陰キャに優しいギャルなんて絶対に存在しない!!

Y.

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陰キャに優しいギャルなんて存在しない……はずだった!? 〜付き合い始めたら毎日が過剰デレのオーバーキル〜

第5話:スマホの待ち受けは、甘い罠 〜デジタル聖域の陥落と監視の囁き〜

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 現代社会において、スマートフォンとは単なる通信機器ではない。

 それは所有者の思考、嗜好、そして誰にも見せられない恥部が詰まった「魂のブラックボックス」だ。

 俺、佐藤湊(さとう みなと)にとっても、この手の平サイズの板切れは、唯一残された「絶対聖域」だった。

(……ふふふ。瀬戸さんがどれだけ物理的な距離を詰めてこようと、僕の電子信号の城壁までは崩せまい。ここには僕が厳選した深夜アニメのキャプチャ画像、ネット掲示板で拾ったダークなポエムのメモ、そして容量の半分を占める二次元美少女ゲームが詰まっている。こここそが、僕の真のサンクチュアリなんだ!)

 昼休み。俺は教室の隅で、パスワードによって守られた自らの帝国を検分していた。

 画面に映るのは、無機質なデフォルトの風景画。何の色もついていない、誰の干渉も受けない、静かなる虚無の世界。これこそが俺の心の平穏の象徴だ。

 だが、その安らぎは、背後に忍び寄った「光の捕食者」の吐息によって、瞬時に霧散することになる。

「ねーえ、湊くん。何見てるのー?」

「……っ!? ひ、ひいっ!!」

 心臓が口から飛び出すかと思った。

 音速の速さで画面を消し、スマホを胸ポケットにねじ込む。振り返ると、そこにはいつものように眩しすぎる笑顔を浮かべた瀬戸結衣が、俺の肩越しに顔を覗かせていた。

「な、なんでもありません! 僕はただ、今日の降水確率と、この世界の終わりがいつ来るのかを計算していただけです!」

「またまたー。さっき、すっごく真剣な顔してたよ? ……もしかして、他の女の子とメールしてた?」

「……は? 僕の連絡先に登録されている『女の子』なんて、母さんと、君と、あとは……」

 脳裏に、図書室の小鳥遊栞の顔が浮かぶ。

 結衣の瞳が、一瞬だけ鋭くなったのを俺は見逃さなかった。

「……ねえ、湊くん。スマホ、ちょっと貸して?」

「……っ、断ります! これは僕のプライバシーの集合体であり、民主主義の根幹に関わる機密事項です! 君に渡すのは、核兵器の起動スイッチを渡すのと同義だ!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。……それとも、私に見せられないような悪いこと、入ってるの?」

 結衣が、一歩詰め寄ってくる。

 彼女の香水の匂いが鼻を突き、俺の判断力を奪う。結局、数秒後の俺は、催眠術にでもかかったかのように、震える手でロックを解除したスマホを彼女に差し出していた。

「……観念しました。煮るなり焼くなり、僕の趣味をSNSで拡散するなり好きにしてください……。ただし、どうか、一思いに……」

「そんなことしないよ。……えっ、待って。湊くん、待ち受け画面、これ?」

 結衣が絶句したように画面を見つめる。

「……はい。デフォルトの、どこかの山の風景画ですが、何か?」

「寂しすぎるよ! 彼女(私)がいるのに、なんでこんな虚無なの? ほら、湊くん、こっち向いて。最高の一枚(・・・・・)に更新してあげるから!」

「……はい?」

 結衣は俺の抗議を聞き入れることなく、慣れた手つきでカメラアプリを起動した。

 そして、俺の首に腕を回し、強引に自分の方へと引き寄せる。

「ほら、笑って! 『はい、チーズ!』」

 バシャッ、という無慈悲なシャッター音。

 画面の中に映し出されたのは、顔を真っ赤にして引きつった笑いを浮かべる陰キャ男子と、その頬に自分の頬をぴったりと密着させ、幸せそうに微笑む絶世の美少女ギャル。

「……これ、見てよ。湊くん、すごく可愛い顔してる」
「どこがですか! 完全に『処刑直前の囚人』の顔じゃないですか! 削除してください! 今すぐクラウドからも末梢してください!」

