二枚の写真

原口源太郎

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 夕方のテニスクラブ。
 沙織が受付にいる。
 勇が仕事帰りのネクタイ姿で入ってくる。
「あ、義父さん、こんにちは」
「こんにちわ。将暉はいるかい?」
「はい。クラブ内のどこかにいると思うのですが。呼び出しますか?」
「いや、いい。捜してみる」
 勇はテニスコートへと続く建物の奥へと歩いていった。
 テニスコートでは何人もの老若男女が試合や、練習をしている。
 勇はその中に将暉の姿を捜すが、見つけ出せなかった。
 クラブハウスに戻り、建物の周りを見ながら歩く。
 駐車場隅の木々の陰に将暉がいた。勇はそちらに歩きかけて歩みを止める。
 将暉は笑顔で話をしていた。相手は以前見た若い女性のようだった。
 どうしようかと少し思案したのち、勇は引き返した。

 朝の少し肌寒い空気が開け放たれた窓から入り込んでくる。
 勇は駐車場でラケットを振る少年を見ていた。
 少年は壁に向かい、サーブの練習をしている。
 トスを上げ、頭上でラケットを振る。ボールをきちんと捉えることができずに、打たれたボールは弱々しく、方向も定まらない。イライラしているように見えるが、ひたすら我慢してボールを拾っては打つを繰り返している。
「どう? 上手くなったでしょ?」
 明美がキッチンから声をかけた。
「サーブの練習をしているからわからん。サーブはまだまだだな」
「そう。ところで、昨日は将暉に会えたの?」
「いや、テニスクラブには寄ったんだが、いなかった」
「そう」
「わざわざ電話するのも何だし、今度、青山と練習に行った時に訊いてみる」
 勇は物思いに沈んだ様子で遠くの景色をぼんやりと眺めた。

 日差しがテニスコートに落ちている。
 勇と青山はサーブの練習をしていた。勇がサーブを打ち、青山がレシーブをする。サーブは昔のようにラケットをぶんぶん振り回すことはできないから、コースを狙って確実に入るように打つ。
 何球か打っては青山と交代し、それを繰り返した。
「なかなか思うようにいかんな」
 ボールを拾ってネット近くに来た時、青山が話しかけた。
「サーブはもう、昔のように打つのは無理だ。肩が壊れちまう」
「試合ができるかな。というか試合はできるけど、試合になるかどうかだ。サーブが入らないと試合にならない」
「取りあえず入れていけばいいんだよ。打ち合いになれば何とかなる」
「そうか。よし」
 青山はそう気合を入れ直してラケットを持つ腕をぶんぶん振り回し、再びサーブを打つためにライン際へと歩いていく。
 勇ももう一度自分に気合を入れてレシーブ位置に付いた。

 しっかり汗をかいた後、二人は昔のように一杯飲みに行った。
 青山がたびたび訪れるという店で、旬の魚や山菜などを出してくれる。今、どこの何が美味しいといった情報を調理人でもある店主が教えてくれ、メニューに無いものも、あらかじめこれが食べたいとリクエストしておけば、仕入れて出してくれた。
「試合のことを考えると何だかドキドキするよ」
 カウンターに座って、勇が生ビールを飲みながら言った。
「本当かよ」
「昔のことを思い出す。大会に出るなんて何年振りだろう」
「そうだな。かれこれ二十年振りくらいか?」
「学生の頃に戻った気分だ」
「そうだな」
「まともな試合ができるのか? 俺たちのテニスは今の奴らに通用するのか?」
「大丈夫。通用する」
「ボルグ、マッケンロー、レンドル。懐かしいなあ」
「古い名前が出たな。まあ、俺たちの青春時代だ」
「彼らもおじいちゃんになった」
「俺らもなったよ」
「でも若い奴らには負けん」
「そうだな。気概だけは負けん。まあ、飲め」
 青山に言われて、勇はジョッキのビールを飲み干した。

 信号機はないが、車の交通量が多く見通しの悪い交差点で、区の職員数名と地元自治体や学校PTA、安全協会などの団体の役員たちが言い争っている。
「それじゃ信号機はいつ付けてくれるんだ」
「今、急ぎ手続きを進めておりまして、遅くとも半年後までには」
「そんなに先? またここで事故が起きたら、あんたらの責任だ」
「我々も一刻も早い信号機の設置に向けて努力をしているとこでありまして」
「あんなもの、一週間もあれば設置できるだろ」
「いえ、色々と手続等ありますので、すぐにというわけには」
「何年も前から信号機を設置してくれと嘆願していたはずだろ」
「それは承知しておりますが、この道は昨年あたりから急激に交通量が増えましたので、調査を行い、注意喚起の看板等の設置を行ってまいりました訳でありますが、対策が後手だったという感は否めません」
「他人事みたいに言うな」
 話す人達の脇を、車やトラックが猛スピードで駆け抜けていく。

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