【ドアマットヒロイン】富をもたらす侯爵令嬢は、時の伯爵の手を取り立ち去る【完結】

九十九沢 茶屋

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2.前世を思い出し、逃げる侯爵令嬢

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 起き上がったまま、チラリと周囲に目線をやれば、見慣れたカーテンに寝具、家具が、私の目に入る。
 薄暗い地下牢に閉じ込められるまで、使っていた記憶のある物たちばかりだ。 
 
 どれも埃かぶってない。 
 
 家具はきちんと掃除されてて綺麗だし、カーテンも清潔なまま、風にたなびいている。
 最後にこの部屋にいたのは、もう何十年も前のはず。
 ここに来て、わざわざ掃除をするメイドがいたとも思えないのに、傷むことなく、どれも先程まで使われていたかの様な状態を見せていた。
 どういう事なの……?
 
 私は身体に負荷を与えないように、ユックリと起き上がる。
 ……あら?
 私は、良い意味で体に違和感を覚えた。
 …………体がどこも痛くない。
 
 最近は体を動かそうにも痛みが酷くて、起き上がるのも苦しかった位ロクに動けなかったのに、今はそんなの微塵も感じられない。
 自分の手を見てみれば、そこには皺一つ無い綺麗な若い手。
 サラリと肩から流れてくる長い髪の毛は、私の好きだった黒色の髪。真っ直ぐな癖のない髪。あの傷んでボロボロになっていた髪じゃない。
 
「……」
 
 震える手でゆっくりと自分の頬に触れると、そこは柔らかくハリのある肌。皺に刻まれた肌ではないし、唇だってカサついて罅割れも起こしていない。何なら目も良く見える事に今更気が付く。
 
 そして、物がよく見える事で、サイドボードに置かれていた、櫛に私は気が付き、驚いて手に取った。 
 
 うそ、どうして……?
 
 それは間違いなく、妹に真っ二つに折られ、捨てられた筈の櫛だった。
 
 ここに閉じ込められた私が唯一、気を紛らわせていたのが、この使い古されていた櫛を使って、髪を梳かす事だけだった。
 
 けれども妹は、私が気を紛らわす事が出来るのが気にくわなかったのか、櫛を二つに折ると、窓から投げ捨ててしまったのだ。
 
 見覚えのある傷や、櫛の歯が1本折れてしまってる箇所も同じ場所。
 違う櫛が置かれてるんじゃない。
  
 若返った身体、失ったはずの櫛。
 まるで時間が戻ってるみたいだわ。
 
 でもまだ何処か信じられなくて、姿見があるのを思い出した私は(割れて顔くらいしか見れないけれど)、ベッドから降りて姿見の前まで来ると鏡越しに自分の顔を見た。
 
 鏡には間違いなく、十代の頃の自分の姿が映っている。
 
「本当に……本当に時が戻ってるの……!?」
 
 そこまで口にしてから、自分が声を出す事が出来た事に併せて、歩いて鏡の前まで来れた事にも気が付き、思わず口元を押さえる。
   
「声が出る、それに歩ける、歩けるわ……!」
  
 ……私がこの塔に幽閉されていたのは、十一の年から十八位迄。
 それ以降は、屋敷の地下牢に閉じ込められたのよね。
 
 そして歩けるという事は、十六よりも前の年齢という事が分かる。
 
 あの地下牢で死んだと思っていたのに、体が若返っており、声も喉笛を潰されておらず、足の腱も切られていない。 
 鏡を見ても年老いた姿では無くて。
 
 瞳もお父様譲りの黒に近い深い青色と、お母様譲りの綺麗な黒髪。
 やせ細ってはいるし、肌や髪も健康な人に比べれば、少しは荒れて傷んではいるけれど、それでも間違いなく、若い頃の肉体なのに間違いはなかった。
 
「でも、なんで時が戻ってるの……?」
 
 私には時を戻す様な、そんな高度な魔術を使う事は出来ない。
 
 それとも、これは死ぬ間際の夢で、本当はやっぱりあの薄暗い地下牢で今も横たわっているのかしら。
 
 疑ってしまったのもあり、思い切り強く頬をつねってみた。
 
「! ……」 
 
 すっごく痛い。
 とても痛い。
 そこまで強くしなくても良かったと思った位痛かった。
 ちょっと涙が出た。
 
 でも……じゃあ本当に夢じゃないのね。
 なんで……って…………いえ……うん、どうして時が戻ったのかとかは、一旦考えるのは後にしましょう。 
 
 考えても、きっと答えが出ないもの。
 
 夢じゃないなら、まずはそれよりも、現状の確認が先よね。
  
 そうして改めて部屋を見渡そうとした時、急に頭の中で、まるで小さな穴から水が勢い良く噴き出すかのように、見たことの無い映像が、記憶が、一気に脳裏を駈け巡って行きだした。
 その情報量の多さに頭痛を覚え、私は床に膝を付き耐える。
 
 
「な、に……、っ……!! いつっ、痛、ぅ、あ、あああぁっ!!」
 
 
 ──……そうして悲鳴を上げる中、私は思い出した。
 
 
「あ、ぁ……」
 
 かつて私は……前世で日本と呼ばれていた国に住んでいた者だった事を。
 死んでこの国に生まれ変わった事を思い出した。
 
 
 そして。
 
 ──私の力を使って、君を助けに行くよ。そして君も、昔の、前世の君が何だったのかを、思い出して。それを思い出せば、きっと違う結果が君を待ってるから。
 
 
 屋敷の地下牢で、誰にも看取られず一人死んで行く筈だった、あの時。
 私は誰かに助けられた事を思い出した。 
 時が戻っているのも、おそらくその彼の魔術か何かなのかしら。
 それと前世の私を思い出せば、結果が変わるとも言っていた。
 
