16 / 99
世界の異変
15. 森の迷宮へ
しおりを挟む僕が早くお金を稼ぎたいと主張しているものだから、初めて訪れたネーベルハイム市内の案内より先に、いきなりダンジョンへ案内されることになった。
実際、店がどこにあって宿屋が……なんて案内をしてもらうより、一文無しの現状をなんとかしなければ話にならない。
子供でもできるおつかい程度の小遣い稼ぎ依頼は、このネーベルハイム市にはなかった。
森の迷宮へは徒歩ではなく馬車で向かう。別の町と行き来している乗り合い馬車や、知人の馬車に乗せてもらったり、場合によってはギルドが馬車を出してくれることもあるそうだ。
難易度の低い討伐依頼だと、大人数が参加する規模のものでなければ、ギルドの馬車は出ない。
いちいち「本来のゲームなら~」と元のシステムを引き合いに出すのが面倒になってくるけれど、面倒がって考えるのを省き続けていると、だいたいにおいて後で詰む。
――元のゲームで、迷宮までどうやって向かっていたかというと、徒歩だ。
いや、走っていたな。走っても体力は減らなかったし、お腹もすかなかった。スタミナという概念はあるにはあったけれど、戦闘中の高速移動攻撃などの持続時間に影響するもので、こういうフィールド間の移動ではまったく関係がなかった。
「おっさん、頼むぜ!」
「あんたは森に入っちゃダメだからね!」
「へいへい、わかってらい!」
今回は狸のおっさんが幌馬車に乗せて行ってくれることになった。
馬は一頭で、額に角が二本生えている。
馬? 馬だ。彼らがそう言っているのだから、これは馬だろう。
おそらく現実の馬よりもパワーがあってスピードも出る。馬車は原付バイク並みの速度で、うるさく揺られながらも快適――とは言い難かったが、思ったより早く迷宮近くまで僕らを運んでくれた。
荷台は空っぽ。これからおっさんの行く場所が少し遠いので、行きは身軽にしておきたいらしい。
「んじゃ、またな~」
「ありがとなおっさん!」
「またね~」
御者席で手を振るおっさんに、ロルフとイヴォニーが手を振り返した。僕とデューラーも普通に礼を言っていたけれど、二人の声にかき消されたかもしれない。
僕は目の前にある『森の迷宮』に、ごくりと息を呑んだ。普通の森じゃないと、どうしてかわかった。
五感のすべてが、「これは迷宮だ」と訴えてくる。森全体にそういう気配があり、遊び感覚で足を踏み入れるなと警告してくるんだ。
ゲームなら迷宮に接近すると、『〇〇の迷宮』という表示が目の前に浮かぶ。けれど今はそんなものはないし、決まった出入口もないから、勘の鈍い一般の獣人が気付かず迷宮に迷い込むことも起こり得るんだろう。そういうイベントストーリーが実際にあって、こんなあからさまな迷宮に迷い込むか? なんてあの時は突っ込んでいたな。
「俺とロルフとイヴォニーは気配を隠してついて行く。必ず近くにいるから、何かあれば助けを求めろ」
今回の件はあくまで僕が受けた依頼であり、デューラー達は自分のランクよりかなり下のフォレストフロッグを勝手に倒してはならない。それは他のハンターの獲物を奪う行為になる。けれど、もし僕から助けを求められれば、代わりに倒してもいいんだ。
その場合はデューラー達の戦果になり、僕の戦果はゼロになるけれど、意地を張って殺られるよりずっといい。
回復薬もあり、初日のように倒れて動けなくなる心配はない。もしそうなっても、デューラー達が連れ帰ってくれる。
怯みそうな心が持ち直し、僕はひとつ頷いて、『森の迷宮』に足を進めた。
その瞬間、デューラーの気配が本当に感じられなくなってびっくりした。振り返ればすぐそこにいるけれど、においも感じ取りにくくなっている。
「俺は早いうちに潜んでおかないと、獲物が逃げるんだ」
小声で説明してくれた。
そういえば一部の種族に、狩りの時に使う『隠形』のスキルがあったな。
姿は消えないけれど気配を消すというもので、それを使っておかないと、自分より弱すぎる魔物は逃げて姿を隠す恐れがあるんだ。
すぐ近くにいるのはわかるのに、ひっそり気配を消しているデューラーに舌を巻く。ロルフとイヴォニーも彼ほど完璧ではないけれど、中腰になって上手に低木や草に潜んでいた。
何があってもフォローが期待できる環境に心強さを感じながら、僕はどんどん歩いていった。
迷宮内でもまだ浅い層だからだろう、そこは実にのどかな場所だった。木漏れ日の中を蝶がひらひら踊り、大樹の根元には色とりどりのキノコや野花。
――あっ? あそこの草の間に生えている小ぶりの葡萄みたいな房、迷宮でよく見かける実じゃないか? 草食獣人が食べると少し回復し、薬の材料にもなるんだ。
どんな味だろう……いや、今は仕事が先だって。
それにしてもおかしいな。僕はそんなに食い意地なんて張っていなかったのに、『レン』になってから食の誘惑に弱くなっている気がする。
葡萄っぽい実への興味から意識を逸らすためにも、僕の目指す魔物のことに集中しよう。
まず、一緒に候補に挙がっていたウッドイーターという魔物だが、これは普通の樹木を食らい、その樹に擬態して魔獣や獣人を襲う魔物だ。
ロルフが言ったように、ウッドイーターそのものは低ランクでも、特殊個体や上位種の紛れている可能性が低くないので、あまり初心者向けではなかった。
これから向かうフォレストフロッグは、ウッドイーターの獲物にならないために、両者が近くにいることはほとんどない。
そのフォレストフロッグ、名前も見た目も森の蛙なんだが――実は、蛙ではなかった。
「……っ」
さっそく見つけた。こんなに早く発見できるものなのか。弱い魔物に分類されてしまったから、浅い層に来ているのかもしれない。
その魔物の住処は、沼地ではなかった。僕の前にあるのは、相変わらず明るい樹々の森。土の上に生える草や花があり、ぬかるんでもいない。
その地面をモコモコ、と盛り上げながら移動している塊がある。その魔物は土の中を泳ぎ、どちらかといえば蛙ではなくモグラに近い。
体表はごつごつした岩や土が合体したようになっていて、足以外の全身に黄緑色の苔がふさふさと生えている。
大きさはカバぐらいか? 地上に出てきた時の動きは鈍重。ぴょんぴょんジャンプもしない。
四つ足でノソノソ歩き、足の形はカエルとカメの中間ぐらい。怒れば長い舌を射出するように伸ばし、前足ビンタのような攻撃を繰り出してくる。
依頼主は、フォレストフロッグの素材が欲しいということだった。
どの個体をといった指定はなく、一体あれば充分とのこと。こいつは無駄になる部分がほとんどないから、まるごと持ち帰って欲しいそうだ。
表面に生えている苔も欲しいから、炎の使用は不可。こんな森の中では使う気もないけれど。
そういえばデューラーは気配を消しているけれど、僕は特にそういったことをしていない。
なのに全然逃げる様子がないということは、やはり僕に対してまったく脅威を感じていないんだな。
兎族の小型種の、これがメリットでもあり、デメリットでもある。
どんなにレベルが上がっても、雑魚が逃げて行ってくれない。
特定の素材が欲しくて狩りをする時は便利だけれど、そうでない場合は魔よけのアイテムを必要とすることがあった。
今回に限って言えば、便利のほうかな。
僕はじりじりと、その魔物に近付いた。
1,166
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる