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勇がマンションの窓から外を見ている。
そこに明美がコーヒーの入ったカップを持ってやって来た。
「はい、コーヒー」
「ん。ありがとう」
「結局あれっきり、ぷっつりと来なくなって、どうしたのでしょうね」
「そうだな、どうしたんだろう」
翌日に大会を控えた日の夕方、勇はテニスクラブに行き、将暉と打ち合った。と言ってもあまり無理をせず、来るボールを素直に打ち返すだけだ。さすがにぶっつけ本番で試合に臨むには不安が大きかった。
少し打ち合ったのち、勇はベンチに腰掛けた。
「明日は試合に出られそうだな」
近くに立つ将暉が言った。
「うん。大丈夫そうだ」
「青山さんはどうしたの?」
「このところ仕事が忙しいようだ。明日一日休むために今日は夜まで頑張るそうだ」
「大変だね」
「ところで、宏隆君は最近来ているのか?」
「ん? この前も同じことを訊かなかった?」
「そうだったかな」
「そうだよ。何か気になることがあるの?」
「いや、その」
勇は言い淀んだ。
「どうしたの?」
「宏隆君が浮気をしているらしいという話を小耳に挟んだ」
「まさか。性格的にそんなことができる奴じゃないよ、絶対に」
「それはわかっているつもりなんだが」
「そんな噂を真に受けるのなんて、馬鹿馬鹿しい」
「そうだな。ところで将暉、お前はどうなんだ? 沙織さんとはうまくやっているのか?」
「は? 俺? 息子にそんなこと訊くなよ。上手くやってるに決まってるだろ」
「そうか。変なこと訊いて悪かったな。今日はこれくらいで帰る」
勇はベンチから立ち上がった。
「明日、頑張れよ」
「うん。今日はありがとう」
次の日の朝、勇は寝間着姿のままリビングから駐車場を見ていた。
ガラーンとした駐車場には誰もいない。
「今日はいい天気になりそうね」
近くに来た明美が言った。
「うん、暑くなりそうだ」
「私、見に行っていい?」
「ん? 止せよ」
「青山さんも来るのでしょ? お弁当を作っていくから。優花も行くって言っていたし」
「わかった」
勇は渋々返事をした。
試合会場のテニスコートでは開会式が行われている。
コートの入り口近くに台が置かれ、マイクスタンドがその上に鎮座していた。マイクの前に恰幅のいい男が立ち、その近くに大会役員や関係者が並んでいる。コート内では選手ら二、三十人が集まって開会式の挨拶を聞いている。
「お忙しい中、大勢の方に参加していただきまして、誠にありがとうございます。初夏の青空の下、日ごろの練習の成果を出して、大いに汗をかき・・・・」
台上でマイクに向かい役員が話している。
マンションでは明美が重箱を風呂敷で包み、それを袋に入れていた。
ジャージ姿の勇が重箱の中身を確認したいという目で見ている。
「時間は大丈夫?」
「エントリーは将暉に頼んでおいた。試合は十時頃の予定だから、九時までに行けばいい」
「青山さんの試合は見に行かなくていいの?」
「俺の試合より後だ」
開会式はまだ行われている。
「本日の試合会場は当テニスクラブとサン・テニスクラブの二カ所で行われます。トーナメントのAブロックは当テニスクラブで試合が行われ、Bブロックはサン・テニスクラブでの試合になります。お間違えの無いようにお願いします。なお、決勝戦は当テニスクラブの第一コートで行いますので大勢の方の応援をお願いします」
満車に近い駐車場でやっと空いたスペースを見つけて勇は車を停めた。
車から降りると、二人は荷物をいっぱい抱えて歩き出す。
コート内では熱戦が繰り広げられ、大勢の応援者がフェンスに張り付いて試合を見ている。その中に青山の姿を見つけ、勇は声を掛けた。
「よう」
「おお、足はどうだ?」
「大丈夫そうだ」
青山は足元に置いてあった荷物を手にして勇と一緒に歩き出す。
「ご無沙汰しています」
明美が青山に言った。
「どうも。お久しぶりです。お世話になります」
「どこかに陣取ろう」
勇が言う。
「そうだな」
「開会式には出たのか?」
「いや、さっき来たところだ」
三人は適当な空きスペースを見つけ、シートを広げた。
しばらくくつろいでいると、呼び出しのアナウンスがあった。
「エントリーナンバー三十一番、小林勇さん、エントリーナンバー三十二番、原口源太郎さん、受付までお越しください」
「行ってくる」
勇はジャージを脱ぐとテニスラケットを持って立ち上がった。
