二枚の写真

１１

　試合が始まった。相手の原口は若い。
　勇は相手の速いサーブを何とか返すが、甘くなったところを打ち込まれる。

　勇がラケットを抱えて先ほどのシートのところまで戻ってきた。
「コテンパンにやられた」
「いい試合だったよ。相手は上手かったけれど、よく健闘した」
「内容は一方的だった」
「かなりブランクがあったんだ、仕方がない」
「俺の代わりに頑張ってくれ」
「任せろ」
　ちょうど青山の名前が呼ばれたところだった。

　青山はいい試合をしていた。
　青山の打ったボールが短くなり、相手はバックサイドにアプローチし、ネットに付く。
　青山はバックハンドの鋭いスライスをネット際に返した。
　相手はハーフボレーをネットに掛ける。
　試合終了のコールがされて、二人はネットに歩み寄った。

　コートから出たところのフェンス際で勇と明美が青山を迎えた。
「やったな」
「調子が良かった。相手にも恵まれた。昨晩、一生懸命仕事をした甲斐があったのだろうよ」
　青山は冗談のように言う。
「相手も上手かったよ」
　勇はお世辞抜きに言った。
　三人はまたシートのところまで戻り、腰を下ろした。明美がクーラーボックスから飲み物を出して配る。
「お前がテニスを再開するきっかけとなった壁打ちの子はまだ来ているのか？」
　青山がペットボトルを口にしながら勇に尋ねた。
「いや。毎日来ていたけど、一カ月くらいしてぱったりと来なくなった。信じられないほど上達が早くて、夢でも見ているようだった。もし俺と試合をしていたら、歯が立たずに負けていただろうな」
「ふーん」
　青山は意味ありげに声を出した。
「どうした？」
「娘に、決勝まで残っていて試合を見てほしいと言われているんだ。お前も付き合え」
「ん？」
「もしかしたら、壁打ちの少年と関係のあることかもしれない」
「どういうことだ？」
「あとは試合を見てからだ」

　青山は二回戦の試合を戦った。
　コートの外で近くのフェンスにへばりついて勇と明美が応援をする。
　しかし、いい所なく青山は敗れた。
「いや、参った。もう足が付いてこん。おまけに今度は相手が悪かった」
　シートの上に寝転がった青山が言う。
「よく頑張った」
　勇が言った。

　その後も試合は続いた。
　やがて立ち並ぶビルの頭上近くまで太陽が下りてきて、テニスコートに長い影を落とし始めた。
　勇と青山はシートの上で眠っていた。
「ただ今から、決勝の試合を行います。関係者の方は第一コートにお集まりください」
　場内アナウンスが流れた。
　青山が起き上がり、勇を揺り起こす。
「始まるぞ、行こう」

　勇は驚いてテニスコートを見ていた。
　決勝のコートに宏隆と壁打ちの少年が立っている。
「お、おい、あの子」
「やっぱり彼が壁打ちの少年か」
　青山が言った。
「あの子が決勝まで来たの？　凄い」
　明美が感心したように言う。
「あの子を知っているのか？」
　勇は青山に尋ねた。
「うん。見るのは初めてだが、話には聞いている」
　試合が始まった。
　宏隆がサーブを打ち、強いボールが相手のコートに入る。
　少年は素晴らしい反射神経でボールに反応し、ラケットの面を合わせてボレーをするようにレシーブした。
　甘くなったボールを打ち込み、宏隆がネットに出る。
　少年は走りながらボールを打って返すが、宏隆はやすやすと空いたコートにボールを落とした。