないと、自分より弱すぎる魔物は逃げて姿を隠す恐れがあるんだ。
 すぐ近くにいるのはわかるのに、ひっそり気配を消しているデューラーに舌を巻く。ロルフとイヴォニーも彼ほど完璧ではないけれど、中腰になって上手に低木や草に潜んでいた。
 何があってもフォローが期待できる環境に心強さを感じながら、僕はどんどん歩いていった。

 迷宮内でもまだ浅い層だからだろう、そこは実にのどかな場所だった。木漏れ日の中を蝶がひらひら踊り、大樹の根元には色とりどりのキノコや野花。
 ――あっ? あそこの草の間に生えている小ぶりの葡萄みたいな房、迷宮でよく見かける実じゃないか? 草食獣人が食べると少し回復し、薬の材料にもなるんだ。
 どんな味だろう……いや、今は仕事が先だって。
 それにしてもおかしいな。僕はそんなに食い意地なんて張っていなかったのに、『レン』になってから食の誘惑に弱くなっている気がする。
 葡萄っぽい実への興味から意識を逸らすためにも、僕の目指す魔物のことに集中しよう。

 まず、一緒に候補に挙がっていたウッドイーターという魔物だが、これは普通の樹木を食らい、その樹に擬態して魔獣や獣人を襲う魔物だ。
 ロルフが言ったように、ウッドイーターそのものは低ランクでも、特殊個体や上位種の紛れている可能性が低くないので、あまり初心者向けではなかった。
 これから向かうフォレストフロッグは、ウッドイーターの獲物にならないために、両者が近くにいることはほとんどない。
 そのフォレストフロッグ、名前も見た目も森の蛙なんだが――実は、蛙ではなかった。
 
「……っ」

 さっそく見つけた。こんなに早く発見できるものなのか。弱い魔物に分類されてしまったから、浅い層に来ているのかもしれない。
 その魔物の住処は、沼地ではなかった。僕の前にあるのは、相変わらず明るい樹々の森。土の上に生える草や花があり、ぬかるんでもいない。
 その地面をモコモコ、と盛り上げながら移動している塊がある。その魔物は、どちらかといえば蛙ではなくモグラに近い。
 体表はごつごつした岩や土が合体したようになっていて、足以外の全身に黄緑色の苔がふさふさと生えている。

 大きさはカバぐらいか? 地上に出てきた時の動きは鈍重。ぴょんぴょんジャンプもしない。
 四つ足でノソノソ歩き、足の形はカエルとカメの中間ぐらい。怒れば長い舌を射出するように伸ばし、前足ビンタのような攻撃を繰り出してくる。
 依頼主は、フォレストフロッグの素材が欲しいということだった。
 どの個体をといった指定はなく、一体あれば充分とのこと。こいつは無駄になる部分がほとんどないから、まるごと持ち帰って欲しいそうだ。
 表面に生えている苔も欲しいから、炎の使用は不可。こんな森の中では使う気もないけれど。

 そういえばデューラーは気配を消しているけれど、僕は特にそういったことをしていない。
 なのに全然逃げる様子がないということは、やはり僕に対してまったく脅威を感じていないんだな。
 兎族の小型種の、これがメリットでもあり、デメリットでもある。
 どんなにレベルが上がっても、雑魚が逃げて行ってくれない。
 特定の素材が欲しくて狩りをする時は便利だけれど、そうでない場合は魔よけのアイテムを必要とすることがあった。

 今回に限って言えば、便利のほうかな。
 僕はじりじりと、その魔物に近付いた。


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