そこに明美がコーヒーの入ったカップを持ってやって来た。
「はい、コーヒー」
「ん。ありがとう」
「結局あれっきり、ぷっつりと来なくなって、どうしたのでしょうね」
「そうだな、どうしたんだろう」
翌日に大会を控えた日の夕方、勇はテニスクラブに行き、将暉と打ち合った。と言ってもあまり無理をせず、来るボールを素直に打ち返すだけだ。さすがにぶっつけ本番で試合に臨むには不安が大きかった。
少し打ち合ったのち、勇はベンチに腰掛けた。
「明日は試合に出られそうだな」
近くに立つ将暉が言った。
「うん。大丈夫そうだ」
「青山さんはどうしたの?」
「このところ仕事が忙しいようだ。明日一日休むために今日は夜まで頑張るそうだ」
「大変だね」
「ところで、宏隆君は最近来ているのか?」
「ん? この前も同じことを訊かなかった?」
「そうだったかな」
「そうだよ。何か気になることがあるの?」
「いや、その」
勇は言い淀んだ。
「どうしたの?」
「宏隆君が浮気をしているらしいという話を小耳に挟んだ」
「まさか。性格的にそんなことができる奴じゃないよ、絶対に」
「それはわかっているつもりなんだが」
「そんな噂を真に受けるのなんて、馬鹿馬鹿しい」
「そうだな。ところで将暉、お前はどうなんだ? 沙織さんとはうまくやっているのか?」
「は? 俺? 息子にそんなこと訊くなよ。上手くやってるに決まってるだろ」
「そうか。変なこと訊いて悪かったな。今日はこれくらいで帰る」
勇はベンチから立ち上がった。
「明日、頑張れよ」
「うん。今日はありがとう」
次の日の朝、勇は寝間着姿のままリビングから駐車場を見ていた。
ガラーンとした駐車場には誰もいない。
「今日はいい天気になりそうね」
近くに来た明美が言った。
「うん、暑くなりそうだ」
「私、見に行っていい?」
「ん? 止せよ」
「青山さんも来るのでしょ? お弁当を作っていくから。優花も行くって言っていたし」
「わかった」
勇は渋々返事をした。
試合会場のテニスコートでは開会式が行われている。
コートの入り口近くに台が置かれ、マイクスタンドがその上に鎮座していた。マイクの前に恰幅のいい男が立ち、その近くに大会役員や関係者が並んでいる。コート内では選手ら二、三十人が集まって開会式の挨拶を聞いている。
「お忙しい中、大勢の方に参加していただきまして、誠にありがとうございます。初夏の青空の下、日ごろの練習の成果を出して、大いに汗をかき・・・・」
台上でマイクに向かい役員が話している。
マンションでは明美が重箱を風呂敷で包み、それを袋に入れていた。
ジャージ姿の勇が重箱の中身を確認したいという目で見ている。
「時間は大丈夫?」
「エントリーは将暉に頼んでおいた。試合は十時頃の予定だから、九時までに行けばいい」
「青山さんの試合は見に行かなくていいの?」
「俺の試合より後だ」
開会式はまだ行われている。
「本日の試合会場は当テニスクラブとサン・テニスクラブの二カ所で行われます。トーナメントのAブロックは当テニスクラブで試合が行われ、Bブロックはサン・テニスクラブでの試合になります。お間違えの無いようにお願いします。なお、決勝戦は当テニスクラブの第一コートで行いますので大勢の方の応援をお願いします」
満車に近い駐車場でやっと空いたスペースを見つけて勇は車を停めた。
車から降りると、二人は荷物をいっぱい抱えて歩き出す。
コート内では熱戦が繰り広げられ、大勢の応援者がフェンスに張り付いて試合を見ている。その中に青山の姿を見つけ、勇は声を掛けた。
「よう」
「おお、足はどうだ?」
「大丈夫そうだ」
青山は足元に置いてあった荷物を手にして勇と一緒に歩き出す。
「ご無沙汰しています」
明美が青山に言った。
「どうも。お久しぶりです。お世話になります」
「どこかに陣取ろう」
勇が言う。
「そうだな」
「開会式には出たのか?」
「いや、さっき来たところだ」
三人は適当な空きスペースを見つけ、シートを広げた。
しばらくくつろいでいると、呼び出しのアナウンスがあった。
「エントリーナンバー三十一番、小林勇さん、エントリーナンバー三十二番、原口源太郎さん、受付までお越しください」
「行ってくる」
勇はジャージを脱ぐとテニスラケットを持って立ち上がった。
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