死の花

丸井竹

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6.戻ってきた男娼

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男娼をやめたはずのディーンは、途方に暮れて町の通りを歩いていた。

朝方すぐに町の仕事斡旋所に向かい、長い列に並んだディーンだったが、誰かがディーンを男娼だと言い出し、飛んできた職員に列を追い出されてしまったのだ。
  
男娼ではないと主張したが、男娼の斡旋はしていないと言われ、さらに周りの人々からも、男を漁りに来るなと批難が飛んだ。
最後には、触るのも汚らわしいと後ろからきた男に蹴りだされてしまった。

人が少なくなってきたところでもう一度、なんとか受付に並んだが、職員は前歴を聞くと、嫌な顔をして紹介出来る仕事はないと答えた。

どこに勤めても、雇い主は金と女絡みで事件を起こすのではないかと警戒するし、何か起これば真っ先に疑われる存在になると警告されると、ディーンは何も言えなくなった。女を騙し、金を引き出すことが仕事だったのだ。
二度とやらないと誓っても、信じてもらうのは難しい。

檻に入れられ転々と売られてきたディーンは、娼館に閉じ込められていたため、それ以外のことは何も出来ない。
当分は、レイシャからもらったお金と物資で生活が出来るが、お金が尽きればそれまでだ。

男娼として生きた過去がある限り、生まれ故郷にはもう戻れない。

堂々と自由になれた身だというのに、ディーンは顔を隠すためのフード付きの上着を買った。

続いて、ディーンが男娼だと誰も知らない土地に行こうと地図を購入した。
国のどこにいるのか、それすらもディーンにはわからなかった。

地図を片手に、町の門を抜けようとしたディーンを衛兵が呼び止めた。

「この町は有名な解呪師様の館もあって国の警備もあるが、次の町までは何もない。身を守れるだけの腕がないなら、一人で外に出ない方が良い。それにお前、立ち居振る舞いが男娼のようだぞ。襲ってくれと言っているようなものだ。
人買いもいれば、魔獣も出る。最近は呪の胞子が増えている。命が惜しければ外にでないことだ」

自由を手に入れたばかりだというのに、そう簡単には死にたくない。

「それとも体を売りながら路銀を稼ぐつもりか?」

客になってやろうかと言わんばかりの衛兵の言葉に、ディーンは急いで逃げ出した。

夕暮れ近くなり、ディーンは町の中ほどで立ち止まった。
娼館の外に出られたというのに、少しも自由に生きられない。

ディーンはフードを深く被り、安宿を探した。
門の近くの宿に決め、部屋に入ると寝台に寝そべった。

買ってきた町の地図を開く。
仕事斡旋所は町に一つしかない。

裏門のだいぶ先に黒い館の絵が描かれていた。

そこには赤い印がつけられ、立ち入り禁止区域と書かれていた。
その手前には大きな森が二つもあり、根元で道が三つに分かれている。
周辺は空白の部分が多く、何があるのかよくわからない。

貴族しか入れない高級住宅街でもあるのだろうかとディーンは考えた。
そうしたところに住んでいるのであろうレイシャのことが頭に過る。

レイシャには豪華な家や裕福な暮らしがあり、政略結婚とはいえ守ってくれる夫もいる。
男娼通いが出来るほど自由があり、王都まで行かなければ手に入らないような高価な薬まで入手できる。

そんな立場の女性に情けをかけてもらえたことは運が良かったし、感謝しているが、それにしても、あまりにも持っているものが違い過ぎないだろうか。

嫌われ、虐げられていると、自由をくれたレイシャのことまで妬み、羨む気持ちが湧いてくる。
ディーンは地図を畳み、仰向けに寝そべった。
天井の木目を見上げ、どんなに恥をかいても、もう一度仕事斡旋所に行くべきだと考えた。

