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本当に欲しいもの
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株式上場した一か月後に、野沢は自分が作り、育て上げた会社から退いた。
副社長の河村は、それほど才能があるわけではなかったが、そつのない男だった。河村に代表を譲り、野沢はすぐに引退した。
昔、野沢はその頃、誰もが目指したように自ら立ち上げた会社を大きくすることに腐心した。野沢には他の人と違う、ちょっとしたアイデアがあった。そのアイデアを実現することに精力を注ぎ、さらにそれを浸透させることに全力を尽くした。
そして気が付いた時には、野沢の会社は押しも押されぬIT業界の大企業となっていた。
その野沢が、地位も名誉も富も捨てた。
野沢は何の見返りも求めずに自ら立ち上げた会社を去った。莫大な財産のほとんどを慈善団体に寄付し、細々と生活していけるだけのものを手元に残しただけだった。
野沢はなぜ自分がそのような気持ちになったのか、自分でもわからなかった。
もともとお金には興味がなかった。興味がなかったから、利益を追求しなかったし、投機的なことにも関心がなかった。それでうまくいったのかどうかはわからない。ただ、自分がやりたいように、なりたいようになるために一心不乱に働いてきただけだった。
三年後、IT業界に、いや、世界中にふたたび野沢の名前が知れ渡った。
野沢が新たに始めた会社は驚くべきスピードで急成長し、以前野沢が作り上げた会社に迫るほどの企業規模になった。
野沢はまた新しいアイデアをいくつか考えだしていた。そしてそれを実現させるためのアイデアも、いくつかひねり出していた。今度の会社では、野沢一人でなく、片腕ともいえる片岡の存在も大きかった。
業界屈指といえる河村に譲った会社を、野沢の新たな会社が抜いていくのも時間の問題となった時に、またも野沢は全てを捨てた。
会社は片岡にすべて譲った。自分の老後も安定して生活していけるだけの資金を残し、他のすべての財産は再び寄付した。
だれもがこれで本当に野沢は引退するのだろうと思った。
野沢もそれでいいと思っていた。しかし、しばらくして、新たな気持ちに誘われて下町に小さなオフィスを構えた時に、初めて野沢は自分が何を欲しているのかを悟った。
だれにも思いつかないようなアイデアを得ること。そしてそのアイデアが本当に素晴らしいものかを検証すること。それこそが自分の求めているものだと気が付いた。
自分のアイデアがどれほど優れているか検証する事とは、つまり、会社を作り、大きくして世間に認められるほどにするということ。それだけのものを作り上げて初めて自分のアイデアがどれだけ優れていたか証明されたことになる。
二つ目の会社の時は、いくつもアイデアがあった。だからこそあれほど早く大企業にすることができた。
今はまだ、会社を立ち上げたけれど、これといったアイデアはない。しかし、こういうことをしてみたらどうかという漠然としたものがおぼろげに見えている。それをはっきりとしたアイデアという形にした時からが勝負になる。
その時、野沢の小さなオフィスを訪ねてきた者があった。
オフィスにはまだ野沢一人しかいない。そこにオフィスを構えたことを知っている者もほとんどいないはずだった。
野沢を訪ねてきたのは、今や日本有数の大企業の社長となった河村と片岡だった。
「おや、お二人おそろいでというのは珍しい。よくここがわかったね」
野沢は快く二人を迎え入れた。
「お久しぶりです」
二人は真面目腐った顔で、小さなオフィスに入ってきた。
「まだ一人だし、何の用意もしてないので、お茶も出してやれなくて。申し訳ないね」
「いえ構いません」
野沢の片腕だった片岡が、オフィスの中を見まわしながら言った。
「今度は何をするつもりなのですか?」
野沢の勧めた粗末な椅子に座りながら河村が尋ねた。
