大衆娯楽小説 短編集

原口源太郎

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私はあなたのお父さんにはなれない

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 成美が初めて私の店を訪れたのは半年ほど前だったと思う。学校帰りらしい清楚なセーラー服姿で、私ははじめ、どこか名のある家のお嬢さんかと思った。
 店で扱っているアンティークな小物が成美の趣味に合ったのか、その時からたびたび私の店を訪れるようになった。
 やがて私の店と同じように私のことも気に入ったのか、すぐに成美は店の品物を見ているよりも私の隣で話をしている時間のほうが長くなった。

 成美が店を訪れるようになって四カ月ほど経った時に、成美は自分の生い立ちを私に話した。それは私が想像していたものとは大きくかけ離れたものだった。
 成美の母は成美を生んですぐに家を出ていった。だから成美に母親の記憶はない。
 父親は成美を溺愛し、育てることを何事にも優先した。とても優しい父親で、成美も父親のことが大好きだった。
 しかし成美が小学校に上がってほどなく、父は死んだ。
 成美は叔父の家に引き取られた。
 叔父の子供たちは大きくなっていたから、幼くかわいかった成美は大切に育てられた。
 おじさんとおばさんにはとても感謝していると成美は言った。
 私はその通りだと思った。そうでなければ、これほど優しくて立派な娘には育っていないだろう。

 成美が自分の生い立ちを語った数日後に、ひどく落ち込んだ様子で店にやってきた。
 自分の身の上を話したので、つらい時に私に慰めてもらいたかったのだろう。しかし私はそのような甘い考えが許せなかった。
 つい、きつい言葉を成美に投げかけてしまった。
 成美は初めて聞いた私の強い言葉に驚き、悲しげな表情で店を出ていった。
 成美はもう二度とこの店に来ないかもしれないと思った。

 数日後、成美は何事もなかったかのように私の元へ訪れ、いつものように時を過ごして帰っていった。
 私は成美の姿を見た時、涙が出そうになるほど嬉しかった。
 私が成美に強い言葉をかけた時から、私と成美の絆は強くなった。私は時には親身になって成美の言葉を聞き、時には厳しく意見を言った。

「私のお父さんになって下さい」
 ある日、唐突に成美が言った。真剣な表情だった。
「君は叔父さんたちに大事に育てられてきたんだ。そんなことを言っちゃあいけない」
 私の目を見て、成美は俯いた。
 成美は叔父の家に引き取られてからずっと両親の代わりだった叔父と叔母を「おじさん」「おばさん」としか呼んでいない。心はいつもどこかに本当の親を求めていたのだろう。そして、その本物の父に近いものを私に見出したのだろう。
 成美が何かを求めるように俯いたまま、私にすり寄った。
 私は両手でその細い体を抱きしめてやりたかった、
 だが、必死に思いとどまった。
 もし抱きしめてしまえば、全てが壊れてしまう。
 そう、私は成美を愛している。

 成美はいつもの明るさを取り戻してから家に帰っていった。
 私はその後ろ姿を、涙をこらえて見送った。
 私は成美の父親にはなれない。絶対に。
 成美の母は成美を生むとすぐに死んだ。
 私は成美の母をとても愛していた。だから母親の面影を残す成美を見るのがつらかった。
 赤ちゃんの成美は愛くるしくて、強く抱きしめたいほどいとおしく感じると同時に、成美が成長して母親に似てくることを想像して激しい恐怖にかられた。
 そして私は成美の前から逃げ出した。
 義理の兄が早くに妻を亡くし、子供がいなかったのを幸い、成美を義兄に預けて姿を消した。
 それ以来、義兄がどのように成美を育てたか、成美から聞くまで知らなかった。
 今更、私が本当の父親だと名乗ることはできない。
 やがて成美は成人し、私のもとから去っていくだろう。
 ただ、少しでも長く成美といたい。それだけでいい。
 そう願わずにはいられなかった。

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