まだ動く手足があるのだから、希望はあるはずだ。
ディーンはそう自分自身を慰め、瞼を閉じた。



 翌日、再びディーンは人々の白い目に耐え、仕事斡旋所の列に並んだ。
受付の男に男娼がしたければ娼館ギルドに登録に行けと言われたが、ディーンは粘った。

「どんな仕事でも構いません。体を売る以外の仕事がしたい」

周りに男娼だったことを知られるのも構わず、ディーンは頼み込んだ。

「そうだな……娼館上がりは大抵自由契約で通いの娼婦になるのが常だ。雇い主は従業員や妻や夫を寝取られる危険性を考えるからな。
酒場で給仕をしながら尻を狙われる仕事もあるだろうが、戦い方を知らないのでは難しいだろうな。ただで売られるようなものだ。当然腕がなければ外仕事も無理だろう。
教会に行け。忌み嫌われる仕事だが、それでもお前のようにどこにも行けない者が働いている。仕事がないか聞いてみろ」

ディーンは『仕事紹介不可』のカードを渡され、教会に行ってそれを見せれば、たらい回しにされることはないだろうと告げられた。
つまり、教会でも門前払いされ、町で紹介してもらえと追い出される可能性があるということだ。しかし仕事紹介不可カードがあれば、既に町でも仕事を断られていると証明できる。

肩を落とし歩き出したディーンを、一人の男が物陰から見つめていた。
ディーンが町の郊外に向かったのを見ると、その男もまた、後ろをついて歩き始める。
その目は獲物を狙う獣のようにディーンの背中を見つめていた。


 コトの町には内壁と外壁がある。
内壁の中には町があり、比較的生活にゆとりのある人々が住んでいる。
外壁まで来ると、そこは町の郊外にあたり、農場や牧場、墓地や教会など、閑散とした土地にぽつぽつと建物があるような寂しい景色に変わる。

教会に向かう道を進みながら、ディーンは手元の地図を見た。
本当にこの方角であっているのだろうかと、地図と実際の風景を見比べる。

立ち止まってぐるりと遠くを見ていると、山の上に教会の屋根らしきものが見えた。
そこに辿り着くための道を地図で確認し、また目を上げる。
高さの違う坂がいくつも連なり、道が真っすぐに見えない。

途中の分かれ道もたくさんあり、本当に迷わず辿り着けるか不安な道だった。

ディーンは地図を畳み、再び歩き始める。
その背中を、聞き覚えのある声が引き止めた。

「教会に行くのか?お勧めはしないぞ」

振り返ったディーンは、険しい表情になった。

そこに立っていたのは、娼館で散々嫌がらせをしかけてきていたアレンだった。
借金持ちでもなく、自ら娼館で働くことを選んだ古株の男娼だ。

娼館に囚われているわけではないため、自由に外に出られる。

「死に触れる仕事を一度でもすれば忌み嫌われる存在になる。死を帯びたものはそれこそ他に仕事がないぞ。娼館の方がまだましだ」

男に抱かれる屈辱を思い出し、ディーンは踵を返し、歩きだす。
アレンはもう一度呼びかけた。

「通いの男娼なら客を選べる。気に入った女だけ相手にしていれば金が入るぞ」

娼館に搾取され、騙されてきた日々を思い出せば、信じられる言葉ではない。
すたすた先に進むディーンの後ろをアレンもついてくる。

「俺も、最初は借金持ちで働いていた。比較的多くの上客がついて身請けされる形で娼館を出た。
女に飽きられて捨てられたのをきっかけに外で働くことを考えたが、今のお前と同じだ。
娼婦ならまだしも、男に体を売っていた男はさらに需要がない。
まぁおれは男も好きだから、そこにプライドなんてものはないけどな。
宿場町の厩番になったが、ただ同然で尻を使わせろという客が多くてな。
やらせてやっても、娼館より儲からない。うんざりして娼館ギルドに戻った。俺の契約は自由契約だ。
魔法契約の拘束もない。客も働く時間も選べる。完全歩合制だ。良い客がつけば一人相手にすれば帰ってもいいぜ。どうだ?戻らないか?
お前が良いという女客が結構多くて、店側に説得してきてくれと頼まれた。墓場で死体や呪いと戦うよりよっぽど儲かる」

歩調を速めるディーンに、アレンはなおも続けた。

「俺はお前に嫌がらせをしたと思うが、それはお前が売れている男娼だったからだ。お前には才能がある。手放すのが惜しい相手にしかこんなことはしない。いろいろ悪かったよ。それが俺の仕事だった」

