陰キャに優しいギャルなんて絶対に存在しない!!

Y.

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陰キャに優しいギャルなんて存在しない……はずだった!? 〜付き合い始めたら毎日が過剰デレのオーバーキル〜

第2話:手作り弁当の「あーん」は公開処刑 〜甘すぎる主菜、塩すぎる自意識〜

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 四時限目が終わるチャイムは、俺にとって「処刑開始」を告げる鐘の音に他ならなかった。

(……来る。間違いなく来る。あの『光の捕食者』が、僕という哀れな獲物を仕留めにやってくる……!)

 案の定、教壇の教師が教室を出るか出ないかのタイミングで、教室の後方から爆風のような華やかな気配が近づいてきた。

「湊くーん! 待たせたね、お昼だよっ!」

 瀬戸結衣が、弾けるような笑顔で俺の机に両手をついた。

 その手には、可愛らしい淡いピンク色のクロスで包まれた、かなり大きめのお弁当箱。……それも、二段重ねだ。

「……瀬戸さん。いや、結衣さん。その物体はなんですか。まさか、中には時限式の爆弾か、あるいは僕を社会的に抹殺するための証拠書類でも詰まっているんですか?」

「ひどーい! 私が朝の五時に起きて一生懸命作った、愛妻弁当……じゃなくて、彼女弁当だよ!」

 愛妻、と言いかけて言い直した彼女の頬が、ほんのりと赤らんでいる。

 その破壊力は、いかなる化学兵器をも凌駕していた。

「……朝の五時。五時といえば、まだ世界が静寂に包まれ、陰キャが最も安心して眠れる時間帯です。そんな聖なる時間に、君は僕のために包丁を振るっていたというのですか? ……おかしい。動機が不純すぎる。僕の胃袋を掌握し、将来的に僕を君の専属料理人として使役するための先行投資か、あるいは……」

「いいから! 屋上行くよ! はい、これ持って!」

 結衣は俺の深読みを物理的にシャットアウトするように、ずっしりと重いお弁当箱を俺の手に押し付けた。

 伝わってくる、微かな温もり。

 コンビニのホットスナックとは違う、誰かの「生活」と「体温」が混じった、暴力的なまでに生々しい温かさ。

 俺たちは、周囲の男子生徒たちの「死ね」という無言の呪詛(じゅそ)を背中に浴びながら、屋上へと続く階段を上った。

 屋上の踊り場。正午の太陽が真上から照りつけるそこは、あまりにも明るすぎて、影に隠れて生きたい俺にとっては「晒し台」以外の何物でもなかった。

「はい、ここに座って!」

 結衣が持参したレジャーシートを広げ、俺を強引に座らせる。

 そして、パカッと蓋が開けられた。

(…………なっ!?)

 俺は絶句した。

 そこには、彩り豊かな世界が広がっていた。

 黄金色に輝く卵焼き、絶妙な焼き加減のハンバーグ、隙間を埋めるブロッコリーとミニトマト。そして、白米の上には、ピンク色の桜でんぶで「大好き」の四文字が……。

「……これは、なんですか。現代アートですか。それとも、僕の網膜を焼き切るための光学兵器ですか」

「お弁当だよ! 湊くん、ハンバーグ好きって言ってたでしょ? 繋ぎに豆腐使ってヘルシーにしたんだから」

「……僕の食の好みまで把握している。恐ろしい。君は僕の胃袋という名のブラックボックスをハッキングしたというのですか。……だが、騙されませんよ。このハンバーグの中には、超小型のボイスレコーダーが仕込まれていて、僕が『うまい』と言った瞬間に全校放送で流されるに決まっている!」

 俺は箸を手に取り、まずは慎重に、一番安全そうなブロッコリーを鑑定しようとした。

 だが、その手は結衣によって優しく、しかし断固として制止された。

「だーめ。今日は、私が食べさせてあげるの」

「……はい?」

「はい、あーんして?」

 結衣がお箸で卵焼きを挟み、俺の口元に突き出してきた。

 彼女の顔は、至近距離。

 まつ毛の一本一本まで見えるほどの距離で、彼女は期待に満ちた、そして少しだけ恥じらうような瞳で俺を見つめている。

「……結衣さん。落ち着いてください。ここは公共の場です。目撃者がいれば、僕は明日から『瀬戸結衣に餌付けされる無能なヒモ』という不名誉な二つ名を背負って生きていくことになる」

「いいじゃん、私のヒモになればいいよ。私が一生、湊くんを養ってあげる。……ほら、冷めちゃうよ? あーん」

 逃げ場はなかった。

 背後のフェンス、逃走経路であるドア、そして目の前の、眩しすぎる彼女の笑顔。

 俺は、もはや抗うことを諦めた。

 ここで拒絶すれば、彼女はきっと悲しい顔をする。それだけは、脳内セキュリティが「最大級の禁忌」として指定していた。

「…………ああー」

 俺は、覚悟を決めて口を開けた。

 放り込まれる、一切れの卵焼き。

(………………っ!!)