 ……まさしくその通りだわ。
 
 前世を思い出した事で、私はこの屋敷から絶対逃げるべきだと、こんな塔に閉じ込められて、私のギフトをいつまでも使わせてはならないと強く思った。
 
 私は瞳を細めると、ゆっくり数度息を吸っては吐く。
 
 私を助けようとしてくれた弟は、既にこの世を去っている。
 父も母も兄も妹も、もう私の声は届かなくなっている。
 そのくせ、富だけは搾取しようとしている。
 働く事もせずに。
 
 うん、大丈夫。逃げるのに捨てるのに迷いはない。
 このままここに居続けたら、この先、地下牢に閉じ込められる未来しかないのだから。
 ならばその前に、ここを捨てて逃げるだけ。
 
「ただ……どうやって逃げるかよね……」
 
 ただ逃げようとしたら、前と同じく捕まって閉じ込められ、最後は地下牢行きだもの。
 
 入口の扉は鍵が掛かっている。
 カーテンとかで、ロープの様にして降りようにも、その危険性を考えられているのか、ここのカーテンは、重みには耐えられない薄手になっている。
 窓も、まるで牢屋に閉じ込めるかの様に柵がしてあるから、そもそもカーテンを伝って降りる事がまず出来ないけれど。
 
 そうなると、ここから出る手段は無い訳で。
 
「……八方手詰まり……、……じゃないわね、思い出した!」 
 
 前世で色々な事を知った知識を思い出すと、鏡台に置かれていた錆びているヘアピンを二本手に取る。
 
「簡単な鍵ならヘアピン二本で、確か片方を押さえながら、もう片方でピンを……」
 
 ヘアピンを鍵穴に差し込み、カチャカチャ弄ると、すぐにカチリと解錠される音が聞こえてきた。
 
「やった、開いた! 前世で色んな家の蔵とか、座敷牢とかの鍵を開けて遊んでいたのが役に立ったわ!」 
 
 今の私には無い知識だもの。家族もまさか、ヘアピンで鍵開けをするなんて思わないでしょうね。
 
 ソッと扉を開け、見張りの兵士がいないのを確認すると、私はそのまま部屋を出ると、私は塔の階段を降りていく。裸足のままだけど、仕方ないわね。
 
 後は、見付からない様にこの家から逃げるだけ。
 
 働かない人間に、私は自分の持つ、この富をもたらす力を与えたままなんかにはしない。
 私が去れば、それだけでここの家は、あっという間に没落するだろうけれど、それは自身で招いた事。私は関与はしない。
 
 そんな事をつらつら考えながら階下まで降りて、塔を出る扉のノブを回す。
 
 そこは鍵は掛かっておらず、ガチャリと音を立てて扉が開く。
 
 
 あぁ、やった! 外、外だわ!!
 数年、ううん、時が戻る前を考えれば数十年ぶりの外よ!!
 
 
 時間が戻る前は何十年も地下牢にいたから、ずっと見る事が出来なかった、遮るものもなく、視界いっぱいに広がる青空に、私は歓喜に打ち震えながら、胸いっぱいの深呼吸をした。
 
 前世では何てことも無かった、当たり前だった青空が、こんなに気持ちよく、開放感を感じられるものだなんて思わなかった。
 
 そのまま暫く感動してくるくる回ったり、木や草花を見れて嬉しくなったりとかしていたのだけれど。
 あまり時間を使うわけにもいかないわよね。 
 
 外に出てから改めて、石造りの塔を冷めた目で見つめる。
 
 私を閉じ込めていた石造りの塔。
 もう、ここにも屋敷の地下牢にも閉じ込められたりせず、今度こそ逃げよう。逃げ切ろう。
 
 とは言え、まずは家の外に出なくてはなんだけど、久しぶりに外に出たから、居場所をよく覚えてないのよね。
 
 確か庭園が近くにあった気がするから、そこから裏庭の方を通って裏門から出る事が出来た……んだったかしら。
  
 外に出れる場所を探して、キョロキョロしながら歩いていた時。 
 
「お、お嬢様!? 何で外に? え、あの部屋から逃げれた……? いやそれは無理だよな……? え、でもそれならどうやって」
 
 屋敷の見張り当番か何かと思われる衛兵に見付かってしまった。
 驚いた声を上げて、こちらに近付いて来る。
 
 思ったより見つかるのが早かったわね。
 見つからない様に、隠れながら歩いてたつもりだったんだけれど。
 私はガックリ肩を落とし大きく息を吐く。
 
 衛兵たちが、私が外にいるのを見てビックリしてるし、どうやって部屋を出れたのかとパニックになってるしで、あちらはあちらで大騒ぎになっている。
 私を捕まえていいのかどうか悩んでいるいるらしく、ざわ付いてはいるが、捕まえには来ないようだ。
 命じられて無いから、動くに動けないのね。
 
「それならそれで、逃げるだけだわ」
 
 この人達とも特に関わる気は無いので、私はそのまま屋敷から出るための場所を探し続けて、裏庭の方を走っていたんだけれど。 
  
 
「待ちなさいよ! 何でお姉様が外にいるのよ!!!」
「ラシェル!! これはどういう事だ!!」
「何をしているの、ラシェル!!」
 
 
 衛兵の誰かが、捕まえはせずとも、逃げた事は伝えはしたのだろう。久しぶりに聞いた、けれど、でも出来たら聞かないまま、家を出たかったわ……と言う気持ちを持ちつつ、私は声がした方へ、家族の方へと振り返った。
 
 






*˖⁺𖧷────𖧷────𖧷⁺˖*

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