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勇は驚いたまま、試合を見続けた。凍り付いたように動けない。
「あの子、上手いな」
勇の隣で試合を見ている青山が言った。
「上手いなんてもんじゃない。二カ月前は初心者同然だったんだ。こんな馬鹿なことがあるか」
「まあ、どちらが勝つか、じっくり見ていようじゃないか」
今度は少年のサービスゲームだ。少年がサーブを打った。
回転のかかったいいサーブだったが、それほど勢いはなく、宏隆はコーナーへと鋭いボールを返す。
決まったかと思えたが、少年は素早い動きでボールに追いつき、打ち返した。
宏隆がそのボールを逆のコーナーへまた鋭く打ち返す。
今度こそ決まったと思えたが、また少年は見事なカバーリングでボールに追いつき、打ち返す。
ネットに詰めていた宏隆は、その苦し紛れに返されたボールをボレーで決めた。
試合は一方的だった。
少年は素早い動きでボールを拾いまくり、時には相手の決めにくるショットのコースを読んで反撃した。時折ネットに出たときも素晴らしい反射神経と読みでボレーを決めた。宏隆がよほどいいパスを打たない限り抜くことはできなかった。
ただ、少年はラケットを縦に振る事にまだ難があるようだったのに、宏隆は一度もロブを上げて少年の頭上を抜こうとはしなかった。
少年のテニスは素晴らしかったが、宏隆の打つボールとの力強さの差がそのままゲームの差となって現れた。
少年の打ったボールがコースを外れてアウトになると、審判がゲームセットを告げた。
宏隆はネットに駆け寄り、親しげに少年に手を差し伸べた。
そこに将暉が駆け寄る。
将暉だけでない。何人もの人がコートに入って少年の元に駆け寄った。
勇はまだ訳がわからなかった。なぜ多くの人達がそれほどこの試合に喜びを爆発させているのだろう。しかも祝福されているのは、優勝した宏隆ではなく敗者の少年のほうだ。
「あれ? あの子、青山の」
多くの人たちの輪の中で少年の前に立ち、泣きじゃくっている少女を唐突に思い出した。将暉と話していた子。宏隆と歩いていた子。そしてもっと幼い頃、青山が連れていた子。
「俺の娘だ」
青山が静かに言った。
まだ勇は狐につままれたような気分だった。
「さて、帰ろうか」
青山が言った。
「でも、あれ、どういうことだ?」
それに答えるように青山がポケットから二枚の写真を取り出して勇に渡した。
「種明かしはこれだ」
一枚の写真はテニスコートで優勝カップを持って微笑む少年。もう一枚は試合をしている時に撮られたらしいボールを打っている少年。
「これは?」
「娘がくれた写真だ。一枚は彼が大会で優勝した時のものだ。もう一枚はその試合の時の写真。右手でラケットを握っているだろ?」
「本当だ」
「何か月か前に、お前のマンションの近くで高校生が車に撥ねられる事故があっただろ?」
「ああ」
「その高校生が彼だ。その時右腕を骨折し、腱を切った。もう以前のようにテニスのラケットを持つことができなくなったんだ。そうと知った時、彼はすごく荒れたそうだ。彼は幼い頃からここをホームコートにしてきたから、将暉君や宏隆君とも顔馴染みだった。彼らも心を痛めていたと思う。彼と付き合っていた私の娘も毎日のように泣いていた。そしてみんな、なんとか彼を立ち直らせようとした。彼も何か吹っ切れたんだな。ギブスが取れるや否や、リハビリを開始すると同時に一人で練習を始めたそうだ。左手で打つ練習をね。数週間前からここでの練習を再開して、将暉君や宏隆君が練習相手になっていたらしい。丁度お前と入れ替わるようなタイミングでここに来たわけだ」
「そうだったのか。今、やっとわかったよ。彼は自分自身という最高のコーチを持っていたんだ」
「どうだい、一杯。無性に飲みたい気分だ」
「そうだな。あいつらに乾杯だ」
そう言って勇はコートで輪を作っている若者たちに向かってグラスを掲げる仕草をした。