 噛みしめた瞬間、脳内でオーケストラが第九を奏で始めた。

 甘い。けれど、出汁の深みがある。

 フワフワとした食感の後に、じゅわっと溢れる旨味。

 それは、コンビニの量産型でも、母さんの慣れ親しんだ味でもない。

 瀬戸結衣という一人の少女が、俺のために、試行錯誤して辿り着いたであろう「献身の味」だった。

「……どう? 美味しい?」

「……うまい。うますぎて、自分が怖くなります。……これは、特級の毒薬だ。一度これを口にしてしまったら、もう二度と他のものでは満足できない体になってしまう。……君は、僕から食の自由を奪い、一生君の料理なしでは生きられない廃人に改造するつもりですね!?」

「あはは! 湊くん、大げさだなあ。……でも、嬉しい。一生、私の料理なしじゃいられなくしてあげるね」

 結衣はそう言って、今度はハンバーグを差し出してきた。

 「あーん」のループ。

 俺の羞恥心は、すでに閾値(しきいち)を超えて蒸発していた。

 周囲のどこかで、スマホのシャッター音がした気がした。火野たちがニヤニヤしながら覗き見ている気配もする。

 だが、今の俺には、目の前で一生懸命お箸を動かす彼女以外、何も見えていなかった。

 その時。

 屋上の物陰、貯水タンクの裏側で、一人の少女がそっと本を閉じた。

 一年生、小鳥遊 栞(たかなし しおり)。

 彼女は、自分が最も落ち着ける「静寂」を求めてこの場所へ来たはずだった。

 だが、そこで繰り広げられていたのは、彼女にとっての「異界」の光景だった。

(……佐藤先輩。図書室では、あんなに静かで、凛とした空気を持っていたのに……)

 栞は、眼鏡の奥の瞳を細めた。

 彼女には見えていた。結衣の攻勢に、顔を真っ赤にして、今にも爆発しそうなほど困惑している湊の姿が。

 それは彼女の目には、「光」に焼かれ、苦しんでいる哀れな同胞のように映った。

(……瀬戸先輩は、先輩を無理やり明るい場所に引っ張り出そうとしている。……あれでは、先輩が壊れてしまう。……助けてあげなきゃ。先輩が本当に帰るべき場所は、あんな眩しい場所じゃない……)

 栞は無言のまま、音を立てずにその場を去った。

 その胸には、湊と同じ「本」を愛する者としての、勝手で、けれど切実な使命感が芽生えていた。

 そんな視線に、結衣がふと顔を上げた。

「……ん? どうしたの、結衣さん」

「……ううん、なんでもない。ちょっと、風が吹いただけ」

 結衣の「独占欲センサー」が、微かな違和感を捉えた。

 だが、彼女はすぐに笑顔を取り戻し、お弁当の最後に残った、ウサギさんカットのリンゴを手に取った。

「はい、湊くん。最後の一つ! デザートも、あーん!」

「……っ。……ああー」

 俺はもはや、流されるままに口を開ける。

 シャリッとした食感と、爽やかな甘み。

 食べ終えた俺の口元を、結衣がスッと自分の指で拭った。

「あ、ソースついてた」

「……あ、ありがとうございます。……って、な、なななな、何をして……っ!?」

 結衣は、俺の口元を拭ったその指を、躊躇いなく自分の口に運んだ。

 そして、ちゅ、と小さな音を立てて吸い取ったのだ。

「……ん、ハンバーグのソース、やっぱりちょっと濃かったかな? 次回への反省だね」

「…………………………」

 俺の脳内メモリは、完全にパンクした。

 「警告! システム修復不能なエラーが発生しました。全機能を停止し、再起動を試みます」

 という無機質な声が脳裏に響き、俺はそのまま、レジャーシートの上に崩れ落ちた。

「あはは! 湊くん、顔赤すぎ! ゆでダコみたいだよ?」

 笑い転げる結衣。

 その笑い声は、どこまでも澄んでいて、俺の頑固な自意識を粉々に砕いていく。

(……結論。手作り弁当は、胃袋を掴むための道具ではない。あれは、『僕という個体を彼女の所有物としてマーキングする』ための、極めて独占的で、不可逆的な儀式だったんだ!)

 俺は空を見上げ、明日もまたこの「地獄のような幸福」が繰り返されるであろうことを悟り、静かに目を閉じた。

「……明日は、湊くんの好きなオムライス、作ってこようかな!」

「…………。明日の僕に、生きている資格があることを願うばかりです……」

 俺の「過剰デレ・オーバーキル」な日常は、まだ始まったばかり。

 そして、その背後に「静かなる嵐」が近づいていることに、俺も、彼女も、まだ気づいていなかった。
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