二枚の写真

原口源太郎

文字の大きさ
12 / 12

12

しおりを挟む
 勇は驚いたまま、試合を見続けた。凍り付いたように動けない。
「あの子、上手いな」
 勇の隣で試合を見ている青山が言った。
「上手いなんてもんじゃない。二カ月前は初心者同然だったんだ。こんな馬鹿なことがあるか」
「まあ、どちらが勝つか、じっくり見ていようじゃないか」

 今度は少年のサービスゲームだ。少年がサーブを打った。
 回転のかかったいいサーブだったが、それほど勢いはなく、宏隆はコーナーへと鋭いボールを返す。
 決まったかと思えたが、少年は素早い動きでボールに追いつき、打ち返した。
 宏隆がそのボールを逆のコーナーへまた鋭く打ち返す。
 今度こそ決まったと思えたが、また少年は見事なカバーリングでボールに追いつき、打ち返す。
 ネットに詰めていた宏隆は、その苦し紛れに返されたボールをボレーで決めた。
 試合は一方的だった。
 少年は素早い動きでボールを拾いまくり、時には相手の決めにくるショットのコースを読んで反撃した。時折ネットに出たときも素晴らしい反射神経と読みでボレーを決めた。宏隆がよほどいいパスを打たない限り抜くことはできなかった。
 ただ、少年はラケットを縦に振る事にまだ難があるようだったのに、宏隆は一度もロブを上げて少年の頭上を抜こうとはしなかった。
 少年のテニスは素晴らしかったが、宏隆の打つボールとの力強さの差がそのままゲームの差となって現れた。
 少年の打ったボールがコースを外れてアウトになると、審判がゲームセットを告げた。
 宏隆はネットに駆け寄り、親しげに少年に手を差し伸べた。
 そこに将暉が駆け寄る。
 将暉だけでない。何人もの人がコートに入って少年の元に駆け寄った。
 勇はまだ訳がわからなかった。なぜ多くの人達がそれほどこの試合に喜びを爆発させているのだろう。しかも祝福されているのは、優勝した宏隆ではなく敗者の少年のほうだ。
「あれ? あの子、青山の」
 多くの人たちの輪の中で少年の前に立ち、泣きじゃくっている少女を唐突に思い出した。将暉と話していた子。宏隆と歩いていた子。そしてもっと幼い頃、青山が連れていた子。
「俺の娘だ」
 青山が静かに言った。
 まだ勇は狐につままれたような気分だった。
「さて、帰ろうか」
 青山が言った。
「でも、あれ、どういうことだ?」
 それに答えるように青山がポケットから二枚の写真を取り出して勇に渡した。
「種明かしはこれだ」
 一枚の写真はテニスコートで優勝カップを持って微笑む少年。もう一枚は試合をしている時に撮られたらしいボールを打っている少年。
「これは?」
「娘がくれた写真だ。一枚は彼が大会で優勝した時のものだ。もう一枚はその試合の時の写真。右手でラケットを握っているだろ?」
「本当だ」
「何か月か前に、お前のマンションの近くで高校生が車に撥ねられる事故があっただろ?」
「ああ」
「その高校生が彼だ。その時右腕を骨折し、腱を切った。もう以前のようにテニスのラケットを持つことができなくなったんだ。そうと知った時、彼はすごく荒れたそうだ。彼は幼い頃からここをホームコートにしてきたから、将暉君や宏隆君とも顔馴染みだった。彼らも心を痛めていたと思う。彼と付き合っていた私の娘も毎日のように泣いていた。そしてみんな、なんとか彼を立ち直らせようとした。彼も何か吹っ切れたんだな。ギブスが取れるや否や、リハビリを開始すると同時に一人で練習を始めたそうだ。左手で打つ練習をね。数週間前からここでの練習を再開して、将暉君や宏隆君が練習相手になっていたらしい。丁度お前と入れ替わるようなタイミングでここに来たわけだ」
「そうだったのか。今、やっとわかったよ。彼は自分自身という最高のコーチを持っていたんだ」
「どうだい、一杯。無性に飲みたい気分だ」
「そうだな。あいつらに乾杯だ」
 そう言って勇はコートで輪を作っている若者たちに向かってグラスを掲げる仕草をした。



                                  終わり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...