終わり
「あの子、上手いな」
勇の隣で試合を見ている青山が言った。
「上手いなんてもんじゃない。二カ月前は初心者同然だったんだ。こんな馬鹿なことがあるか」
「まあ、どちらが勝つか、じっくり見ていようじゃないか」
今度は少年のサービスゲームだ。少年がサーブを打った。
回転のかかったいいサーブだったが、それほど勢いはなく、宏隆はコーナーへと鋭いボールを返す。
決まったかと思えたが、少年は素早い動きでボールに追いつき、打ち返した。
宏隆がそのボールを逆のコーナーへまた鋭く打ち返す。
今度こそ決まったと思えたが、また少年は見事なカバーリングでボールに追いつき、打ち返す。
ネットに詰めていた宏隆は、その苦し紛れに返されたボールをボレーで決めた。
試合は一方的だった。
少年は素早い動きでボールを拾いまくり、時には相手の決めにくるショットのコースを読んで反撃した。時折ネットに出たときも素晴らしい反射神経と読みでボレーを決めた。宏隆がよほどいいパスを打たない限り抜くことはできなかった。
ただ、少年はラケットを縦に振る事にまだ難があるようだったのに、宏隆は一度もロブを上げて少年の頭上を抜こうとはしなかった。
少年のテニスは素晴らしかったが、宏隆の打つボールとの力強さの差がそのままゲームの差となって現れた。
少年の打ったボールがコースを外れてアウトになると、審判がゲームセットを告げた。
宏隆はネットに駆け寄り、親しげに少年に手を差し伸べた。
そこに将暉が駆け寄る。
将暉だけでない。何人もの人がコートに入って少年の元に駆け寄った。
勇はまだ訳がわからなかった。なぜ多くの人達がそれほどこの試合に喜びを爆発させているのだろう。しかも祝福されているのは、優勝した宏隆ではなく敗者の少年のほうだ。
「あれ? あの子、青山の」
多くの人たちの輪の中で少年の前に立ち、泣きじゃくっている少女を唐突に思い出した。将暉と話していた子。宏隆と歩いていた子。そしてもっと幼い頃、青山が連れていた子。
「俺の娘だ」
青山が静かに言った。
まだ勇は狐につままれたような気分だった。
「さて、帰ろうか」
青山が言った。
「でも、あれ、どういうことだ?」
それに答えるように青山がポケットから二枚の写真を取り出して勇に渡した。
「種明かしはこれだ」
一枚の写真はテニスコートで優勝カップを持って微笑む少年。もう一枚は試合をしている時に撮られたらしいボールを打っている少年。
「これは?」
「娘がくれた写真だ。一枚は彼が大会で優勝した時のものだ。もう一枚はその試合の時の写真。右手でラケットを握っているだろ?」
「本当だ」
「何か月か前に、お前のマンションの近くで高校生が車に撥ねられる事故があっただろ?」
「ああ」
「その高校生が彼だ。その時右腕を骨折し、腱を切った。もう以前のようにテニスのラケットを持つことができなくなったんだ。そうと知った時、彼はすごく荒れたそうだ。彼は幼い頃からここをホームコートにしてきたから、将暉君や宏隆君とも顔馴染みだった。彼らも心を痛めていたと思う。彼と付き合っていた私の娘も毎日のように泣いていた。そしてみんな、なんとか彼を立ち直らせようとした。彼も何か吹っ切れたんだな。ギブスが取れるや否や、リハビリを開始すると同時に一人で練習を始めたそうだ。左手で打つ練習をね。数週間前からここでの練習を再開して、将暉君や宏隆君が練習相手になっていたらしい。丁度お前と入れ替わるようなタイミングでここに来たわけだ」
「そうだったのか。今、やっとわかったよ。彼は自分自身という最高のコーチを持っていたんだ」
「どうだい、一杯。無性に飲みたい気分だ」
「そうだな。あいつらに乾杯だ」
そう言って勇はコートで輪を作っている若者たちに向かってグラスを掲げる仕草をした。
終わり
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