ついに足を止め、ディーンは振り返った。

「俺に必死で借金を返そうとしている仕事仲間に、お前がしたような嫌がらせをしろというのか?彼らが自由になろうとするのを阻止し、借金を増やす手伝いをしろと?」

軽蔑するようなディーンの視線を、アレンは正面から受け止めた。

「いいや。それは俺の仕事だ。俺以外の人間がする必要はない」

きっぱりと言い切ったアレンは、表情を変えていた。
男娼特有の曖昧な性別を表現するための顔ではなく、真っすぐな男の顔に見えた。
ディーンは少し驚き、体の向きを変えた。

「俺が言ったことを記録に残してもいい。俺が守ってやる。もう二度と借金地獄に陥らないように。
それも俺の仕事だ。通いの娼婦や男娼を店から守っている。どうだ?戻ってみないか?」

にわかには信じ難い話だった。

「店側は部屋とお前の宣伝用の札を提供する。かわりにあがりの何割かを納めてもらう。店の備品を使うかどうかはお前の選択次第だ。薬や道具は持参でいい。固定で事前に支払う形にしてもいい。お前は対等に店と交渉出来る」

ディーンは山の上にある教会の屋根を振り返った。
死と呪いが集まる場所で働けば、町にさえ入れなくなるかもしれない。

女客に喜んでもらうのはそれほど悪くなかったはずだ。
男として仕事を楽しんだ時もあった。

迷っているディーンに、アレンがさらに続けた。

「試しで通いの仕事を七日間だけやってみないか?」

娼館に戻れば、またレイシャに会えるかもしれない。
そんな考えがディーンの頭に浮かぶ。

隣に寝るだけで大金を支払ってくれる、可哀そうな話に弱い金持ちの人妻だ。

レイシャに返さなければならない金もある。会えなければ返せない。
ディーンの心には、レイシャに感謝する心と、金持ちで夫に保護されている立場であることを妬む気持ちが混在している。

「今言ったことを正式に記録にして、契約書にしてもらえるのだろうな?」

アレンは真摯な態度で、すぐに作成しようと応じた。


ディーンは、七日間限定で娼館に戻ることになったが、驚くべきことに、アレンの言葉に嘘はなかった。

八日目に、ディーンは正式に独立した男娼として娼館ギルドに登録し、また同じ娼館で働くことになった。

通いの男娼というだけで、待遇は驚くほど良くなった。
店に入って一日の娼館使用料を支払う。
客を取ればその売り上げのいくらかを店に支払う。

客がつかなければそれ以上の支払いは必要なく、そのまま帰ることが許された。

男娼の売り上げは当然悪くない。
経費を引いても、十分食事付きの宿屋暮らしが出来るほど手元に残った。
このまま稼いでいけば、レイシャに出してもらった金も返済できるだろうとディーンは考えた。

自由な時間が出来ると、ディーンは町歩きを楽しんだ。
男娼らしく見えないような装いに身を包み、顔を隠せば酒場にも入れた。
賑やかな店内の音に耳を澄ませていると、ようやく奴隷ではなく、普通の人間に戻ったようでディーンはうれしかった。

それでも差別は受けた。ディーンを男娼を知る人の中には、ディーンと目が合うだけで、唾を吐きかける者さえあった。
浮気な女たちは無料でディーンに愛されようと、お互いに楽しまないかと、所かまわず誘ってきた。
確かに、どの客にもあなたは特別な人だと語ったが、それを真に受け、自分だけは特別だったでしょう?などと声をかけられると吐き気がしてたまらない。

娼館以外ではそうしたことはしないと、ディーンはきっぱり断った。
恥をかかされたと女は怒り、大声で侮蔑の言葉を吐いてディーンを人前で貶めた。

ディーンは蔑まれ、侮蔑の言葉を吐きかけられるたびに、黒い感情に支配されそうになった。
そんな時、ディーンはレイシャはどんな反応をするのだろうかと考えた。

対等に口をきいてくれるのか、あるいは、やはり汚らしい存在だと知らん顔して逃げ出すのか。
手も繋がなかったのは、男娼を蔑んでいたからなのか、ディーンはその答えが知りたくてたまらかった。

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