竜の毒

日村透

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14. 小さな薔薇の名前

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 読みに来てくださってありがとうございます!
 ※後半、ロシータの真実&胸くそ悪い過去話になるので、まとめ読み推奨かもしれません(汗)

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 言われた通りに壷を飾り直し、たったひとりで宝物庫から出たリカルドは、詰め寄る臣下に彼女の用意した言い訳を繰り返した。
 ――竜の眷属は探し物を発見するなり、何の約束もせずにさっさと帰ってしまったのだ。
 ギジェルモをはじめ、誰もが残念がるのを横目に、リカルドは新たな暇潰しの方法を探す。

 まずは周囲の膿を徹底的に出そう。レイエスとバルガスは、ひとまずどうでもいい。
 放っておいても、あの二家は遠からず破綻する。バルガス家のダリオは当主の器ではなく、レイエス家のパトリシアは当主の妻の器ではない。
 奴らが真実の愛とやらを育んでいる場所は、砂の城だ。

 いつも通りの日々が戻り、奇妙な娘が現れて消えたほんの数日間は完全な過去となって、およそ十年後。
 聖竜皇国は滅び去ることとなった。



   ◇  ◇  ◇



 ロシータは時を飛んだ。
 己の本来あるべき時間へと



 かつて彼女にも、レイエス子爵家の根暗な長女と呼ばれていた時代があった。
 処刑人に髪を掴んで抑え込まれ、首の後ろに当てられた斧の冷たさを忘れたことなどない。

 彼女を死に追いやった数々の不運の正体は、『周囲』のひとことに集約される。
 産まれた時点でもう運命に見放されていた。ほかにどんな言いようもなかった。
 その中であえて『始まり』を探すならば、それはロシータの両親であったと言えるだろう。

 レイエス子爵とその妻ローサは、善良で穏やかな気質の夫婦だった。
 そんな二人が唯一情熱を傾けていたのが、お互いへの真実の愛。
 レイエス子爵は人前であろうとローサに「我が運命の愛」と呼びかけ、ローサもうっとり微笑んで夫の愛情を受け入れていた。

 二人の『運命の愛』は、残念ながら二人の間だけで完結し、娘のロシータが含まれるものではなかった。

 表面上、彼らは娘をことのほか可愛がり、甘やかしていたように見える。
 ところがそこには決定的な歪みが隠れ、誰にも気付かれず矯正されることもないまま、処刑の日を迎えるに至ったのだ。
 表には出ず、夫婦どちらも自覚していなかった、彼らの思考とふるまいの源は……


『ロシータ、おまえはなんて可哀想なのだろう。ローサの娘なのに、くすんだ草色の髪と琥珀色の瞳なんて、褒めようのない容姿で生まれついてしまって……。だが安心しなさい、たとえ世の男がおまえに見向きしなくとも、お父様はおまえの味方だからね。おまえはローサとの大切な娘なのだから、しっかりとした嫁ぎ先を見つけてきてあげよう。美しくなくとも、何も悲観することなどないからね』

『可愛いロシータ。よかったわね……旦那様が素敵な縁談を探してきてくださったのよ。あなたの将来のためにって。お優しいお父様がいて、あなたはとっても幸せね。さあ、そんなお顔をしていないで、にっこり笑いましょう? きっと素敵な未来が待っているわ。あなたはわたくしと、あの方の娘なのだから……』


 付属物だった。
 ロシータは彼らにとって、彼らの『運命の愛』を輝かせるための道具でしかなかった。
 ローサという名の由来は『大輪の薔薇』。レイエス子爵は産まれたばかりの娘に、迷わず『小さな薔薇』を意味するロシータと名付け、ローサも単純に「可愛い名前」と喜ぶだけだった。
 成長した娘が母親と並んだ時にどう感じるのか、周りの人々がこの母と娘を見た時にどのような反応をするのか、どちらも一片の想像すらしていなかった。

 彼らにとって十年後も二十年後も、彼らの娘は『小さな薔薇』。
 そこに『運命の愛』だけでなく、ちゃんと『親子の愛』も存在していれば、また話は違ったのだろうが……

 案の定、ロシータが成長するにつれ、小さな彼女の上に『美しい母親とはまるで似ていない』という呪いが露骨に降りかかってきた。
 系統の同じそっくりな名を付けられてしまったがために、周囲は母子おやこを比較せずにいられない。
 それらどんな反応も、自分達だけの『愛』を見つめる夫婦の視界には入らず、ロシータだけが粘りつく悪意の視線に敏感になって、違和感と孤独に耐えながら壁を築くしかなかった。

 レイエス夫妻は知らない。自分達のいないところで、ロシータが陰口に晒されていたことを。
 使用人は皆、寄ってたかって小さな令嬢を虐めて楽しみ、その筆頭がローサ付きのメイドのカタリナであったことも。

 病弱なローサが他界し、レイエス子爵が己の悲しみに酔って娘を放置している間、虐待は激化していった。
 おまけにほんの一年後、彼は「根気強くなぐさめてくれた優しいカタリナ」に手を出し、彼女を後妻に迎え、その娘のパトリシアを正式に養女とする。

 パトリシアの髪と瞳の色は、偶然にも亡きローサとそっくりだった。
 目鼻立ちが似ているわけではない。しかし髪と瞳の印象は強く、何よりパトリシアはそれがなくとも愛らしい顔立ちをしていて、笑顔を振りまく明るい娘だった。

 レイエス子爵がパトリシアを溺愛したのは言うまでもない。


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