「今のところはまだ何も決めてないんだけど、もう一度同じ業界に挑戦してみるつもりだよ」
「そうですか。実は私達、もう一度あなたの力をお借りしたいと思って来ました」
片岡が言った。
「あなたに来ていただけるなら、二つの会社を統合して、あなたをそのトップとして迎えたいと考えています」
片岡の言葉を引き継いで、河村が言った。
「おいおい、馬鹿なことを言うなよ。そんなものに興味がないから会社をお前たちに譲ったんだぜ。俺はまた別のアイデアを考えて、それを実現させてみたい。だからもう一度会社を構えたんだ」
「それは私たちのところに来てやっていただきたいのです」
片岡が言った。
「そんなところに行って成功したとしても、それが本当に自分のアイデアが優れていたからかどうかなんてわからない。何もないところから始めてこそ、そのアイデアが素晴らしいものだったかどうかがわかるんだ」
野沢は二人の顔を見て言った。
「そうですか」
片岡がうめくように言った。
「まあ、見てなって。どれくらい時間がかかるかわからないけど、もう一度ばかでかい企業を作り上げてみせるよ」
「どうしても私たちのところには来てくれないのですか」
片岡がもう一度言った。
「もちろん」
片岡と河村が顔を見合わせた。
突然、片岡が野沢の足元に飛び込んだ。
野沢は驚いて立ち上がろうとしたが、両足を片岡にがっちりと掴まれて、仰向けに倒れた。
その野沢の胸の上に河村が馬乗りになり、首を押さえつけた。
「何をす・・・・」
首を絞められて、野沢は声を出すことができなくなった。
「この業界はキャパが決まっているんだ。これ以上シェアを取らせるわけにはいくか」
ぐいぐいと野沢の首を絞める手に力を込めながら河村が言った。
そうだったのか。
だったら俺は別の業界で挑戦する。別の業界にだって素晴らしいアイデアは転がっているはずだ。お前らの会社に入って挑戦してもいい。
野沢はそう言おうと、必死になって声を出そうとした。
河村は野沢が助けを求めるために、何か叫び声を出そうとしているのだろうと思った。
そうはさせじと、河村はさらに手に力を込め、体を浮かせて体重を両手に乗せた。
グキリと、野沢の首の骨の折れる鈍い音がした。
副社長の河村は、それほど才能があるわけではなかったが、そつのない男だった。河村に代表を譲り、野沢はすぐに引退した。
昔、野沢はその頃、誰もが目指したように自ら立ち上げた会社を大きくすることに腐心した。野沢には他の人と違う、ちょっとしたアイデアがあった。そのアイデアを実現することに精力を注ぎ、さらにそれを浸透させることに全力を尽くした。
そして気が付いた時には、野沢の会社は押しも押されぬIT業界の大企業となっていた。
その野沢が、地位も名誉も富も捨てた。
野沢は何の見返りも求めずに自ら立ち上げた会社を去った。莫大な財産のほとんどを慈善団体に寄付し、細々と生活していけるだけのものを手元に残しただけだった。
野沢はなぜ自分がそのような気持ちになったのか、自分でもわからなかった。
もともとお金には興味がなかった。興味がなかったから、利益を追求しなかったし、投機的なことにも関心がなかった。それでうまくいったのかどうかはわからない。ただ、自分がやりたいように、なりたいようになるために一心不乱に働いてきただけだった。
三年後、IT業界に、いや、世界中にふたたび野沢の名前が知れ渡った。
野沢が新たに始めた会社は驚くべきスピードで急成長し、以前野沢が作り上げた会社に迫るほどの企業規模になった。
野沢はまた新しいアイデアをいくつか考えだしていた。そしてそれを実現させるためのアイデアも、いくつかひねり出していた。今度の会社では、野沢一人でなく、片腕ともいえる片岡の存在も大きかった。
業界屈指といえる河村に譲った会社を、野沢の新たな会社が抜いていくのも時間の問題となった時に、またも野沢は全てを捨てた。
会社は片岡にすべて譲った。自分の老後も安定して生活していけるだけの資金を残し、他のすべての財産は再び寄付した。