「ダメ。……あ、これもいいかも」

 結衣はさらに、俺の耳たぶを甘噛み(・・・)するような構図で二枚目を撮影した。

 レンズを通した彼女の瞳は、これまでの明るい「デレ」とは違う、どこか狂気を孕んだような、圧倒的な「執着」を放っていた。

「……湊くん、この写真、ロック画面(・・・・)にするからね。……これを見れば、いつでも私が隣にいるって、思い出せるでしょ?」

【湊の脳内セキュリティ・システム:ログ】

 ・警告:デジタル領域の防壁が完全に崩壊しました。

 ・状況:待ち受け画面が『一軍ギャルとの密着写真』に上書きされました。

 ・予測:このスマホを落とした瞬間、僕のオタクとしての尊厳は消滅し、社会的死が確定します。


 結衣が俺のスマホを操作し、壁紙を設定していく。

 その時だった。

 プルル、という短い振動と共に、画面上部に通知が走った。

【小鳥遊 栞:先輩、例の民俗学の資料の続きですが……今日の放課後、二人きりで(・・・・・・)お話しできますか?】

「…………」

 俺の隣で、結衣の動きがピタリと止まった。

 彼女の指先が、スマホの画面をなぞったまま凍りついている。

「……ねえ、湊くん」

 その声は、深海の底から響いてくるような、冷たくて重い響きを持っていた。

「……なんで、後輩ちゃんが、湊くんの連絡先知ってるの? 私、聞いてないよ?」

「……ひっ。そ、それは、図書委員の緊急連絡網で……。あくまで業務上の必要性からであって、僕から聞いたわけでは……」

「……ふーん。業務、ね」

 結衣の瞳から、完全にハイライトが消えた。

 彼女はスマホを俺に返すのをやめ、録音アプリを起動した。

「……湊くん、これは『お守り』だよ。……これがあれば、変な誘惑に負けないで済むでしょ?」

 結衣はスマホのマイクを自分の唇に近づけた。

 そして、とろけるような、しかし逃げ場のない「鎖」のような声で囁いた。

「湊くん、大好きだよ。……他の女の子からの通知、見ちゃダメだよ? 湊くんの目には、私だけ映ってればいいの。……分かった?」

 彼女はその音声を、あろうことか「メッセージの通知音」として設定した。

「……さあ、返してあげる。……大切にしてね、私の(・・)スマホ」

「……あ、ありがとうございます……」

 俺は、もはや自分の物ではなくなった「電子の首輪」を受け取った。

 画面を見れば、結衣の美しい笑顔が俺を監視するように微笑んでいる。

 通知が鳴れば、結衣の独占欲に満ちた囁きが、周囲に(あるいは俺の脳内に)響き渡る。

 ――結論。

 スマートフォンはもはや僕の聖域ではない。

 それは、一軍ギャルが僕を24時間監視し、精神的にマーキングし続けるための「電子の首輪」へと改造されてしまったのだ。

 放課後、図書室。

 俺は死ぬ思いで、カウンターに座っていた。

「……先輩。……何か、様子がおかしいです」

 小鳥遊栞が、眼鏡の奥の瞳を怪訝そうに細めて俺を見つめた。

「……小鳥遊さん。気のせいです。僕は今、人生という名のOSをクリーンインストールしたい衝動に駆られているだけです」

「……瀬戸先輩の『気』が、スマホから溢れています。……見せてもらっても……?」

 栞が俺のスマホに手を伸ばそうとした、その時。

『湊くん、大好きだよ。……他の女の子からの通知、見ちゃダメだよ?』

 静かな図書室に、結衣の、とろけるような甘い声が鳴り響いた。

 俺のスマホに届いた、迷惑メールの通知音だった。

「…………」

 栞の指が、空中で止まった。

 彼女はゆっくりと手を引っ込めると、静かに拳を握りしめた。

「……瀬戸先輩。……デジタル・ハラスメントです。……先輩の魂に、ウイルスが感染しています」

「……え、いや、これは単なるジョークで……」

「……私が、消してあげます。……先輩の心から、あの『光のノイズ』を。……私の方が、先輩の深層心理(ルート権限)を、深く理解していますから……」

 栞の背後に、黒いオーラが見えた気がした。

 陰キャに優しいギャルは実在した。

 だが、その支配欲は、デジタル領域をも侵食し、新たな「深淵の住人」を呼び寄せる呼び水となっていた。

 俺のポケットの中で、スマホがまた、甘い声で鳴った。
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