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勇はほろ酔い加減で家に帰ってきた。
青山と酒を飲むのは十数年ぶり、いや、もっと経っているかもしれなかった。
若い頃は青山のほか、十人ほどの仲間が集まって毎週末、テニスをしていた。テニスが終わればみんなで飲みに行く。あの頃はそれが一番楽しかった。そのうちにメンバーが徐々に減っていき、最後は勇と青山だけになって、それも自然消滅するようになくなった。
それ以来、勇はまともにテニスボールを打っていなかった。遊び程度で子供たちにテニスを教えたくらいだ。だから久しぶりにテニスをして驚くほど自分の感覚と体の動きの差がありすぎて、うまくボールを操れなくて、もどかしかった。しかし、何度か練習をすればいくらかは昔のようにボールを打てるのではないかと思った。
「ただいま」
玄関の靴を見て勇はおやっと思った。
居間のソファに明美と娘の優花が座って難しい顔つきで話をしていた。優花の横にはベビー用のカゴに入った三カ月の奈海が手足をバタバタと動かしている。
「お帰りなさい」
居間に入った勇を見て明美が言った。
「優花、来ていたのか」
勇は奈海がいるカゴを覗きこみ、そっと抱き上げる。
「奈海ちゃんも来てくれたんだね。おじいちゃんだよ」
そして優花を見る。
「大きくなった。顔が丸くなった」
「そうね。人見知りするようになったし」
「ほう。お利口さんになったね」
「それじゃ、そろそろ帰る」
そう言って優花が立ちあがる。
「もう帰るのか」
「また、ゆっくり来るから」
勇は名残惜しそうに奈海をカゴに戻した。
「それじゃ、おやすみなさい」
部屋を出ていく優花を勇と明美は別々の表情で見送った。
ポコーン、ポコーンというボールを打つ音が開いた窓の外から響いてくる。
明美はテーブルに置かれた新聞を脇に追いやり、食事の皿を並べた。
勇は少年がボールを打つのを見ている。
「昨日も来ていたのか?」
「来てたわよ。あんなに一生懸命やって、体を痛めたりしないかしら」
「何かに取り憑かれたみたいだ」
勇はつぶやくように言ってテーブルについた。
「優花のことなんだけど」
勇が椅子に座るのを待っていたように、明美が話はじめる。
「ん?」
「宏隆さんが浮気をしているのではないかって言うの」
「浮気? まさか」
「生まれたばかりの頃は夢中だったのに、今は奈海の面倒を見るのもどこか上の空で、様子がおかしいって」
「気のせいだろう」
「将暉のテニスクラブで若い女性と人目を避けて会っているらしいの」
「将暉は知っているのか?」
「どうかしら」
「今度、将暉にそれとなく訊いてみる」
その時、テニスコートの駐車場で若い女性と話をしていた将暉のことを思い出した。
勇は暗い表情でトーストを口にした。
朝のオフィスで数人の社員が雑談をしたり、パソコンの画面を眺めている。
勇がオフィスに入ってきた。
「おはよう」
部下たちに声をかける。
「おはようございます」
「おはようございます」
数人がそれに応えた。
勇は自分の席に行き、椅子に座ろうとする。
「いててて」
少し顔をしかめながら座った。
野口が通りかかり、勇の様子に気が付く。
「どうしたのですか?」
「いや、別に」
勇はいつもの表情に戻って野口を見る。
「いてててとか言って、顔をしかめていませんでした?」
「ちょっと筋肉痛だ」
「いったいどうしたのです? 引っ越しでもしたのですか?」
「テニスだ。土曜日に二十年ぶり位にやったらこのざまだ。年には勝てん」
「土、日、月。今日が一番つらい時だ」
野口は指折り数えてから勇を見る。
「そうだろうな」
「では、昔はテニスをやっていたのですか?」
「夢中になった時もあったな」
「へえー」
「お前も何か運動をしろ」
「僕もやっていましたよ、野球。社会人になって堕落した生活を始めたおかげでこんなになってしまいましたが」
そう言って少しばかり出始めた腹を見せる。
「馬鹿なこと言ってないで仕事しろ」
