どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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番外・後日談

再びベビー誕生! そして気になるサシャの中身は


 ムスター大公夫妻の第一子であるサシャ・フォン・ムスターが一歳八ヶ月を迎えた日、ムスター邸は再び端から端まで祝福の声に包まれた。
 第二子の誕生である。

「フェーミナは子ができにくいとは、何の話だったのか」
「まあ殿下と妃殿下だからな」
「そうだな」

 そんな会話が邸内のそこかしこで交わされつつ、彼らの関心事は、やがて第二子の外見の特徴に移った。
 二人目の子にも、大公妃リシェルとそっくりな白金色の前髪がうっすら生えていたのだ。

 もしやフェーミナが二人目?
 一瞬そう思われかけたが、その子は第二性のない男児とすぐに判明した。

 夫妻が相談して付けた名はフェリクス。由来は古語の『幸運を引き寄せる者』のこと。
 大公ランハートは、フェーミナの待遇改善に力をそそいでいる。しかし一足飛びにすべてが変えられるものでもなく、相続権に関する法などもまだ間に合っていない。

「財産の相続だけなら数年もかからず改善できる見込みだが、家督相続は根本的な意識改革が必須になる。こちらは早くて三十年は見ておく必要がありそうだ」

 ゆえに現状では、次男であるフェリクス・フォン・ムスターが、ランハートの跡継ぎ息子と目されることになった。

 さて、その次男の育て方についてだが、リシェルは「この子もわたしが育てたい」と言い出した。
 教育について口を出したいという話ではない。要は、離乳食が始まるまでの間、第一子のサシャと同じように育てたいというのだ。
 今回は信頼できる家令ノイマンの親族に乳母を頼めそうだったので、絶対にリシェルでなければいけない理由はなかった。
 が、妻に甘いランハートが、彼のお願いに否やを言うはずもない。
 ノイマンの親族の女性はムスター邸で仕えているので、万一の時の臨時乳母を頼み、フェリクスのベッドは大公夫妻の寝室に置かれることになった。

 昼夜問わず数時間おきに「ふぎゃぁぁ、ふぎゃぁぁ!」と元気よく泣く赤ん坊に、大公ランハートが嫌な顔ひとつせずおむつ替えすらやってのける子育ての光景は、もはやムスター邸の名物となっていた。



 第二子誕生からおよそ一ヶ月が経った頃。
 一人目の公子サシャが、両親の寝室を訪れた。
 ランハートは今朝方、後ろ髪を引かれながら王宮に出勤し、リシェルはお子様用ベッドの横に置いたソファでくつろぎつつ、ゆったり本を読んでいた。
 なるべく安静にしておくよう言い渡されているため、まだ寝室で過ごす時間が多いのだ。

「おかーたま」
「サシャ。いらっしゃい」

 数ヶ月前に自力で歩けるようになったサシャは、ムスター邸の中に限り、抱っこではなく自分の足で移動するようになっていた。もちろんその周りには常に、数名の使用人が見守りながら付き従っている。
 リシェルは読みかけの本にしおりを挟んで閉じ、とてとて駆け寄ってきた我が子を満面の笑みで迎えた。
 サシャも「えへへ」と笑いながら、リシェルの室内着の膝にきゅっと抱き着く。

「お見舞いに来てくれたの?」
「あいっ」

 こくりとひとつ元気に頷くと、サシャはお子様ベッドに張り付いた。
 楕円形をした籠の中にやわらかな布団が敷かれ、その上で小さな赤ちゃんが眠っている。
 小さなサシャよりも、もっとずっと小さい。

「ふぇり、くす」
「そうだよ。フェリクス。サシャの弟」
「おとーと」

 サシャは背伸びし、お子様ベッドの端につかまって覗き込んだ。
 支えのしっかりしている寝床なので、この程度で引っくり返る心配はない。
 サシャは手を伸ばし、顔の脇にちょこんと出ている、自分よりもさらに小さな手をつんと触った。
 すると、細い指が反射的に丸まり、サシャの指をきゅっと握る。

 ほあぁ……と、サシャはなんだか胸がいっぱいになった。

「おとーと。かあい」
「そうだね。サシャもフェリクスも、とっても可愛いよ」
「サシャ、おにーたま?」
「そうだよ。お兄様」

 ふふ、と、今のサシャとよく似た幸せそうな表情でリシェルが笑う。
 サシャはますます嬉しくなった。

「かーたま。サシャ、かっこいい、りっぱなおにーたま、なゆ!」

 その言葉は多分、リシェルが日頃からランハートのことを「格好いい」だの「サシャのお父様は立派な人なんだよ」だのと惚気のろけているので、自然に覚えてしまったのだろう。
 気恥ずかしさよりも我が子の愛らしさに胸を撃ち抜かれ、リシェルは「きっとなれるよ!」とサシャを抱きしめた。



 ……大公妃付きの使用人達と、サシャ付きの使用人達は微笑ましく見つめながら、胸中でこっそり拳を握りしめていた。

(母親似ですわね!)
(妃殿下似だわ……!)
(これはもう確定だろう!)

 何がというと、サシャのだ。
 外見は間違いなくリシェルに似ている。だが果たしてこの公子様の中身は、に似ておいでなのか――?
 それはムスター家の全使用人にとって、重大な関心事なのであった。

 その疑問は今日、はっきり答えが出たと言っていい。
 明らかにサシャ・フォン・ムスターは、中身までリシェルに似ている。

 その事実は即日、ムスター家の全使用人に伝えられ、皆はこっそり歓喜した。
 しかし同時に、別の心配も出てきてしまった。

 髪も瞳も、性格までリシェルにそっくりとなると、サシャ様は将来大丈夫なのかな? と。
 ――いや。
 そのお相手となる方は大丈夫なのかな? と、まだ見ぬお相手に今から同情を禁じ得ないのだった。


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