だれもがこれで本当に野沢は引退するのだろうと思った。
野沢もそれでいいと思っていた。しかし、しばらくして、新たな気持ちに誘われて下町に小さなオフィスを構えた時に、初めて野沢は自分が何を欲しているのかを悟った。
だれにも思いつかないようなアイデアを得ること。そしてそのアイデアが本当に素晴らしいものかを検証すること。それこそが自分の求めているものだと気が付いた。
自分のアイデアがどれほど優れているか検証する事とは、つまり、会社を作り、大きくして世間に認められるほどにするということ。それだけのものを作り上げて初めて自分のアイデアがどれだけ優れていたか証明されたことになる。
二つ目の会社の時は、いくつもアイデアがあった。だからこそあれほど早く大企業にすることができた。
今はまだ、会社を立ち上げたけれど、これといったアイデアはない。しかし、こういうことをしてみたらどうかという漠然としたものがおぼろげに見えている。それをはっきりとしたアイデアという形にした時からが勝負になる。
その時、野沢の小さなオフィスを訪ねてきた者があった。
オフィスにはまだ野沢一人しかいない。そこにオフィスを構えたことを知っている者もほとんどいないはずだった。
野沢を訪ねてきたのは、今や日本有数の大企業の社長となった河村と片岡だった。
「おや、お二人おそろいでというのは珍しい。よくここがわかったね」
野沢は快く二人を迎え入れた。
「お久しぶりです」
二人は真面目腐った顔で、小さなオフィスに入ってきた。
「まだ一人だし、何の用意もしてないので、お茶も出してやれなくて。申し訳ないね」
「いえ構いません」
野沢の片腕だった片岡が、オフィスの中を見まわしながら言った。
「今度は何をするつもりなのですか?」
野沢の勧めた粗末な椅子に座りながら河村が尋ねた。
「今のところはまだ何も決めてないんだけど、もう一度同じ業界に挑戦してみるつもりだよ」
「そうですか。実は私達、もう一度あなたの力をお借りしたいと思って来ました」
片岡が言った。
「あなたに来ていただけるなら、二つの会社を統合して、あなたをそのトップとして迎えたいと考えています」
片岡の言葉を引き継いで、河村が言った。
「おいおい、馬鹿なことを言うなよ。そんなものに興味がないから会社をお前たちに譲ったんだぜ。俺はまた別のアイデアを考えて、それを実現させてみたい。だからもう一度会社を構えたんだ」
「それは私たちのところに来てやっていただきたいのです」
片岡が言った。
「そんなところに行って成功したとしても、それが本当に自分のアイデアが優れていたからかどうかなんてわからない。何もないところから始めてこそ、そのアイデアが素晴らしいものだったかどうかがわかるんだ」
野沢は二人の顔を見て言った。
「そうですか」
片岡がうめくように言った。
「まあ、見てなって。どれくらい時間がかかるかわからないけど、もう一度ばかでかい企業を作り上げてみせるよ」
「どうしても私たちのところには来てくれないのですか」
片岡がもう一度言った。
「もちろん」
片岡と河村が顔を見合わせた。
突然、片岡が野沢の足元に飛び込んだ。
野沢は驚いて立ち上がろうとしたが、両足を片岡にがっちりと掴まれて、仰向けに倒れた。
その野沢の胸の上に河村が馬乗りになり、首を押さえつけた。
「何をす・・・・」
首を絞められて、野沢は声を出すことができなくなった。
「この業界はキャパが決まっているんだ。これ以上シェアを取らせるわけにはいくか」
ぐいぐいと野沢の首を絞める手に力を込めながら河村が言った。
そうだったのか。
だったら俺は別の業界で挑戦する。別の業界にだって素晴らしいアイデアは転がっているはずだ。お前らの会社に入って挑戦してもいい。
野沢はそう言おうと、必死になって声を出そうとした。
河村は野沢が助けを求めるために、何か叫び声を出そうとしているのだろうと思った。
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