ちょうど始業を知らせるベルが鳴り、野口はこそこそと自分のデスクに向かった。
青山と酒を飲むのは十数年ぶり、いや、もっと経っているかもしれなかった。
若い頃は青山のほか、十人ほどの仲間が集まって毎週末、テニスをしていた。テニスが終わればみんなで飲みに行く。あの頃はそれが一番楽しかった。そのうちにメンバーが徐々に減っていき、最後は勇と青山だけになって、それも自然消滅するようになくなった。
それ以来、勇はまともにテニスボールを打っていなかった。遊び程度で子供たちにテニスを教えたくらいだ。だから久しぶりにテニスをして驚くほど自分の感覚と体の動きの差がありすぎて、うまくボールを操れなくて、もどかしかった。しかし、何度か練習をすればいくらかは昔のようにボールを打てるのではないかと思った。
「ただいま」
玄関の靴を見て勇はおやっと思った。
居間のソファに明美と娘の優花が座って難しい顔つきで話をしていた。優花の横にはベビー用のカゴに入った三カ月の奈海が手足をバタバタと動かしている。
「お帰りなさい」
居間に入った勇を見て明美が言った。
「優花、来ていたのか」
勇は奈海がいるカゴを覗きこみ、そっと抱き上げる。
「奈海ちゃんも来てくれたんだね。おじいちゃんだよ」
そして優花を見る。
「大きくなった。顔が丸くなった」
「そうね。人見知りするようになったし」
「ほう。お利口さんになったね」
「それじゃ、そろそろ帰る」
そう言って優花が立ちあがる。
「もう帰るのか」
「また、ゆっくり来るから」
勇は名残惜しそうに奈海をカゴに戻した。
「それじゃ、おやすみなさい」
部屋を出ていく優花を勇と明美は別々の表情で見送った。
ポコーン、ポコーンというボールを打つ音が開いた窓の外から響いてくる。
明美はテーブルに置かれた新聞を脇に追いやり、食事の皿を並べた。
勇は少年がボールを打つのを見ている。
「昨日も来ていたのか?」
「来てたわよ。あんなに一生懸命やって、体を痛めたりしないかしら」
「何かに取り憑かれたみたいだ」
勇はつぶやくように言ってテーブルについた。
「優花のことなんだけど」
勇が椅子に座るのを待っていたように、明美が話はじめる。
「ん?」
「宏隆さんが浮気をしているのではないかって言うの」
「浮気? まさか」
「生まれたばかりの頃は夢中だったのに、今は奈海の面倒を見るのもどこか上の空で、様子がおかしいって」
「気のせいだろう」
「将暉のテニスクラブで若い女性と人目を避けて会っているらしいの」
「将暉は知っているのか?」
「どうかしら」
「今度、将暉にそれとなく訊いてみる」
その時、テニスコートの駐車場で若い女性と話をしていた将暉のことを思い出した。
勇は暗い表情でトーストを口にした。
朝のオフィスで数人の社員が雑談をしたり、パソコンの画面を眺めている。
勇がオフィスに入ってきた。
「おはよう」
部下たちに声をかける。
「おはようございます」
「おはようございます」
数人がそれに応えた。
勇は自分の席に行き、椅子に座ろうとする。
「いててて」
少し顔をしかめながら座った。
野口が通りかかり、勇の様子に気が付く。
「どうしたのですか?」
「いや、別に」
勇はいつもの表情に戻って野口を見る。
「いてててとか言って、顔をしかめていませんでした?」
「ちょっと筋肉痛だ」
「いったいどうしたのです? 引っ越しでもしたのですか?」
「テニスだ。土曜日に二十年ぶり位にやったらこのざまだ。年には勝てん」
「土、日、月。今日が一番つらい時だ」
野口は指折り数えてから勇を見る。
「そうだろうな」
「では、昔はテニスをやっていたのですか?」
「夢中になった時もあったな」
「へえー」
「お前も何か運動をしろ」
「僕もやっていましたよ、野球。社会人になって堕落した生活を始めたおかげでこんなになってしまいましたが」
そう言って少しばかり出始めた腹を見せる。
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